樋口武男の名言

樋口武男のプロフィール

樋口武男、ひぐち・たけお。日本の経営者。大和ハウス工業会長。兵庫県出身。関西学院大学法学部卒業後、鉄鋼商社の太源株式会社を経て大和ハウス工業に入社。東京支社特建事業部部長、取締役、常務、専務、子会社の大和団地社長などを務めたのち、大和ハウスによる大和団地の吸収合併で大和ハウス工業社長に就任。同社の改革に成功し、同社を業界トップに引き上げた経営者。そのほか、大阪シンフォニカー協会理事長なども務めた。主な著書に『熱湯経営「大組織病」に勝つ』『先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方』など。

樋口武男の名言 一覧

1 / 212

営業職はある程度数字という形で結果が出るが、それ以外の部門ではその部署で、なくてはならない人間になることが大切。


その気になって働けば、おのずと本来備えている能力が発揮される。


経験にもとづく勘が大事。迅速に決断すれば、次の先手を打つことができる。理屈は後からでいい。


「公平公正」「無私」「ロマン」「使命感」。この4つの品性を兼ね備えたリーダーの下には、自然と人が魅せられて集まってくる。


正しいことが正しいこととして通る社風にしなければいけない。当たり前のことが当たり前に通るような会社にしなければいけない。



現場を見ることが全体を見るときのベースになる。


物事は多面的に、冷静に考える必要がある。正面からだけでなく、下から、斜めから、裏から全て見なければならない。


元気よく挨拶する、約束を守るといった「凡事」を極めることで、人からの信頼が積み重なり、それがやがて「非凡な成果」につながる。


伸びる人材に必要な条件は、まず意欲。それが、行動につながってくる。


勉強は大事ですが、理屈だけこね回していても、仕事は前に進みません。理屈を知ったうえで、行動が伴わなければならない。


将来に対して、夢と希望を持ってほしい。そして、強い志を持つ。志さえあれば、逆境にあっても頑張ることができる。


儲けだけを考えて事業を起こすのではなく、世の中のためになり、人に喜んでもらえる事業をしなければならない。



勝ち残るためには、それ相当の努力や知恵が必要。


凡事徹底。当たり前のことを当たり前にやるということです。言われたことはすぐやる。必ずやる。最後までやる。ずっとやる。これが大事。


グローバル時代と言うのであれば、その物差しもグローバルで計らなければいけません。


自分がどうなりたいかという明確な意志がなければ努力もできません。志があれば逆境にあっても耐えられるはず。


伸びている人は自分の将来に対する「志」を明確にもっている人ですね。漫然と生きている人は何度言ってもできない。


人様に後ろ足で砂をかけるような生き方をすれば運は逃げてしまう。


会社は大中小といった規模にかかわらず、トップで決まる。


経営者が社員の倍以上働くのは当たり前。


1万人の社員がいれば、経営者は2万個の目で見られていることになります。そう思ったら身が引き締まるのではないでしょうか。


あんまり常識的なことを言う人は大成しません。破天荒なことを言っているくらいがちょうどいい。特に若いときは。


私は、独断はするけれども、独裁はしない。


人というのは、直に会って話をしないと分からないものです。客観的な材料だけでは分かりません。


現場を歩いていることが大事。理屈だけの人がいますが、理屈だけでは商売はできません。


熱意は採用の絶対条件です。その熱意が本物かどうか、それを見抜くのが経営者の仕事。なかなか難しいですけどね。


褒めるときも、叱るときも、真剣でないと相手にこちらの本意は伝わらない。


将来の経営幹部を養成するため、「大和ハウス塾」を開講しました。これから会社を背負ってくれる人材探しですから、手を抜けません。


凡事徹底は、私の口ぐせの一つ。


過去を語っていても飯は食えない。


派閥ができると小さい山がたくさんできて、会社の力が分割されてしまう。


経営者も社員をよく見ておく必要があります。組織を動かそうと思うと、どういう人に任せるかが何よりも重要だからです。


一つのことができないからといって、あいつは駄目な人間と決めつけるのはおかしい。


販売拡大の根幹は「サービス力」であり、顧客サービスの最大のポイントは「スピード対応」である。


自分に合うとか合わないというのはやってみないとわからない。


気に入らない異動だからといって、淡々と仕事をしていたのでは将来の展望は拓けない。置かれた場所で頑張るしかない。


