村口和孝の名言

村口和孝のプロフィール

村口和孝、むらぐち・かずたか。日本のベンチャーキャピタリスト。徳島県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、ベンチャーキャピタル「ジャフコ」を経て独立。「日本テクノロジーベンチャーパートナーズ」を設立。ベンチャー企業育成に尽力。そのほか徳島大学、慶應義塾大学ビジネススクールなどで教鞭をとった。

村口和孝の名言 一覧

成功する起業家は、必ず精神的に自立している。皆自立心が強く、起業家として人生をかけ、覚悟している。


事業機会は、想像出来うる限り、未来の未実現のニーズがあるので、無限に存在する。


長く成長する企業は、従業員も取引先とも、長い公正な関係を築いている。


起業家がイメージできる大きさでしか、事業は大きくならない。人生の目標が大きければ大きいほど、成果も大きいものになる。


起業家は時代の激変を味方にする。時代は必ず激変し、振り返ってみると、その時代の激変分野の中で、新しい産業社会の大スターが登場している。


どんな起業家も、ダメな領域で事業を成功させることは難しい。


すべての起業家が何回も失敗をしながら初めて学習し成功のきっかけをつかんでゆく。


激動の時代は常にチャンスに溢れ、社会はまさに起業ベンチャーの活発な活動を待ち望んでいる。


新しい領域の新しい事業は、通常若い感性の人々によって実現されるのが社会の早道である。若い人こそ、激しい変化の中で、新しい商品を新しい顧客に提供するのにふさわしい。


全部の挑戦が一発で試行錯誤を経ないで成功するなどあり得ない。


血眼になって顧客を学習し、努力して肯定的に創造していかないと、事業は立ち上がらない。


奇跡を受動的に待っている経営は、経営ではなくバクチだ。


解釈と態度一つで、人間の未来は明るくも暗くもなる。


新しいものは、常に「新しモノ好き」の人々によって生み出される。


どんな時代も、社会が同じところに留まることは無く、常に新しい大きな変化が起こっている。


断片を真似しても、本質を真似したことにはならない。


予算統制は経営でないどころか、しばしば健全経営を歪める。


創業立ち上げは、失敗の乗り越えこそ、成功の重要な過程。


事業最適化活動が活発な企業は成功し、不活発な企業は淘汰される。


事業というものは、常に現実の顧客の心を捉えた企業が勝利するようになっている


どんな優良企業も、しびれるような成功体験とともに大企業病にかかる。


優良な大企業はいつまでも優良企業ではいられないのが世の習い。優良企業は顧客のおかげで大きくなり、組織になり、駄目になる。


組織分業化された会社は、機能がバラバラで情報同期がうまくいかず、あちこちにボトルネックが生じ、大きな機会損失と事業最適化不全を生み出す。


社内において多数決で意思決定すると、一見政治的には公平であるようで、事業経営的に最適でない間違った意思決定を採択してしまう危険性が高い。


誰か顧客に、何らかの商品やサービスが届けられる能力を持つこと、これが会社存続の最低要件。


偉大な起業家が古今東西、一般の人たちの共感を呼ぶ理由の一つが、組織の部分最適ではなく、社会全体の最適化に努力しているからだろう。


若い頃の成功は、何よりも大きな自信になる。


20代は、仕事を大量に体験したもの勝ちだ。


20代は思い切り多種大量に経営者に会い、その社会の経済構造に体験的に触れておくことは、とても貴重である。


技術が高度であるという事に満足して、顧客むけの商品開発を怠って成功はない。


「商品の仕様」「価格」「顧客の存在」「商品供給環境」及び「競合」は、切っても切れない事業成功の最低条件である。


現実の経営分析と、それの元となる報告は、極力本音と建前を排し、愚直で具体的、論理的にシンプルかつ合理的でなければならない。


収入は基本的に顧客に商品またはサービスを提供することで得られる。つまり他人を満足させなければならない。


最悪な状況は、考えようによっては新たな行動のきっかけだ。


事業活動の生産性の要は、役職員の日々の働きである。同じ人が倍働けば倍の生産性だが、やる気を失せれば十分の一にもなる。


経済危機こそ経営者が決意する時だ。「不況にも必ず生き残り勝利する」と心に強く思い、とにかく諦めない事が重要だ。


財務情報が管理できなければ経営判断は難しい。


ベンチャー生き残りの7か条

  1. ローコスト
  2. フロンティア、ハイエンド
  3. ニッチ
  4. 商品の完成度
  5. ファンづくり
  6. 資金繰り
  7. 情熱・決意

結局は人が企業を発展させていくので、幹部にどんな人をそろえるかということはすごく重要だ。


大企業の小型版みたいな組織をつくれば、ベンチャーが成功するなんて間違ったイメージを押しつけるキャピタリストなどは、会社を官僚主義にしてしまう残念な結果にしてしまう。


