名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

松重豊の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

松重豊のプロフィール

松重豊、まつしげ・ゆたか。日本の俳優。福岡県出身。明治大学文学部文学科で演劇学を専攻。役者を志すようになり新宿の小劇場「スペースデン」で初舞台を踏む。その後、三谷幸喜主宰「東京サンシャインボーイズ」、蜷川幸雄主宰「蜷川スタジオ」などで活動。その後、フリーを経てザズウに所属。ドラマ『孤独のグルメ』の主役・井之頭五郎役などで知られている。

松重豊の名言 一覧

今でも芝居を観に行った劇場の暗闇の中で、役者仲間が新しい表現を獲得しているのを見ると焦燥感とか孤独感が出てきたりするんですよ。スクリーンからは見えてこない、人間の生身の葛藤や成長が劇場にはある。


生活者としての生き方みたいなものがちゃんと反映されないと、お客さんの共感を絶対に得られないと思う。何をして過ごして、何に感動して、何に怒って、何に平穏を見つけるのか……日常が大事だと。


苦しい時期の身の振り方、自分の追い込み方で、10年後、20年後が変わってくる。


僕らの仕事に正解はない。はっきりわからないまま、修行のように、あるものを捨て、新しいものを取り入れて作り変えていかないと滅びる。


その瞬間を真剣に取り組むしかない。


不安はあったけど、そういう状況をひっくるめて楽しめないか、と引き受けることにしました。もちろん、やるからには絶対に面白いものにしますよ。


たとえ同じ役を演じても少しでも変わっていかないと、やっていて面白くないと思っています。


「経験があると安心する」という人もいるかもしれませんが、それでは引き出しの中から出すことしかできず、新しいものを生み出せません。


仕事上で大切にしていることは経験に頼らずに忘れることです。演技の経験を引き出しにストックしておくのではなくて、引き出しをすべてその場で捨ててしまう。漫才師の方がお客さんに同じネタを見せたくないと思うように、役者もまったく同じ演技を見せてはつまらないという気持ちがあるんです。常に新鮮でありたいし、「この人のこんな演技は初めて観た」と思われたいのです。


現在は特に大きな目標も、こうなりたいという自分像なんてものもありませんが、まだやっていない役はたくさんありますから、それをひとつひとつ、自分のキャリアの中に加えていきたいと思って仕事と向き合っています。自分を必要としてくれる場所があるなら、自分が役に立てる限り、ぜひやらせてほしいという気持ちでいます。


退路を断てば「ここでやるしかない」と腹もくくれるし、若いうちに一度逃げておくのも悪くないのかもしれません。そうして初めて、自分の仕事が世間的に認められるかどうか、それでお金をもらっていいかどうか、戦略として考えていけるようになるんだと思います。


人生に一回リセットボタンがあるとしたら、すでに1回使っていますから、2度目はもう使えません。もうこの世界でダメだとは言えないという覚悟はそのとき持つことができました。
【覚え書き|俳優業を一度休業したことについて語った言葉】


僕自身は50代になってから、体力的な衰えも感じるようになり、若い頃と同じことはできないな、と感じています。しかしその分、まったく違ったこともできるようになってきた気がしています。ものの見方や考え方、演技の仕方にしても、意外性のあるやり方ができるようになると良いな、と。


俳優を目指して、最初に入ったのが蜷川スタジオ。妥協をしないことで有名な蜷川幸雄さんですからね。いろいろ鍛えられて密度の濃い時間を過ごしました。


役者の仕事はいつもそうですが、良い意味の緊張感を持続していないといけないと思っています。本作(孤独のグルメ)に関しても、食べるだけのドラマですが、事前に綿密に打ち合わせをしますし、本番ではチーム全員が「失敗しないぞ」という気概を持って真剣に臨んでいる。だから自分も絶対、NGなんて出せません。


何年芸歴を積み重ねても、「楽にやれる仕事」なんてありえないと思っています。ビジネスマンの方々も、それは同じではないでしょうか。部下に対して何か指示するにも、緊張感を持っていないと説得力がないし、組織を束ねていくこともできないですよね。


30代半ば、大河ドラマへの出演を皮切りにテレビの仕事も増えていきました。ただし、舞台と映像では勝手も違う。劇団と違い、誰も教えてくれない。必死で自分の演技をチェックして独学で研究しました。いまでも勉強の日々です。


若いミュージシャンと話をすることを意識的にしていますね。そういうことから、自分が好きなことをあぶり出すというか。音楽の世界がどんどん変わってきて、今、彼らがどんな音楽を作ろうとして、どんなものを聴いているのかが非常に気になるんですよね。常に若い人たちの話を貪欲に聞いていたいと思います。


ついこの間まで、ドラマ『バイプレイヤーズ』という作品に出演させていただいていたのですが、10~15年くらい前からバイプレイヤー(脇役)として活躍してきた同世代の俳優が集結する、とても楽しい仕事でした。10~15年前はちょうどみな40代くらい。今もみな最前線で頑張っていますが、それはやはり、40代の頃の頑張りがあったからだと思います。


