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斉藤惇の名言

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斉藤惇のプロフィール

斉藤惇、斎藤惇、さいとう・あつし。日本の経営者。東京証券取引所グループ社長、日本野球機構(NPB)コミッショナー。慶應義塾大学商学部卒業後、野村證券に入社。同社に30年以上在籍し副社長、顧問などを務めた。その後、スミセイ投資顧問の顧問、住友ライフ・インベストメント社長・会長、産業再生機構社長、東京証券取引所社長、東京証券取引所グループ社長、日本取引所グループCEO(最高経営責任者)、日本野球機構コミッショナーなどを歴任。

斉藤惇の名言 一覧

外部の厳しい声を入れて、それを是々非々で採り入れて、どうやったら企業価値が上がるか、という経営をやらなければいけない。


私は今まで人がなかなか受けない仕事を頼まれてきました。そして意識してきたのは「天命」という言葉です。


自律(立)が基本。ルール化しないとできないというのは、いささか情けないといえば情けない。


少し許してあげる社会でなければならないでしょうね。日本の近代資本主義の父といわれる渋沢栄一ですら、大いに間違いもしています。中には笑い話のような面白い間違いもある。それが許されたからこそ、あれだけのことを成し遂げられたわけです。


市場というのは、恐ろしいので、介入に携わった人たちに申しあげたいんですが、市場をなめたら絶対にいけません。必ずしっぺ返しが来る。1年、2年、3年位はうまくいくんですよ。5年、10年単位で見てください。必ず、市場には神様がおられて、必ず修正します。


オーナー企業の多くはオーナーが必死に経営をしていますから、何とか社内をまとめます。社内から縦横斜めが集まって、「君は面白いことをやっているね」、「営業はどうなっている」となりますが、日本の多くの大企業にはこれがありません。これは経営力です。


大きな所を見ないで、目先の小さなことばかり。日本のあちこちに見られる現象ですね。大きなことを企画する人がいない。責任逃ればかりで、何か失敗したらみんなで叩くことをやっていたら、国が駄目になってしまう。本質論が必要です。


謙虚な企業ほど生き残る。逆に自慢するようなところは落ちこぼれる。


無難なことしか行わないなら、組織は黄昏を迎えざるを得ない。


ドン・キホーテのように非現実的な夢を一足飛びに実現させようとするのではなく、徐々に足場を固めていきたい。


ビジネスのコミュニティの中でセンチメント(心理)が変わるというのはすごく大きなことで、何か事が動いていく重要な要素のひとつ。


産業再生機構で100社ぐらいの会社を見て、自分で経営もしてきた経験から言うと、ダメになる会社の8~9割は驕りが原因。


神仏は人間に均等にチャンスを与える。そのチャンスに対して、真剣に、前向きに取り組むかどうかによって、人生が開くか開かないかが決まる。


自慢した会社と謙虚に反省した会社を並べると、自慢した会社は必ず数年で落ちこぼれている。


複眼でものを見よ。


人間は上手くいけばいくほど、ダメになっていく。人の声を聴かなくなるし、成功すると驕りの気持ちがどうしても出てきてしまう。そのときに、冷や水をピシャッとかけることが必要。


個人的には、産業界で社長を辞めた人がいつまでも社内に残っている心理が分からない。私はぽんぽん会社を移っているので、余計に分かりません。残って会社にどんな貢献をするのかと思ってしまう。


IT時代になって国境は消えたんです。人も金も全部一番最適で良い場所に向かって動く。


社員全員がリスクを取って挑戦できる環境をつくるのが私の仕事。島国根性で縮こまらずに、ワールドワイドな視点を持った社員を育てたい。


資本は凶暴性を内包しているので、規制は必要ですが、現場を知る人の知恵でルールを作るというバランス感覚も大事。


重要なのは経営リーダーの人間力でしょうね。そして世界を見る力。私の感覚的なものですが、昔の日本企業はマーケティングといいますか、消費者が何を求めているか、本当によく「におい」をかいでいたと思うんです。今は韓国や中国に負けています。商品をうまく改良して一気に売っているのは今は韓国や中国です。


私は大いにプロとノンプロは交流をしなければ、と思っています。プロ野球選手は、親子でもキャッチボールもできないとか、高校生に教えてはいけないとかね。おかしい話が結構あります。


コーポレートガバナンスで大切なことは、たとえば、社外取締役にしても、2人、3人社外を置いたなどという「形」ではなく、厳しい社外取締役が1人いればいいのです。そして、その話を聞くCEOがいるかどうかということです。


