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松本紹圭の名言

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松本紹圭のプロフィール

松本紹圭、まつもと・しょうけい。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。北海道出身。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界へ進む。超宗派仏教徒のウェブサイト「彼岸寺」を設立。お寺の音楽会「誰そ彼」、寺院内カフェ「神谷町オープンテラス」など仏教を親しみやすくする活動を行った。南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。著書に『おぼうさん、はじめました。』『こころの静寂を手に入れる37の方法』『お坊さん革命』『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』『脱「臆病」入門』ほか。

松本紹圭の名言 一覧

お釈迦様は、道を歩む上で最も大切なのは良い仲間を持つことであると説かれています。とかく結果が求められる世の中ですが、「何をやるか」だけでなく「誰とやるか」も大事にしたいですね。


僧侶の修行というと、朝から晩まで決められた日課をこなすだけと思われるかもしれませんが、案外そうでもないのです。師僧からの指示にただ従うのでなく、自分の頭で考えて、自分の心に沿って行動することが大事です。工夫も要ります。私自身、人から言われたことを黙ってやるのは苦手です。


他人と比較などしなくても、人はありのままで、本当にかけがえのない生命を生きています。


奥底にある不安や恐れを、真のリーダーと呼ばれる人は必ず乗り越えています。


自分が善人であることに執着すると、だんだんとがんじがらめになり自分の殻を打ち破れなくなります。


他人の人生を生きるのをやめて、ありのままの自分をそのままの自分として引き受けていく。そうすることによってはじめて自分の人生を生きられるのです。


自己愛や自分への執着心の強さは、自分と他人を隔てる壁を厚くしているようなもの。壁を高くして安心を得ようとしたはずなのに、高くするほど孤独に陥ってしまいます。


リーダーシップは社員間の競争の中で開発されるものではなく、根本的な人格形成や広い視野、長い時間軸でものを見る力を鍛錬していかねばなりません。


現代のような知識社会では、企業の未来を切り拓く価値を生み出す源泉は、やはり人にあります。管理型のマネジメントでは企業のブレークスルーとなるような価値を創出することはできません。企業としても一人一人のリーダーシップを開発していく必要があります。


不安や恐れで自分にしがみついている人は、会社組織を自分の確かさを強固にするための装置にしてしまう。しかし、その延長線上で殻を破るような大きな仕事に踏み出すことはできません。


仏教が大事にしている思想の中に「縁起(えんぎ)」というものがあります。「縁起がいい、悪い」というふうに使われることもありますが、本当の意味は「すべてのものは、それそのものとしてあるのではなく、他のすべてのものと相依って成り立っている」ということです。


仏教には「縁起」という言葉があります。すべての物事は深く関係し合いながら、相依って成り立っているという意味です。散らかった机の持ち主は、頭の中も散らかっている場合が多い。逆に、机を整理することで頭の中を整理することも可能。


日本の「道」の世界では、守破離という考え方が重んじられてきました。いかなる道であれ、師匠から教わった型を「守」ることから修行が始まります。基本の型が身についたら、次はそれを応用して自分に合った型をつくるのが「破」です。そして、最終的には型そのものから「離」れて自由自在の境地へと解き放たれるという、人間の成長プロセスと言ってもよいでしょう。


本当のリーダーは「私」などにとらわれてはいません。その虚構性に気付き、あるがままに見ること。「私」が消えるとどうなるか。その人はもはや「私」のために働くことはなく、同時に、「私」でないもののために働くこともないでしょう。まず社員を幸せにしてから後で自分も幸せになるといった、後先の問題でもありません。そこにあるのはいわば「無私のリーダーシップ」。自利と利他が同時に円満する世界です。


宗教はしばしば、人を「縛るもの」と誤解されますが、本来は人間の価値観や行動を縛るものではなく、社会を覆いつくす外的に与えられたシステムや基準によって意識・無意識的に縛られてしまっている人間が、心の自由を取り戻すためのものです。自由という言葉は「自らに由る」と書きます。つまり、自由=あらゆる依存から解放され、自己を生きること。本来の宗教とは、多くの人が知らぬ間に入信してしまっている「私教」や「お金教」などから自由になり、本来の自己を生きるための知識と実践の集合です。