人間が持つ能力の差はたいしたことがない。モチベーションの差が違いを左右する。


自分をアピールして上に認められるためには、なにしろ一生懸命に仕事をする。実績をあげるしかない。


自分の責任を果たすというのは、社会人としての最低限度の常識。


上司は上から目線で話をせずに、相手の立場で話を聞くことが大切だ。


企業の成長はエンドレスです。水も流れが止まったらよどみますし、水の流れと同様に、企業も常に前進しないといけません。


何も新しいことをしなければ、その企業の業績は世の中の景気に左右され、一進一退となる。


人間の心理は慎重になりやすく、合議に頼りすぎると、リスクを伴う決断がしにくくなる。


次の仕事のアイデアにつなげるため、私はできるだけ社内外の多くの人に会うように努めています。読書も大切ですが、多くの人に会うことは、読書と同じくらいの効果があると考えています。


伝える気がないなら、話などするな。形式だけの朝礼はいらない。


世の中の変化を先取りして新しい事業や商品を開発する。多くの人たちに事業や商品を役立てていただき、収益に結び付けることを意識し続けています。


人を育てるには厳しさと同時に、なぜ厳しくしているのか、自分の考え方もしっかり伝えて浸透させなければならない。


物事は最初が肝心です。「しばらく様子を見る」余裕はありません。窮地に自らを置きつつ、社員にも厳しくする必要があります。


スローガンを掲げる上で重要なのは、誰にでも分かる平易な言葉であること。そして、意識すればどの社員でも取り組める内容にすることです。


全社員にはまず高い目標を持ってもらい、そのために何をすべきかを考えてもらう。そして、希望に沿った人財育成策を受けてもらいます。



組織の雰囲気を変える起爆剤となりそうな人物を見いだして活躍させることが大切。


採用が冷えている今こそ優秀な人材を採れるチャンスだ。


大和ハウス工業は建築を祖業とする会社ですが、創業以来のチャレンジ精神で、世の中に新しい商品を生み出してきました。これからも「永遠の開発型ベンチャー企業」であり続けていきます。


私は支店長時代から数多くの人間を見てきましたが、その気になれば、人はこれほどまでに変わるのかと、驚かされた例は枚挙に暇がありません。


やはり経営というのは、結局は「人」に尽きます。本来、社員に普通の能力があれば、会社での大抵の仕事はできるものです。そうならないとしたら、熱意や誠意に欠けるためでしょう。


人材の異動や不要部門の撤廃を断行しなくては、人も組織も生まれ変わることはできない。中途半端な改革しか行なわず、大企業病を放置してしまったら、当社は早晩衰退への道を辿っていた。


社員が働きやすく、お客様を向いて働けるような至極当たり前の環境をつくらなければなりません。そしてそのような環境を生み出すのは、リーダーの責務。


オーナー(創業者・石橋信夫)からは、そんなに難しいことは教えられていません。当たり前のことをずっと教わってきました。そして我々はそれを愚直に守り続けてきただけなのです。


私はオーナーではないため、オーナー、つまり創業者のDNAをそのまま継承することを常に考えて経営をしてきました。


多くの人々に喜んでもらって結果として事業になる、人助けをしながら喜んでもらえて事業としても成り立っていったら一番良いこと。


多くのお客さんが欲しいと思って、実際に使ってみたら助かったと。これが一番良い事業の進め方。


経営者はお金の苦労をして一人前になっていく。


日本で初めてとなるプレハブ住宅をつくったのも、住宅ローン制度を日本で初めてつくったのもわが社です。当時、住宅とは退職金で購入するものでしたが、この制度のおかげで30代でも家を持てるようになりました。事業とは人マネではなく、パイオニア精神で大きくなるものなのです。


意欲の高い人には特徴があります。それは、明確な夢や、確固たる志をもっているということです。


東京から大阪に、普通列車で9時間半かけて行こうと思いますか。誰だって2時間半で着く新幹線を選びますよね。それは、人がスピードという形のないものに価値を感じるからです。仕事もまったく同じこと。速ければ速いほど、そのぶん顧客に大きな価値を提供することができるのです。


スピードアップに貢献した改革はいくつもあります。たとえば、役員の任期を2年から1年にしたのもそのひとつです。結果は2年で出せばいいなどと悠長に構えていられたら、この変化の激しい時代は乗りきれません。


