松方弘樹の名言

松方弘樹のプロフィール

松方弘樹、まつかた・ひろき。日本の俳優、映画プロデューサー。東京市出身。『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』でデビュー。ヤクザ映画の主演スターとして活躍。日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。

松方弘樹の名言 一覧

若いうちはなんでもやって、引き出しをいっぱいつくっておけ。


重要なのは、好きなこと、ときめくことを探っていくこと。それは趣味だけじゃなく、仕事もね。人間、自分の職業にときめかなかったら、長続きしませんから。


仲間っていうのは、甘え合うつながりじゃない。刺激し合う関係なんだよ。


僕はこれまで4本の映画をプロデュースしてますけど、俳優だけでは得られなかったものがたくさんあった。


やっぱり一歩踏み出すときは、度胸が大事。ビビったら道は広がらないですよ。


小難しい理屈をこねていないで動き回るべき。男としての確立、自分が大地を踏みしめる場所を探せばいい。


当たり前の努力を自力でやったヤツの周りには、生き様に見合ったいい仲間が何人か現れる。困ったときは手を差し伸べてくれて、ときにはキツいことも言ってくれるような。


大切なのはときめきがあるってことだよ。そうすると、人間、フットワークがすごく軽くなる。体が動き出すんだよ。なにをしていても、駆けつけたいわけだから。


僕は俳優業を徐々に好きになり、気がついたら50年。やっぱり、好きになったことが続ける原動力になったと思う。


俺は勝っている、負けている。そう思うのは当たり前。それが人間。負けていると思ったら頑張ればいい。勝っていると思ったら、「よし、もっと離してやろう」と突っ走ればいい。


釣りの最中は、「無」ですね。無心。魚のことしか考えていない。他のことは一切ナシ、雑念もないです。眼下の敵のことしか考えてないですから。


多くの人と接する仕事の反動なのか、ハンティングにゴルフ、釣り……。趣味に関しては、自然の中でひとりになれるものを選んできた気がします。


自分で蒔いた種ですが、2度も離婚もしてますし、よそで子供も作ってますし。普通はくたばってますよ。それでもしぶとく生きていられるのは、ステキな仲間が手を差し伸べてくれたから。


天職というのはどの人にもあるはずで、40代に入るまでに探ること。そして、ときめく生き方に早くたどり着いたヤツが、その後の人生で自分を確立することができる。


世の中、格差はあるんですよ。仲良くお手々つないでゴールとはいかない。人間は社会に出たら、絶対に競争にさらされる。でもね、だからこそ人間同士のコミュニケーションが大事になる。


人とのつきあいで、大切なことのひとつは、人の悪口を言わないこと。もちろん、頭の中で思うことはありますよ。でも、それは飲み込んでしまう。だってね、僕の前で誰かの悪口を言った男は、必ず他のどこかで今度は松方弘樹の陰口を叩くはず。本人は否定しても、周りからは「そういう男だ」と見られてしまう。それは男として最低。


手柄を独り占めしないことが大切。配当にしても金が残ったときに「次回作用に……」とは考えない。そのお金はみなさんがいたから初めてできたわけで、僕がいたからではない。だったら、還元しないとね。握り金玉(何もしない)で懐に入れてしまったら、次はない。1回完結で、使っちゃう。


幸い赤字が出たのは『せんせい』の8千万円だけで他の3本は当たってる。だから、出資してくれた人には2割、3割の配当を付けて返すことができています。2千万円借りた人には2600万円を返し、5千万円なら6千万円。すると、周囲は「松方に話を持っていったら、なにか起きるかもしれん」と見てくれる。そう期待してもらえるだけでも、人とのつながりは広く深くなっていくでしょう。


趣味でも仕事でも遊びでも、30代というのは何事もやったほうがいい。自分でブレーキかけることはないよ。なぜなら、勝手に絞られてきますから。たとえば、僕はもう30の倍以上の年齢になっています。自然とあれもこれも……とはできなくなってくる。結果、趣味の面で究極、ひとつ残ったのが釣りだったわけ。


松方弘樹の経歴・略歴

松方弘樹、まつかた・ひろき。日本の俳優、映画プロデューサー。東京市出身。『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』でデビュー。ヤクザ映画の主演スターとして活躍。日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。

他の記事も読んでみる

齋藤孝(教育学者)

たとえば企画書を書いて上司に提出する。どうもいい顔をしない。そこで自分の考えを主張するのではなく、どこに問題があるかポイントを指摘してもらう。即座にその点を修正して企画書を書きなおし、「これで大丈夫ですか」と確認をする。こういう人は印象がいいですよ。まじめに改善しようという素直さと前向きさ。上司からしたら可愛い人物に映ります。新しい職場や人間関係の中に入ったら、修正力があることを逆にアピールしましょう。うちのスタイルはこうなんだと言われたら、それに合わせて、修正し確認する。すると周囲はこの人は修正力と適応力がある人だということで安心するのです。


