松井忠三の名言

松井忠三のプロフィール

松井忠三、まつい・ただみつ。日本の経営者。ファッション・生活雑貨の無印良品を展開する良品計画社長。東京教育大学(のちの筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(のちの西友)に入社。同社のプライベートブランドだった無印良品が独立したのち良品計画に出向し、そのまま入社する。良品計画取締役、常務、専務、アール・ケイ・トラック社長、ムジ・ネット社長などを経て良品計画社長に就任。「残業禁止」や社内総ぐるみの「作業の標準化」などを進め、同社の業績を大きく伸ばした経営者。

松井忠三の名言 一覧

1つのビジネスモデルが崩れたとき、それを早く補強する次なるモデルを打ち出していくことがポイント。


スポーツでも芸術でも、すべてには基本があり、基本の上に創造性がある。基本なくして創造はない。


「勉強になった」と思うだけでは意味がない。アイデアをモノにするには、「とにかくすぐやってみよう」と、行動に変えることも非常に大切。


経営とは、時代を超えた普遍的な営みである。技術や環境が変われど、経営は組織やコミュニケーションに根ざした人間活動であることに変わりはない。


企業で一番大事なのは実行力。戦略が二流でも実行力が一流の会社は、戦略が一流でも実行力が二流の会社よりも圧倒的に強い。


業績を伸ばしている企業の共通項とは何か。それは、創業者視点のある会社。ゆえに、創業精神は徹底するまで教え続けなければならない。


人は1度失敗しただけでは学べず、2度失敗して初めて学ぶもの。


企業体質が悪ければ商品の品質も悪くなる。


経営にまぐれはない。


個人の能力に依存している限り、企業の成長は望めない。


優れた業績を残した会社には、この3つしかない。

  1. 「良い経営者」がいるか。
  2. 「良い仕組み」があるか。
  3. 「良い社風」があるか。

異論が出にくい組織は疲弊して、結果的に滅びる。


ブランドとは伝統と革新の連続。ブランドを発展させていくためにも、企業体質の強さや革新を続ける社風が重要。


未知の環境で逆境を経験した時こそ、人や組織の本質が最も見える。


マニュアルに書かれた「型」を厳格に守って実行することが、業務全体のクオリティを底上げする。


しっかり業績をあげつつ、人材を育て企業風土を築いていく、それが経営。


失敗をすべて個人のせいにするのは、一番幼い組織です。それに個人のせいにしてしまうと、それ以上考えが進まない。


行力の差は企業力の差になって表れる。


社内の紙の量と実行力は反比例する。


リーダーとして何かを実行するには、煩(わずら)わず、悩まず、とにかく最善を尽くし切るしかない。


社長就任後、現場を歩くことで、少しずつ店舗や商品の実態が明らかになった。それらの課題をひとつひとつ改善していった。


チャレンジ精神がなければ、どんな企業も生き延びられない。


企業は30年経つと構造を変えていかなければならない。この「変化し続ける体質」を、後進には脈々と伝えていって欲しい。


バトンタッチしても組織が永続できるよう、後継者は慎重に、複数で選ぶべき。


知恵を絞って作った会社の仕組みも、使う人次第で形骸化してしまう。


それぞれの個性を引き出す。これは現代のリーダーにとって、とても重要な視点。


下指導の目的は、「自分の頭で考えて仕事をしてもらうこと」に尽きる。


大事なのはベクトルを合わせること。企業経営者には、それを明確にすることが求められる。


性格は変えられなくても、行動は変えられる。


私は新入社員全員に性格検査を行なっています。チームをまとめ上げるには、性格の把握が不可欠だと思うからです。


苦労しないまま社長になった人には本質が見えないので、舵取りがうまく行かない。


主流にいなかったからこそ上司の顔色をうかがわずに行動できた。
【覚え書き|西友時代を振り返っての発言】


販売部長と商品部長を入れ替えることさえあります。違う立場で観ると全体像が見えてくる。


「何とかする力」とは実際の修羅場を自分で必死に知恵を働かせて乗り越えることです。こういう時に本当の力が身に付いてくる。


優秀な人材の囲い込みが起こらないように、人事異動では優秀な順番に人材を出す決まりにしています。部下は固有財産ではないのです。


会社は色んな部署が集まって仕事をしています。この道一筋の人は会社の経営を客観的に見ることができないので業務が進化しません。


複数の専門を持つ人こそ大局観のある人材に育つ。


ビジネスでは業務改革のために上司とぶつかる場面もあります。自分の頭で考えてリスクも取れる人の集団を作っていかなければならない。


泥臭く血にまみれても物事を達成していくくらいの実行力が企業では求められる。


自分たちが抱えている問題を解決している経営者は世の中に沢山います。その解決方法を勉強すれば、大抵は自分たちも同様に解決できます。


増収益を何年も続けている企業や人には必ず何か秘訣があります。経営にはマグレというものはありませんから。


他社のマニュアルをコピーしても全く役に立たない、稚拙でもいいから自分たちでつくらないと駄目だ。


当社のマニュアルはお客様の変化やメーカーさんの意見を聞いて最適化を図っています。社員の創意工夫が積み重なったもので、日々進化しています。


企業は実行してなんぼ。実行しなければ何の役にも立たない。実行して結果が出ると企業は変わっていく。


始めたら成果が出るところまでやりきる徹底力が大切。


ヒット商品のコツはありません。売れている商品がヒット商品であるということに尽きます。


モノは考えようで、左遷や厳しい環境を経験した方が、後には必ずプラスになる。


職人芸では経営が上手くいきません。職人は1つの事をやらせると素晴らしい能力を発揮しますが、どんどん広げて組織としてやっていく能力が低い。


全員が1つの方向に向かう体制を作り上げて初めて、企業としての大きな力が生まれます。情報の共有化は全員の方向性を統一するために必須です。


イノベーションというのは、既存と違うことをやらなければならない。


仕組みの中で1番重要なのは情報の共有化です。一人ひとりが知識を持って頑張っても、企業としての力にはなりません。


私は西友の課長時代から意識改革の難しさを実感していました。トップが身体をはって考え抜いてやるしかない。