生まれるときは誰でも羊水にまみれ修羅場をくぐるように、いくら格好いい創業物語も、実際の現場は混沌としている。


冷酷なライバルが出現した時に乗り越えられるように考えられた事業計画をつくることが大切だ。


少数の気付いた人が多数を説得して時代が動くのではない。少数の人が自分達を支援してくれる少数の人と結びついてフロンティアをブレークスルーすれば、時代は前に進む。


成功する事業家は常に慎重である。


私の知る限り、成功する起業家は例外なく、様々な事に興味を持ち、学校を卒業した後も毎日よく勉強している。


いかなる成功も、経済の世界が変わる潮に乗らないと実現は出来ない。だから変化に注目する事が大切だ。


正しい商品を正しい顧客に正しい方法で売らなければ事業が成功する訳が無い。そのためにも商品サービスが開発され完成する過程の初期顧客への販売実験の学習過程はとりわけ重要である。


創造性、新規性の高い活動は、少数派であるがゆえに必然的に創業ベンチャーにこそ期待される。


起業家の人生とは、辛抱強く、腹をくくって、市場に対して素晴らしい商品やサービスを提供することで、未実現の需要と、人材や部材などを組み合わせ、未実現の供給との時代的な橋渡しをする人生である。


シンプルに考えると、経済成長は、未実現の新しい需要と、未実現の新しい供給が合致することである。


普通の人から見ると非常識に見える。それが、このスタートアップの世界。


失敗をなくしたら成功など出来るはずもなく、頻発する失敗を避け続ければ、産業社会全体がガラパゴス的に縮んで行って失敗してしまうだろう。


失敗は避けるものではなくて、失敗こそ学習する重要なプロセス。


すべての企業は、大なり小なり失敗を繰り返して成功するもの。


人生や事業は失敗の連続である。失敗が無い人は居らず、ズッコケだらけ。


商品やサービスにインパクトがあり、初期顧客の情熱的支持がないと、拡大して売れていかない。


起業家の生き方は、一般的なサラリーマンや組織人の生き方とは異なり、自由で自立しており、自分らしさが必要だ。


起業家は、どこに可能性をかけて良いのか、迷い道に入ったような気持ちになる。しかし、ここであれこれ探索して試行錯誤して、自分がなすべき事業を発見することが重要である。後でその迷い道の途中で観察でき、体験し、発見したことが長い人生の中で、役に立ってくることはよくある。


創造的な新しい商品を最初に提供する供給者や消費者は、つねに既存の組織社会からすれば、少数派の変わり者、場合によっては変人である。事業に成功した場合には、この「新しモノ好き」の変人が、後の時代からすると、フロンティアの開拓者としてヒーロー扱いされることとなる。


新しい使われ方で新しく消費者が生まれる創造的な新しさもある。あったものを全く新しい事業として根本的に見直す、「事業を新しく定義し直す」という創造性である。


起業家は、組織人としてのサラリーマンのような、わかっていて不合理な生き方は出来ない。なぜなら、不合理な経営は、余裕のないベンチャーにとっては、即会社の破綻を意味するからだ。


私のところには、ベンチャー創業や、事業本格的展開したいとのサラリーマン、または出身者からの相談が多い。サラリーマン生活に数年でも慣れてしまった人がベンチャーを創業する場合‐なかなかサラリーマン感覚が抜けないという症状に悩む人が多いように思う。


提供する商品サービスが、顧客候補にとって価値があり、きちっとしており、インパクトのあるものでなければ、お金を払って、または面倒な手続きをしてわざわざ購入してくれなくて当然。


商品をきちっと出荷して顧客に喜んでもらうという事業は、起業家が自分一人でできるものではない。周りの協力あってはじめて実現できる良い仕事である。事業を支える社会関係、契約関係は、商品サービスを顧客に提供する重要な成長基盤である。


