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村岡恵理の名言

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村岡恵理のプロフィール

村岡恵理、むらおか・えり。日本の作家。東京出身。成城大学文芸学部卒業。著書に『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』。

村岡恵理の名言 一覧

自分は社会人としてどんな人間になりたいか、しっかりとした目標を掲げることは、仕事のスキルアップ以上にとても意義あること。


運やチャンスというのは、天の采配だとしても、それを運んできてくれるのは人。つまり、人をないがしろにする人のところには「運」は降りてこない。


どんな計画や目標も、心身の健康の上にはじめて成し遂げられるもの。私もまだまだ頑張りたいから、今年は生活習慣を見直すところから始めなければ、と思ってます。


きちんと心身をケアし、メンテナンスを怠らないからこそ、仕事で良い成果や人との良い関係をキープし、見た目の若さと気力とを保っていられる。


不満を道連れにするか、運命を味方に変えるかは、心の持ちよう。


迷いがあるからこそ、成長もあるわけですが、やりとげたい夢や目標があるなら、どうでもよいことには翻弄されないように心がけたい。


良いアイデアや言葉というのは、思いがけないときに、突然ぽっと浮かんでくる。


挨拶というのは、自分の存在を相手に示すこと以上に、心と身体を吸収性の良い状態に整えること。自分自身の「初心」のリセット・ボタン。


仕事上で将来、運の女神が微笑むような幸せな人間関係を築くためには、何よりもまず、自分自身が人から信頼される人になること。これに尽きる。


自分が思う自分と、人が思っている自分は、往々にして違います。どんなに単純そうな人でも、ひと色でできているわけではありませんし、「本当の私」なんて、自分にもよく分かりません。


明治生まれの人たちの教育には、まず、「世のため人のため」という考え方が根底にあり、それが指針となって能力だけでなく、社会的な意識の高い人材を育てたように思います。


将来はまだ長く、これからの人生の中で、今が一番若く、可能性に溢れている。


無難にまとめたい時には「型」は心強い味方。


合わない上司の下で仕事をする経験も絶好のスキルアップの機会。


順風満帆の時には褒め言葉が溢れる。仕事上の利益が絡めば言葉はさらに扇情的になるものだ。しかし、評価はあくまでも今までの評価であり、甘んじて踊らされていては、先には落とし穴がある。そんな時、利害とは無関係に、透徹した心で苦言を呈してくれる友ほど得難いものはない。


信頼される人になるには、「驕り高ぶらず、自分のやるべきことの努力を続ける」「人の仕事に対する敬意や礼節を知る」「人の悪口や愚痴を言わない」「高い倫理観を持っている」というような、誠実な態度の積み重ねしかない。


人間関係が大事だからといって、無理に好かれようと媚びを売ったり、自分に有利になるような人脈を築けば良いというわけでもありません。そうした甘い策略は、自分も疲弊する上に、かえって裏目に出ることさえあります。


カナダの女性作家、ルーシー・モード・モンゴメリは、10代の文学修業中の頃から、興味のある出来事や近所で起こった面白い事件、折々に感じたことをノートに記していました。十数年後、小説のヒントをさがして、古いノートを読み返している時に、自分が書いたメモに無性に惹き付けられました。「農場を手伝う孤児の男の子を希望していた夫婦の家に間違って女の子が送られてきた」。言うまでもなく、このメモの一文から、その後一世紀以上にわたり読み継がれることになる「赤毛のアン」の主人公アンが誕生しています。


慣れというのは時に鈍することでもあり、初心は忘れ果ててしまうもの。年を重ねれば重ねるほど、未熟者だった頃の自分に教えられるということも意外と多いのではないでしょうか。感覚の若さを失わないためにも心の記録としてノートは役に立ちそうです。若い頃の着眼点や発想が原石だったと後になって気づくことともあるかもしれません。