自分の中で常識になっていることが、相手にとっても常識だとは限らない。


毎日疲れきって、家で寝るだけ。外に出ず、新しい刺激も得られないようでは、いいものは提案できない。
【覚え書き|残業禁止の理由について】


建前論で、いくら言葉を飾っても伝わりません。本音で話すからこそ、相手も素直に受け止めてくれる。


自分の言葉で話すことが大事。人が考えて書いた話は、どんなによくできた話でも伝わらない。


相手にとって身近な例で説明すると、知識や経験の壁を越えて概念をわかりやすく伝えることができる。


経験のない相手にどうやって伝えればいいのか。私は相手がわかる事例を使って具体的に話すことを意識しています。


相手に何かを伝えるときに心がけているのは、本音で話すこと。


言いたいことを全部話しても、相手はすべてを受け止めてくれるわけではありません。テーマを絞り、短くシンプルに話すことが基本。


夜に見回りをするなどひとつひとつの対策も重要ですが、やはり仕事を減らして社員の負担を軽くしてあげないとノー残業は難しい。


相手に意識を変えてほしいときに、結論だけを伝えてもダメ。背景や理由をきちんと伝えないと、人の意識は変わりません。


従業員に言葉でメッセージを伝えることは大切ですが、それに加えて仕組みを整えることもまた重要。


経験主義は特に「守り」に弱い。


仕事の細部こそマニュアル化するべき。細部を店任せにすると各店長の経験や勘によってばらつきが出てしまいます。


人事を全体最適にするには、私情を挟みにくい仕組みが欠かせない。


日本の常識は世界に行くと非常識になる。これが現実であり、日本の成功事例をそのまま持ち込んでも、ビジネスがうまく行くとは限りません。


出店の際は、いつでも撤退できるよう準備をしながら、注意深く行わなければなりません。


私たちは投資回収が非常に早い。日本は8~9ヶ月で全ての初期投資を回収する。中国では1年、ヨーロッパでも1年か1年半あれば回収できます。


語学力と仕事の能力はまったく別物。


同質の人間が集まっても良い知恵は出てこない。


「計画5%、実行95%」が私のモットーです。実行しなければ意味が無いのです。


社風とは現場から作るものです。どんなに立派な社訓や行動規範を作り、幹部や店長会議で話しても、思う通りに人は動きません。


私たちは自動的に全体最適になるような仕組みを作ることで、業務改善が下から上がってくるように心がけています。


人員削減は逆効果になることが多いため、極力やるべきではありません。となると、基本的にやるべきことは経費削減。仕事を無くすか、効率化するかということになります。


仕事の内容をある程度は標準化して、人に仕事を付けるのではなく、仕事に人を付けなくてはなりません。


平常心で努力し続ければ、解決の本質に迫れる。


順調なときに次の「危機の芽」を見つけることほど、難しいことはありません。


方々から責められても、組織や人、仕組みを変えられる人がリーダーであるべきだと思います。


ガバナンスが最初にあるのではない。利益と売り上げが上がって初めて、ガバナンスの意味が出てくる。


長期的な視点で会社を発展させるには、お客さまを見るしかない。お客さまが、市場が変わったら、全く違う手を打たないと駄目です。


会社があるのはひと言で言えば、社会に貢献するためです。これは間違いない。そうでないと会社は発展しない。


優れた経営者が引っ張っていた会社が、経営者が変わって駄目になるケースは多い。それは経営者個人の能力で引っ張っていたから。


会長時代の私には権限はありませんでした。実務の権限は社長に集中しています。会長が社長と同じ仕事をしたら駄目です。


大抵うまくいかないことが多い。そこで、うまくいかなかったことはどんどん変えていく。仕組みをどう実質化させていくかを考えていく。


役割の変化に合わせて、手帳術も進化した。


道は遠い方に真理がある。最近は近い道ばかり選択していたのではないか。


当事者意識が成果につながる。創業家経営者がサラリーマン経営者よりパフォーマンスが良いのはそのためではないか。


考えることが多すぎて、眠れぬ夜が増えた。だが、手帳で記録を取ると、3晩以上眠れないことはないと分かり、安心した。


成功の誤謬と言われますが、過去に成功したからこそ、変わることができない。そういうときはトップが変わらないといけない。


社長という仕事は、やってみないと分からない点が多い。特に保守本流を真っ直ぐに歩いてきた人ほどダメ。


企業風土改革のために行なったのが、しくみ作りです。人で勝負して負けるのであれば、しくみで勝負しようという考えです。


誰がやってもうまくいかないということは、ビジネスモデル自体が崩壊しているということでもあります。


オペレーションはどんどん変えていくべきですが、商品のコンセプトは絶対に変えてはいけない。


業績が悪いときは往々にして迷いが生じ、コンセプトを変えたり曲げたりしてしまいがちですが、それこそが本当の危機なのです。


イノベーションが次々出てくる企業体質でなければ、商品開発の仕方は少しずつ遅れて、駄目になる可能性がある。


企業体質が弱くなると、物事を変えられなくなります。常に外に向かってアンテナを構え、異業種の人たちとの交流が非常に大事。


守るべき原則がズレるとおかしなことになる。


お客さまのニーズに応えるだけでなく、1歩先のシーズを探る。その変化をとらえる仕組みを持っていないといけない。


仕事のマニュアルを標準化していかない限り、モノづくりはレベルアップしていかない。


多様な個性を持つ社員たちをまとめるには、人や組織の内面を深く理解しなければならない。


経営哲学と経営者個人の仕事の進め方は不可分。


自分から率先して挨拶を習慣化することで、部下たちとの情報共有がぐっとスムーズになる。上司からは有用な情報がたくさん上がれてくるようになる。


社員の意識を根本から変えたいなら、訓示を垂れたりするよりも、仕組みを作るほうが効果的です。行動を変えざるを得ない環境を、まず作ってしまえば良いのです。


私のビジネス人生は、言うなれば修羅場の繰り返しだったといえます。修羅場で逃げずに解決までこぎ着けたからこそ、次のポジションが与えられ、それがやる気や励みの源になる。その繰り返しです。