これからの時代は出家の時代です。世俗のただ中に身を置きながら価値観のレベルで俗世間から離れ、人生そのものを修行の道場とし、既存のムラ社会から自由に飛び出しつつ、社会に対してよいインパクトを与えるような、出家的な生き方。そう格好よくは生きられないのが人間ですが、せめて、そういう生き方に憧れを持ち続けたいですね。


就活生から大企業の社長まで、お寺へ人生相談に来る多くの人が、過去の成功パターンや周囲の声に引きずられ、自分の頭で考えて、自分の心に沿って行動することを放棄してしまっています。しかし、ある時点で完成された成功パターンも、環境が変われば変化の必要が生まれます。自分の教えは人が川を渡る際の筏(いかだ)にすぎないから、用が済んだらさっさと捨てなさいとブッダが言ったように、後生大事に型を守るのではなく、実践によって本質を受け継ぐことが大切です。


人間の迷いは、思考が作り上げたフィクションの世界をリアルと認識してしまうことから生まれます。そうすると、他者を前にしながら、相手の外見・肩書・ステータスなどのラベルにとらわれて、真の意味でその人と出会うことができません。そして、他者と並列に置いた「私」の存在の卓越性を示そうと、無意味な勝負を始めます。優れたリーダーとしての「私」を示そうとして、かえって真のリーダーシップから遠ざかってしまう。これは、能力の高い人ほど陥りやすい罠です。


ビジネススクールなど象徴的ですが、現代は自己のアイデンティティを確立しよう、強いリーダーとして芯を持とうなどと「個」が強調されますね。しかし、果たして人の中に「芯」などあるのでしょうか。人は縁次第でいかようにも変わります。自己を深く見つめていくと、そこにあるのは変化することのない芯ではなく、玉ねぎみたいに、剥いて、剥いて、結局何もなかったという有り様です。「私」という存在は関係性の中で仮に成り立っているだけで、気づいてみれば「私」なんてものはどこにもなかった。その事実を知ることが「縁起」を知るということです。


出家とは、ただ既存の社会の外に出ることではないのです。既存の社会と緊密な関係を保ちながら外に居り、なおかつ既存の社会にもインパクトを与えることが大事です。会社を辞めればいいというものでもない。会社という名の既存のムラ社会から価値観のレベルで外に飛び出しながらも、そのど真ん中で生き生きと仕事をしつつ、常に組織に新たな風を送り続けている人。そんな「社内出家者」が、これからの企業でイノベーションを生み、社会変革をリードしていくんじゃないかと思います。


ブッダは「犀(サイ)の角のようにただ独り歩め」と言いました。「サイの頭に立つ1本の角のように、独りで自ら歩みなさい」という意味です。インドサイは群れではなく単独で行動するので、犀は「孤独」も意味します。なぜブッダが孤独を勧めるかといえば、私たちの悩みの多くは人間関係から起こるからです。仏教では、悩みの種の人間関係から距離を置き、周囲の声に引っ張られずに自律的に生きることが強調されています。とはいえ、悩みの原因となる人間関係から距離を取ることは、必ずしも独りきりで過ごすことを意味するのではありません。矛盾するようですが、ブッダは「学識豊かで真理をわきまえ、高邁、明敏な友と交われ」とも言っています。犀の角のようにただ独り歩む自立した優れた友と交流することは、自分自身が成長するためにもとても大切なこととされています。


松本紹圭の経歴・略歴

松本紹圭、まつもと・しょうけい。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。北海道出身。東京大学文学部哲学科卒業後、仏教界へ進む。超宗派仏教徒のウェブサイト「彼岸寺」を設立。お寺の音楽会「誰そ彼」、寺院内カフェ「神谷町オープンテラス」など仏教を親しみやすくする活動を行った。南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。著書に『おぼうさん、はじめました。』『こころの静寂を手に入れる37の方法』『お坊さん革命』『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』『脱「臆病」入門』ほか。