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服部真二の名言

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服部真二のプロフィール

服部真二、はっとり・しんじ。日本の経営者。「セイコーホールディングス」社長・会長。東京出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、精工舎(のちのセイコークロック・セイコープレシジョン)に入社。セイコープレシジョン社長、セイコーウオッチ社長、セイコー取締役、副社長などを経て社長に就任。

服部真二の名言 一覧

セイコーの創業者・服部金太郎の「常に時代の一歩先を行く」という現在の企業理念ともなっている言葉があります。セイコーの伝統は革新の連続であり、たえず先進技術を追い求めてきた。


あまりに技術革新しすぎて二歩三歩進んでしまったら、お客さまには受け入れられない。


技術の革新性を追い求めることはもちろん重要なのですが、これからはそれに加えて遊び心がなければならないと考えています。そうした技術のあり方を感性の技術、エモーショナル・テクノロジーと呼んでいます。


セイコーの創業者、服部金太郎が日ごろ口にしていたのが「急ぐな、休むな、一歩前進」という言葉です。急ぐなというのは焦らずじっくりと、休むなというのは着実に進めということだと理解しています。一歩前進というのは、つねにお客さま目線で着実に一歩ずつ前進しようということ。


メカニカル、すなわち機械式時計の技術というのは、顕微鏡でしか見えないような細かな作業を職人が手で行います。そうした匠の技術と、もうひとつがエレクトロニクスですね。GPSシグナルを受信するようなハイテク技術。我々は「メカトロニクス」と呼んでいますが、メカニカルの技術とエレクトロニクスの融合。それがセイコーのひとつの武器でもあります。


セイコーは機械式の生産を止めていた時期もあったが、SII(セイコーインスツル)の技術者が技術を伝承してくれたり、図面が散逸しないようにしていてくれたことで、作り続けることが可能になった。


服部真二の経歴・略歴

服部真二、はっとり・しんじ。日本の経営者。「セイコーホールディングス」社長・会長。東京出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、精工舎(のちのセイコークロック・セイコープレシジョン)に入社。セイコープレシジョン社長、セイコーウオッチ社長、セイコー取締役、副社長などを経て社長に就任。

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