店長の数だけ正解があると、会社の意思として標準的なお店をつくっていくことができません。そんな非効率な組織で競争に勝てるわけがない。それでセゾングループはイトーヨーカドーやジャスコに負けたんです。


リーダーは「努力をすれば結果を出せる仕組み」を考えなければならない。


社長に就任したとき、断崖絶壁に立っているという意識でした。「ここで踏ん張らないと、もうあとはない。会社自体の存続も危ぶまれる」とまで考えていました。私自身のプレッシャーも相当なもので、ストレス太りで体重が80キロを超えた時期もありました。確かに大変でした。


「自分は大きな目標がない」という人も、目の前の課題に正面から取り組むべきです。どうしたら解決できるのか、その問題の本質を考えて、諦めないで最後までやりきる。そうすれば、より大きな目標もおのずと見えてくるものです。


売上や利益が落ちている原因の本質を徹底的に考えるということを怠り、目標設定の仕方を誤ってしまうと失敗します。


危機意識を持てたことが、経営を立て直せた一番の原動力になったと思います。
【覚書き|倒産寸前の状況で、無印良品の社長に就任したときを振り返っての発言】


課題解決のための目標と取り組みは、本質的なものでなくては意味がありません。そして退路を断つことで、是が非でもそれに取り組まなくてはならないという危機意識が生まれるのだと思います。


そのときに持っている目標を徹底的にやりきれるかどうかが重要です。その繰り返しが、だんだんとその人を成長させていくのだと思います。


当社では「30%委員会」といって、34%あった販売管理費30%にまで下げるためのプロジェクトをやりました。たかが4%と思われるかもしれませんが、約60億円もの経費削減が必要になります。これは、照明をこまめに消すなどといった小手先の改善で削減できる金額ではありません。これぐらい難しい課題に取り組むには、社内で知恵を出し合うだけでなく、他の会社に行って勉強することも必要です。面倒ではありますが、こういうことの繰り返しが、一人一人の社員が自分で考え、課題解決に取り組む風土をつくるのではないかと思うのです。


現場で働く若い社員は、その気になれば危機意識を持つきっかけはたくさんあると思います。むしろ難しいのは、中間管理職です。彼らは経営者のように全体を見ているわけでもないし、若い社員のように現場を見る機会も少ない。だから状況が悪化しているときでも、波風立てずにいつもどおりこなせばいいという意識に陥りがちなのです。中間層は組織を停滞させるガンになっているケースが非常に多いと思います。


社長に就任した当時、衣料品でおよそ38億円もの売れ残り在庫を抱えているという状況だったのですが、これを一気に償却しました。売値にすると90億円くらいになる在庫です。大きな決断ではありましたが、大胆に手を打つべきだと考え、実行に踏み切りました。また、「最後はアウトレットで売ればいい」と考えてしまうと甘えが生じますので、アウトレット店を7店から3店に減らしました。


売上が落ちたときに、長期的な視点で、ものごとを見ることが重要です。価格を下げたり、ポイントカードをつくったりして顧客を呼び込むという方法が良く見られますが、これは短期的な視点での対策といえます。抜本的な問題解決には結びつきません。これは熱が出たら解熱剤を飲むという類の対策でしかありません。熱が出たら、その原因は単なる寝冷えなのか、インフルエンザか、それとも内臓から来ているものなのかを仮説を立てながら注意深く観察して、見極めようとする必要があります。そうすれば問題の本質がわかります。


私が社長に就任する前、業績が停滞した際にまず出てきた意見は「担当者が悪い」というものでした。とくに衣服・雑貨部門の落ち込みが激しかったので、部門長を2年間で5人も入れ替えました。仕組みに問題があることに目を向けずに、「人を替えればなんとかなる」と思っていたわけですが、当然うまくいきませんでした。


業績が落ちれば、誰だって対策を考えます。しかし、危機意識がないままに場当たり的な対策を講じようとすると、問題の本質を見誤り、間違った目標設定をしてしまうことになりかねません。かつて我々がまさにそのような状況でした。


結局、クチコミの形で伝わっていくのでなければ、ブランドは浸透していきません。


数字の達成に焦ってはいけません。数や規模で攻めるのではなく、質を守り、ゆっくり、少しずつ、コンセプトに商品を合わせて改革し続ける。これこそブランドづくりの極意ではないでしょうか。


我々の最大の強さは、全社員が「これは無印らしい」「らしくない」という感覚を共有していることでしょう。これを全社員がDNAとして持っています。


常に鋭角的にモノづくりを続けなければ、モノのレベルはあっという間に下がってしまいます。油断をしていれば、消費者のニーズをしっかりとらえた商品をつくる会社が必ず出てきます。そして、生き残っていくのはそういう会社です。


無印良品が世に出てから約30年、時代が変わっても、ブランドの核になるコンセプトは変わりません。しかし、その解釈の仕方は進化しています。同じコンセプトについて、表現の仕方や解釈を変えて、お客さんの1歩か2歩先を行き、変革を繰り返していかなければなりません。老舗が変革を繰り返して残ってきた事実を見れば、それは自明のことです。


