松井忠三の名言

松井忠三のプロフィール

松井忠三、まつい・ただみつ。日本の経営者。ファッション・生活雑貨の無印良品を展開する良品計画社長。東京教育大学(のちの筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(のちの西友)に入社。同社のプライベートブランドだった無印良品が独立したのち良品計画に出向し、そのまま入社する。良品計画取締役、常務、専務、アール・ケイ・トラック社長、ムジ・ネット社長などを経て良品計画社長に就任。「残業禁止」や社内総ぐるみの「作業の標準化」などを進め、同社の業績を大きく伸ばした経営者。

松井忠三の名言 一覧

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業績を伸ばしている企業の共通項とは何か。それは、創業者視点のある会社。ゆえに、創業精神は徹底するまで教え続けなければならない。


人は1度失敗しただけでは学べず、2度失敗して初めて学ぶもの。


企業体質が悪ければ商品の品質も悪くなる。


経営にまぐれはない。


個人の能力に依存している限り、企業の成長は望めない。



優れた業績を残した会社には、この3つしかない。

  1. 「良い経営者」がいるか。
  2. 「良い仕組み」があるか。
  3. 「良い社風」があるか。

異論が出にくい組織は疲弊して、結果的に滅びる。


ブランドとは伝統と革新の連続。ブランドを発展させていくためにも、企業体質の強さや革新を続ける社風が重要。


1つのビジネスモデルが崩れたとき、それを早く補強する次なるモデルを打ち出していくことがポイント。


未知の環境で逆境を経験した時こそ、人や組織の本質が最も見える。


スポーツでも芸術でも、すべてには基本があり、基本の上に創造性がある。基本なくして創造はない。


マニュアルに書かれた「型」を厳格に守って実行することが、業務全体のクオリティを底上げする。



しっかり業績をあげつつ、人材を育て企業風土を築いていく、それが経営。


失敗をすべて個人のせいにするのは、一番幼い組織です。それに個人のせいにしてしまうと、それ以上考えが進まない。


行力の差は企業力の差になって表れる。


社内の紙の量と実行力は反比例する。


リーダーとして何かを実行するには、煩(わずら)わず、悩まず、とにかく最善を尽くし切るしかない。


企業で一番大事なのは実行力。戦略が二流でも実行力が一流の会社は、戦略が一流でも実行力が二流の会社よりも圧倒的に強い。


社長就任後、現場を歩くことで、少しずつ店舗や商品の実態が明らかになった。それらの課題をひとつひとつ改善していった。


チャレンジ精神がなければ、どんな企業も生き延びられない。


企業は30年経つと構造を変えていかなければならない。この「変化し続ける体質」を、後進には脈々と伝えていって欲しい。


バトンタッチしても組織が永続できるよう、後継者は慎重に、複数で選ぶべき。


知恵を絞って作った会社の仕組みも、使う人次第で形骸化してしまう。


それぞれの個性を引き出す。これは現代のリーダーにとって、とても重要な視点。


下指導の目的は、「自分の頭で考えて仕事をしてもらうこと」に尽きる。


大事なのはベクトルを合わせること。企業経営者には、それを明確にすることが求められる。


私は新入社員全員に性格検査を行なっています。チームをまとめ上げるには、性格の把握が不可欠だと思うからです。


性格は変えられなくても、行動は変えられる。


苦労しないまま社長になった人には本質が見えないので、舵取りがうまく行かない。


主流にいなかったからこそ上司の顔色をうかがわずに行動できた。
【覚え書き|西友時代を振り返っての発言】


販売部長と商品部長を入れ替えることさえあります。違う立場で観ると全体像が見えてくる。


「何とかする力」とは実際の修羅場を自分で必死に知恵を働かせて乗り越えることです。こういう時に本当の力が身に付いてくる。


優秀な人材の囲い込みが起こらないように、人事異動では優秀な順番に人材を出す決まりにしています。部下は固有財産ではないのです。


会社は色んな部署が集まって仕事をしています。この道一筋の人は会社の経営を客観的に見ることができないので業務が進化しません。


複数の専門を持つ人こそ大局観のある人材に育つ。


