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柴山和久の名言

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柴山和久のプロフィール

柴山和久、しばやま・かずひさ。日本の官僚(財務)、経営者、弁護士。「ウェルスナビ」CEO(最高経営責任者)。群馬県出身。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。大蔵省(財務省)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てウェルスナビを創業。

柴山和久の名言 一覧

オフィスはワンフロアの大部屋制にしています。階やビルが分かれた途端に情報が分断され、事業展開のスピードが落ちる。部署を階やビルの名前で呼び合うようになったら、大企業病が始まると考えています。


自分が起業しているなんて今でも信じられません。その時々に一番大切だと思えることをやっていたら、気が付いたら起業していたというのが真相。


それまでいろいろなことが何とかなってきましたから、特別不安に感じることはありませんでした。まあなんとなるだろうと。自信はなかったんですけど、努力すれば道は開けるだろうと。


マッキンゼーもクライアントも多国籍チームですから、自分が日本人であることをあまり意識することはありませんでした。逆に意識しているようでは半人前で、もうここは実力勝負の世界。しっかりと数字をおさえ、人間関係を大事にするという基本は世界中どこに行っても共通している。


共通言語として数字は大事。マーケティングにしろ、あるいは金融工学もそうですけど、経営はきちんとした数字や事実に基づいて経営方針を決めていかなければなりません。投資をしたり、あるいは事業を撤退したり、新規事業をはじめる時もそうです。


何もテクノロジーを使えばフィンテックということではない。こういう世界を創りたいという目標があって、それが今までの仕組みではつくれないからテクノロジーを活用しましょう、というのがフィンテックです。


人が資産運用をしてうまくいかないのは、感情の罠にはまったことが原因である場合が多いです。値上がりしすぎている資産を売り、値下がりしすぎた資産を追加購入して全体のバランスを取ることをリバランスと言いますが、人間は感情に左右されて逆の行動をとりがちです。あとから冷静になって考えればわかるのに、そのときは合理的な判断ができない人が多いのです。一方、ロボアドバイザーは感情の罠にはまらずに、淡々と正しいタイミングで売買をします。


マッキンゼーを辞めたのは、いまの事業をやりたかったからです。私はそれまで自分で起業しようと思ったことはありませんでした。留学したINSEADは起業で有名なビジネススクールですが、私は金融の勉強をしていて、「起業家かぁ。世の中にはすごい人がいるな」と他人事のように見ていた。それでも社会課題を解決するには、自分で起業するしかないなと。


規制の観点から問題は感じていません。近年はスタートアップに流れる資金も潤沢です。唯一のハードルになっているのは人材。アメリカは政府と金融機関、さらにIT系の人材交流が盛んで、私がマッキンゼーで関わったプロジェクトにも元金融庁長官がいました。だから新しいサービスをつくるときに、規制上はどうかという議論がスムーズにできる。一方、日本は霞が関と金融機関でさえ人材の交流が少ない。ましてやネット系になると、ほぼ断絶しています。それを超えていく人材が増えてくれば、フィンテックはもっと伸びると思います。


じつは(売買の)アルゴリズムは差別化になりません。実際、私たちはアルゴリズムをホームページで公開して、コピーし放題にしているくらいです。それより大切なのはエンジニアリング。操作性が良く、安定してセキュリティも高いアプリにすることのほうが、ずっと差別化になります。私たちは従業員のうち半分がエンジニアとデザイナーで、日本のものづくりの強みを金融に活かすという意識でやっています。そこがユーザーの評価につながったのではないでしょうか。


マッキンゼーでリスク管理のサポートをした後、10兆円をどうやって運用するのかというプロジェクトが立ち上がりました。そこで金融工学の専門家と一緒に資産運用のアルゴリズムを開発。アルゴリズムは数式なので、10兆円でも10万円でも同じ計算をします。ならば個人一人ひとりが金融市場と連結するシステムをつくれば、誰でも富裕層向けと同じレベルの資産運用ができると考えたのが起業のきっかけの一つです。


大学時代、進路に迷い、大学院の選択肢も考えました。そう思って教授に相談したら「研究室に残るか、大蔵省に行くか、どちらかにしなさい」と。悩んだ揚げ句、大学から見える世界と政府の中から見える現実の世界はギャップがあって、後者から見える世界を見たいと考え、大蔵省に入りました。当時は入省3、4年目に海外に出してもらえることも魅力でしたね。実際、私もハーバードのロースクールに留学させてもらいました。


大学時代は人生の進路に迷いがありました。2年生のときにはコンサルティング会社のべイン、3年生のときにはマッキンゼーでインターンをしました。でも、自分には合わないなと。大学で法律を勉強していると、社会全体の課題をどう解決するのかに関心が向かいます。そのせいか、特定の事業を伸ばすコンサルの仕事に興味が持てなかったのです。4年生になると長野の農家でインターンをしたり、学者になることを考えたりして、迷走していました。