これまでとはまったく違った新たな消費環境で、いかに無印良品らしい無印良品に新しく作りかえていくか。それを追求することが、無印良品ブランドが輝き続ける唯一の方法でしょう。


我々は売れる商品をつくって、売っていくしか手立てはありません。消費者が本当に欲しいと思うようなものを出していかないと駄目です。


いまの局面を見ていると、大きな変化の兆しを感じます。過去の歴史を鑑みても、こういう激動の局面には、お客さんの嗜好が、ガラリと変わってきたからです。


わかりやすい言葉で明確なコンセプトを打ち出し、企業に内在するいろいろな要素を取り込みながら、社員が同じことに集中していく。そして、会社の価値観に合ったものが出来上がる。これが企業価値なのかもしれません。


無印良品らしさというブランドの原点をしっかり確認しながら、さらに次の時代に向けて、つくり直していかなければなりません。つくり直しも、業務の標準化や人材育成も含め、社員の意識共有につながるような仕組みが必要です。仕組みも時代に合わせて革新されないと、モノづくりがどんどん退化してしまいます。


どこに行っても、お客さんが「無印良品」というブランドに対して、豊かさを含めた信頼感や、安心感を感じられるかどうかが大切です。信頼感、安心感も、豊かさも、消費者の成熟レベルに応じて、意味が変わります。それをしっかりとらえていくことが大切です。


創業時の「わけあって安い」は、安くてシンプルで品質が良いという、成熟化の過程に合ったコンセプトでした。これをベースに持ちながら、コンセプトを見直し続けています。


当社は「会社がなくなるかもしれない」という危機感が会社を覆っていた2001年の挫折から、確かに立ち直りました。しかし、「進化と実行」を続け、絶えず優れた仕組みにし続けなければ、この先、生き残ることはできません。


海外で何が売れるかを見極めるのは、文化の違いにも左右されるので難しいです。たとえばシンガポールでは、ダンボール収納が全然売れませんでした。ダンボールの色が「貧しい色」を表しているからです。海外ではそういうことも、少しずつ理解していかなければなりなせん。


海外展開では、国柄や文化、気候風土に合わせたブランドの「解釈」が必要です。


お客様が求める品質の良さは、「品質の良さ」には違いないのですが、その意味が変わりました。ブランドのコンセプトには時代に合った解釈を加えなければなりません。


時代とのズレが生じてブランドが棄損され始めると、企業はブランドの本質と違うことに取り組み始めます。当社もコンセプトと違う色彩を入れたり、急速な拡大政策をとったりしていました。こういうことを始めると、ブランドの力はどんどん弱くなります。


ブームが起こるとピークを迎えるものです。無印良品もそうでした。私が社長に就任した2001年、業績は急降下して当期利益がゼロに近くなり、危機を迎えました。このころは、言ってみればブランドの進化が止まった時期でもありました。社員にも慢心が見られ、無印良品の商品づくりの本質を忘れ、値下げなど、短期的な施策に走るようになっていました。


無印良品は西友のノーブランドとして誕生しました。ノーブランドとはいえ、コンセプトは5から6年かけてじっくりと練り上げられました。掲げたのはシンプル、質、機能性です。そしてそこで具体的には何を追求していくかを、徹底的に議論しました。ただ安いわけではない、安い「わけ」をきちんとつくっていこうということになったのです。


消費の成熟化時代とは、皆が同じものを一斉に求めるのではなく、自分の基準で選ぶようになるという時代です。この時代の一番のカギは「品質」です。これを外すと通用しません。質の高さをしっかりと伝えていく。無印良品は、ブランドに頼らず中身で勝負する、いわばアンチ・ブランドとして登場しました。


従来とは視点を変えた仕事の効率化に社員も慣れてきています。夜7時に退社しなければならないとなると、単なるガンバリズムは通用しない。10分、15分単位でひとつの仕事を終えることが、いかに段取りを上手くやるかという効率化を進めるための工夫と訓練につながるのです。


商品開発の担当者が自分一人の頭の中で考えているだけでは、他者とも共有できないし、生産性も上がらない。そのプロセスを標準化することで、誰でもわかるようにするのです。担当者の交代でノウハウが失われ、次に来た人がゼロからやり直す必要はありません。


従来の会議では販売計画の報告書は60ページもありました。それには、過ぎ去った半年前の膨大な分析資料も含まれていました。しかし会議に必要なのは、過去分の分析ではなく、これから何をやりたいのか。必要ない資料を並べてごちゃごちゃ話す必要もありません。たとえば、やるべきことは3点にまとめ、その方策について何点か書けばいいのです。そのため、提出資料はA4判3枚に限定しました。


従来の仕事のやり方の視点を変えた効率化に社員も慣れていきます。夜7時に退社しなければならないとなると、単なるガンバリズムではなく、10分、15分の時間で一つの仕事を終えるにはどうするかという効率化する工夫と訓練ができます。


人事の幹となる仕事は社員の給与の計算と管理です。ここはしっかりとやる必要がありますが、枝の仕事も発生する。たとえば勤怠管理の報告が各部門から上がってこないと、報告はまだですかといったサービス精神による電話のやり取りを頻繁にするようになります。さらに葉の部分では、子供が生まれたらこういうサービスがあります、通信教育はこういうのがありますとか、膨大な福利厚生のメニューまで用意し、仕事をつくる。これは余分な仕事であり、そういう枝葉を削ぎ落す作業を進めたのです。
【覚書き|人事部の作業見直しを行ったときを振り返っての発言】