ビジネスでは業務改革のために上司とぶつかる場面もあります。自分の頭で考えてリスクも取れる人の集団を作っていかなければならない。


泥臭く血にまみれても物事を達成していくくらいの実行力が企業では求められる。


自分たちが抱えている問題を解決している経営者は世の中に沢山います。その解決方法を勉強すれば、大抵は自分たちも同様に解決できます。


増収益を何年も続けている企業や人には必ず何か秘訣があります。経営にはマグレというものはありませんから。


他社のマニュアルをコピーしても全く役に立たない、稚拙でもいいから自分たちでつくらないと駄目だ。


当社のマニュアルはお客様の変化やメーカーさんの意見を聞いて最適化を図っています。社員の創意工夫が積み重なったもので、日々進化しています。


企業は実行してなんぼ。実行しなければ何の役にも立たない。実行して結果が出ると企業は変わっていく。


始めたら成果が出るところまでやりきる徹底力が大切。


ヒット商品のコツはありません。売れている商品がヒット商品であるということに尽きます。


モノは考えようで、左遷や厳しい環境を経験した方が、後には必ずプラスになる。


職人芸では経営が上手くいきません。職人は1つの事をやらせると素晴らしい能力を発揮しますが、どんどん広げて組織としてやっていく能力が低い。


全員が1つの方向に向かう体制を作り上げて初めて、企業としての大きな力が生まれます。情報の共有化は全員の方向性を統一するために必須です。


イノベーションというのは、既存と違うことをやらなければならない。


仕組みの中で1番重要なのは情報の共有化です。一人ひとりが知識を持って頑張っても、企業としての力にはなりません。


私は西友の課長時代から意識改革の難しさを実感していました。トップが身体をはって考え抜いてやるしかない。



自分の中で常識になっていることが、相手にとっても常識だとは限らない。


毎日疲れきって、家で寝るだけ。外に出ず、新しい刺激も得られないようでは、いいものは提案できない。
【覚え書き|残業禁止の理由について】


建前論で、いくら言葉を飾っても伝わりません。本音で話すからこそ、相手も素直に受け止めてくれる。


自分の言葉で話すことが大事。人が考えて書いた話は、どんなによくできた話でも伝わらない。


相手にとって身近な例で説明すると、知識や経験の壁を越えて概念をわかりやすく伝えることができる。


経験のない相手にどうやって伝えればいいのか。私は相手がわかる事例を使って具体的に話すことを意識しています。


相手に何かを伝えるときに心がけているのは、本音で話すこと。


言いたいことを全部話しても、相手はすべてを受け止めてくれるわけではありません。テーマを絞り、短くシンプルに話すことが基本。


夜に見回りをするなどひとつひとつの対策も重要ですが、やはり仕事を減らして社員の負担を軽くしてあげないとノー残業は難しい。


相手に意識を変えてほしいときに、結論だけを伝えてもダメ。背景や理由をきちんと伝えないと、人の意識は変わりません。


従業員に言葉でメッセージを伝えることは大切ですが、それに加えて仕組みを整えることもまた重要。


経験主義は特に「守り」に弱い。


仕事の細部こそマニュアル化するべき。細部を店任せにすると各店長の経験や勘によってばらつきが出てしまいます。


人事を全体最適にするには、私情を挟みにくい仕組みが欠かせない。


日本の常識は世界に行くと非常識になる。これが現実であり、日本の成功事例をそのまま持ち込んでも、ビジネスがうまく行くとは限りません。


出店の際は、いつでも撤退できるよう準備をしながら、注意深く行わなければなりません。


私たちは投資回収が非常に早い。日本は8~9ヶ月で全ての初期投資を回収する。中国では1年、ヨーロッパでも1年か1年半あれば回収できます。


語学力と仕事の能力はまったく別物。


同質の人間が集まっても良い知恵は出てこない。


「計画5%、実行95%」が私のモットーです。実行しなければ意味が無いのです。


社風とは現場から作るものです。どんなに立派な社訓や行動規範を作り、幹部や店長会議で話しても、思う通りに人は動きません。


私たちは自動的に全体最適になるような仕組みを作ることで、業務改善が下から上がってくるように心がけています。


人員削減は逆効果になることが多いため、極力やるべきではありません。となると、基本的にやるべきことは経費削減。仕事を無くすか、効率化するかということになります。