僕自身、40代の頃が一番苦しかったです。20代はがむしゃらに頑張るだけで、30代は食っていくために必死だった。40代になったらある程度キャリアを積んで認知されたものの、その一方で上を見ればすごい先輩方ばかりで、下の世代からもプレッシャーを感じて。プライベートでも仕事でも、責任が重くなって、今思えばもがき苦しんでいた時期でした。でも、そのつらい時期があったからこそ今があると、実感しています。


『孤独のグルメ』は深夜にひっそりスタートした作品なので、まさか海外の方も観てくださっているとはびっくりしました。役者は僕一人で、最初はスタッフも少なく、普通の連続ドラマに比べたらはるかに小規模なチームでした。たとえるなら小さな町工場。小規模でも職人たちが良い商品を作っていたら、少しずつ売れてお客さんが増えて、海外の大企業までもが買いつけに来てくれた、という感じでしょうか。


蜷川(幸雄)さんの教えで痛感したのが、演劇は生ものだということ。公演に備え、稽古場に通って1か月くらいは稽古漬けの毎日。当然セリフの言い回しや、細かい動きまで厳しい指導を受けます。それをくり返すうちに、蜷川さんから演技にOKが出る。でも、安心できません。「これでいい」と合格点をもらった演技を翌日もそのままやると怒鳴られます。つまり、ラクしてはいけないんです。堕落しないために常に自分を疑って検証しろ、と叩き込まれました。


芸能界の中心にずっといたような俳優ではないので(笑)。50歳近くになるまでは、自分の所在が見つからずに周りでウロチョロしていましたから。当事者じゃないよ、というちょっとずるい立ち位置でこの世界を見ているのがいいかなと。


僕は女性に守られて生きている感覚があります。女性のスタッフの方と仕事すると、すごくやりやすいんですよ。女性って、たとえ会社に属していたとしても、組織の中で生きている感じをあまり受けないんですよね。独立しているというか一匹狼というか。僕ら俳優も組織の中で生きている人間ではないので、そういう方だと一緒に一つの作品に向き合った時にすごく信用できる。長く仕事をするようになると、言いたいことも言われるし、怒られるし……それが非常に心地いい(笑)。ぜひ女性は自信を持って、「私がいいと思うのはこういうことです!」と仕切ってもらえればと思います。


部屋を飾るのが嫌いなので、ガランとした家に住んでいるんですよ。だから逆に絶対必要な物、使う物のデザイン性は追求したい。例えば時計は一つだけでいいけれど機能美に溢れてなければいけない、とか。ただ……自分の中にすごくおばちゃん的な部分もあって(笑)。以前、大杉漣(れん)さんとタイに行った時、二人とも気に入った陶器のお店があったんですよ。「これかわいい! あれもかわいい!」っておばちゃん二人(笑)で盛り上がって、カラフルな陶器を段ボール二つ抱えて帰国したことがありました。


年齢と共に、俳優に求められるものは演技だけではないだろうと思うようにもなってきた。若いミュージシャンと僕が話している姿とか今ここで話していることを、若い俳優や表現者が見たら、ちょっとした刺激を受けるかもしれない。どんな方向でどんな矢が刺さるかわからないですからね。人の前に出る仕事をしている限り考えなければいけないことだと思うし、この仕事をする覚悟をした時から、どういうふうに生きればいいのかをずっと考えてきました。


『孤独のグルメ』は6年やっているので、お客さんの中で僕のイメージとして固定化した部分はあると思います。やっぱりそれをどう別のものに引っ張っていくか、という気持ちはありますね。いままで芝居をやってきた結果が出たわけではないというか……あれは演技ではなくて、食べているだけだなと思っているので(笑)。ただ結果的に支持されたのだとすると、今のドラマに対する提言でもあったのかなと思うんですよ。ああいうセミドキュメンタリードラマが支持されるのなら、作りこんだドラマで人を引きつけることもしないと、だめなんじゃないの? と、僕自身、そう突きつけられている感じがしましたね。


葛飾北斎は表現者としてすごいなと思います。俳優としても北斎みたいになることが理想だと思うんですよ。北斎は90歳を超えても、まだ自分のことを下手だと思うほど貪欲な人だった。それと、北斎って何でも屋なんですよね。風景面も、マンガもエロもホラーも描いた。西洋絵画も取り入れて、自分の幅を広げ続けた。俳優の場合、一つの役を大事にするというやり方もあるとは思うんですけれど、僕は北斎のように自在でありたいと思う。


確かに若い頃よりは仕事が増えて必要とされているという実感は正直あるし、期待されているところにいるとは思う。ただ果たしてそれでいいのかな、と考えたりする。モヒカンの20歳の俺が向こうから歩いてきて、いまの俺に「てめえ、くだらねえ芝居しやがって」って殴りかかってきたら、言い返せずに、殴られたままになるかもしれないな、と考えてしまうことがある。


松重豊の経歴・略歴

松重豊、まつしげ・ゆたか。日本の俳優。福岡県出身。明治大学文学部文学科で演劇学を専攻。役者を志すようになり新宿の小劇場「スペースデン」で初舞台を踏む。その後、三谷幸喜主宰「東京サンシャインボーイズ」、蜷川幸雄主宰「蜷川スタジオ」などで活動。その後、フリーを経てザズウに所属。ドラマ『孤独のグルメ』の主役・井之頭五郎役などで知られている。