生産力を上げるには標準通りにやれば大きな問題は起こりません。仕事をしているといろんな創意工夫が出てくるわけですが、創意工夫自体は悪くないが、標準化もなしに進めると必ず問題が発生する。たとえば当社には300店舗ありますが、店舗が勝手に創意工夫をやり出すと店舗の数だけ家元ができる。その結果、皆平気で夜の11時、12時と終電がなくなるまで会社に残って仕事をすることになるのです。


確かに残業代も大きなコストですが、一番大きい目的は生産性を上げることです。ホワイトカラーの生産性を上げるのは一筋縄ではいきませんが、単に生産性を上げろといっても放っておくと通常のペースに戻ってしまいます。


要は段取り。最初から6時までに仕事を終えようと思えばできるのです。最初から、これは無理だ、残業するしかないなと思ってしまうと、夜の10時、11時までかかってしまう。だったら7時に終わりと全社的に決めてしまえば、7時に終わるように段取りをするのです。


人間は締切がある。あるいは明後日に企画の提案や昇進試験があるとなれば、能率は通常の三倍や五倍に上がるものです。生産制を理屈で攻めてもいろんなエクスキューズ(弁解、言い訳)が出てなかなか到達点に達しない。そうであれば、9時から7時という枠だけ決めてやる方がずっと早い。


人員削減をして何の問題も発生していない。というのはこれまで3から4時間でやれる仕事を微に入り細をうがち、8時間でやっていたからです。


ご存知のように成熟化が進んでいますから、ものすごく心地いいとか、つけたら気持ちいいとか、肌ざわりがいいとか、同じシャツでもデザインを含めて素晴らしくお値打ち感があるねという時代になっちゃったでしょう?これは、心が満足しないとダメな時代になったんです。その心の満足を具体的な商品で表すとするとどうするか。これが今の時代のキーワードです。


無印良品のコンセプトが進化したのは、最初の6年か7年です。そこで終わっているんです。100円ショップができて、ユニクロができてというなかで、どちらかというと暴力的な安さのほうに動いて行った。僕らの「わけあって、安い。」というのは、百貨店のクオリティを七掛けでというコンセプトですから、今後はそれに合った商品にしなければいけない。


自分と同じタイプの後継者を選ぶ社長をたくさん見てきました。そうすると創業者の7掛けの社長が生まれるんです。しかし、実際は自分とは違うタイプを選んだほうが成功率は高い。


私の場合は、畏敬する経営者を社外取締役に選ぶようにしています。そうでないと自分のアクセル役にはなっていただけません。きちんとした意見を持っていて、いざというときに自分の首を取ってくれるだろうと思える人です。


人生に無駄な経験などひとつもない。良品計画への出向は左遷で、私との付き合い方を変える人もいた。そこで世の中の見え方が変わった経験が、経営者になって役立った。挫折もプラスに転じられれば貴重な財産になる。


社長というのは、仕事ができるできない以上に「全人格」が大事なんです。社長はコントロールできない存在だからこそ、複数の人が違った角度で見ることが大事。


人によっては、現場を見てしまうと客観的になれないという見解もあると思いますが、私の場合は現場をきちんと理解しないとその会社の実態が見えない。


社長に就任して1年たって、自分の器以上に会社は大きくならないということに気付かされました。そこでもっと成長させるために、メンター(師)を入れようと思ったんです。メンターは顧問でも相談役でもいいのですが、一番権威があるのは社外取締役です。そこで社外取締役を入れました。メンターですから、いろんな経験がありつつ、何かをなし遂げてきた人、私自身がすごいと思える人にお願いしました。


変革を起こすことは、当然、リスクを伴います。抵抗勢力も出てくる。その中で、勇気を持って徹底的にやりきり、成果を出す。実行力が不可欠です。


プレイヤーは、それぞれが受け持つパートで決められた項目を徹底してチェックしていく。いわば部分最適が求められます。一方、マネージャーというポジションの役割は、全体最適を目指すこと。つまり、人や組織を使って会社を強くしていくことです。その観点から考えると必要な素養はいくつかありますが、最も重要なのが、改革を起こすこと、イノベーターであることだと私は考えます。


人間は環境によって育っていくものです。実際、優秀な経営者の中には、ストレートにトップまで上り詰めた方よりも、左遷や大病による休職、あるいは海外勤務の苦労など、紆余曲折を経た方が多いように感じます。彼らは、逆境の中で鍛えられたがゆえに、トップとして力を発揮できるのではないでしょうか。少なくとも、私の場合はそうだったと言えます。


自分が考え抜けた理由は、やはり環境にあると思っています。誰もが復活は無理だと言うほどの逆境に、経営者という立場でさらされた。そんな環境が自分を鍛えてくれたのです。


「人間とは社会的な存在である」という言葉がありますが、ビジネスにおける人の能力も、まさに社会的なものではないでしょうか。学歴やIQの高さといったことは、それほど関係がないように思います。何よりも、自身が身を置いてきた環境によってこそ、能力に大きな違いが出てきます。地頭とはそういうものだと私は考えています。


仕組みづくりのひとつの象徴が「MUJIGRAM」という13冊、2000ページというボリュームのマニュアルです。これを実行すれば、誰もが誰もがPDCAを100%回せるというものです。それまでの経験至上主義による暗黙知を、見える化・標準化したのです。これがあれば、店長のセンスによって店舗が変わることもありませんし、人が代わってもノウハウが失われてしまうことはありません。


海外では特に、指示を出す人間によってビジネスが成功するかが決まりますので、誰を送り出すかが重要なポイントになります。本社に頼らず、自分の頭で考えて行動できる人材を選べば、海外の事業は間違いなく成功します。


いわゆる「良い社員」というのは会社を良くしないと思っています。上司の覚えがめでたくないとうまくいかないと言われますが、それは仕事上の能力とは全く別ですから、実務にはあまり役に立たない。