パソコンでは一瞬にしてコピー&ペーストやインストールができますが、だからこそ敢えて「書く」という作業には、それ自体、背筋を伸ばして襟を正すような、心身に彫刻をするような身体感覚があり、言葉を受け売りではなく、もっと深く自分のものにするためのひとつの方法のような気がします。


「恥ずかしい」という感覚を持っている人ほど色気があるもの。それはダンディズムでもあるからです。歌舞伎の登場人物がそれぞれに滋味があり、色気を漂わせているのも、彼らが「恥」に裏打ちされたやせ我慢ばかりしているせいなのかもしれません。


「恥を知る」とは、美学やプライドを持つことであり、そのために少々生きづらかったり、時には損をするような事態に陥る場合もありますが、見えないやせ我慢のひとつひとつがその人の人格を築き、将来、人間的な魅力を創り上げていく気がします。


SNSを敢えて絶ち、腰を落ち着けて勉強したり、読書に没頭したりして、自分のペースと自身のための静かな時間を取り戻す。球根になったイメージで、時にはそんな春への備え方も愉しくはありませんか。


更年期の「更」は「あらためる」と読み、元来、「刷新する」とか「よみがえる」という意味。つまり変調の症状は、「そろそろ生活を刷新してよみがえる時期に来ましたよ!」というサインと捉えることができる。


心の磁石とは、誰かの言葉だったり、格言だったり、姿だったり、時に1冊の本だったりします。宗教、歴史、芸術作品かもしれないし、スポーツや趣味、また、自然という人もいるでしょう。自分を原点に立ち返らせ、方向を示してくれるもの。力を与えてくれるもの。それを持っているのと持っていないのとでは、きっと人間的な豊かさも強さも大きく違ってくるでしょう。


ささやかでも直筆の紙にはその人の心の姿勢が映るもの。丁寧であれば、字は巧くなくても大丈夫。何度も書き直し、清書した誠意は、きっと真っ直ぐに届くことでしょう。


仕事ではパソコンを使うことが多いのですが、大切な人には手紙を書きたい。便箋や封筒、カード、一筆箋などを各種取り揃えて引き出しにしまっています。


「型」には恐らく型として残っただけの理由と歴史があり、先人たちの知恵が含まれています。守るにしても、破るにしても、まずは敬意を表し、わきまえるにこしたことはありません。その上で状況に応じてアレンジする部分に、さりげなくその人らしさ、個性やセンスを発揮していきたいものです。


もし、ネガティブの深みにずるずるとはまって抜け出せない場合には、精神や身体の疲労から、自律神経が支障をきたしているサインかもしれません。そういう時は自分を責めたり、無理して頑張ろうとするのは逆効果。できるだけ心身を休ませることが先決です。


私自身にもいくつかの曲がり角があった。むしろ自分の思い通りにならないことのほうが多かった。ただそんな場合でも、アンや祖母・花子の言葉に支えられ、その先にあるものを信じることができた。


人生には曲がり角がある。そしてどうにも曲がらざるを得ないこともある。状況を受け入れ、その場所で精一杯自分を生かそうと発想を転換した瞬間、新しい希望が生まれ、思いがけない美しい景色が広がる。素晴らしい出会いを引き寄せることもできる。


夢見たものから遠ざかったり、時には理不尽な立場に追いやられることもあるかもしれない。でも、理想を失わず、勇気を持って進んでほしい。乗り越えた先には、ひとまわり成長した自分がいる。きっと、この道で良かったと思える日が来ることだろう。


どうしても好きになれない、あるいは好かれていないと感じる上司の下では、仕事のモチベーションを失ってしまいがちですが、そこで腐っては、一番損をするのはあなた自身。どんなにスキルがあっても、やる気のない人から発せられる空気ほど職場に悪影響を及ぼすものはありません。


部下と上司もひとつの出会い。良きにつけ、悪しきにつけ、部下にとってはその出会いが、将来こんな上司になりたい、あんな上司にはなりたくないというイメージの基点となります。


