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武田双雲の名言

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武田双雲のプロフィール

武田双雲、たけだ・そううん。日本の書家。熊本県出身。東京理科大学理工学部情報学科卒業後、NTT東日本に入社し3年間ITコンサルタントとして法人営業に携わる。その後退社し、書道家となる。路上で道行く人の希望を即興で書く「ストリート書道」や、音楽や彫刻などとコラボレーションしたり新しい書道のスタイルを実行した。映画やドラマの題字を担当することも多く、NHK大河ドラマ『天地人』の題字を書いた。上海美術館の龍華翠褒賞を受賞。

武田双雲の名言 一覧

いろんな人とコラボレーションしたりしますが、彼らをリスペクトし、みんながハッピーになることを考えていると、嫌な人とは出会わないし失敗もしない。


「結果出すぞ」「成功するぞ」なんて意気込みは捨てて、「楽しもう!」「遊んでやろう!」と心躍らせながらしたほうが、物事はうまくいく。


悩んでるぐらいなら、動こうと思って、種を蒔きまくった。

【覚え書き|独立当初を振り返って】


僕は、人を驚かすような凄まじい努力をしたわけでも、飛び抜けた才能を持っていたわけでもない。ただ、抱いた夢が人よりでかかっただけ。


人生を決めるのは、夢の大きさだと思う。いまの自分があるのは、本気ででっかい夢を追いかけたから。そのひと言に集約される。


でっかい夢が土台になると、協力してくれる人が現れる。


目の前の仕事が大きかろうが、小さかろうが、精一杯楽しんで、実力を出し切ること。そうすると、最短の道を行けるようになるんです。


人を好きになる力。これは誰より強いと思う。とにかく人を喜ばせたい。


どうせ稼ぐなら、喜んでもらいたい。「この人を喜ばせたい」と、心底思ったことがある人は、軸がブレませんから。


物事の捉え方次第で世界はまったく違ってしまう。


考え方、見方は、メガネを掛け替えるように自分で変化させていくことができる。


僕は自分単独で何かを発想するタイプではなく、媒介者となってみんなが幸せになる最大公約数を見つけるのが持ち味。


マジメであることは素晴らしいことだけど、それだけだと苦しくなることもある。少し力を抜いてみると、見える景色が変わるかもしれない。


人に期待するのをやめたら、いいことしか起こらなかった。人に期待していないと、些細な親切でも「おお!」となって、「ありがとう」と言える。期待って概念を捨てると、感謝が増えていく。


予想もつかないトラブルが起きるのは、大好きなんです。「そうきたかー」と思うと、そこから意外なアイデアが出ますから。


クリエイティブは「ノー」から始まる。問題にぶつかったら見方を変えればいいんです。


この人を喜ばせるためにはどうしたらいいだろうと考えるようにしました。すると、自分もどんどん楽しくなり、気がつくと人だかりができていた。


「丁寧」という言葉の意味するところは非常に深い。ひとつひとつの所作を丁寧にすることによって、心が整い、人間関係もうまくいく。


何に対しても新しく接する年にしたい。奥さんに対しても、新鮮な目で見る。毎日そう思う。すると新妻に見えてくる。だから、軽く触れられただけでも感動します!


相手を変えたくて苦しむのではなく、自分の物事の捉え方、見方、考え方を掛け替える。自分の感情の習慣を変えた方が、手っ取り早く幸せに近づく。


自分が努力した「のに」、ある「べき」リターンが返ってこない。これは全部、思い込んでの期待ですよね。この「のに」と「べき」を捨てるだけでも、すごく身軽になれます。


書道家にとってバランスは命です。筆の毛1本で、書の印象は変わりますから、1ミリ単位でバランスを取りながら書いています。僕はそこに勝負をかけている。


多くの人は欲が中途半端なのだと思います。「自分のため」というエゴを突き詰めていくと、「人のため」になるんです。


出発点はエゴでもまったく構いません。それがパワーになりますから。でも、エゴを昇華することも大切です。


飛躍のきっかけになったのは、人と会ったとき、自分のすごさをアピールすることをやめたことです。自信がないと、認めてもらいたくてどうしても誇示しようとしてしまう。でもあるときから、「どうしたら、相手に喜んでもらえるか」だけを考えるように変えたんです。そうしたら、人がどんどん助けてくれるようになって、ものごとも上手くいくようになったんです。


「得意なものなんてない」という人も多いと思います。でも、頼りないかもしれないけど、自分のいま持ち得るスキルと経験で、このチームを、このお客さんを喜ばすことができないかと考える。それが自分を成長させてくれる気がします。