私どもは指示が現場まで届いているかを報告するところまで仕組み化しているので、確実に社内で指摘された点を改善し毎日更新することができます。


会社を良くするための意識改革は、仕組みができて初めて実行できるもの。商品開発、オペレーション、人を育てる仕組みをつくることで意識改革も後からついてくる。


お客様の声から新しい商品を開発するだけではなく、一度売り場から消えた商品を復活させることもあります。360度全部開くダブルリングノートはあまり売れずに何回か廃盤になっているのですが、一定のファンから強い要望が多かったので今は残っています。


我々がブランドをつくる中で、変えてはいけない部分があります。それは商品の哲学や出店の仕方、宣伝の仕方などですが、この変えてはいけないことが一番大事です。


時代に合わせて商品の開発の仕方を変えることで、復活することができた。


「わけあって安い」というコンセプトは哲学ですから変えるわけにはいきません。しかしサブコンセプトは変えていかないと時代に遅れていきます。


後発の我々は、先行する各社の苦戦を見ながら、少し発想を変えなければいけないという意識がありました。そこで、消費者の意見をたくさん聞きながら、ブランドを創り上げていきました。


従来の百貨店は、店長が最終到達ラインですが、良品計画では店長がスタートラインと決めています。1店舗の店長を経験すると、ようやく一人前の経験ができる。


弊社では本部と各部署に業務基準書があります。他部署から配属された人も細かく書かれた業務基準書を使えば一人前になります。社員の視野も広がり専門度も高くなる。これで業務が日々レベルアップしていきます。


3~5年で人事異動するとノウハウが消滅してしまうことがある。そこで消滅しないような仕組みが必要。西友は優秀な人たちがいなくなった瞬間にノウハウがなくなってしまった。


会社経営で一番大事なことは「人に仕事が付く人事」から「仕事に人が付く人事」に変えていくこと。人が辞めても会社にノウハウが残るようにしないといけない。


人は何に適性があるか分からないものです。たまたま入ったのが人事でも、宣伝、販促を任せてみたら適性があるかもしれない。狭い範囲に閉じこもって自分の可能性を摘んではいけません。


上司のご機嫌ばかり伺うイエスマンを出世させると、仕事を遂行する能力を持たない人が台頭してきます。こうして会社は仕事ができない組織になっていく。


挨拶の徹底を行っています。今月は月曜日の8時から10時まで私は1階の入り口に立って出社する社員に、おはようございますと挨拶しています。挨拶は大切です。キヤノン電子の秩父工場は、朝は役員がずらっと並んで、出社する人に挨拶します。すると日本語が流暢ではない中国人の従業員はそれまで不具合があってもそのまま通してしまっていたのを、挨拶でコミュニケーションをとるようになってから、機械を止めてくれるようになったというのです。そして半年間のPPM事故率がゼロになったといいます。挨拶の本質が伺えますね。わが社も社員全員が出来るようになるまで、しぶとくやります。このくらいの徹底力で行動しないと、社員全体の風土は変わりませんから。


我が社の提案書はA4紙1枚だけとしています。資料を作るのは大変な作業です。会議資料を作るために残業するなどもってのほかです。資料を作ることが仕事だと最初は大半の人が思っていました。それは仕事ではないと理解してもらうのに大変苦労しました。実行することに心血を注いでもらうためにA4紙1枚に制限しました。


カエルを熱湯にいれると熱さですぐ逃げ出してしまいますが、冷水に入れて少しずつ熱していくと変化に気付かず絶命することから、環境の変化に対応出来ないマイナスの事例に使われます。が、私は会社の風土を変えていく手法としてポジティブに捉えています。いつの間にか、無意識の内に会社が変わっていたというのが、会社を変革する上で最も良い方法と思っています。


よく言われる「ホウレンソウ」はわが社では重視していません。入社1年目だったらいいでしょうが、まともになってきた人にそんなことをやっていたら、その人の成長が止まってしまいます。そこで我が社では「ホウレンソウ」の代わりにデッドラインを設けています。デッドラインは見えなければなりませんので、パソコンによる管理システムを導入し、会議が終われば記録を全部入れて、全員が見られるようにしています。つまり衆目監視のもとで、そのデッドラインが実現されているか全員で確認し合うわけです。これによりホワイトカラーの生産性が上がりました。


人を叱るときは、言い方にも細心の注意を払いたいところです。相手の人格を否定するような言い方をする人がいますが、あれは良くありません。結果が出なかったのは考え方や行動が間違っていただけで、人格は関係ありません。あるいは、根本的に会社の仕組みにも原因があるかもしれません。それらを考慮したうえで、考えや行動の間違ったところだけを指摘して、次のチャンスを与えればいい。


叱るときは直接伝えるべきです。間接的に伝えようとすると、言葉だけが一人歩きして真意が伝わらないおそれがあります。直接なら表情や言葉遣いも含めて表現できるので、誤解が生じにくいはずです。


直接褒めると、相手は何か裏があるのではないかと思って、素直に受け止めてもらえないことがある。それよりも本人がいないところで褒め、間接的にそれが伝わったときのほうが効果は大きい。


弊社は今、海外事業が好調です。それは海外事業部の専務がものすごく頑張っているからです。かつて西武百貨店や西友、パルコはアジア進出に失敗しましたが、彼はその後始末をやってきた男です。そのときの経験が今、弊社の世界展開に役立っているようで、非常に頼もしい。


ビジネスでは、たとえ言いにくいことでも、まずこちらの考えていることを単刀直入に話すべきです。最初にお互いの考えがわかれば、すぐに交渉に入れます。それが相手のためでもあります。