成功する人の12カ条

  1. 人間的成長を求め続ける。
  2. 自信と誇りを持つ。
  3. 常に明確な目標を志向する。
  4. 他人の幸福に役立ちたい。
  5. 良い自己訓練を習慣化する。
  6. 失敗も成功につながる。
  7. いまここに100%全力投球する。
  8. 自己投資を続ける。
  9. 何事も信じ行動する。
  10. 時間を有効に活用する。
  11. できる方法を考える。
  12. 可能性に挑戦し続ける。

失敗する人の12カ条

  1. 現状に甘えて逃げる。
  2. 愚痴っぽく言い訳ばかり。
  3. 目標が漠然としている。
  4. 自分が傷つくことは回避する。
  5. 気まぐれで場当たり的。
  6. 失敗を恐れて何もしない。
  7. どんどん先延ばしにする。
  8. 途中で投げ出す。
  9. 不信感で行動できず。
  10. 時間を主体的につくらない。
  11. できない理由が先に出る。
  12. 不可能だ無理だと考える。

我々が非常に大切にしている創業者の教えがあります。それは、「儲かるから」ではなく「世の中に将来必要とされるか」の視点で事業を考えろというものです。不思議なもので、この視点に立った商品を開発すると、結果として事業として成り立ちます。「儲かるから」という動機で始めると、たいていは上手くいきません。


私は講演するときに「偉い人なんていない。立派な人になってください」と話します。なぜなら、偉い人は肩書がついたからといって、自分がえらいとは思わないからです。


世の中のためになり、そして事業として成り立つ。当社のストーリーは極めて単純です。


世の中の動きをつかみつつ、思い切って新しいことに踏み切るわけです。思い切り、割り切り、踏み切りの3つの「切り」が大事だと考えています。スピード感をもってスパッと決断しなければいけません。


大和ハウスでは私が会長兼CEO(最高経営責任者)ですから、私が決断しないと何も前に進みません。イエスか、ノーかをハッキリ言う必要があります。誰かが相談に来ると、それはやれとか、やめておけとか、非常に明快に言います。ですが、独断はするけど独裁はしません。やれとは言うけれど、その後で必ず役員の合意を取ります。


私はこれまでいろいろな会社を見てきましたが、潰れる会社は、トップに立つ人間に「俺が、俺が」というのが多い。そういう人は自慢話が多い。後ろにふんぞり返って、そして後ろに倒れてしまう。


リーダーたる者には4つの力が必要です。「先見力」「判断力」「統率力」そして「人間力」。この人間力が一番難しい。後ろ姿で部下を引っ張れる力で、俗にいうオーラです。「おまえ、俺にオーラを感じてくれ」と言って感じられるものではありませんが、人間的魅力がないと部下はついてきません。


あばたもえくぼと言いますか、事業に惚れてしまったら、どんなことがあってもいいとしか考えられなくなります。結局、世の中に必要なものは何かを常に考えるということが大切です。


人を動かすのは、結局、率先垂範とコミュニケーションです。私は社員の一人一人と朝に晩にマンツーマンで徹底的に会話するようになりました。胸襟を開いて自分の思いや考え方を伝え、ときに自分の弱い部分もさらす。相手の話にもじっくり耳を傾け、互いの本音で語れるように心がけました。結果、一体感が増した山口支店は一年後に社員一人あたりの売上高、利益率で全国トップになりました。
【覚書き|山口支店長時代を振り返っての発言】


事業家になることを目標にしていた私は、大学卒業後、中小の鉄鋼商社に就職しました。商社は業務の幅が広いし、中小なら全体的な仕事の仕組みや流れを身につけやすいと思ったからです。私にとって会社は経営者修行の場であり、大学ノートに会社のすべての書類を書きだすなどして、商業文書の書き方を徹底的に勉強しました。


素晴らしいことをできる人とできない人の境目は、結局は志の高さであるとわかります。ロマンと言い換えてもいいでしょう。明確な志があれば、行動も明確になってきます。


業績が低迷していたとき、「この不況だから、現状維持だけでも十分だ」といった空気が社内に蔓延していました。それを私は叱りました。創業者(石橋信夫氏)の教えに従い「停滞は後退や!」と一喝しました。そんな意識改革の積み重ねがあって、いまの大和ハウス工業があるのです。