仕事の内容をある程度は標準化して、人に仕事を付けるのではなく、仕事に人を付けなくてはなりません。


平常心で努力し続ければ、解決の本質に迫れる。


順調なときに次の「危機の芽」を見つけることほど、難しいことはありません。


方々から責められても、組織や人、仕組みを変えられる人がリーダーであるべきだと思います。


ガバナンスが最初にあるのではない。利益と売り上げが上がって初めて、ガバナンスの意味が出てくる。


長期的な視点で会社を発展させるには、お客さまを見るしかない。お客さまが、市場が変わったら、全く違う手を打たないと駄目です。


会社があるのはひと言で言えば、社会に貢献するためです。これは間違いない。そうでないと会社は発展しない。


優れた経営者が引っ張っていた会社が、経営者が変わって駄目になるケースは多い。それは経営者個人の能力で引っ張っていたから。


会長時代の私には権限はありませんでした。実務の権限は社長に集中しています。会長が社長と同じ仕事をしたら駄目です。


大抵うまくいかないことが多い。そこで、うまくいかなかったことはどんどん変えていく。仕組みをどう実質化させていくかを考えていく。


役割の変化に合わせて、手帳術も進化した。


道は遠い方に真理がある。最近は近い道ばかり選択していたのではないか。


当事者意識が成果につながる。創業家経営者がサラリーマン経営者よりパフォーマンスが良いのはそのためではないか。


考えることが多すぎて、眠れぬ夜が増えた。だが、手帳で記録を取ると、3晩以上眠れないことはないと分かり、安心した。


成功の誤謬と言われますが、過去に成功したからこそ、変わることができない。そういうときはトップが変わらないといけない。


社長という仕事は、やってみないと分からない点が多い。特に保守本流を真っ直ぐに歩いてきた人ほどダメ。


企業風土改革のために行なったのが、しくみ作りです。人で勝負して負けるのであれば、しくみで勝負しようという考えです。


誰がやってもうまくいかないということは、ビジネスモデル自体が崩壊しているということでもあります。


オペレーションはどんどん変えていくべきですが、商品のコンセプトは絶対に変えてはいけない。


業績が悪いときは往々にして迷いが生じ、コンセプトを変えたり曲げたりしてしまいがちですが、それこそが本当の危機なのです。


イノベーションが次々出てくる企業体質でなければ、商品開発の仕方は少しずつ遅れて、駄目になる可能性がある。


企業体質が弱くなると、物事を変えられなくなります。常に外に向かってアンテナを構え、異業種の人たちとの交流が非常に大事。


守るべき原則がズレるとおかしなことになる。


お客さまのニーズに応えるだけでなく、1歩先のシーズを探る。その変化をとらえる仕組みを持っていないといけない。


仕事のマニュアルを標準化していかない限り、モノづくりはレベルアップしていかない。


多様な個性を持つ社員たちをまとめるには、人や組織の内面を深く理解しなければならない。


経営哲学と経営者個人の仕事の進め方は不可分。


社員の意識を根本から変えたいなら、訓示を垂れたりするよりも、仕組みを作るほうが効果的です。行動を変えざるを得ない環境を、まず作ってしまえば良いのです。


私のビジネス人生は、言うなれば修羅場の繰り返しだったといえます。修羅場で逃げずに解決までこぎ着けたからこそ、次のポジションが与えられ、それがやる気や励みの源になる。その繰り返しです。


店長の数だけ正解があると、会社の意思として標準的なお店をつくっていくことができません。そんな非効率な組織で競争に勝てるわけがない。それでセゾングループはイトーヨーカドーやジャスコに負けたんです。


リーダーは「努力をすれば結果を出せる仕組み」を考えなければならない。


社長に就任したとき、断崖絶壁に立っているという意識でした。「ここで踏ん張らないと、もうあとはない。会社自体の存続も危ぶまれる」とまで考えていました。私自身のプレッシャーも相当なもので、ストレス太りで体重が80キロを超えた時期もありました。確かに大変でした。


「自分は大きな目標がない」という人も、目の前の課題に正面から取り組むべきです。どうしたら解決できるのか、その問題の本質を考えて、諦めないで最後までやりきる。そうすれば、より大きな目標もおのずと見えてくるものです。