別に株主の顔だけを見なくても、ステークホルダーのことを考えて企業価値を上げればいいのです。たとえば、日本の経営者の報酬を、固定を1割、9割を業績連動にしたら、もっと真剣になるのではないでしょうか。日本はそのくらいの改革をしなければいけないと、私は何年も言い続けてきました。


米国もパーフェクトではありません。課題もあります。ただ、チャレンジし続けているのです。日本の場合はスタンドスティル(立ち止まる)というか、何もしていません。「沈香も焚かず、庇もひらず」という典型的な状況です。今、世界が激しく動いている時ですから、特にじっとしていてはいけません。


日本は他人が成功するのを見て動く国ですから、自分が先頭にはならないのです。そして他人が失敗すると「それ見たことか」といってますます穴の中に人ってしまう。


いわゆるディストラクション、破壊というと言葉がよくないですが、創造的破壊、改革が必要だということ。これが真剣に芯からできる会社と、できない会社がはっきりしていて、できる会社が10%くらいで、できない会社が90%くらいの割合だというのが現状です。


日本は「別に経済成長を追い求めなくてもいい」という成熟の罠にはまっていますが、豊かさは成長によってしか得られない。


大人はエネルギーを持った若者が舞い上がれる環境を用意することができるはず。


価値の転換をしなければ、このままでは日本の将来世代は大変になる。「仕事がなければ、自ら会社をつくる」という若い起業家たちを育てる環境が必要です。


良い企業に投資をして育てることで、みんなが潤う。そんな当たり前のことが忘れられている。私たちは、それを思い出してもらう使命があります。


日立製作所の中西宏明さんや、東原敏昭さんといった方々の経営を見ていると、本当は社外取締役など必要ないと思うんです。驕ってはいけないということを、あの方々自身が認識されていますからね。ですが、そんな会社でも社外取締役制度を導入するところに素晴らしさがあるんです。


アメリカなどでは、いい会社は社外取締役にもいい人を呼んできている。加えて、社外取締役は名誉職にもなってきているんです。もうお金は要らないけど、有名な、たとえばメトロポリタン美術館なんかの理事とか、そういう感覚に近い。少なくとも、社外取締役が生活の糧を得るための職場だと考えていては駄目でしょう。


これだけITが普及すると情報は隠せません。国家の機密すら流出する時代に、隠し通せるはずがない。恥が残るだけですよ。


アジアの市場は膨らむ。日本はどう取り込んでいくか。「オレがオレが」では振り落とされる。いかに共生するか。これを日本取引所グループの課題として挙げたのです。


以前から指摘されてきたことですが、日本の経営者には「会社は株主のもの」という感覚がいまだに希薄です。もちろんステークホルダーには株主だけではなく従業員や顧客なども含まれます。ただ、法律上は、会社は株主のものだということで決着が付いています。それなのに株主総会で社長が「マイカンパニー」と言ってしまう。株主に対しては「ユアカンパニー」と言うべきで、受託責任をきちんと果たさなければなりません。


日本の経営者は退くことにすごく躊躇する。これは撤退の物差しがきちんと決まっていないから起きるんでしょう。そのため先輩がやっている会社だからとか、そんな情緒的な理由で不採算事業をずるずると残してしまいがちなのです。


旧日本軍は兵隊さんは強かったけれど、真ん中から上に行くほど優秀でなくなっていった。その悪しき慣習が、今の日本企業に残ってしまっている。優秀な部長さんが経営陣に入った途端にダメになるなんて話は、皆さんもよくご存じでしょう。原因は戦略論を全く学んでいないことです。


機械というのはパーフェクトではありません。仮にシステム障害が起きたとしても、できるだけ早くリカバリーできる体制を整備するのが我々の責務です。


私は、国家資本主義には限界があるのではないかと見ています。なぜなら、一部の秀才が計画的に資本をアロケーション(分配)していますから、利権が絡み、汚職が発生しやすいし、所得格差が大きくなります。一時的には国家資本主義が良い制度に見えるかもしれませんが、長続きしないのではないでしょうか。


国を開く話は、常に「弱者が救われない」といった話によってブロックされます。ところが、それを言っている人達が既得権者であることも多い。もちろん、そうした声はある程度聞かなければいけないと思いますが、そうした既得権者の反対だけで前に進めない、国を開かないということをやっては駄目だと思います。


透明性のない国には、だんだん資本が行かなくなります。しかし、日本も注意しなければいけません。中国は間違っているということを多くの人は言うわけですが、「日本は?」と言われた時に、自分達は透明で、自由だと思っていても、意外とそうではないと見られているのかもしれません。