リーダーに必要なのは「公平、公正、無私、ロマン」の4つです。


「学歴はいらないが、学力は絶対に必要だ」。私はこの言葉を社員たちに言い続けてきました。


企業経営において、感謝という気持ちは大変大事で、会社が伸びる大きな武器になりえます。


本当は、立派な功績をあげた人物の本を読むよりも、直に経験談を聞けるなら一番いい。まずは講演会などで話を聞きに行ってはどうでしょうか。


大和ハウス工業の創業者石橋信夫が立派だったのは、戦争や事故などで壮絶な苦労を重ねてきているからか、商売相手に思いやりの気持ちが強いということです。他人が苦労してつくった会社を強引に乗っ取るようなことが大嫌いでした。むしろ弱りかけた相手に手を指しのべる。そうすることで感謝が生まれるわけです。厳しい人でしたが、皆に尊敬される方でした。


私心があれば子に事業を譲ろうと考えてもおかしくありません。しかし創業者(石橋信夫氏)は私を後継に指名しました。4万人を超える従業員とその家族を抱える企業のトップは、厳しいことも含めてありとあらゆることを考えなければいけません。リーダーが自分のことだけ、自分の家族のことだけがいいと少しでも考えていたら、そんな会社は早晩潰れるでしょう。


多くの人々に喜んでもらって、結果として事業になる。人助けをしながら喜んでもらって事業として成り立っていったら一番良いこと。それこそ創業者(石橋信夫)の教えです。


まずは経営者が社員をやる気にさせることができるかどうか。不要な業務や派閥、不公平な人事といった障害となるものを撤廃し、存分に能力を発揮できる環境をつくれば、大企業病はおのずと克服できるはず。


当社は創業から62年で、成長スピードとしてはかなり順調だと言えるでしょう。その成長は、積極精神や現場主義など、創業者から教えられたことを諸先輩から若手社員に至るまで脈々と継承しているからこそ成し遂げられたものと言えます。これは、当社に限らず、どの企業にも言えることかもしれません。


派閥をつくってしまうと、社員はお客様を向いて仕事しなければいけないのに、社内で神経を使わなければいけなくなる。そんな会社は伸びるわけがない。派閥なんてろくなものではないですし、部下が迷惑する。


自分たちの親、両親を大事にしないで大成した人間はいない。それは企業でも一緒。企業の親は創業者。ゼロから企業を興し、苦労を重ねて今日の礎を築いた創業者を軽んじ、ちょっと業績を伸ばして天狗になり、俺が俺がという人間が出てきた途端、会社はおかしくなっていく。


このごろは、上司に怒られただけで「パワハラ」と騒ぎます。しかし、腫れ物にさわるような接し方では、人は成長しない。怒られているほうが「自分を鍛えてくれている」と思うかどうかですね。


責任逃れをする会議なら、しないほうがましです。誰かが責任を持たなければいけない。


当社では、介護する人もされる人も助かるよう、自動排泄ロボットを販売しています。どうしてハウスメーカーがそんなことをするのか。それは創業者の「時代の先の先を読む」「社会に役立つことをする」という教えがあるからです。日本には、寝たきりの高齢者が約130万人いると言われています。介護する人もまた高齢化しています。そして、下(しも)の世話というのはとても大変なことです。だから自動排泄ロボットを販売しているのです。


売上や利益が伸びなければ、社会貢献ができません。当社は、経常利益の1パーセントをCSR活動に使うことにしています。どこかが社会貢献活動をしていかないと、何も前に進みませんからね。


社長だけモチベーションが高くても意味がないですからね。役員や社員のモチベーションが上がらないと、トップがいくら号令をかけてもダメ。トップは部下に対し、将来に対する夢を提示しなくてはならない。


私がいまやろうとしているのが、創業者・石橋信夫のDNAをどう継承するか、ということです。石橋は「何をやったら儲かるかではなく、これから先、多くの人の役に立ち、喜んでもらえるような事業や商品を考えろ」と言っていました。よく「樋口さんはいろいろレパートリーを広げていきますね」と言われますが、私は世の中が必要としていることをやっているだけです。そして、その原点にあるのは、創業者・石橋の発想であり、徹底した現場主義です。


いま、当社も社員をどんどん海外へ出していますが、私は、最初の1年間は遊んだらええと思っています。遊ぶというと語弊がありますが、その国の宗教、生活習慣を体で学び、人間関係を築くことが大事。利益のことなど考えずに、まずは暮らしながらマーケット調査すればいいんです。