会社員時代モチベーションを保つためにやったことは、ひとつひとつは些細なことです。たとえば、朝少しだけ早く起きて家を出て、駅の喫茶店でおいしいコーヒーを一杯飲んでから電車に乗るとか、川崎~横浜間だけはグリーン車を利用するとか。わずか10分間の満員電車が僕にはどうしても耐えられなくて……。かなりきつい出費でしたけど、そうしたことの積み重ねで、同期の誰よりも仕事を楽しめるようになったんです。


モチベーションを保つ方法として、頭の中にあることを「書く」ことがあります。それで、書いたものを客観視してみる。そうやって問題が明確になれば、それだけでスッキリするし、対策も考えられるじゃないですか。だから気持ちが落ちたら、自分の本音を書いてみるのです。


僕が最近意識しているのは、「義務感をいかに減らすか」ということです。人間のモチベーションが下がるのって、何かをやらされているときです。逆に、自主的に何かをやっているときは、自然と上がっているものです。ところが、僕らの日々の生活は義務感だらけです。たぶんそれが1日の中に何百もあるので、やる気が出ないのは当たり前なんです。


書家として独立して数年は何をやっても上手くいかず、気持ちが落ちることもしばしばでした。だからこそ、モチベーションをどうすれば高く保てるんだろう、ということをずっと考えてきたおかげで、いまではかなり安定して高い状態を保てるようになっています。モチベーションというものはもともとの性格に関係なく、誰でもスキルを磨けば高く保てるようになるものです。


もちろん自分のすごさを誇示して成功している人もいます。でも、そういう人の周りに集まってくる人って、依存したい人ばかりです。だから、本人は頼られて相当しんどいはずです。一見成功してるように見えても、内面はボロボロという人も多いですし、なにより急激な環境変化にそういう人はすごく弱いのです。


どうすれば相手が喜ぶかということを突き詰めていくと、必然的に「自分の一番得意なことを提供しよう」というところに行き着くんです。恋愛でも、僕なら心を込めて筆で手紙を書こうとなる。そうやって自分の強みを知って活かせれば、相手にも喜んでもらえるから誇示する必要がなくなるんです。


僕は朝起きたときから、義務感をひとつひとつ打ち消す作業を続けています。「~しなければ」を「~したい」に切り替えるんです。たとえば、「顔を洗わなきゃ」なら、「どれだけ少ない水で洗えるか」とゲーム化する。「それができたら苦労はしないよ」と思われるかもしれません。たしかに最初は難しい。でも続けていると、少しずつできるようになります。


あるとき、先輩社員から頼まれて、筆書きのプライベート名刺をつくったんですよ。そうしたら、「字が上手いよね」とすごく喜んでもらえて、そのとき、「これだ!」とスイッチが入りました。何事も中途半端な人間だったので、人にそんなに褒められたことって、それまでなかったんですよ。だから躊躇はなかったですね。
【覚書き|サラリーマンを辞めて書家になったきっかけについて語った言葉】


新入社員時代はモチベーションが相当低かったですね。満員電車がとにかく苦手で、朝起きるだけでもつらくて……。それである日、「このままでは、あと40年ももたない。なんとかしなきゃ」と思ったんです。そして「このままじゃ悔しい。会社生活を絶対楽しんでやろう」と考えました。そう気持ちを切り替えて、自分なりにいろいろと工夫しはじめたら、会社生活がどんどん楽しくなっていったんです。


モチベーションが下がることもないわけではありませんが、高く保つのは得意な方だと思います。モチベーションが下がるとキツいじゃないですか。締め切りは待ってくれないですし。だから、下げないように日々工夫をしているんです。


僕は取材を受けるとき、言いたいことを言うんじゃなくて、この雑誌はどういった人が読んでいて、どんな話をしたら喜んでもらえるだろうか、ということをすごく考えます。僕の記事を読んで感動してもらうことと、個展で僕の作品を観て感動してもらうことは、まったく同じ価値があります。


伝えたいのは、あなたの可能性はまだまだ全然、開花してないよってこと。僕の書や言葉が花開くきっかけになったら嬉しいし、一人ひとりが変わることで、世界が変わるかもしれない。というか、世界の可能性を開きたい。僕は本気で、そう願っている。


「だからこそ、できること」。これは魔法の言葉。「実績がないからこそ、できること」とか、なんでも「だからこそ、できること」を振り掛けると、ムリなくポジティブになれる。全部がプラスに見えてくる。可能性が響いてくる。


以前の僕は、いろんな人に支えられて生きていることを忘れがちで、ひとりで生きていけると勘違いしてたんですよね。でも、人と人は柔らかな絆で結ばれて、助け合っている。家族ができて、それがよくわかりました。