金融は黒子なんですね。金融はモノの流れる後ろに付いてるものでありますから、そのモノの流れ方をしっかりウォッチし測っていく。測る道具が金融なんです。だから金融というのは常にサインを出すんです。モノというのは製造業だけでなくて、医療や介護などのサービスも含めた意味ですが、効率が悪いよ、曲がっているよ、無駄をやってるよとなると、株価が下がる、あるいは金利が上がるといった形でサインが出る。そうしたサインをしっかり出すことが我々の仕事なんです。


大事なことは褒めること。失敗してもいいと。失敗した人を非難しない経済風土にしていかなければ。もう1回挑戦してみろというような形でやっていく。そういう文化を作らないといけない。


私は市場の反応というのが長期的に見ると正しいと思います。株式価値が10年、20年にわたって下がってきて、消費が下がり、GDPの成長がマイナスだったら、それは、そのときの政策が正しくなかったということだと思うんです。


今は、人を後ろから鉄砲で撃つようなことばかりやり過ぎます。こんなことを続けていては国自体が駄目になります。メディアも含めてヒステリー的だし、無責任なんです。批判をする人は、自分が何ができるのかを考えたら、実は何もできない。人がやったことにケチをつけているだけです。自分でできもしないことを口だけで批判するのは恥だという文化が必要です。それには教育がますます重要になってきます。


太平洋戦争における日本軍を研究した『失敗の本質』という本に書いてあった、日本の陸海軍がなぜ、米国の軍隊に負けたかという説明の原因と全く同じです。残念ながら日本人は変わっていない。日本の中の小さなシマで争う。そこには壁があり、お互いに密告し合ったりしています。日本は基本的に縦割りで、自分は横のことは知らないという態度の結果、経済の競争力を落とし、技術はつくっても中国、韓国に負けるという構図があります。


残念なのは、フラッシュメモリ、リチウムイオン電池、QRコードという世界を支配する3つの商品は全て日本で生まれたものであるにも関わらず、グローバル市場でビジネスモデルを構築できず、主導権を取れていない。日本が培った要素技術を生かしきれていないということです。ですから、私はこれまでも、問題は経営だと言い続けています。


OBは今ここで反対するのが正しいことなのかどうかを冷静に考えなくてはいけないと思います。過去10年、20年がどうだったかという次元の問題ではないのです。今の経営陣が真剣に市場を見て、世界の情報を集め、科学的に薬の発展を見、患者のマーケットを見て、プロが決断していることです。その決断をけなすのではなく、それなりにリスペクトをしながら、間違いがあったとすればやんわりと言ってあげればいいのだと思うのです。


私が言いたいのは、日本の金融機関、私の古巣である野村證券やメーカーも含めてですが、日本はもっと内外の人材を活用して欲しいということです。「世界の俊才は我々のところ、日本に来てほしい。生活環境も、報酬も、ロンドンやニューヨークで働いている以上のものを出そう」ということをやって欲しいのです。グローバル社会で生き抜くために考え方、生き方を変えていかないといけない。


私は以前から日本企業の利益率の低さが最大の問題だと思っていまして、どんな数字を見ても海外の企業よりも利益率の水準が悪すぎる。米GEは、10いくつあった事業を3つくらいのコア事業に集約して、見事に会社を変革しました。日本企業も同じように勉強するのですが、実行しないんです。やはり改革には痛みを伴うため、なかなか実行できない。私はこの差がリターンの差を生んでいると思います。


基本は、規制はない方がいいと考えています。本当に害になるようなことに対しては何らかの規制が必要でしょうが、原則は大きな幅をもって考える。たとえば新幹線が1分も遅れずに来るのは美しいですが、2、3分の幅があってもいいくらいの感覚で臨めば、もう少し他の分野でも幅を持った取り組みができるのではないでしょうか。いまは遊びの部分がまったくありません。ガチガチの規制の中でビクビクしながらやっている。


(中国が採用した)国家資本主義はコストがかかりますし、世代が変わるほど無責任体制になっていると見ています。第1世代は国を興す勢いで一生懸命にやっても、第2、第3世代になってくると自己のポジションを守るために賄賂などを使うようになる国ですから、結局は行き詰まるのではないでしょうか。私は今後10年、20年先を見た時には日本に対して悲観していません。しかし今、日本は頑張らなければならない時です。