私は、グループ全体に対する年頭訓示を英語でやっています。原稿を見ながら話せば事は簡単なのですが、すべての社員が見ている手前、それはできません。だから、移動中も帰宅後もずっと英語の練習です。いま、私の訓示を聞いた若手社員たちが、英語を勉強し始めていますよ。ねらいどおりです。


私はあまり会議をやりませんね。プロジェクト単位ではやっている場合もありますが。経験上、会議はやらないほうが得てしてうまくいきます。部屋の中にこもっていたって、何も新しいものは出てきませんから。会議をするなら、現場に行ってやるべきでしょう。現物を目の前にすれば、話は早く進みますよ。


私は「独断」はするけど「独裁」はしないと言っています。組織が大きくなると、会議や協議が多くなって、なかなか物事が決まらなくなる。だから「カン」が大事になる。カンは経験を積まないとなかなか当たりません。当社は株式会社なので、もちろん会議にはかって了解をとるわけですが、「分かった、やろう」と決めたらあとは早いですよ。


会議は「回議」とも書くし「怪議」とも書きます。結論の出ない会議は、ただ回っているだけ。いまのようなスピードの時代に、そんなことをしていても、何も前には進みません。


人間、生まれたときはだれでもそう大差はない。持っている細胞の数もそれほど変わらない。揉まれて努力することで初めて能力差がつく。しかし、いくら努力しても運がついてこない人がいる。運と努力がマッチしないと芽は出ない。ならば、運はどうやってつくのか。不義理をするとか、王道を進もうとしない人には、運はついてこない。


全員が社長を目指す必要はないでしょう。ただし、自分はサラリーマンでいいからとのんびり仕事をやっていたら、会社にぶら下がっているだけの「人在」や、いるだけで会社に害を与える「人罪」になってしまいます。そうならないためには、「電話が鳴ったら一回でとる」といった当たり前のことをきちんとやること。これを凡事徹底といいます。このことを心がけるだけでも、仕事はかなり速くなるはずです。


講演や読書などで心を打つ言葉に出合ったら、手帳に書き留めておくことをお勧めします。こうすると、予定をみるときなどに目に入るので、自然と頭にも刻み込まれますから。


若いころから、苦労して成功した起業家の講演会があれば、忙しいなかでも足を運ぶようにしていました。また、幸い私の場合は、石橋信夫(大和ハウス創業者)という人生の師が身近にいたので、素晴らしい言葉をたくさん聞くことができた。私がいつも携帯している手帳には、忘れてはならない言葉がいくっも書かれています。それを見返せば、自然と心が奮い立つのです。


決断が速いというのも仕事のスピードを上げる重要な要素です。たとえば人からものを頼まれたときでも、瞬時に方策を立て、道をつける。もし、自分ではどうしても無理だと思うなら、その場で正直にできないと言う。どちらにしても、「考えておきましょう」と結論を先延ばしにしないこと。とくに将来リーダーになろうと思う人は、この決断力を磨くことが重要です。


将来は事業家になって両親に恩返しをするという志が揺らいだことはありません。ただ、何歳で社長になるという人生設計書は、たびたび書き直しました。


大学時代、母が自分の着物を質入れする姿を目にしたとき、このうえない感謝の気持ちとともに、なぜ父があんなに一生懸命働いているのに、こんなに苦労しなければならないのかという強い憤りと、サラリーマンの限界を感じざるを得ませんでした。それでそのときに、「将来は事業家になって両親に恩返しをする」と決意したのです。その思いがずっと私の仕事のモチベーションでした。大和ハウスエ業で最初に配属された堺工場時代は、夕方5時に仕事が終わっても、それから深夜まで勉強し、帰宅は毎晩午前1時、住宅営業部の次長になれば、1日100軒の飛び込み営業と、モーレツに働いたのも、絶対にいつか事業家になってみせるという志があったからです。


研究職などを除けば、会社の仕事のほとんどは、特殊な技術などなくてもできるものばかりです。また、人によって脳のつくりに、それほど違いがあるわけでもありません。それなのに、仕事が速い人と遅い人がいるのはなぜか。それは意欲の差です。やる気があって能動的に取り組む人は仕事が速い。逆に、上司から命じられたので仕方なくやるという態度では、能率が上がらないのも当たり前でしょう。