私はこれまでに様々な対象にお金を使って、自己投資をしてきました。その中で、「生まれ変わってもまたお金を使う」と決めている自己投資は1つだけ。それは財務省時代のMBA留学中に没頭した読書です。とはいっても、「MBAを取得するために本を読んで勉強した」という話ではありません。読んだのは哲学や文学の本で、日本語で書かれた岩波新書や、英「ペンギンブックス」シリーズを買い求めました。MBA取得のための授業は、留学1年目で一通り終えていたこともあって、ある程度時間を自由に使える2年目のほぼ1年間すべてを読書に費やせたのです。振り返れば日本の財務省で働いている時からずっと、「何のために働いているのか」「自分は社会の中で、どんな存在か」という問いを心の底に抱えていました。「昔の人はどう考えていたのかを知りたい」と思い、本に手を伸ばしたのです。哲学や文学の本をひたすら読みながら、人生や社会との関係を考え続けた1年間でしたね。1年間の読書漬けは超ハード。文字通り寝食を忘れて没頭していたので、「読書」という穏やかなイメージからは程遠かった。ひたすら読み続けた結果、体重は5キロも減りましたから(笑)。


従来型の日本の組織は縦割り社会で、階層ごとに議論を進めるから意思決定のスピードも遅くなりがちです。スピーディーに事業を展開するためには、情報共有と組織のフラット化が不可欠。Slackをフル活用して情報をできるだけガラス張りにしているのも、ワンフロア制を大切にしているのも、Slackに登録しているハンドルネームに「さん」をつけて呼び合っているのも、そうした考えによるものです。いちいち肩書き付きであて名を害かなければならないような「メール文化」には、もう戻れないですね。


海外展開はまだ先になるかと。必要な金融サービスは、経済成長の段階に応じて変わります。最初は家電や子供の教育にお金を使い、次は住宅の需要が高まって住宅ローンが売れる。次に保険が売れ始めて、資産運用はようやくその後です。中国を除き、アジアで資産運用が求められるようになるのは、まだしばらくかかると考えています。


マッキンゼー出身ですから、最初はパワーポイントで資料をつくって、ネット系の様々な会社に相談へ行きました。みなさん「すごいですね。応援します」とは言ってくだきいますが、現実には何も起きない。どうしたものかと悩んでいるときに、一緒にランチを食べた高校の後輩から「柴山さん、スーツはジーンズの敵ですよ。いかにも財務省やマッキンゼーでございますという格好で、エンジニアが一緒に働きたくなると思いますか」と指摘されました。たしかにその通りで、そもそも自分はエンジニアの気持ちや考えがまったくわかってなかった。そこでユニクロに行ってジーンズを買い、プログラミングの学校に入学しました。自分でいまのアプリのプロトタイプをつくってみたら、デザイナーやエンジニアが何人か関心を示して手伝ってくれるようになりました。


私たちはリアルでも資産運用セミナーをやっていますが、初心者向けセミナーは数時間で満席になります。アメリカでは野球やアメフトの話題と同じように資産運用の話をするのに、日本の職場では憚られる雰囲気があって、興味があっても誰にも相談できない。みんな悶々と悩んでいるから、セミナーに人が集まるようです。


シカゴに住む義理の両親のところに遊びに行ったとき、義理の両親から「ウォール街で機関投資家のサポートをするのもいいが、うちの資産も見てくれ」と頼まれて運用状況を見たら、なんと数億円をプライベートバンクで運用していました。義理の父は石油会社に勤めていた普通のサラリーマン。一方、日本の私の父も同じような経歴ですが、資産は10分の1。両親は退職金をもらって住宅ローンを完済して、まだ数千万円の資産があるのだから、日本なら恵まれているほうです。それでも預貯金と保険でしか資産運用していなかったから、アメリカのサラリーマン家庭とこんなに差がついた。この差を埋めるには、働く世代のための資産運用産業が必要だなと。そう思って起業を決意しました。


財務省を辞めて、まずはフランスのINSEADに留学しました。MBAは1年で取得しましたが、その後に就職できなくて浪人です。いま自分が人を採用する立場になってわかりましたが、私みたいな人間は採用しづらいのでしょう。財務省出身で、米国弁護士で、MBAを持っていて、それなのにビジネスの経験や特定の産業に対する知見もないですから。なので、ことごとく選考で落ちました。4か月後にやっとマッキンゼーから内定をもらいましたが、それまでは精神的にキツかったです。採用面接はいつ呼ばれるのかわからないので、その間、仕事もできない。社会との接点が失われると、自分は世の中に必要とされていない人間のような気がしてきて……。


柴山和久の経歴・略歴

柴山和久、しばやま・かずひさ。日本の官僚(財務)、経営者、弁護士。「ウェルスナビ」CEO(最高経営責任者)。群馬県出身。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。大蔵省(財務省)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てウェルスナビを創業。

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