名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

梅原誠の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

梅原誠のプロフィール

梅原誠、うめはら・まこと。日本の経営者。「シチズンホールディングス」社長。岩手県出身。東北大学工学部精密工学科卒業後、シチズン時計(のちのシチズンホールディングス)に入社。精機事業部産業機械営業部長、シチズン・マシナリー・ヨーロッパ社長、シチズン時計取締役、常務などを経て社長に就任。

梅原誠の名言 一覧

どんな形であれ夢があることで、人生は豊かな方に転がる。


「机上で考える前に手で考えろ」。大学の教授からの言葉でいまも記憶に残っている。理論武装する前に手で触れ、考えろ。ものづくりの基本です。


夢を持っているか? 自信を持とう。君なら必ず夢を叶えられる。


僕はいろんな人の注意や言葉との出会いにインスパイアされて生かされてきた。


強くギラギラ持つのも夢だけれど、淡くぼんやり持ち続けるのもまた夢です。でも夢を持たなければ何も変わりません。


お客様の文句の中から機械の改良のヒントを得られた。


悲観的な思考で仕事にあたっていたら、夢なんて持てないし楽しくもない。「これは自分の問題なんだから、楽しんで取り組もう」と、常に前向きに挑戦してみること。その意識が大切。


人が本来持っている力は誰かに引き出されるものだ。人の本質には無限の可能性がある。それに気づいて、奮い立たせるような言葉をかければ、力は引き出せる。これこそが最も大切な、リーダーの仕事。


高い技術力はある。しっかりと顧客のウォンツを見つけ、高付加価値な創造型の仕事をしよう。


入社8年目、営業部門へ異動になりました。配属された時は上司を恨みましたよ。「技術者で入社したはずなのに、なぜオレが?」と憤った。しかし、これも商社勤務の義兄に話すと、「むしろ取引先や社会を知るチャンスだよ」と言われて、踏みとどまった。


僕が子供の頃、ずっと母親から前向きな言葉をかけられ続けて育ちました。「お前はもっとできる」「伸びるよ」と、呪文のように吹きこまれた。だから宿題も真面目にこなせた。試験勉強も運動も、何にでも挑戦できた。


「おぬし、夢持っていますか?」。かつて我が社のテレビCMで、俳優の仲代達矢さんに使っていただいたキャッチコピーです。僕はこの言葉が好きでね。社長に就任した後も社員たちに同じセリフを繰り返し唱えてきました。


私は強い意志で人生を切り開いたというよりも、他人から助けられ、大きな力に導かれてここまで来たような気がします。ただ、それでも「自分の夢を持った方がよい」とだけは断言できます。


仕事の失敗もたくさんありますが、それについては、良かれと信じてやったことだと割り切っていました。最終的にうまくいけば、「終わりよければすべてよし」となりますから。


入社する前から希望していた、時計の開発か生産技術部門に配属されるものと信じこんでいたのに、フタを開ければ時計の部品をつくる機械の部署。しかも設計部門だった。僕は不器用で、とくに図面に線を引く作業が大の苦手。だから「設計なんてやってられない!」と、ずっとふてくされていた。ただ、ある日、図書室で見かけた『設計論』という本に「人生設計も設計だ」との言葉があった。考えてみれば単に線を引く作業ではなく、会社の仕組みや組織を考え、組み立てることもすべて設計。そう考えるようになると、仕事が楽しくなり、前向きに考えられるようになった。


ファッション性と高級感を持たせるため、薄型フルメタル化した電波腕時計の開発に挑んだ。技術者にとっては苦闘の日々ですよ。「金属の中にアンテナを入れて、電波なんて拾えるはずがない」「そんなものムリだ!」。私も技術者だった経験があるから、彼らの思いが痛いほどわかる。でも私は突き返し続けました。「君たちの技術があればできる!」「夢を叶えよう!」。結果として、こうしたやりとりがブレイクスルーになり、フルメタルの、デザイン的に制約のない電波腕時計を産み出した。


僕は社長就任後、社員の意識改革に最も力を入れた。一番の問題はね、目先のことしか見えなくなっていたことなんですよ。競合に明け暮れ、ライバルメーカーの動向ばかりに目が向いてしまっていた。そして「お客様が何を求めているか」という、最も大切な視点をないがしろにしていた。それでは二度と浮き上がれるはずがないですよね。


梅原誠の経歴・略歴

梅原誠、うめはら・まこと。日本の経営者。「シチズンホールディングス」社長。岩手県出身。東北大学工学部精密工学科卒業後、シチズン時計(のちのシチズンホールディングス)に入社。精機事業部産業機械営業部長、シチズン・マシナリー・ヨーロッパ社長、シチズン時計取締役、常務などを経て社長に就任。