17年続いていた事業部制を廃して支店制にしました。支店長が稟議書を書き、それが事業部を回って、最後に社長決裁では時間も手間もかかりすぎて、スピーディーな経営などできるわけがないではありませんか。それで「社長→支店長→最前線」という形にし、さらに、支店長には建築5事業(戸建て、賃貸アパート、流通店舗、建築、マンション)に関する決裁権と、支店内の人事権を与えました。上の判断を仰がなくても、自分で決めて果敢に行動せよというわけです。その代わり、給料は年俸制で、赤字を出せば支店長のボーナスはゼロです。


一年かかっていた工期を4カ月に短縮できれば、1年で資本を3回転できるので、利益も3倍になります。あるいは、せっかくいい土地を見つけても、購入の決裁に2週間もかけていたら、他社に買われてしまいかねませんが、その場で決断すれば、そんな心配は無用。このように、会社の発展のためにも、スピードは必要不可欠なのです。


いずれもキャピタルゲインだけでなく、我々が代理店として販売に貢献できる商品を扱うという「WIN・WIN」の関係を構築できるという点にポイントがあります。
【覚え書き|ロボットや電池などのベンチャー企業に出資していることについて】


軸を「どのような商品が世の中の多くの人の役に立つか」に置いて進めています。売上高10兆円を達成しようと思ったら、今の事業スキームだけでは届きませんから殻を破らなければなりません。その時には世の中の人の役に立つ商品が必要です。


石橋信夫オーナーに出会えたことは幸運でした。会社と社員と家族、協力会社のことを常に思う人だった。「この人は本物の経営者だ」と思いました。大和ハウスが今あるのは、オーナーのおかげだと心底思います。


「大和ハウスに転職する」と言ったらほとんどの友人が反対した。当時の大和ハウスは不夜城と言われるほどのモーレツ企業でした。オーナー経営者を目指していた私は、自分を鍛えてくれる格好の修業の場になると思い、大和ハウスへの入社を決意したのです。


思いやりのない人間は、いくら頭が良くても部下は育てられません。「俺が、俺が」という人間にも、大した人はいない。そんな人が上に立てば、会社はダメになります。


私も上司にたびたび歯向かってきましたが、運が良かったのは、強烈なオーナーがいたから。相手が部長だろうが専務だろうが、オーナーの前に出てケンカして勝てるかどうかです。オーナーは必ず会社にとって良い方を選ぶ。だから私も、会社にとって良いと思うことをきっちり言ってこられた。そこに一番の救いがあった。


人口減少が進む日本では今後、住宅事業だけではやっていけません。現在、戸建て住宅の売上高比率は12%弱で、マンションなどすべての住宅事業を合わせると約48%になります。残りの50%強は、新しい事業を拡大してきた結果です。だからこそ、今日の姿がある。これも、社員のやる気の賜物です。


昔から「功績あるものには賞を与えよ。人格、品性のなきものに地位を与えてはならぬ」と言います。部長、取締役ともなると、人格や品性が問われるのです。品性とは必ずしも上品であることを意味するのではなく、周囲から尊敬されるという意味です。


学校で習った通りにやって大成するなら、よく勉強した人がトップに立つことになります。しかし、そうならないところが世の中というものです。理屈を知ったうえで、行動が伴わなければならない。


世の中で親を大事にせずに大成した人はいません。会社の親は創業者です。私の役割は、今の当社があるのは創業者のおかげだということを全役職員に徹底させること。それが引き継がれたら、大和ハウスは持続的な企業になると確信しています。


どんな事業が、また、どんな商品が世の中の多くの人々の役に立ち、喜んでいただけるかというのが発想の原点。何をしたら儲かるかという発想で事を構えては駄目というのが創業者(石橋信夫)の考え方。


手帳は日に何度となく開いて確認している。それだけに、スケジュール管理に使うだけではもったいない。そこで私は、経営トップとしての所感や読書などで知った金言、心を打たれた言葉も手帳に書き留めるようにしてきた。


なぜ私がスローガンによる戦略の浸透に心を砕いてきたのでしょうか。それは役職が上がるにつれて部下の数が増え、より効率的な方法を求められたのがきっかけです。私の考え方をどう効果的に浸透させたらいいのか。移動中の列車の中で、手帳に対策を書くうちにひらめいたのが、簡潔なスローガンにして発信することだったのです。