言い古されているが、事業選択、人との付き合い、設備投資と、仕入れ、そして経費、人件費にはいつも浪費を避け、コストダウンに注意。価格と品質はよく考えて、費用対効果を考え、ボトルネックの観察や機会損失の撲滅に努めることが大切だ。


お客様にとっては、見る商品や受けるサービスが、すべてであって、屁理屈や言い訳は通用しない。要は、「顧客に買ってもらえるかどうか」なのである。お客様は他人であるから、生活も違えば価値観も違う。商品サービスを買うも買わないも、また他社の製品を選ぶのもお客様の自由である。


いくら技術力があろうが、事業において、顧客に提供する商品が売れないことには、お話にならない。それは何よりも、商品がきちっとして売れる顔つきでないといけない。


1人の企業家の周りには、10人の企業家がいる。一人と信頼関係が出来ると、数珠つなぎで経営者人脈が出来る。経済社会の中では、悪い関係も連鎖しているが、良い関係も連鎖しがちだ。


人が起業して成功するためには、時代激変の暴風が吹き荒れる最先端で、貢献する商品サービスを供給する位置にいることが大切だ。そして、新しく生まれる顧客のニーズと顧客候補が学習して本当に買いたくなるまでに、辛抱強く試行錯誤を繰り返し、困難を乗り越えていくことが重要だ。


まず、時代の波を、顧客ニーズの波なのか、供給イノベーションの波なのか、に分類してみると良い。このどちらかに分類する思考を持っていると、時代の波を見誤らなくて済むことが多い。


時代の激変には予兆があるが、しばらく助走期間があり、新商品の供給体制が社会で整って、顧客のニーズに火がついて、ようやく時代が激変した、と言える現象が顕在化する。時代が変わった後から、ノコノコ参入してもレッドオーシャン状態で競争が激しく、成功はおぼつかない。


ベンチャーキャピタリストとしては、この4つが最も充実した起業ベンチャーに投資すべきである。

  1. 未来に向かって困難を乗越える、経営陣の起業家精神
  2. 社会貢献する強力なマネージメントの仕組み、幹部人材およびファイナンスの構成
  3. 世界に実在する情報不完全な他人たる顧客に、競争状態かつ、未成熟市場環境の中、ピカッと光る未来商品を提供するイノベーション
  4. ボトルネックのない合理的な運営オペレーション

新しいことにチャレンジすれば、それだけで失敗はつき物である。途中のチャレンジ結果の失敗は、最終的な失敗ではない。問題は挑戦した結果の失敗を直視し共有する勇気と、改革の機会とタイミングを逃がさないこと。そしてそこから何かを学び取り、最後まで成功を信じ諦めないこと。起業家精神の最も重要な要素だろう。


商品を企画するときこういう問いかけでもよいだろう。「ダダだったら、開発した商品を実際、顧客は喜んで今すぐ使い続けますか」。ダダでも使う顧客が居ないモノを、お金を出して使ってくれる奇特な人は世の中に居ない。いっぱいいますよと言うなら、一週間以内に使って喜んでいる商品のユーザーを目の前に連れて来て、使用した感想を聞かせて欲しい。


失敗の中でも最悪の失敗は、失敗を認識しない失敗だ。起業家の失敗を投資家ベンチャーキャピタルや景気、政府のせいにしているような起業家は、自らの犯した失敗から何も学ばず、せっかくの成功への学習という財産を、みすみすドブに捨て続けている起業家だ。頭を丸め、当面瞑想が必要である。


「顧客の現実の存在に対して商品を企画すること」に成功せずして、事業の成功はあり得ない。顧客とは誰で、どのくらいの世の中に居て、それはどんな生活を送っている人、または会社なのだろうか。その人または会社は、当社の商品を購入するのだろうか。想定顧客が存在し、想定顧客が満足する様な商品を企画開発出来ているかどうか。


経営者は人である。その人が顧客に商品を提供する事業を準備し、実現しようとしている。その原点には経営者の人として心に抱かれた未来イメージがあり、実現しようとする情熱がある。そういう意味で、事業の成否はすべて経営者の心の中にあるといって過言ではない。


