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村田諒太の名言

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村田諒太のプロフィール

村田諒太、むらた・りょうた。日本のプロボクサー。奈良県出身。中学時代にボクシングを開始。東洋大学経営学部経営学科卒業。ロンドン五輪ボクシングミドル級で金メダルを獲得。約半世紀ぶりに日本ボクシング界に金メダルをもたらした。

村田諒太の名言 一覧

自分でコントロールできないことは、考えても何も変わらない。


ポジティブだから勝てるわけでも、ネガティブだから負けるわけでもない。大事なのは、結果を出すこと。結果が自信を生んで、いい流れをもたらすんじゃないでしょうか。


ルンルンで仕事に行く人はいないでしょ(笑)。僕も気が乗らない日も練習に行きます。ジムに行けば、何か刺激があるから気分が高まりますね。


最後に逆転すればいい。そのために残り時間で何をすべきか考えた。


成長し続けるために必要なのは自信でしょうね。自信を持つためには、ある程度の結果が必要。結果を出すためには、日々の地道な練習にどう向き合うかということが大事。


いい試合を見せます。負けることは許されないと思っているので。もらいたくてももらえない貴重なチャンスを結果につなげないと、自分のボクシング人生はないという覚悟でしっかりと挑みます。


家族やいろんな人と会って話すのもいいと思います。「そんな狭い世界の小さなことで悩んでいたんだ」と気づかせてくれます。第三者の視点が持てると、景色がぱっと変わって冷静になりますよね。


アマとプロがどちらが上で下かという考えはありません。あえて違いを挙げるなら、お客さんが自分を必要としてくれるかどうかがプロの世界だと思います。


半年以内に達成したい目標には、五輪でのメダル獲得を書いた。そこから逆算して節目ごとの目標を書くことで、今、自分が何をすべきか見えてきた。これは大きな収穫でした。


どんな動きができればいいのかを書くと、「そのためには何を意識して練習すればいいのか」が見えてきますよね。これを作ったことで僕は、「今、すべきことを先回りして書けばいいんだ」と気づきました。それで、練習日誌の書き方を変えたんです。


冷蔵庫の扉に「オリンピックで金メダルを取りました。ありがとうございました」と書いた紙を貼っていました。僕の弱気な性格を何とかしようと思った妻が、発破をかけるために貼ったものです。最初は「何を根拠に……」と思いました。でも、毎日見ているうちに「金メダルが欲しい」と思うようになった。


僕は2011年の五輪予選前から、日々の練習の反省点などをノートに記録していましたが、五輪直前に手法を変えました。未来日記形式で、まず目標やテーマを「できました」と過去形で書いてしまう。それから、練習に出かけるようにしたんです。顔面に相手のパンチを受けないためには、常に頭を左右に振って的を絞らせないことが大事です。この日も前もって「頭を振れた」と書いたことで、スパーリングではパンチをもらいませんでした。


1人でも多くのお客さんが僕の試合を観たいと思ってくださるなら、与えられた試合は何でもやりたい。昔は「自分のためにやる」という考えが強かった。でもプロなので、お客さんが観たいと思ってくださらない限り、試合は行われません。


応援してくださる方がたくさんいることは力になる反面、プレッシャーに感じることもある。そこで、「僕が負けたら手を叩いて喜ぶやつはいっぱいいる。だから、自分の地位やプライド、存在価値を失うとか失わないとか考える必要はない」という視点を持つと、気持ちがラクになりました。


人間は自分の行動や意思決定について、何かと理由をつけたがる。でも本当は逆で、「こうしたい」という感情や意思が先にあって、その後に自分を肯定するような材料をいろんなところから探してきて、もっともらしい理由をつけようとする。


いくら心を整えたところで、結果を残せなければメンタルは強くならないとも思っています。僕の場合、世界選手権の2回戦で、世界で2連覇していた選手に勝ったことが自信になって、メンタルが強くなった。その下地になったのがメンタルトレーニングだっただけで、強くなった直接的な要因は結果が出たからなんです。


2011年の世界選手権では、2連覇している相手と当たったんですが、「勝っても負けても実力を出そう」という持ちでやったら、勝てたんですよ。その勢いで、一気に決勝へ進出して銀メダルまで獲得できました。