私自身、日本取引所グループでコーポレートガバナンスに取り組んできましたが、最近では「株主の声を聞いています」という経営者が増えてきました。ただ、私はシニカルな人間ですから、むしろそういう人に「株主中心の経営とはどういう内容ですか?」と聞きたい。それは単純です。株価が上がる経営しかありません。「そういう経営をしていますか?」と。1株あたりの価値が上がる経営をすれば、結果的に日本は豊かになるのだということを、経営者自身が自らわかっていなければなりません。


株価が上がらなければ時価総額は増えませんし、富も増えません。そして株価が上がらなければ人々は株を買いません。株が上がれば株を買った人は豊かになる。これを実践しているのが米国です。日本が、国のお金を無駄に使わずに、どのようにみんなを豊かにするかというと企業が企業価値を上げることです。無駄をしないという手始めはコストカットだけではありません。一つではありますが全ての答えにはならないのです。


改革をやりましたと言いながら、実はできていない会社が少なからずある。トップは改革をやるという意志を示したけれども、社内で反対があるのでできませんという弁解。特にいい技術者がたくさんいるような会社、今まで成功してきた会社には「社長、何でそんなことを言うんですか。自分達はここまで会社を持ってきたじゃないですか」という反論を受ける。そういう時にCEO(最高経営責任者)がちゃんと答えられないでいる。そういう問題がいっぱい起きている。改革ができないということです。


社長を引退した人は、社外取締役になるのもいいけれど、教師になるというのもいい。日露戦争で活躍した秋山好古は、退役後に学校の先生になったんです。自分が社会の前線で果たす役割は終わった、あとは先生をやる。そんな感覚で、お金のためじゃなく、自分の経験や知識を後世に伝える、そんな考えで社外取締役をやっていけばいいんだと思います。何かの形で社会に貢献していたいという気持ちがある人は多いでしょう。でも、多くの人が60歳で引退している。


いくつも監査役を兼ねていて、ざっと目を通すだけで終わりということもある。そんなことになっているから、監査役なんて要らないと言われるし、「外の人には分からない。中の人間じゃないと駄目だ」と言われてしまう。でも、それは逆なんです。外の人間でも、すぐに分かるようにやっていなければならない。同じことは、社外取締役にも言えます。社外取締役では社内のことは分からないというCEOがいたとしたら、それはおかしい。会社という株主のものを委託されて経営しているのに、外部の人には分からないというのはおかしいでしょう。


CEOを選ぶにも、指名委員会の委員長を社内のCEOがやっていると、社外取締役もその考えを追認しがち。そうではなく、数年かけて時間をかけて、コミュニケーションを取って決めていくべきです。最初は数十人とか100人の候補者リストから始めなければならない。候補者の中には社外の人もいるでしょう。そこから絞っていくプロセスが欠かせない。


(NPBコミッショナーになって)感じたのは、プロ野球に入ってくるのは、すごい若者達だなということです。生き残ることができるのは一握りだという現実をわかった上でチャレンジする若者達というのは非常に貴重だと思うんです。今、世界の指数を見ても、日本のリスクを取ってチャレンジする若者の数は世界で最低で、127か国のデータを見ても127番目。エンゲージメント(仕事への熱意度)指数も低い。しかし、その印象を持って野球の世界に入ってみると、若者がすごいチャレンジをしている。キャンプを視察しても寒さの中でボールを追い、必死で自分のポジションを獲ろうと戦っていました。こうした姿はモデルとして、他の若者に見せなければならないと思っています。


僕は、野球というのは、典型的なアメリカのスポーツだと思っているんですよ。チームの中でいろいろポジション争いをするんだけど、いざチーム対チーム、あるいは国対国みたいな戦いになると、ガッと固まる。これがアメリカですよ。これは過去のアメリカ対日本の戦争でも、また戦後の貿易戦争でも見られたし、そうしたアメリカの本質を日本は見誤った。アメリカはバラバラな国だと。確かに、中でいろいろ意見を言うし、トランプさんみたいな人が登場してきて、右だ、左だと。だからバラバラな国だと思っていると、ワッと固まる。これが野球なんですよ。日本も一生懸命に野球を入れているんだから、そういう所も考えなければいけない。


斉藤惇の経歴・略歴

斉藤惇、斎藤惇、さいとう・あつし。日本の経営者。東京証券取引所グループ社長、日本野球機構(NPB)コミッショナー。慶應義塾大学商学部卒業後、野村證券に入社。同社に30年以上在籍し副社長、顧問などを務めた。その後、スミセイ投資顧問の顧問、住友ライフ・インベストメント社長・会長、産業再生機構社長、東京証券取引所社長、東京証券取引所グループ社長、日本取引所グループCEO(最高経営責任者)、日本野球機構コミッショナーなどを歴任。