「顧客に商品をお買い頂く」という経済活動がすべて事業の根幹だ。顧客は誰なのか、商品はどうあるべきか、経営者は命がけでこのことに集中している必要がある。


創業ベンチャーの世界では、業績が良い投資先にすら解決しなければならないことが山積している。


中堅企業投資のサラリーマン時代の中で、組織に埋もれてしまうことを恐れ、年に2回の夏休みと冬休み休暇を利用して、毎年欠かさずシリコンバレーをはじめ、海外視察に出かけ、日本での投資活動の肥やしにした。私費視察旅行で行ったところは、シリコンバレー、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、クアラルンプール、ジャカルタ、バンコク、台北、香港、深川、マニラ、北京、上海、イスラエルである。格安チケットが普及してきて財政的には助かった。


私は神仏を前にした時、お願い事をしないことにしている。代わりにこれまでの報告と、今後の地域への貢献活動を宣言する。その時、神仏を前にして素直に浮かんでくる自分の「心的な社会における活動イメージ」を大切にしている。すべての人生の活動はその人の社会イメージとそこで活動する自己イメージの投影が原点になっているからだ。


良い結果も悪い結果も、善行も悪行も、社会に対する個人の心の投影だ。だから、心が良い活動イメージを持っていなければ、自然と変な方向に向かい、悪い結果をもたらす。


組合決算は12月決算が多いので、キャピタリストは1月レポートの作成と監査対応に追われていることが多く、3月には組合集会(いわば株式会社の株主総会)を開催して、組合員に説明する。うまく行っている時は良いが、うまく行っていない時こそ誠実に説明が必要で、額から汗が出る。


ゼロの状態から創業する経験を積んでおくことは、キャピタリストとして活動する上で大変重要である。そこが体験的に理解できないということは、起業家がなぜ創業して、どんな体験をしたのか、共感する事が難しいからだ。


よく「忙しいのにボランティア活動出来ますね」と言われるが、つくづく忙しいから出来るのだと思う。暇で余裕があるときほど、ボランティア活動など面倒で出来ないものである。要は実行する決心が出来るかどうかである。


半分も上場すれば凄いと言われ、華々しい成功だけがマスコミから取り上げられるVC(ベンチャーキャピタル)の世界は、裏を返せば、最低半分は苦悩の末、投資に失敗することを意味する。これがVC世界の現実である。成功の影には失敗があり、また成功と失敗とは紙一重である。10社も投資先があれば、例外なく、今日もどこかの投資先が大小のトラブルを抱えて、ベンチャーキャピタリストは頭を悩ませている。


立ち上がりの新規領域は、リスクも大きいかわりに、最初の不確実な段階だからこそ、最先端企業になることが比較的容易だ。領域が小さいうちにいわゆるデファクトスタンダードとなり、急成長の上げ潮に乗る可能性がある。その新規創業ベンチャーも急成長後は、規模の力が働き、新業界をリードする存在として、他社に対して参入障壁が築ける。新規参入者は提携しか選択肢がなく、新リーダーとなったベンチャー企業を、提携がさらに大きなものに成長させてくれる。


おおよその事業の骨格が見えてきたときに、起業家はこの事業が本当に儲かる事業なのか、継続成長できる事業なのか、大きな投資をする前に今一度踏み留まって検討する必要がある。社会的には役に立っても、結局は損益分岐点を越えられない事業だっていっぱいある。それを確認してから大型投資をしても遅くない。


世の中を観察し理解するためには、机上の空論ではなく、まず積極的な行動が必要。大まかな概要をネットで調べたら、何よりもまず行動することを考えよう。自らその場所に身を置いて、あるいは様々な異なった意見を持つ人から話を聞いて、最初意味は分からずとも、はじめて体験としての観察結果が、得られた直感と共に、体の中に浸み込んで来る。体のすみずみに、一週間なり行動して学習した観察と印象をしみ込ませよう。


社会に対する好き嫌いは当面辛抱せよ。まず、じっと世の中の成り立ちを眺めてみよう。地球も宇宙も社会も、同様にその事実現実を受け入れ、共通点や一見矛盾に見える違いをよく観察して、その不思議さをたっぷりと味わう時間を持つのだ。さらにすでに体験をした様々な人の話に耳を傾ける事も、社会を理解する勉強になる。


事業の繁栄は、「顧客に対して、素晴らしい商品をある原価で効率よく製作して、ある価格で販売提供でき、顧客が価値を見出し喜んでくださる」、という事業の基本ストーリーが、単純に社会の中で実現できるかどうかにかかっている。