雑談は巧くなくてもいい。些細な会話にこそ誠意を込めて、相手の言葉をしっかりお腹に落とし、またお腹から言葉を返す。目を見ることや笑顔は大事でしょう。もちろん丁寧な言葉遣いであるに越したことはありません。


話し下手の人は、下手は下手なりの長所を生かした伝え方を模索したほうが有益ではないでしょうか。下手なりの長所というのは、素朴さや不器用さから伝わる真面目さ、誠実さ。何よりも信頼できる人間であるという証です。表面的な会話術を習得する代わりにこれらの美点を失うとしたら、とても大きな損失です。


仕事というのは、どんな仕事であれ、人間関係の上に成り立っています。本来は人と接するのが苦手、ひとりで好きなことに没頭していたいタイプだったとしても、ビジネスパーソンである以上、そうも言っていられません。


私たちは考えすぎたり、迷ったり、こだわっているうちに、いつのまにか頭も身体も停滞してしまうことがあります。わだかまった感情の流れを、自らの意志で断つ。次なる行動に向けて。「思い切る」とは、言わば心の断捨離です。


気がつくと、もう20年、30年来のお付き合い、という人が少なくありません。仕事上の出会いからいつしか気心の知れた友人になっていたり、思いがけない再会もあれば、出会ったばかりなのに、旧知のような親近感を覚えることも。人の縁が綾となれば、仕事もまた面白く、年をとるのも意外と悪くないのかな、と思うこのごろです。


実際、私の周りには年を重ねても若々しく、エネルギッシュに活動している方々がいらっしゃいますが、そうした方々こそ、実は、自分は本当は若くないということを、きちんと受け止めているようにお見受けします。つまりは「己を知っている」ということなのですが、内なる衰えをきちんと自覚し、応じて摂生したり、食生活や睡眠時間、睡眠の質をコントロールしたり、水をよく飲んだり、適度な運動を継続したり。あるいは自分をストレスから解放してあげる趣味をお持ちになっていたりします。


私たちは仕事を通して人間づくりをしていると考えます。結果が思わしくなかったり、人間関係に悩まされたり、様々な運、不運があったとしても、全ては人間を磨くための過程ととらえ、最終的にどういう人間になりたいか、豊かな人生とは何か、考えてみるのも決して悪いことではありません。


一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり。そして、人生の計について深く思索するには、今の季節がやはり適していると思います。凛とした静かな冬の夜空をひとり眺めていると、またたく星が何かを告げてくれそうな、そんな気さえしてきます。


目標というのは具体的であるほうが良いと言われます。完成させたい仕事、成し遂げたい数字、身につけたいスキル。達成した自分を想像して、そこから逆算して、月、週ごとの計画を立てていると、何につけても、続けていくことの大切さ、1日1日の重みを感じます。


まだ書き込みのない、真っ白なカレンダーを前にすると、必ず思い出される句がひとつ。「初暦(はつごよみ) 知らぬ月日は美しく」。女性作家、吉屋信子氏が残された句です。新しい年の未知の日々は、例えて言えば清らかな新雪のイメージでしょうか。私たちはその道をザクザクと進んで行くわけですが、願わくば、目標に向かって確かな足跡を刻んで行きたいものです。


昨今では「虚礼廃止」が叫ばれ、部下から上司へのお歳暮は禁止、場合によっては年賀状も不要とする会社が多く見られます。それが会社の決めたルールなら、迷うことなくルールに従うべき。ただお得意様や取引先、個人的にお世話になった方へ、御礼や感謝の気持ちの表現として、また、時にはご無沙汰してしまっているお詫びの意味を含めて、お歳暮はご縁を繋いでくれるありがたい慣習です。


村岡恵理の経歴・略歴

村岡恵理、むらおか・えり。日本の作家。東京出身。成城大学文芸学部卒業。著書に『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』。