売上や利益が落ちている原因の本質を徹底的に考えるということを怠り、目標設定の仕方を誤ってしまうと失敗します。


危機意識を持てたことが、経営を立て直せた一番の原動力になったと思います。
【覚書き|倒産寸前の状況で、無印良品の社長に就任したときを振り返っての発言】


課題解決のための目標と取り組みは、本質的なものでなくては意味がありません。そして退路を断つことで、是が非でもそれに取り組まなくてはならないという危機意識が生まれるのだと思います。


そのときに持っている目標を徹底的にやりきれるかどうかが重要です。その繰り返しが、だんだんとその人を成長させていくのだと思います。


当社では「30%委員会」といって、34%あった販売管理費30%にまで下げるためのプロジェクトをやりました。たかが4%と思われるかもしれませんが、約60億円もの経費削減が必要になります。これは、照明をこまめに消すなどといった小手先の改善で削減できる金額ではありません。これぐらい難しい課題に取り組むには、社内で知恵を出し合うだけでなく、他の会社に行って勉強することも必要です。面倒ではありますが、こういうことの繰り返しが、一人一人の社員が自分で考え、課題解決に取り組む風土をつくるのではないかと思うのです。


現場で働く若い社員は、その気になれば危機意識を持つきっかけはたくさんあると思います。むしろ難しいのは、中間管理職です。彼らは経営者のように全体を見ているわけでもないし、若い社員のように現場を見る機会も少ない。だから状況が悪化しているときでも、波風立てずにいつもどおりこなせばいいという意識に陥りがちなのです。中間層は組織を停滞させるガンになっているケースが非常に多いと思います。


社長に就任した当時、衣料品でおよそ38億円もの売れ残り在庫を抱えているという状況だったのですが、これを一気に償却しました。売値にすると90億円くらいになる在庫です。大きな決断ではありましたが、大胆に手を打つべきだと考え、実行に踏み切りました。また、「最後はアウトレットで売ればいい」と考えてしまうと甘えが生じますので、アウトレット店を7店から3店に減らしました。


売上が落ちたときに、長期的な視点で、ものごとを見ることが重要です。価格を下げたり、ポイントカードをつくったりして顧客を呼び込むという方法が良く見られますが、これは短期的な視点での対策といえます。抜本的な問題解決には結びつきません。これは熱が出たら解熱剤を飲むという類の対策でしかありません。熱が出たら、その原因は単なる寝冷えなのか、インフルエンザか、それとも内臓から来ているものなのかを仮説を立てながら注意深く観察して、見極めようとする必要があります。そうすれば問題の本質がわかります。


私が社長に就任する前、業績が停滞した際にまず出てきた意見は「担当者が悪い」というものでした。とくに衣服・雑貨部門の落ち込みが激しかったので、部門長を2年間で5人も入れ替えました。仕組みに問題があることに目を向けずに、「人を替えればなんとかなる」と思っていたわけですが、当然うまくいきませんでした。


業績が落ちれば、誰だって対策を考えます。しかし、危機意識がないままに場当たり的な対策を講じようとすると、問題の本質を見誤り、間違った目標設定をしてしまうことになりかねません。かつて我々がまさにそのような状況でした。


結局、クチコミの形で伝わっていくのでなければ、ブランドは浸透していきません。


数字の達成に焦ってはいけません。数や規模で攻めるのではなく、質を守り、ゆっくり、少しずつ、コンセプトに商品を合わせて改革し続ける。これこそブランドづくりの極意ではないでしょうか。


我々の最大の強さは、全社員が「これは無印らしい」「らしくない」という感覚を共有していることでしょう。これを全社員がDNAとして持っています。


常に鋭角的にモノづくりを続けなければ、モノのレベルはあっという間に下がってしまいます。油断をしていれば、消費者のニーズをしっかりとらえた商品をつくる会社が必ず出てきます。そして、生き残っていくのはそういう会社です。


無印良品が世に出てから約30年、時代が変わっても、ブランドの核になるコンセプトは変わりません。しかし、その解釈の仕方は進化しています。同じコンセプトについて、表現の仕方や解釈を変えて、お客さんの1歩か2歩先を行き、変革を繰り返していかなければなりません。老舗が変革を繰り返して残ってきた事実を見れば、それは自明のことです。


これまでとはまったく違った新たな消費環境で、いかに無印良品らしい無印良品に新しく作りかえていくか。それを追求することが、無印良品ブランドが輝き続ける唯一の方法でしょう。