プロ1、2戦目は「圧倒したい、KOで勝たないと」、っていう気持ちが先走り、勝ちはしましたが、練習の成果がまるで出せなかった。でも、その反省を踏まえた3戦目は普段の練習通りのことを出し切れて、練習と試合がつながりました。自分なりにプロとしての戦いができたんです。


いまロンドン五輪の金メダリストって何人くらい覚えていますか? 絶対に、風化するんですよ。好きなことをやらないで、数年後に「あの人はメダリストだったんだよ」と言われる人生は恥ずかしい。それなら好きなことにチャレンジしようと、プロ転向を選んだんです。


僕はビビリです。試合に臨む前にネガティブになってしまう。じつはデビュー戦前も、オヤジに電話して泣いてしまいました(笑)。でも、「ポジティブにならなあかん!」とは思っていません。試合前にネガティブでも、ポジティブでも、メンタルだけで結果が左右されることはないんですよ。これは実体験で確信しています。


プロになったいま、世界チャンピオンになることは「義務」だと思ってます。五輪の金メダリストは強いということを証明したい。そもそもボクシングを始めた理由は、誰よりも強いと認められたい自己顕示欲からですしね。満足のいくまで、日々、最善を尽くしていくつもりです。


自分の限界を決めるのは自分だ。「体が大きい外国人には勝てない」「そんなやり方で結果を出した人はいない」「それは無理だろう」といった「先入観」や「固定観念」「否定」から入ると、限界値を自分で決めてしまい、本当の実力以上の結果が出せなくなるかもしれない。越えられない壁を作り突破口を塞いでいるのは、対戦相手ではなく自分なんですよね。


(判定で敗れた)試合が終わって1か月半ほどは、お世話になった方の挨拶回りや会食が忙しくて、落ち込むとか燃え尽き症候群になるとか、そんなことになる暇すらありませんでした。そもそも判定の結果は、自分の力ではどうすることもできません。自分で変えられないことに悩み、不安を覚え、翻弄されるほどムダな時間はないと思っています。


プレッシャーに押しつぶされそうな人は、プレッシャーを感じている理由がぼんやりしていることが多く、悪い結果になった時のことばかり考える。「なぜ自分はプレッシャーを感じているのか」と自問自答し、その正体を理解するだけでも少し安心するし、どんな考え方をすれば、ある程度対応できるかが見えてきます。マインドをリセットできれば、何とか押しつぶされずにいられます。


金メダルを獲る前は、大学の職員をしていました。当時は仕事とボクシングのかけもちで時間のやりくりが大変でしたね。残業もしてましたし、学生部の職員だから入学式など催しがあるシーズンは、ボクシングより仕事が優先でした。だから、限られた時間を有効に使うため、練習の質を高めようと必死でした。そんな環境だからこそ、ボクシングの練習だけに専念できる選手には、「負けてたまるか」って気持ちがありました。


以前は、メンタルを支えるために日々の練習内容や気づきをノートに記録していましたが、今は書いていません。感覚や気づきを明確な言葉で書き残した途端、それにとらわれてしまうことがあります。今を生きるではなく、過去を生きることにもなる。気づきを抽象的にメモすることはありますが、読み返さないですね。記録することを否定するのではなく、今は書かない方が僕にとっていい状態なんです。


成長のためには考え続けることが大事で、必死に考えてもがくスランプの時期は絶対に必要です。僕もプロ8戦目で判定勝ちに終わったあたりから、成長が止まった気がしました。フォームを見直し、下がってきたガードを上げようと意識しましたが、しっくりこない。そこで視点を変えて間接的な部分に着目し、体全体のバランスを見直して、いつも踏ん張ろうと意識していた右脚の力を抜いたんです。すると右膝が上がりバランスが良くなって、ガードも自然に上がった。「右脚を踏ん張らなければ」という意識が強すぎて全体のバランスが崩れていたことに気づいたおかげで、スランプを脱出できました。問題そのものではなく、間接的な部分に焦点を当てることで解決することも学びました。あのスランプがなかったら今も悩んでいたかもしれません。


モチベーションが上がらないという人は、転職など逃げ道になるような選択肢がたくさんあるからではないでしょうか。僕にはボクシングしかないし、結果を出さないとご飯が食べられない。だから練習メニューも真剣に考えます。昔は「本当にこの練習でいいのか」と迷いましたが、経験を積み重ねることで、自分にとって意味のある練習とそうでない練習が分かってくるんです。僕の場合、ウエートトレーニングやスポーツ科学に頼るのではなく、走ったり自重を使った補強トレーニングをしたりといった極めて原始的な練習を選ぶ、とかですね。