僕のポジティブさは毎日少しずつ、自分を変化させてきた結果です。小さくとも前向きな変化を続けていったら、とんでもないことが起こります。選択と捉え方で人生そのものが変わるんです。


本当は我慢していいことって一個もないと思うんです。「ノー」だったら、早く「ノー」と言ってくれよ、と。偽りのイエス、消極的なイエスが積み重なると、お互いに不幸せ。一番つらいのは、「ノー」と言い合えず、我慢して、一方が急に爆発してしまう状態ですよね。


「和」は僕の中では絶対外せない言葉です。日本そのものであり、結ばれる、和やか、あるいはサークルという意味もあります。エネルギー同士がぶつかりあって、さらにエネルギーを増大させていく。


もともと書道家はシャーマンです。亀甲占いをする時、甲羅に文字を刻み込んだのがその起源です。シャーマン=書道家にとって、自分は邪魔な存在です。自分を限りなくゼロに近づけ、波動を感じて文字にするのです。そして自分を透明にするには、コミュニケーションを取って、場の雰囲気をつくることが大切なんです。


書く時は、(文字のバランスなどを)常にその場で決めています。瞑想するのもそのためです。瞑想することで、いったん自分を消す。自分が透明になって宇宙に身を任せ、その場のエネルギーにチューニングする。そうすることで初めて魂のこもった書を書くことができるのです。


いろんなお話をいただけるのは、僕がいつでも「何でも面白がってやろう!」って姿勢で生きているからだと思う。だから目標や常識に縛られず、いろんなことに前のめりに挑戦できる。遊びのように楽しんでやるから、結果としてクオリティも高くなる。


丁寧とゆっくりは違います。F1レーサーだって、時速300kmという猛スピードの中で、実に丁寧に運転しています。


失敗は意外と相対的なものです。失敗の基準も人それぞれ。


自分から闇雲にパンチを出していた時代より、周囲から期待される方がしんどかった。テレビに出たら視聴率を出さなければいけないし、個展を開いたらデパートに集客と売上をもたらさなければならない。結果を出さなくてはいけないというプレッシャーに負けそうになっていたんです。だけど、その中で人との絆に気づき、助け合って進めばいいと思えてきた。


自分がどう思われるかばかりが先行している時は、うまくいかない。「どうだ!」という劣等感からくる変な強気は、全部空回りする。むしろ、「この人を元気づけたい。どうしたらいいかな?」と、好奇心を持って接するようにしたら、人が集まるようになっていった。つまり、こちらの心構えが変われば、相手も変わってくると知った。


僕の場合、収入面が会社員時代と変わらなくなったのは、独立してから3年目ぐらいです。一番大きかったのは、書道教室の生徒さんが辞めずに付いてきてくれたこと。とにかく書を楽しんでもらいたいと、みんなと過ごす時間を大切にしていこうとしたことで、輪が広がっていった。生徒数が50人を超えた時、ひとつの安定のバロメーターになってくれました。


会社を辞めるとか、辞めないの判断よりも先に体が動いていたんです。もちろん会社の同僚や先輩に止められました。でも、会話が噛み合わないんですよね。「危険だぞ」「何が危険ですか?」「飯、食えなくなるぞ」「そしたら、死にますか?」って。僕が真剣に返したら、先輩も「死にはしないな、日本なら。バイトすればいいし、実家もあるんだろ」と。その瞬間「死なないんだ!」と安心して、会社を辞めるのを決めました。


会社を辞めて、書道家になった時、僕はホームページに「50歳までに1億人を感動させたい」と書いたんです。根拠はなく、世界を動かす人になりたいと願っていて、そのためには1億人ぐらいは、と夢を宣言しました。そうすると、動き出せる。成功する人としない人の間にどんな違いがあるかと言えば、目指すビジョンの差だけなのかなと思います。


僕は、がっつり主張し合う方法を選んでいます。ただし、真正面からぶつかってしまうとこじれます。「ノー」なら「ノー」で、お互いの主張を机の上に出し合って、もう一度話し合う。そんなイメージです。すると、それぞれの主張がつながって、混ざり合い、「わお!」って感じの意外な解決策になっていく。トラブルも絶妙なスパイスに変わるんです。


ロシアで揮毫(きごう)のパフォーマンスをするとき、黒のペンキを頼んだら、会場にはグレーが来ていて、「これグレーだよね?」と聞いたら、担当者は「ブラック! 俺たちにはブラックに見える」と嘘をつくんですよ。もう楽しもうと思って「ロシアン・ブラック?」と返したら、「オー、イエス」って(笑)。実際、それで書いたら、いままでにない作品になるわけです。