ベンチャーキャピタリストは常に産業の新領域に先行投資し、キャズムを越え市場に橋頭堡を築こうと努力する。投資を始めたときはいつも意見の少数派である。時代の伝道師的なところがある一方、必ず成功するとは限らないことから山師的と誤解される危険性の高い専門職でもある。この専門職は産業が発展するために絶対必要な職業である。もちろんベンチャーキャピタリストも起業家も一か八かの山師ではない。
【覚え書き|キャズム=多数派が自社の商品・サービスに手を出しはじめる前にある溝】


ベンチャーキャピタルは金融業ではなく、社会の事業フロンティアの開発支援業である。投資事業組合がファンドの形態をとっていることから、金融業だと思ってベンチャーキャピタルを指向する人が多いが、この仕事の金融的な作業時間は恐ろしく少ない。時間全体の5%もないのではないか。


全く予測がつかないことが世の中では、歴史的に繰り返し起こってくる。それは、イノベーションによって、新しい商品が市場投入された場合だ。


あなたを含めて、「人類70億人すべてが、特殊で変わっている」のである。すべての人類の消費行動を理解し、予測することは、一般的には困難なのだ。「複数の人間の意見が合わず、合意形成が困難」である理由もここにある。


スタートアップ起業立ち上げとは、サラリーマンの世界とは異なり、文化祭開催のノリが重要である。どんな人でも、試行錯誤、七転八倒の苦労はあるが、原則を外れなければ、楽しく豊かな、はるかに自分らしい経済的人生を送ることが出来るのである。


地球上で満たされていない未来の潜在的な需要は、無限にある。一方で技術のイノベーションなどによって、安いコストで供給できる可能性のある商品やサービスが多く眠っている。制度が障害になって実現できないでいることもある。起業家の手で、未実現の需要と未実現の供給を、新しい商品サービスで、満たすのだ。


新規事業は、既存市場であるか新規市場であるかによって若干様相は異なるものの、他人様である顧客と、同じく他人様である仕入先、競合先を相手に事業を立ち上げてゆくのだから、必ず計画通りなどは行かず、まず間違いなく当初の計画は失敗する。私の経験では100%失敗すると言っても良い。


本当の経営者は、自分の経営が顧客を学習するという本質的な作業の上に成り立っている実力か、たまたま業績が出ている状態か、常に自問自答している。危機感とそれに基づく謙虚さを持っている。


たまたま売れて利益が出ることもあるが、どこかでおかしくなる。一瞬利益が出て成功しているように見えるので「驕った経営」の状態となり、本人は実力で成功していると思いこんでいるだけ、修正が効かないことが多く、余計に事態は厄介である。


顧客候補に対して、商品の無理解を批判しないで、真摯に商品を使って頂き、価値を感じて頂くよう、必死で販売努力をする事である。この努力と学習なく、事業が勝手に立ち上がるなどという奇跡は起こったためしがない。


新しい技術や商品があれば、何もしなくても、人々から自動的に需要が生まれるわけではない。消費者に対する販売促進活動が行われて初めて潜在需要が顕在化する。つまり、試用してもらう時期を設ける、ネットやテレビ広告など、新しい事業化への試行錯誤の挑戦が盛んに行われなければ、顧客の購買活動は盛り上がってこない。


技術が商品にまでならない、という大きなリスクが存在することを忘れてはならない。技術が商品化されるためには、安いコストで商品を生産できる時代の状況が整う必要がある。


技術イノベーションが新しいフロンティアの商品の供給を可能にすることで、時代が変化することは歴史の必然。


思えば我々は受験や就職で競争させられて来たのかもしれない。マスコミが競争をあおり、人生は競争にさらされているような社会の見方がいつの間にか我々の常識になっていないだろうか。ところが、よく考えてみると、競争は互恵関係があってはじめて成立する。


よく競争戦略などというが、競争を云々する前に、ベンチャー企業は売れる商品を提供できないとお話にならない。


決意によって過去の歴史は、忌まわしい削除すべき歴史ではなく、無駄なことは何もない宝の山となる。未来への飛躍のための重要な踏み板となるのではないだろうか。


どんな組織も人間の人生も過去があって現在があり、どんな悲惨な過去の歴史も消し去る事が出来ない。であるならば、過去を堂々と背負って生きよう、と決意する事が大切ではないだろうか。


起業家に求められることは、状況が変化しているにもかかわらず計画通りの経営を行って、責任を最小にする事ではない。事態を観察し、目標に基いて、全体の問題を解決する事である。


