名言DB

9,524 人 / 112,423 名言

板坂直樹の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

板坂直樹のプロフィール

板坂直樹、いたさか・なおき。日本の経営者。「CAVIC(キャビック)」社長、「大協建工」社長。香川県出身。日本大学卒業後、大建工業を経て大協建工に入社。その後、国産キャビア事業を開始し、CAVICを設立。

板坂直樹の名言 一覧

本業が順調だからこそ、異業種の事業も展開できる。


モットーは夢現力と試行力。夢を描き、それを現実にするために挑戦していく。そうしたスタイルはこれからも決して変わりません。


事業を立て直すために、仕事の内容を量から質に変え、営業利益も改善。さらに社員全員を集めて全社会議を行い、意見や提案を直接吸い上げる仕組みをつくりました。


すべてはお客様を至高の空間でお迎えするため。

【覚え書き|キャビア専門バー「ディ・セットゥ・ドゥグレ」の内装や食器にこだわっていることについて】


夢現力と試行力。夢を持ち、現実にするためにどんなことにも挑戦していく。それが私の基本スタイル。


自分が通っていた中学校が廃校になって、その施設を使って事業ができないかと相談されました。その時、思い付いたのがプールを使った淡水魚・チョウザメの養殖です。地の利、人の利もあって波に乗り、事業は順調に推移しています。


キャビアの販売も店も、本業が頑張ってくれているから、慌てず成果を待ってやれる。本業を支えてくれる社員や職人たちにも、「みんなが頑張ってくれた分の資金で進めている事業だから、みんなの持ちもんやで」と言っています。だからみんな気になってしかたがない。それがまた、私にとっても良い刺激になり、推進力になっています。


板坂直樹の経歴・略歴

板坂直樹、いたさか・なおき。日本の経営者。「CAVIC(キャビック)」社長、「大協建工」社長。香川県出身。日本大学卒業後、大建工業を経て大協建工に入社。その後、国産キャビア事業を開始し、CAVICを設立。

他の記事も読んでみる

宇野康秀

我々も「USENはこういう会社だ」という標語を作っては変えて、作っては変えています。どの標語も定着しないくらい変わっているんです。そういう意味では、これから先もおそらく変わっていくでしょう。


池田弘(経営者)

本来、神道は様々な価値観が並び立つことを認める宗教でしたが、中央集権国家をつくる必要にかられた明治政府は、神道を一神教的な国家神道につくりかえてしまいました。国家神道は異質なものを排除しつつ、一方で和の精神だけを強調しました。その結果、明治以降のわが国には、「異質なものを認めない和の精神」がはびこることになった。元来、個性の発揮をよしとしてきた多神教国家が、人と同じこと、人の輪から外れないことを要請する国家に変質してしまったのです。こうした風土は戦後も変わることなく、家族主義的な企業文化に継承されていきました。


久保田崇

私も当初は、本の飛ばし読みに抵抗感や罪悪感を覚えていました(笑)。しかし新聞や雑誌は、自分の興味がある記事だけを、飛ばし読みしますよね。ストーリーを楽しむ小説は別として、自分にとって必要な情報収集が目的なら、本も飛ばし読みしていいんです。


河原由次

短期人材サービスを開始めた原点は、定職に就いていない若者に、たくさんの仕事を経験してもらいながら、あらためて自分がやりたいことが何であるのかを確認した上で、社会に飛び込んで欲しいという思い。


来島達夫

職場の規律を維持するためには、常に新しい目標を掲げ、達成を目指すことが必要だ。現状維持が目標になれば、(国鉄時代の)来た道を戻ることになってしまう。


小松永門

製品は売って終わりではありません。使っていただくことでお客様との付き合いを深めていくのが本来のあり方です。「人」に焦点を当てたサービスやサポートで製品の価値を高めながら、私たちはもう一度、日本のモノづくりの良さを見直していきたいと考えています。


田中稔一

うちは触媒などの研究で世界的にも高い評価を得ているのですが、商売下手と言いますか、マーケティングがなってなかった。これは一つの反省材料なので、今、マーケティングを懸命にやっていこうとしています。


田村潤

仕事はそれを得意としている人が手がけたほうが、生産性も質もあがる。


杉本八郎

アリセプトの開発でも、こうした幸運がいくつもありました。ですが、運を呼び込めたのは「認知症の薬を必ず開発する」という熱意が大きかったからかもしれません。名前からも分かるように私は9人兄弟の8番目。幼い頃からお母さん子で、貧しい中で懸命に育ててくれた母にいつか親孝行したいと考えていました。ところが、それを果たす前に母が認知症に。私のことが分からず、「誰ですか?」と聞かれた時には衝撃を受けました。母に恩返しをするためにも認知症の薬を絶対に開発する。その一念で研究に没頭しました。


山本真司

忙しいとつい保留してしまいがちな簡単な事務仕事などは、会議が始まる前の時間や、タクシーでの移動中などのスキマ時間に組み込むようにしました。そのために、モバイル機器を縦横無尽につないで、どこでも仕事ができる状況を作るように心がけました。「定時に帰る」という目標があればこそ、工夫はどんどん生まれてくるものです。


岡田博和

単なる生産工場ではなく、地域に根差したカンパニーとして、地域と共にお互いの発展を目指していきたい。


江崎利一

(会社の資金のほとんどを預けていた近江銀行が破たんし資金のほとんどを失ったとき)私はのどを締められる思いだった。「慌てるな!命がけの問題は宿題を解くような平静な気分でやれ」と自分に言い聞かせ、淀川に釣りに出かけた。その翌日も同じように出かけ、淀川の大きな流れを見ているうちに、水の中に北浜の銀行街が浮かんできた。「そうだ、大銀行にイチかバチかの体当たりで頼むのだ。死んだ気で頼めばきっと聞いてくれるに違いない」
【覚書き|この後、第一銀行を必死で説得し融資を得ることに成功した】