アーティストとして、こうこだわりたい。こう書きたい。こんな字を使いたい。そういう捉え方をしたことは、ほとんどありません。個展の依頼を受けたとき、「書き下ろしのお気に入りの作品を展示したい」ではなく、担当者やオーガナイザーと話し、会場に来るお客さんの年齢層や地域性を聞き、「どうしたら喜んでもらえるかな」と考える。依頼者がいて、作品を待ってくれている人がいて、エネルギーが僕に流れ込んで初めて作品が生まれるんですね。


たとえば、ある商品のコマーシャル用に筆文字でロゴを書いてくださいという依頼が来た時、最初に考えるのは全員の中間に立とう、媒介者として最大公約数の答えを見出していこう、ということ。広告で使うロゴには、メーカーの想い、開発者の想い、コマーシャルを作る監督やプロデューサー、制作会社、間をとりもつ広告代理店の想いがあり、なにより視聴者の気持ちがあります。その複雑な力学の中に、武田双雲という書道家が入ることで新しい化学反応を起こしたい。入らなかったときよりも全員がハッピーになるには、どうしたらいいか。そんなことを常に考えています。


僕自身、以前は取材でカメラマンさんに撮ってもらうのが恥ずかしくて、自然体ではいられませんでした。この顔にコンプレックスがいっぱいありますから。コンプレックスがあるので、撮られながら超緊張するわけです。でも、それじゃあ誰も幸せにならないから、分析してみました。そして、中間管理職のようになろうと思ったんですよ。撮影を「カメラマンと俺」の関係で捉え、「自分がどう見られているか?」と意識すると「ちょっと待って、そんな角度で撮らないでくださいよ」と言いたくなっちゃうから。そうではなく、雑誌を一緒に作るため、パーツを差し出していると考えるとうにしました。そうしたら、緊張せずに撮ってもらえるようになったんです。この考え方は僕の仕事全般に共通しています。


仕事はいかに「面白がるか」ですよ。仕事そのものが面白いなんてことはあまりないです。だから、自分で面白がる気持ちで取り組んだほうがいい。書道でも自分が楽しんで、のびのび書いた字って不思議と人の心に響きますからね。自然と集中していい仕事ができる。子供の頃、夢中で砂遊びして、ものすごい城とか作ったでしょ。給料も出ないのに(笑)。アレと同じ。


僕らの生活をもう一度、冷静に見直してみると、あらゆる便利なものに囲まれている。どれだけ恵まれているか、ちょっと書き出してみませんか。水道、電気、布団、携帯、テレビ、インターネット、家具、洋服、コンビニ、スーパー、食材……すぐに100を超えると思います。書くだけで心が洗われると思います。これらは、当たり前ですがどこかの企業が作っています。つまり、一人一人の日々の働きの上に、僕らの便利な生活が成り立っている。だから、一人一人が、どういう経緯で、どのような努力の上に今の便利な生活が成り立っているかを「想像」すること。想像すればするほど自然と、感謝の心がこみあけてくるはずです。感謝の心がこみあげてくれば、自然と行動が変わります。行動が変われば結果が変わります。


後押しになったのは周囲が皆が反対したから。もともと空気が読めないタイプの人間。「諦めるか……」とヘコまず「反対されるなら、むしろチャンスだ!」と。そして書道の開拓者になる気満々で、ストリートに出たり音楽家と共演したり、自分や周囲がワクワクする書を書いてきた。結果、書道家として知られ、書道以外の仕事もどんどんやってきた。


僕はもともとNTTに勤める営業マンだったんです。ただ僕は「目標達成しよう!」「競合に勝つぞ!」とか全然、関心がなかったんですよね(笑)。一方で昔から目の前の人を喜ばせるのは大好き。だから悩んでいるお客さんに「これなんかいいみたいですよ」と、自社以外の商品を紹介したりしてました(笑)。そんな具合なので、上司に「仕事は遊びじゃねえ!」と胸ぐらをつかまれたこともありましたよ。それでも、できれば人を喜ばせたいわけです。成績や競争は横に置いておいて。そこで「書道」という道を選んだんです。


武田双雲の経歴・略歴

武田双雲、たけだ・そううん。日本の書家。熊本県出身。東京理科大学理工学部情報学科卒業後、NTT東日本に入社し3年間ITコンサルタントとして法人営業に携わる。その後退社し、書道家となる。路上で道行く人の希望を即興で書く「ストリート書道」や、音楽や彫刻などとコラボレーションしたり新しい書道のスタイルを実行した。映画やドラマの題字を担当することも多く、NHK大河ドラマ『天地人』の題字を書いた。上海美術館の龍華翠褒賞を受賞。