システム化が一見合理的なようで怖いのは、システム化が計画に基づいてなされるためである。計画は想定外の事が起こると機能不全に陥る為、システムも想定外の事態では対応不全に陥る。事態が急を告げた時に慌てないため、変化に柔軟に対応できるシステムを常々意識した組織構築をしておかねばならない。


激動の経済社会において、事前に人間様が想定した枠の中で経営が収まるわけがない。想定外の事を経営する事が出来るから、企業の経営者であり国のリーダーなのである。


起業家が100億円事業規模を思い描けていないのに、事業が勝手に100億円の規模に大きくなり得ない。つまり、起業家の社会的活動を支えている世界観が、より地球規模で広く大きい方が、顧客の方からも、取引先の方からも、いずれの社会からも期待される規模が大きくなる。世界中の、70億人の人類全員が欲しくなり、購入可能な商品サービスなのか、それとも世界に数十人しかいない顧客を相手にした事業なのか。何人の顧客に商品サービスを購入してもらおうとイメージが出来ているかが重要。


思春期の悩みは、病気のようでもあるが、病気ではなく、健全な次の人生の発展への苦しい胎動である。混沌の中で自分が本当は何をしたいのか、自分は誰なのか、何をすべきなのか、長くて厳しい他人とのコミュニケーションの洗礼の中から、あるべき自分が、経済社会の中に、自分らしい姿で、試行錯誤の末浮かび上がってくる。泥の中から蓮の花が咲くように。


長い起業家人生、順調なことばかりなどと言うのはまず見たことない。危機が数年に一度、必ず訪れる。創業のころはそれが毎月だ。その時どうやって乗り越えていくか。まるで、良いことと悪いことが巨木の年輪のように循環する。まず、自分自身が人類の一員として、人生の上でぜひ実現したいことか=企業の経営者として腹が据わっていないと、とてもきつい状況を乗り切れるものではない。たとえ乗り切れたとしても、良いスタッフからどんどん去っていくだろう。


起業成功の5条件。

  1. 人類の一員として、ぜひやりたいことであること。
  2. 提供する商品サービスが、世の中の人様の役に立つか楽しく、お金を払ってもらえること。
  3. 少なくとも長期的には経済的に成り立ち利益が出、投資回収出来ること。
  4. 従業員・取引先など事業関係者達との関係が公正で、彼らの人生が、豊かに楽しくなること。
  5. 十年以上周囲の批判に忍耐しつつ、攻めと守りで年輪を作りつつ継続し、試行錯誤でフロンティアの学習をし続けられる、大きな拡大する時代変化の潮流に乗っていること。

最初の売上となった有難い「初期顧客の商品使用の様子を観察」することから、多くの知らなかった事実を学ぶことが出来る。ここの学習を中途半端にしてアクセルを吹かす(資本を先行投資する)と、だいたい手痛い失敗をする。社会の中で実際に「商品サービスが使用されて顧客が喜んでいるユースケースを一定量獲得」しないと、次の段階にはいくべきでない。顧客コミュニティーのウォームアップ状態も良く観察しよう。意外な発見があり得る。これで行けるぞ、という確信が出来るビジネスモデルにたどり着くことが重要なのだ。


シェイクスピア劇からは、多くの学びがあった。自分で人生を選択することと、選択せざるを得ない事象は、起こることである。人間はすべての人生がドラマチックである。没落か、繁栄か。人生は実に不思議だ。人生の中には、失敗や事故や試行錯誤や、刹那の歓喜や苦痛や、ユーモアや冗談は日常のことで、それらは皆の人生に共通だ。ただその結果が大きく異なるのを、みんな知っている。人間の人生は同じ人でも、失敗や事故を乗り越えて充実した喜劇的人生もあれば、うまく誤魔化せると思った巧妙で浅はかな工作が、結局とんでもない悲劇的人生をもたらす場合もある。人生の違いはどこから、なぜ生まれるのか。シェイクスピア劇が発する人生への根本的な問いかけである。起業家がゼロから起こすベンチャーやスタートアップ経営の栄枯盛衰も、人間の活動である以上、同じはずだ。


村口和孝の経歴・略歴

村口和孝、むらぐち・かずたか。日本のベンチャーキャピタリスト。徳島県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、ベンチャーキャピタル「ジャフコ」を経て独立。「日本テクノロジーベンチャーパートナーズ」を設立。ベンチャー企業育成に尽力。そのほか徳島大学、慶應義塾大学ビジネススクールなどで教鞭をとった。

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