是川銀蔵の名言

是川銀蔵のプロフィール

是川銀蔵、これかわ・ぎんぞう。昭和の経営者、株式投資家・相場師。兵庫県出身。尋常小学校卒業後、14歳で貿易商に丁稚奉公に出る。貿易会社、貝ボタン工場、亜鉛メッキ工場などを経営したのち株式投資の世界に入る。最後の相場師と呼ばれた。

是川銀蔵の名言 一覧

男がいったんとりかわした約束は例え口約束でも反故に出来ん。約束は守って当然や。わしは二枚舌を使った経験など一度もない。


株式投資カメ三則

  1. 銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つ。
  2. 経済、相場の動きからは常に目を離さず自分で勉強する。
  3. 過大な思惑はせず、手持ちの資金で行動する。

投資五箇条

  1. 銘柄は人が奨めるものではなく、自分で勉強して選ぶ。
  2. 二年後の経済の変化を自分で予測し大局観を持つ。
  3. 株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物。
  4. 株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する。
  5. 不測の事態などリスクはつきものと心得る。

一度でも大勢を誤っていたら、私は消えていたはずだ。


人間には一生のうち二度や三度のチャンスはある。それを生かすか殺すかの決断のために、日常の努力と精進、そして真面目といった理論と実践とを通 じて日夜思考の訓練を重ねることが成功への確率を増進する。そのために数多くの真剣勝負を経験し、勝負勘を養うことだ。「勘」とは、経験の集積から湧き出 る真実的総合判断なのである。


相場は天井において最も強く見え、底において最も弱く見えるもの。


株式投資ならば相手は不特定多数だし、一人で勝負ができる。思惑が成功しても失敗しても自分の責任の範囲だ。それにいくら儲けようと誰にも恨まれることはない。


人が気付かぬところにいかに目を配り、人が気付く前にどれだけ早く行動しているか。買って、売って、休む。これが商売で成功する三筋道なのだ。これはまさに株で相場を張ると同じ呼吸なのである。腹八分目に医者要らず。勝つことのみを知りて負けることを知れざれば、害その身に至る。


分からんことがあったらお父さんに聞きなさい、あとは自分でやりなさい。若い者に政治をやらせなければ先は開けない。


経済には永遠の繁栄もなければ、永遠の衰退もない、これこそ資本主義の本質なのだ。大暴落の翌日は買って買って買いまくる。人生、のるかそるかの勝負の時があったら僕はやります。しかし、外れるような危なっかしいことはやりません。安心しとってください。


1980年代の株価暴落の原因は、機関投資家と称され、余剰資金を持つ生命保険会社や信託銀行などの、大口の投資家がその有り余るカネで株を買 い、相場をつり上げ操作していた結果。苦労して稼いだ自分のカネなら大事に使うのだろうが、他人のカネということでその扱い方がズサンなのだ。自分の実力 以上の思惑に走ってしまうのである。


日本の税制は株で儲けても巨万の富が築けるような仕組みにはなっていない。


これまで証券界百年を越える歴史の中で大相場師、大勝負師と言われる人はたくさん出てきた。ところが一人の例外もなく、せいぜい続いて4 年か5年、株の世界をパッと賑わしただけで消え去ってしまっている。これが株式投資の世界における勝負師といわれる人間の運命なのである。


株を利用し利益を得る。たしかにまじめに取り扱い着実な方法で勉強し、利殖の材料にできるかもしれない。しかし、株にはまり巨万の富を得、大金持ちになりたいとの目的では失敗する。


私にとって経済の研究は、最高の芸術なんや。芸術というものは、作者の純粋な気持ちを注ぎ込んで、情熱を持って作りあげられた作品が芸術として認められるわけですね。だから、例えば画家が全身全霊を打ち込み、一心不乱になってキャンパスに向かっているときの心境と、私が株式投資をやってるときの心境とは相通ずるものがあるのや。


たとえ失敗しても、誰にも非難されないような正々堂々たる失敗をしたいと思っている。これは株式投資だけではない。いかなる場合であろうとも、天下の正道を歩む。それを貫く信念のもとに生き抜くべきであろう。人間は金の奴隷ではないのだから・・・。


相手が破産寸前だからと、十億も二十億円もの価値のあるものを買い叩こうなど、そんな残酷なことはおやめなさい。これから大事業をやろうとしている時に、そんな精神では成功しませんぞ。相手が弱っておれば、それだけ高い値段で買ってあげなさい。私はつねづね、人の不幸に乗じてカネを儲けたくない、そう思ってきた。それが私の人生観であり、モットーである。


私は1日1日、それこそ真剣勝負をやっておるんです。失敗しても誰も助けてはくれんし、自分の努力で運命を開拓していく以外、生き残る道はない。だから私は1秒、1分間に全力を傾けて真剣勝負を続けました。だからどんな状況の時でも正確な判断が要求され、それを下してきた。


是川銀蔵の経歴・略歴

是川銀蔵、これかわ・ぎんぞう。昭和の経営者、株式投資家・相場師。兵庫県出身。尋常小学校卒業後、14歳で貿易商に丁稚奉公に出る。貿易会社、貝ボタン工場、亜鉛メッキ工場などを経営したのち株式投資の世界に入る。最後の相場師と呼ばれた。

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