常識を打ち破る目覚ましい活躍をしているのは、限界値を決めない人が多い。年齢による限界を決めずにメジャーリーグのバッターボックスに立ち続けるイチロー選手や、ピッチャーと打者の二刀流で挑戦する大谷翔平選手などがその代表例。「やってみなければ分からない」という限界値を決めない意識や、「こうでなければいけない」という教えを守らない精神は、トップを目指すアスリートはもちろん、ビジネスパーソンも大切だと思います。


心理学者アルフレッド・アドラーが「共同体感覚」という言葉を使いましたが、人間は共同体なしでは生きられず、自分の利益を第一に考えるよりも、周囲に貢献するという感覚の方が幸福感を得られます。トップアスリートが「国民のため、応援してくれる人のために戦う」「お世話になった人に恩返しがしたい」などと言いますが、実際に「応援してくれる人、支えてくれる人」を一番に考える方が、「自分を一番」に考えるよりも力が発揮でき、頑張れる気がします。


哲学や心理学、神学などの本は、ニーチェなどの哲学書を愛読していた父に勧められて読むようになりました。「ネガティブなことをポジティブに考えよう」などと考え方を変えるようなメンタルトレーニングも勉強しましたが、良い結果が出た時はいいですが、結果が出ないとネガティブなままなんです。だったら無理にポジティブに考える必要はない。こうした数々の本から学んだ言葉の方が腑に落ちるし、どんな結果にも、心揺さぶられることなく、受け入れられるようになりました。


皆「こうしたらこうなる」というハウツーのような方程式を欲しがりますが、結果が出て初めて、それを方程式として語ることができる。他人の方程式は事実として受け入れつつ、結局は「そんな事実がある中で、自分は今、何ができるのか」を考えて実践するしかない。結果が出るか出ないかは、神のみぞ知る、ですから。


メンタルが強くなかったので、専門書や哲学書を読んで実践してきました。メンタルの弱さには先天性のものと後天性のものがあって、僕は先天性のものでした。いまだに高いところは苦手だし、ジェットコースターにも乗れないビビリです。何事も慎重派ですしね。でも鍛えたおかげで、今は普通の人よりはメンタルが強くなりました。


ある雨の日に、都内の交差点でタクシーを拾ったんです。すると、女性が突然走ってきて僕が拾ったタクシーに飛び乗ったんですよ。雨の中、タクシーを取られた僕は、驚いたと同時にイラッとした。すると、そばでその一部始終を見ていたおばさんが、「ひどいわね」と言わんばかりの笑顔で僕を見ていたんです。目が合った瞬間、僕の怒りはさーっと収まり、「ひどいですよね」と笑いながら話しかけていました。一瞬にして怒りが笑いに変わったことが、僕は不思議でしょうがなかった。その後に向かったトレーニングジムで、心理学者のアルフレッド・アドラーの学問を用いたスポーツ心理学を教えているという方と出会い、「タクシー事件」について話しました。すると「ああ、それは視点が変わったんですよ」と言われて腑に落ちたんです。怒りを覚えた瞬間は、2人の間で起きた出来事の当事者でしたが、おばさんという第三者が現れたことで、僕は当事者から第三者の視点に切り替わった。だからムカつく出来事が一瞬にして面白い出来事に変わったんだと。第三者の視点を持つことで、生きていくのがラクになると実感しました。


プレッシャーの正体は、自分が作り上げた偶像や幻影です。多くの人は、「自分はこういう人間だ」「世間や会社の人たちからこう見られている」と考え、「失敗したくない」「信用を失いたくない」などと思ってしまう。僕も、不特定多数の人からこんなふうに見られていると思うわけですが、それは自分が勝手に思っているだけで、確定的なものではない。


村田諒太の経歴・略歴

村田諒太、むらた・りょうた。日本のプロボクサー。奈良県出身。中学時代にボクシングを開始。東洋大学経営学部経営学科卒業。ロンドン五輪ボクシングミドル級で金メダルを獲得。約半世紀ぶりに日本ボクシング界に金メダルをもたらした。