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本広克行の名言

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本広克行のプロフィール

本広克行、もとひろ・かつゆき。日本の映画監督、演出家。香川県出身。横浜放送映画専門学院(のちの日本映画大学)卒業。バラエティ番組AD・ディレクター、ドラマ番組ディレクター、映画監督などを務めた。日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。

本広克行の名言 一覧

若手の緊張を取り、一体感をつくるには、発言しやすい環境をつくるのが一番。


仕事を任されると、任される嬉しさでやる気が出てくるし、任せてくれた先輩に恥をかかせちゃいけないとい責任感も出てくる。


監督になって以来、変わらず大切にしていることは、「いい芝居を撮りたい」という感覚。役者さんが一瞬放つ輝きを撮りたい。


大事なのは、監督がゆとりを持っていること。そして、一緒に話をして、笑って、共感していくこと。一見、無駄に思える時間が、面白いものをつくり出す下地になる。


一発でかいヒットを当てると、作り手が受けるダメージはものすごい。祭りの終わったあとの寂しさに似た感情と、報酬の大きさで、どんなに強い精神力の人でも無気力になるというか。次を目指せなくなる。


演劇は映画とは全然やり方が違い、普段会わないたくさんの人と出会えるし、自分が活性化される。


プライベートでは映像の編集も全部やるんですけど、仕事では信頼できる編集部に任せています。


自分がディレクターの立場になってからは、みんなに任せることを大事にしています。僕と一緒にやった連中がどんどん映画監督になったり、映画づくりに欠かせないスタッフになってくれたらいいなと思って。


納得がいくまで話をして、お互いのアイデアを取り込み、形にしていく。自分のやりたいことは最後に考えて、みんなのアイデアを取捨選択して、演出する。ひとりでつくるのではなく、全員の力を借りていけば、みんなが作品を愛してくれるようになる。


僕がもらったものを後輩とか、若いスタッフにも伝えていきたい。そう考えて、監督を務めるときは撮影のいろんなパートを人に任せるようにしています。僕自身、任せてもらって力が伸びたという実感があるから。


僕はプライドがあんまりないので、相手が若くても、目上の人でも、巨匠でも、別の業界の人だろうと気軽に会いに行く。そこで話を聞いていると、また毎日が楽しくなる。ドキドキしてきて、次へ向かう力がたまってくる。


一番印象に残っているのが、太閤検地の撮影。ある時、ディレクターから「滋賀のほうに、太閤検地で区分された田んぼがまだ残っているらしいから、日帰りで撮ってこい!」と言われて。「太閤検地って画になるのかな……」と思いつつも、カメラクルーと3人で撮りに行ったんです。土砂降りの雨の中、なんとか滋賀の米原の辺りの田んぼで、太閤検地の跡を見つけまして。でも、どうやって撮ったらいいんだろうと試行錯誤しながら、VTRに収めて帰って、先輩に見せたら「おまえ、よくこの角度で撮ってきたな」「さすが、映画学校上がりだね」と褒められたんですね。すごく嬉しくて。「もっと何でも言ってください、撮ってきますよ!」と思えた。そうしたら、きつくてひとつも先が見えないと感じていたADって仕事が、がぜん面白くなっていった。人に頼られるってこんなに気分のいいことなんだなって気づけたんです。


「踊る大捜査線THE MOVIE」はフリーで印税契約をしていたので、あとから「桁、間違ってないか?」「オレの生涯年収だ」というぐらいの額が振り込まれた。「やばい!」と思いました。それまでいろんな監督のことが書かれた本を読んできて、ある時期にドーンと当たった人はだいたい次に変なことになっていたからです。僕も、この金を生活の計算に入れたら、絶対にこのまま潰れていくと思って。映画の印税は見なかったことにして、コツコツやっていこう、と。逆に財布の紐は堅くなりました。


僕がラッキーだったのは、ROBOTに仲間がいて、いろんな仕事を振ってくれたこと。それで、気持ちを保っていけた。もし、フリーで監督を続けていたら……と想像すると、怖いですね。人として、ぶっ壊れていたと思います。


本広克行の経歴・略歴

本広克行、もとひろ・かつゆき。日本の映画監督、演出家。香川県出身。横浜放送映画専門学院(のちの日本映画大学)卒業。バラエティ番組AD・ディレクター、ドラマ番組ディレクター、映画監督などを務めた。日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。

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