田中ウルヴェ京

スランプに陥った原因は2つでした。1つは一生懸命に体を酷使さえすればいいと思っていたこと。本来の問題は何かを考えず、ただ練習量を増やせば次の扉が開くと思っていました。もう1つは間違ったプライドを持ってしまったこと。優勝者として後輩たちの前で格好のいい完璧な練習ばかりするようになった。みっともなく失敗する練習を避けて、得意な練習ばかり。それがスランプから抜け出せず、苦労した原因でした。


斎藤広達

意思決定に必要なのは、時間をかけて絶対に成功する解を探すのではなく、与えられた条件下でベスト・アンサーをつくることです。そうしたら、あとはアクションを起こせばいいだけです。


芦田昭充

かつて日本企業のミドルクラスは、「社長はこういう考えだ」ということを部下に小出しにすることで権威を保っていました。社長との接点があると部下に思わせるだけで、部下はありがたみを感じていたわけです。しかし、こんなミドルは何のバリューも持っていない。一方の社長は雲の上の存在でね、一般社員とはたまにロビーですれ違うだけ。組織形態を変えるのはなかなか難しいですが、私はこういう状況を変えたかったのです。かつて、自分がマネジャー・クラスだった時代に、トップの考え方がなかなか伝わってこないという歯がゆさを感じることが多かったので。
【覚書き|マネジャー・クラスとのミーティングを頻繁に開いている理由について語った言葉】


上垣内猛

CEOとなったのを機に、私は「ワンチーム」というキーワードを掲げました。社内の掲示ポスターなどを通じて、仕事のやりがいや誇りについて私なりの考えをすべてのアソシエイト(従業員)に伝えてきたつもりです。


渡邉雅人(経営者)

英語の聞く力を養うのにお勧めなのが、好きなドラマや映画のDVDを使った台詞の聞き取りです。個人的には『LOST』『プリズン・ブレイク』がオススメ。こうした有名な作品は海外販売を意識して作られているので、劇中の英語にはクセや訛りが少なく、聞き取りやすい。そして一つひとつの台詞が短い。リスニングの練習に向いています。最初は、作品を字幕なしで見て、好きな台詞をノートに書く。次に英語字幕付きで見て、書き取った台詞と、英語字幕の台詞を照らし合わせて答え合わせします。シンプルなやり方ですが、私はこれをノート数冊分やったおかげで、リスニングが鍛えられた。


パスカル

知恵は知識に優る。


小林庄一郎

スパルタ教育で知られる旅順高校の合宿生活で学んだものの中で、後年私に一番役立ったことは、集団生活での互いの助け合いと、忍耐心を養ったことです。一人っ子でわがままいっぱいに育ってきた私が、合宿生活では他人の歯ブラシを使ったり、終わり湯の汚れた風呂にも平気で入れるようになったのは、集団生活の中では個人のわがままは全く通用しないことを悟ったからです。関西電力で労務担当として組合との折衝に当たった時など、この時代に身についた忍耐心が大いに役立ったものです。


養老孟司

人間の脳は、社会を相手にするか、自然を相手にするかで、使う脳か違うことがわかっています。女性は社会脳が発達していて、だから人づきあいが上手。一人で黙って考えて、数学の証明をしたりするのは、自然脳を使います。こちらは男性のほうが得意。大事なのは、社会脳も自然脳も人間に備わっていて、どちらが暴走してもいけない、ということ。


辻本憲三

新しいことに絶えず挑戦していけば、当然成功もするし失敗もします。


ラルフ・ウォルド・エマーソン

私たちの前にあるものも、後ろにあるものも、私たちの中にあるものに比べればほんの些事にすぎない。


江頭匡一

忘れてはならないのは企業らしさだ。個性という一本の筋が通っていなければならない。創業者というのは頑固で、判断を間違えてお客さんが離散してしまうあぶなさもある。それでも、「らしさ」を維持する頑固さが必要だ。


弘兼憲史

「人から得る情報」は、最も個人差が表れます。人からの情報網を持つことは、つまり「人脈」を持つこと。社内の人間だけのつき合いだと情報や視点が限られてくる。様々な業界の人が集まる場に積極的に出て、人脈を広げることは大切。


ジム・ロジャーズ

相場のポイントは、変化が起きていること、そして、それが一般に認識されていないこと。安く買って高く売れる物を見つけ出すということは、まだ誰も気がついていないコンセプトやまだ発見されていない変化を先取りするということだ。


ファイティング原田

全然、相手のパンチ力が違ったね。それだけじゃなく身長から体格まで違った。背が高いからパンチが届かないんだ。でも、そんなに人間変わらないと思って闘うしかない。
【覚書き:フライ級からバンタム級に移ったときの発言。その後、世界フライ級に続きバンタム級でも世界チャンピオンを獲得した。】


ページの先頭へ