我々は売れる商品をつくって、売っていくしか手立てはありません。消費者が本当に欲しいと思うようなものを出していかないと駄目です。


いまの局面を見ていると、大きな変化の兆しを感じます。過去の歴史を鑑みても、こういう激動の局面には、お客さんの嗜好が、ガラリと変わってきたからです。


わかりやすい言葉で明確なコンセプトを打ち出し、企業に内在するいろいろな要素を取り込みながら、社員が同じことに集中していく。そして、会社の価値観に合ったものが出来上がる。これが企業価値なのかもしれません。


無印良品らしさというブランドの原点をしっかり確認しながら、さらに次の時代に向けて、つくり直していかなければなりません。つくり直しも、業務の標準化や人材育成も含め、社員の意識共有につながるような仕組みが必要です。仕組みも時代に合わせて革新されないと、モノづくりがどんどん退化してしまいます。


どこに行っても、お客さんが「無印良品」というブランドに対して、豊かさを含めた信頼感や、安心感を感じられるかどうかが大切です。信頼感、安心感も、豊かさも、消費者の成熟レベルに応じて、意味が変わります。それをしっかりとらえていくことが大切です。


創業時の「わけあって安い」は、安くてシンプルで品質が良いという、成熟化の過程に合ったコンセプトでした。これをベースに持ちながら、コンセプトを見直し続けています。


当社は「会社がなくなるかもしれない」という危機感が会社を覆っていた2001年の挫折から、確かに立ち直りました。しかし、「進化と実行」を続け、絶えず優れた仕組みにし続けなければ、この先、生き残ることはできません。


海外で何が売れるかを見極めるのは、文化の違いにも左右されるので難しいです。たとえばシンガポールでは、ダンボール収納が全然売れませんでした。ダンボールの色が「貧しい色」を表しているからです。海外ではそういうことも、少しずつ理解していかなければなりなせん。


海外展開では、国柄や文化、気候風土に合わせたブランドの「解釈」が必要です。


お客様が求める品質の良さは、「品質の良さ」には違いないのですが、その意味が変わりました。ブランドのコンセプトには時代に合った解釈を加えなければなりません。


時代とのズレが生じてブランドが棄損され始めると、企業はブランドの本質と違うことに取り組み始めます。当社もコンセプトと違う色彩を入れたり、急速な拡大政策をとったりしていました。こういうことを始めると、ブランドの力はどんどん弱くなります。


ブームが起こるとピークを迎えるものです。無印良品もそうでした。私が社長に就任した2001年、業績は急降下して当期利益がゼロに近くなり、危機を迎えました。このころは、言ってみればブランドの進化が止まった時期でもありました。社員にも慢心が見られ、無印良品の商品づくりの本質を忘れ、値下げなど、短期的な施策に走るようになっていました。


無印良品は西友のノーブランドとして誕生しました。ノーブランドとはいえ、コンセプトは5から6年かけてじっくりと練り上げられました。掲げたのはシンプル、質、機能性です。そしてそこで具体的には何を追求していくかを、徹底的に議論しました。ただ安いわけではない、安い「わけ」をきちんとつくっていこうということになったのです。


消費の成熟化時代とは、皆が同じものを一斉に求めるのではなく、自分の基準で選ぶようになるという時代です。この時代の一番のカギは「品質」です。これを外すと通用しません。質の高さをしっかりと伝えていく。無印良品は、ブランドに頼らず中身で勝負する、いわばアンチ・ブランドとして登場しました。


従来とは視点を変えた仕事の効率化に社員も慣れてきています。夜7時に退社しなければならないとなると、単なるガンバリズムは通用しない。10分、15分単位でひとつの仕事を終えることが、いかに段取りを上手くやるかという効率化を進めるための工夫と訓練につながるのです。


商品開発の担当者が自分一人の頭の中で考えているだけでは、他者とも共有できないし、生産性も上がらない。そのプロセスを標準化することで、誰でもわかるようにするのです。担当者の交代でノウハウが失われ、次に来た人がゼロからやり直す必要はありません。


従来の会議では販売計画の報告書は60ページもありました。それには、過ぎ去った半年前の膨大な分析資料も含まれていました。しかし会議に必要なのは、過去分の分析ではなく、これから何をやりたいのか。必要ない資料を並べてごちゃごちゃ話す必要もありません。たとえば、やるべきことは3点にまとめ、その方策について何点か書けばいいのです。そのため、提出資料はA4判3枚に限定しました。