弊社はペーパーレスが進んでいて、会議で紙を使う必要がある場合も、1枚に収まるように短くエッセンスだけ書かせます。テーマが多いときは3つに絞ってもらいます。人間が覚えられるのは、せいぜい3つまで。それ以上は処理しきれないので書いても無駄です。


自分の考えを説明するときに、先人たちの名言やことわざを使うことはあります。昔から使われてきた言葉は本質を突いているものが多く、わかりやすいですから。


相手の立場や経験、知識のレベルに合わせて、伝え方を変えることも大事。


スポーツや芸術でもそうですが、まず最初に決まった「型」を習得して初めて「型破り」が可能になります。型がない人がやるのは「型なし」です。基本的な仕組みの存在こそが、会社の成長につながる創造性を生みだすのです。


基本的なマニュアルがあれば、逆に改善点や問題点が見えやすくなり、新しいアイデアが生まれる。そしてその発見をマニュアルの更新によって「見える化」し、共有すれば、会社の資産となる。


低成長時代は仕事を仕組み化しなければ勝てません。個人の経験に頼らず、会社が優れた仕組みを持つことが、その会社の成長を保障する資産となるのです。


仕事のマニュアル化の際、反対派を排除せず、逆にMUJIGRAM作成の委員に任命しました。最初は嫌々かもしれませんが、積極的に作成に関わらざるをえない立場になれば、人は自分の得意分野では知恵を出してくれる。そうこうするうちにいつの間にか反対勢力だった人も改革と変化に染め上がっていく。


「商品を整然と並べてください」と指導します。しかし「整然」のとらえ方は人それぞれです。だから、「フェイスUP(タグのついている面を正面に向ける)、商品の向き(カップなどの持ち手の向きをそろえる)、ライン、間隔がそろっていること」と、MUJIGRAM(無印良品のマニュアル集)で具体的に定義つけます。新入社員でもわかるように明文化することが重要です。


ある冬に、売り上げが落ちたとしましょう。その年が暖冬だったとしたら、経験主義だと「暖冬対策がうまくいかなかったね」ということで終わってしまう。けれども、実際には暖冬でも業績良好の企業はあるわけです。そういう会社は、暖冬でもモノを作る「仕組み」を持っています。


トップにふさわしい人を見定める際に私が重視するのは、未来を予測する力と本質を見抜く目です。社会の変化を見通せる経営者ほど、的確な判断ができるでしょう。


能の世界では、古典的な演目を名優が演じ、最後にひと工夫が入って新しい「型」が作られることを「型破り」と言って賞賛します。一方、「型」のない人は「形なし」とバカにされます。「ムジグラム」の仕組みは「形なし」を戒め、「型破り」を推奨するものです。より良いやり方があれば、内容をどんどん改訂していく。


普段は限られた時間でインプットの質を高めるために、要点がまとまった雑誌や新聞などからヒントを得ることが多いですね。でも、一度、心酔した本はとことん読み込みます。自宅やオフィスに揃え、いつでもどこでも開けるようにしています。


私の経営者としての出発点は逆境への挑戦だった。「良品計画」の社長に就任した際、会社は38億円の赤字で経営危機に瀕していた。改革に思いをめぐらすときに、常にかたわらにあったのがこの本(『経営は「実行」』)だ。本書では実行こそが会社を成長させる最大の原動力で、それを鈍らすのは企業文化だと指摘する。


仕組みづくりと並んで重要なのが社風を変えることですが、これには、あいさつは確実にやるとか、残業をしないで帰るとか、一度始めたことはやめないといったことが大変重要になります。社風は真似できませんし、変えるにはやり続けるしかありません。やめてしまうと元に戻ってしまいますが、いったんできると、相当強固になるのは確かです。


良品計画では、「デッドライン」という管理の仕組みをつくりました。デッドラインすなわち締め切りは確実に遵守する。そのかわり、そこに至るまでのあいだは自由にやってよいという管理の仕方です。これによって、次第に当事者意識も高まってきます。


当社のマニュアルの各項目の最初には、「何のためにその作業を行うのか」、作業の意味・目的が書かれています。つまり、「何を実現するか」という仕事の軸を持つためのものなのです。作業の意味を理解すれば、問題点や改善点も発見できるようになります。そして問題の本質がどこにあるのかを考えることにつながるのです。


意識を変えるには、仕組みや社風から変えないといけない。ビジネスモデルを整えたり、企業体質をよくする活動をしたりといった積み重ねと仕組みによって意識は変わる。


トップとして組織を引っ張っていくには「本質が見える」ことも大事です。いくら経営の本に書いてあることでも、実態にそぐわないものに一生懸命取り組んでも仕方ありません。その場合、違う方法を考えるしかなく、それを見つけるには本質を見る力がないと難しいでしょう。


「自分には権限がない」と言う人がいますが、課長であっても動かそうと思えば全部変えられるのです。逆に言えば、強烈な当事者意識がないとできません。


社長とその下の人間のあいだには、越えられない大きな川がある。まだ後ろに誰かいるという人間と、最後に自分で決断しないといけない人間とでは責任が違います。


リーダーに必要だと考える条件はいくつかあります。その中でも、これ以上大事なものはないと言えるのが当事者意識です。これは責任感と言い換えてもいいでしょう。


体調の細かな変化を手帳に記し、それを前年と見比べると、「秋口に不調が出やすい」といった傾向が見えてきました。そのおかげで、適度な運動と早めの就寝、魚・野菜中心の食事など、適切な対策がとれるようになりました。これは、継続的に記録することで得られた気づきです。


社長就任翌年の1月、決算発表の直前に強いめまいに襲われました。幸い、発表後に受けた検査では異常なしという結果でしたが、以降、身体の症状には気をつけるようになりました。