他の記事も読んでみる

井上康生

国際ルールの変更などに伴い、各国が目指す柔道も変わっています。世界標準の柔道である「JUDO」の根底には、各国の格闘技があります。ロシアのサンボ、ジョージアのチタオバ、モンゴルのモンゴル相撲、ブラジルのブラジリアン柔術……。各国はこうした格闘技をルーツに独自の柔道を作り上げている。その複合体が今のJUDOになっているんですね。武道として始まった柔道と、スポーツ化されたJUDOは別物です。我々は柔道の本質、心を見失わずに、JUDOとの戦いに挑んでいかないといけません。


伊東信一郎

1987年、成田・大連線の就航を担当したとき、現地にいる日本人は20人ぐらいでした。そういったところに無謀にも飛行機を飛ばす。ノウハウもない中、なんとか半年ほどで準備を整え、大連の空港で発便を迎えました。10年後、大連には日本企業の工業団地ができて、2000人が駐在するようになりました。我々の便を使って、人や貨物が世界に運ばれていく。飛行機を飛ばす社会的な役割を感じました。


穂村弘

年齢とともに広い意味での変化はありますね。これは全く適切な例じゃないけれど若い頃は友達が自殺したら取り返しのつかない混乱を覚えて収拾がつかなかったのに、いまは自分も遠からず死ぬんだから時間差があるだけで向こうでまた会おうみたいに感じるようになりました。人としても作家としても、それでいいのか? とは思いますけど。会社を辞めることも結婚することも20代の頃は一生の問題だったのが、40、50代になると一生ものの問題なんてなくなりますからね。


西脇俊二

人間関係のストレスを減らすため大切なことは、他人に期待しないこと。


和田秀樹

外交もビジネスも完全な予測など成り立たない部分では一緒。常に複数の選択肢を用意しておかなければならない。状況が変わったら打つ手がなくなるようなスタンスは極力避けるべき。


村田諒太

哲学や心理学、神学などの本は、ニーチェなどの哲学書を愛読していた父に勧められて読むようになりました。「ネガティブなことをポジティブに考えよう」などと考え方を変えるようなメンタルトレーニングも勉強しましたが、良い結果が出た時はいいですが、結果が出ないとネガティブなままなんです。だったら無理にポジティブに考える必要はない。こうした数々の本から学んだ言葉の方が腑に落ちるし、どんな結果にも、心揺さぶられることなく、受け入れられるようになりました。


佐々木かをり

ストレスマネジメントは大切です。睡眠や食事など、日々の生活全体に気を配り、健康管理をすることはもちろん必須。私はストレスを短時間で身体から出す様々な方法を考えて、実践しています。


舟橋孝之

お客様は、商品やサービスを購入する際、営業マンが思っている以上に苦労をしているものです。たとえば会社の購買担当者のお客様であれば、購入の決裁を得るために上司や関係者を説得してくれたはずです。それだけの手間をかけたのですから、おそらくその担当者は購入に至るやりとりのなかで、営業担当者に対してある種の絆を感じたはずです。それなのに、営業マンの側が急に訪問をやめてしまえば、絆を一方的に断ち切られたような不快感を抱くに違いありません。ですから、そうしたお客様の労苦を思いやり、それに報いるためにまめに顔を出してお礼の気持ちを届けるのが、アフターフォローの基本です。


鈴木貴子(経営者)

当社の社員は会社と仲間が好きで、自分たちの企業文化や理念に誇りを持っている。それはとても素晴らしいこと。それに対して、私から社員の皆へ感謝の言葉をてらいなく口に出して伝える。これがとても大事。


坂口孝則

新聞や雑誌などに載っている解説を読んでわかったような気になる人も多いですが、それらの情報が正しいという保証はどこにもありません。たとえば「あの外食チェーンの売上が伸びた」と聞くと、単純に「好調なんだな」と思う人が多いですが、本当は無理な出店を重ねた結果の売上アップで、利益は逆に減っているかもしれない。ネットで財務諸表を取り寄せて確認することまでやっている人は少数です。数字に強くなるには、元となる情報を自分で調べて、自分なりに分析していくことが大切です。


日覺昭廣

株主だけでなく、顧客、取引先、地域社会、従業員といった関係者全般の貢献を重視し、持続的に成長していく点は日本的経営の良さです。我々はそれを実践してきましたし、これからも自信を持ってそうした経営を貫きたいと思っています。


冨田哲郎

人口減は我々にも日本にとっても大きな問題です。今後、生産年齢人口が減るのは間違いありません。ただしそれがそのまま経済活動の縮小につながるという考えは、あまりに悲観的過ぎる。必ず可能性もあるはずです。