最近はインターネットの普及などで非常に便利な世の中になりました。ですが、こうした技術がいくら発達しても、技術はモノをいうわけではないし、相手の心を動かせるわけでもありません。あくまでも一つの道具です仕事をするのは結局のところ人。人を育てるのが一番大事です。


特殊な技術や才能が必要な部分は、それなりの研鑽を積んで専門的に仕事をしないといけません。ですが事務や営業などの仕事をする場合、人間の能力による差は、それほどないと考えています。大きいのはその人のやる気の差です。ですから、やる気になって努力してもらうためにどういうふうにしていったらいいか、ということを考えればいいのです。


現場の社員とのコミュニケーションを密にするために設けたのが、社内のイントラネットを通じて、会社の問題点や営業のアイデアなどを私に直接意見できる「提案BOX」です。社員に実名での投稿を求める代わりに、提案者の秘密は厳守しました。そこで挙がったアイデアを、その後の経営に生かしていったのです。


社長に就任してまだ2年足らずだった私は、ある大きな決断を下しました。それは、大和ハウスグループが抱えていた負の遺産を一括して整理することでした。損失を数年にわたって少しずつ計上すれば、決算上は黒字を保つことも可能でした。ですが、黒字の額が少ない状態が何年も続くと、社員のやる気をそいでしまう。そう考えて、あえて赤字決算に踏み切りました。


健康であれば仕事を継続しようと思っています、80歳まではね。そう考えるようになったのは、健康だからです。そもそも創業者から「75歳まではやってくれ」と言われたのですが、それは元気でやれる間はやってくれという意味ですから。ただし、創業者は81歳で亡くなっており、さすがにその歳を超えてまで取締役を続けるのは控えようかなと思っています。どうしても残ってくれと周りから言われれば、第一線からは完全に引いた形で社友などとして関与することはあり得ます。


これまで住宅業界からいくつもの吸収合併の話をもらいましたが、建設業界と同じく、この業界はM&Aによる再編が起きにくいでしょう。吸収した企業が過去に建てた住宅の保証を、すべて引き継ぐ必要があるからです。そう考えると、メリットは小さく、私は住宅メーカーのM&Aには積極的ではありません。やはり、市場が伸びないなかでも知恵を絞り続けるしかないでしょう。


家に帰っても自分の部屋がなくて勉強ができない子供が大勢いました。そこで、わずか3時間で出来上がる簡易型家屋「ミゼットハウス」を開発・発売したところ、爆発的に売れました。これは現場からもらった知恵です。


当社は知恵で立ちあがった会社です。1850年のジェーン台風のあと、木が倒され、家が流された被災地を見た創業者が、ふと稲穂が台風に倒されずに立っているのを見つけました。これを折ってみると、中は空洞です。竹も同じでした。「円くて空洞なものは強い」ということに気づき、パイプハウス事業を始めたのです。


以前、トヨタ自動車の奥田碩元会長から「大和ハウスは何屋さんを目指しているのか」と尋ねられたことがあります。「これからの世の中に必要なものは何かを考え、いち早く取り組んでいます」と答えたら、「それにしても早いな」と言われました。私は「中小・ベンチャー企業はスピードが命ですから」と話しました。


大和ハウスには「アスフカケツノ(明日不可欠の)」という参入事業のキーワードがあります。これは私が考えた造語です。もともとはフ(福祉)、カ(環境)、ケ(健康)、ツ(通信)でしたが、21世紀を前にしてア(安全・安心)、ス(スピード)を加えました。さらに今世紀に入ってからノ(農業)をつけました。最初はバラバラだったそれぞれの事業が結びつきはじめました。世の中のニーズがあるところを間違わずに事業をしていたら、いつの間にか大きく育とうとしています。


事業の選択と集中が間違いだとは思いません。事業を特化することで成功する成功するところもあるでしょう。しかし、私は創業者(石橋信夫氏)から「創業100周年のときに売上高10兆円を達成してくれ。それが俺の夢だ」と言われ、これが中長期の経営目標となっています。現在は2兆円にも届いておらず、日本の人口が減少している中、住宅産業だけで10兆円は達成できません。そのためには、新しい商品づくりが欠かせません。