経営者をしていると、前年と今年、あるいは今年と来年、というふうに、2年分の手帳を開いて考える機会が多くあります。ですから私は、昨年のものと今年のもの、来年のものの3冊を常に手元に持っています。


会長に就任してからも、人材育成委員会の委員として、課長・部長・役員クラスの意識改革に努めました。部下を育てるために何をすべきかを彼らに指示する。ただ、口で言うだけでは、彼らは忙しさを理由に後回しにします。そこで、部下の育成計画を提出してもらうだけでなく、2か月に1回などの間隔で進捗状況を報告する仕組みにしました。デッドラインを設けたのです。


実行力のある企業にするには、社風や企業文化を変える必要がありました。そのためには仕組みを変えることが重要です。その際は、他社の仕組みを真似するだけでは駄目です。自社に合ったものを採用し、その後も日々改善することでシステムに血を通わせる。それを実行できたからこそ、良品計画はV字回復することができたのです。


かつて、私が作った海外留学の制度を利用してMBAを取った社員がいました。彼は当然、その知識を活かして働きたいわけです。しかし会社に戻って来ると、店舗の課長職に戻ってしまった。これでは向こうで学んだ成果を発揮できません。その結果、海外留学をした人たちは皆辞めていきました。制度だけ作っても、それを活かせる文化や社風が無かったのです。


計画は確かに重要です。しかし、現場で役に立たなければ、実行力の無い会社になってしまう。


私は、他社に直接、聞きに行きます。社長になった時、赤字を脱するために、様々な会社を訪ねて情報を集めました。そうして他社から聞いたことを参考にして、「ムジグラム」という店舗業務マニュアルを作り、業務効率を改善しました。


業績が悪い会社の記事を読んで、「他山の石」にすることも大事です。「なぜ業績が悪化したのか」「どうすれば解決できるのか」を、当事者の立場になって考える。こうしてシミュレーションしていれば、自分の会社が同じ目に遭うのを防げる可能性があります。


仕事がうまくいっていない時、まずすべきことは、「何が本当の問題なのか」を見つけることです。これができなければ、うまくいっていない状態から抜け出すことはできません。本当の問題ではない「見当違いの問題」を解決したところで、仕事がうまくいくようにはならないからです。


いざ仕事がうまくいかなくなった時、すぐに本当の問題を突き止めるのは簡単なことではないのも確かです。問題を解決しようとしても、自分1人ではいいアイデアが浮かんでこない場合もあります。問題を素早く見つけられるかどうかは、個人の才能よりも、日頃の習慣がカギになります。


記事を読むときは「自分がその会社の社長ならどうするか」「他と比べて何が違うのか」といった視点を持つといい。他社の問題も「自分の問題」として考えていれば、実際に自分の仕事がうまくいかなくなった時に、問題を見つけて解決できる可能性が高くなるはず。


「下手の考え休むに似たり」。同じ会社の人間が頭を寄せ集めて議論しても、いいアイデアはなかなか出ない。世の中には、自分が悩んでいる問題を既に解決している人や会社が必ずあります。他人の知恵を借りるのも1つの手です。


海外展開するならば、その国のお客様のために作らなければならない。これに関して私たちが失敗したと思うのは、デュッセルドルフに作ったドイツの1号店。日本人も多いという理由で出店を決めたのですが、「あれは日本人のためのお店だ」と思われてしまいました。


海外でビジネスをする上でブランドほど大事なものはありません。私たちには「わけあって安い」に象徴されるような禅や茶道という簡素を旨とする哲学が流れています。こうした価値観は、実は世界中に受け入れられる考え方だと思っています。


海外事業では、日本病にも気を付けなければなりません。日本人が、日本語の通じる場所で、日本のやり方で業務をしているケースは多い。これが全くダメだということは想像できるでしょう。


私たちは良い物件を選ぶ上で、デベロッパーといかに上手に付き合って、良い情報を早めにもらえるかが勝負。私も現地に行った際は、こうした人たちと必ず昼夜をともにします。一緒に食事をすれば友達になりますからね。


1年に1店舗ずつ作って黒字にしていく。この戦略はドイツでもフランスでも変わりません。黒字にしながら国の数だけ毎年店を増やしていく。北欧やアイルランドなど、例外的にフランチャイズ展開することもありますが、基本的には直営店ですね。


ブランドの浸透は思っている以上にゆっくりです。早く出店して、ブランドを認知してもらい、黒字化する。すると、次に行ける。ブランドを浸透させながら、同時に黒字化も実現しなければなりません。


新入社員は、MUJIGRAM(ムジグラム)を読み込むのが最初の仕事。統一された仕事のやり方をいったん覚えてしまえば、どこに行っても同じやり方ですから、滞りなく業務を進められます。まさに「実行」ができるシステムです。


仕組みというものは、時が経てば慣れによって有名無実化し、元の木阿弥になりがちです。提案強化月間を設けたり、良い提案に表彰や昇給などで応えたりと、モチベーションを高める仕掛けは欠かせません。


私の感覚では、大きな挫折を経験することなく、大事に育てられてエリートコースを上がってきた経営者はすぐにダメになってしまう。逆境でも腐らずに結果を出してきた経験が、物事の本質を見抜く力になると信じている。


松井忠三の経歴・略歴

松井忠三、まつい・ただみつ。日本の経営者。ファッション・生活雑貨の無印良品を展開する良品計画社長。東京教育大学(のちの筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(のちの西友)に入社。同社のプライベートブランドだった無印良品が独立したのち良品計画に出向し、そのまま入社する。良品計画取締役、常務、専務、アール・ケイ・トラック社長、ムジ・ネット社長などを経て良品計画社長に就任。「残業禁止」や社内総ぐるみの「作業の標準化」などを進め、同社の業績を大きく伸ばした経営者。

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