従来の仕事のやり方の視点を変えた効率化に社員も慣れていきます。夜7時に退社しなければならないとなると、単なるガンバリズムではなく、10分、15分の時間で一つの仕事を終えるにはどうするかという効率化する工夫と訓練ができます。


人事の幹となる仕事は社員の給与の計算と管理です。ここはしっかりとやる必要がありますが、枝の仕事も発生する。たとえば勤怠管理の報告が各部門から上がってこないと、報告はまだですかといったサービス精神による電話のやり取りを頻繁にするようになります。さらに葉の部分では、子供が生まれたらこういうサービスがあります、通信教育はこういうのがありますとか、膨大な福利厚生のメニューまで用意し、仕事をつくる。これは余分な仕事であり、そういう枝葉を削ぎ落す作業を進めたのです。
【覚書き|人事部の作業見直しを行ったときを振り返っての発言】


生産力を上げるには標準通りにやれば大きな問題は起こりません。仕事をしているといろんな創意工夫が出てくるわけですが、創意工夫自体は悪くないが、標準化もなしに進めると必ず問題が発生する。たとえば当社には300店舗ありますが、店舗が勝手に創意工夫をやり出すと店舗の数だけ家元ができる。その結果、皆平気で夜の11時、12時と終電がなくなるまで会社に残って仕事をすることになるのです。


確かに残業代も大きなコストですが、一番大きい目的は生産性を上げることです。ホワイトカラーの生産性を上げるのは一筋縄ではいきませんが、単に生産性を上げろといっても放っておくと通常のペースに戻ってしまいます。


要は段取り。最初から6時までに仕事を終えようと思えばできるのです。最初から、これは無理だ、残業するしかないなと思ってしまうと、夜の10時、11時までかかってしまう。だったら7時に終わりと全社的に決めてしまえば、7時に終わるように段取りをするのです。


人間は締切がある。あるいは明後日に企画の提案や昇進試験があるとなれば、能率は通常の三倍や五倍に上がるものです。生産制を理屈で攻めてもいろんなエクスキューズ(弁解、言い訳)が出てなかなか到達点に達しない。そうであれば、9時から7時という枠だけ決めてやる方がずっと早い。


人員削減をして何の問題も発生していない。というのはこれまで3から4時間でやれる仕事を微に入り細をうがち、8時間でやっていたからです。


ご存知のように成熟化が進んでいますから、ものすごく心地いいとか、つけたら気持ちいいとか、肌ざわりがいいとか、同じシャツでもデザインを含めて素晴らしくお値打ち感があるねという時代になっちゃったでしょう?これは、心が満足しないとダメな時代になったんです。その心の満足を具体的な商品で表すとするとどうするか。これが今の時代のキーワードです。


無印良品のコンセプトが進化したのは、最初の6年か7年です。そこで終わっているんです。100円ショップができて、ユニクロができてというなかで、どちらかというと暴力的な安さのほうに動いて行った。僕らの「わけあって、安い。」というのは、百貨店のクオリティを七掛けでというコンセプトですから、今後はそれに合った商品にしなければいけない。


自分と同じタイプの後継者を選ぶ社長をたくさん見てきました。そうすると創業者の7掛けの社長が生まれるんです。しかし、実際は自分とは違うタイプを選んだほうが成功率は高い。


私の場合は、畏敬する経営者を社外取締役に選ぶようにしています。そうでないと自分のアクセル役にはなっていただけません。きちんとした意見を持っていて、いざというときに自分の首を取ってくれるだろうと思える人です。


松井忠三の経歴・略歴

松井忠三、まつい・ただみつ。日本の経営者。ファッション・生活雑貨の無印良品を展開する良品計画社長。東京教育大学(のちの筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(のちの西友)に入社。同社のプライベートブランドだった無印良品が独立したのち良品計画に出向し、そのまま入社する。良品計画取締役、常務、専務、アール・ケイ・トラック社長、ムジ・ネット社長などを経て良品計画社長に就任。「残業禁止」や社内総ぐるみの「作業の標準化」などを進め、同社の業績を大きく伸ばした経営者。

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