ロボットスーツ開発メーカーのサイバーダインを設立した山海嘉之教授にお会いしたとき、「何のためにロボットスーツの事業をしているのですか」と尋ねたところ、「世の中の多くの人に役立てればいいと考えました」と答えられました。事業に対する考え方が我々と同じで、かつ同社の技術が有望なこともあり、それなら支援しましょうと出資を決めました。


石橋オーナーが亡くなる1年前、「創業百周年のときに10兆円の企業グループにしてくれ。それがおれの夢や」と言われました。よくぞ言ってくれたと思っています。もし、そう言われなかったら、5兆円ぐらいでいいんじゃないかと思ってしまったでしょう。10兆円と言われたから、どうしたら10兆円にできるかを考えることができます。経営者はときに、大きな夢を語ることが大切なのだと教えられたと思っています。


社長になってすぐ派閥を全部解消しました。専務派、常務派とか小さいのがあったのですが、私は、それは石橋オーナーの考えとは違うと信じて、派閥解消をとことんやりました。その後、派閥は一切ありません。派閥をつくったら役員失格です。


私たちは貧しい中で育ったせいか、馬力もあったし、野心とか野望というものもありました。そういう人が少なくなったかもしれませんが、なかには必ずいます。馬力があって野心もある人を見つけて、その人たちに任せることが大切です。


親を大事にしない人が大成したためしはありません。会社で親といえば、創業者。だから創業者である石橋信夫の言葉や教えを伝統的に活かしていきたいと考えてきました。ただ、それだけです。


私が大和団地の社長に就いたとき、新聞記者が何人も取材に来ましたが異口同音に「社長、まずはリストラですね」と言いました。しかし私は、世間一般で言われるリストラ、つまりクビ切りをするつもりは毛頭ありませんでした。弱っている会社で人員整理をしたところで何の解決にもなりません。


言葉に説得力を持たせるには、率先垂範の姿勢が不可欠である。山口支店長だったころの私には、部下の2倍は仕事をしているという自負があった。私が率先して支店の業績を上げようとしていることは、誰の目にも明らかだったはずだ。もしその裏付けがなかったら、部下との「徹底対話作戦」は意味をなさなかっただろう。


肩書きが上がったから偉くなったというのは錯覚。会社の組織を統制するときに必要であるから役職が付いているだけであって、偉くなったということとは違うんです。ですから、立派な人かどうかという視点で見る必要があるということです。


現場の第一線のことまでも何らかの形で耳に入ってくるようにしておかなければ裸の王様になってしまいます。裸の王様になったら現実がわからなくなってきますからね。


経営に携わらせてもらってきた中で、いろいろな会社の栄枯盛衰を見てきました。そこでは、やはり創業者を蔑ろにして、ふんぞり返った人が出てきたときに大体おかしくなっています。


日本のマーケットは小さくなっていきますが、世界は違います。人が増えるということは経済も活性化されていくわけですから、そこに事業の進むべき道があるはずなんです。貧乏で満足する人間は世界のどの国にもいないわけですから、その人たちが豊かになっていくために当社はそのお手伝いをするということになります。


伸びる人はプラス思考で積極的な人。そして、「志」を持っている人。将来こういう人間になりたいとか、こういう立場になりたいという自分の目標が明確にある人、それが高い志と言うのでしょう。


役立つ商品を我々は提供できるようにしていく。こういうものがあったらいいなというものです。そんなに難しく考えなくても、現実にある現象を見ればそういうものが分かります。


自分の作った製品を自画自賛して「これは絶対に必要なものだ」と言っても、国民が使ってくれなければ意味がない。国民が使って「良かった」と思ってくれないと、その商品は広がらない。


樋口武男の経歴・略歴

樋口武男、ひぐち・たけお。日本の経営者。大和ハウス工業会長。兵庫県出身。関西学院大学法学部卒業後、鉄鋼商社の太源株式会社を経て大和ハウス工業に入社。東京支社特建事業部部長、取締役、常務、専務、子会社の大和団地社長などを務めたのち、大和ハウスによる大和団地の吸収合併で大和ハウス工業社長に就任。同社の改革に成功し、同社を業界トップに引き上げた経営者。そのほか、大阪シンフォニカー協会理事長なども務めた。主な著書に『熱湯経営「大組織病」に勝つ』『先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方』など。

おすすめ名言

気に入ったらみんなとシェア

1 / 212

ページの先頭へ