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川路耕一の名言

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川路耕一のプロフィール

川路耕一、かわじ・こういち。日本の経営者。「光陽ホールディングス」会長。鹿児島県出身。三貴商事会長、こうべ証券取締役、光陽ビジネスサービス(のちの光陽物産)社長、光陽ホールディングス会長CEO(最高経営責任者)などを務めた。

川路耕一の名言 一覧

成長する人は、人のせいにしない。自分の問題として物事を考える。人の悪口を言ったり、何か問題があった時に会社のせいにする人は伸びません。それは私の物差しになっています。


とにかく「人の行く裏に道あり」です。相場の世界には「まだはもう、もうはまだなり」という言葉もあります。そういう基本を頭に入れておけば、「これはおかしいぞ」と思った時には、だいたい勘が当たります。


事業は人との「縁」で決まる。


本当に人材が集まる会社は、世界に通用する戦略を採ることができる。


経営者が誠実であれば社員たちはついてきてくれる。反対に経営者に邪心があったり、利用してやろうという気持ちがあれば、社員達に全て見抜かれる。


何か新しいことをやりたいと考えて、会社をつくると、不思議と人が集まってくる。やはり人生は人と人の出会いだと思います。私は本当に幸せ者です。


とにかく「人の行く裏に道あり」です。相場の世界には「まだはもう、もうはまだなり」という言葉もあります。そういう基本を頭に入れておけば、「これはおかしいぞ」と思った時には、だいたい勘が当たります。


株は勝負する時と休むときとがある。いまは休むとき。休むも相場。いまのように何が起きるかわからない時は休んでおけばいいんです。


この年齢になって、改めて事業には大義名分がなければならないと感じています。その仕事が国家、社会のためになるかどうかを常に考えています。


事業は「人」との出会いで決まる。私自身もこれまで様々な人と出会い、そのおかげで事業が発展しました。今も素晴らしい「人」との出会いは続いています。


「人」を大事にする文化は、日本企業の大事な部分だと思います。経営者と社員、お互いに信頼関係があれば、辛い目に遭った時でも会社は団結することができます。


アジアだけではありませんが、海外でビジネスをするにあたっては、人の「縁」が非常に大きい。


リーマン・ショックの時には金融が全く動かなくなり、証券分野も大変な状況に陥りました。もちろん、当社も例外ではなく、社員も非常に辛い思いをしました。そのことは今でも私の胸に残っています。それから金融を核としつつも、事業領域を広げて総合商社を志向するようになりました。


果てしない情熱、理念を社員にいろいろな機会・方法でいかに伝えていくかを常に考えています。企業規模が小さい時には、リーダーの言葉が組織の隅々まで行きわたっていることが実感できますが、企業規模が大きくなると、当初のやり方が通用しない局面に必ず突き当たります。企業経営者が悩むのはそういう時です。


当社が大事にしているのはやはり、「人」を大事にする文化です。これは日本企業全体にとっても大事な部分だと思います。近江商人の「三方よし」という言葉もありますが、お客様のためになる事業を行うことがまず大事です。そして経営者と社員との間にお互いに信頼関係があれば、辛い目に遭った時でも会社は団結し、復興することができます。


今アフリカで仕事をするにあたっては、「自分たちの利益ではなく、恵まれない国のことを考えよう」と言っています。その国々はエネルギーがないから産業が起きない、産業が起きないから貧しくなるという、まさに「貧すれば鈍する」の世界です。今の私にはそこまでの力はありませんが、例えばガス発電所や学校、病院を作れば状況は大きく変わるでしょう。できることから少しずつ始めていきたいと思っています。


今は株が下がり出したら、みんなが下がると思って行動しています。株が下がると損をするわけですが、その損をしたお金は消えてなくなるのでしょうか。決してそうではありません。他の誰かのところに行っているのです。損をした人がいるということは儲かっている人がいるということです。反対に、儲かっている時には、そのお金がどこかから湧いてくるように思えますが違います。反対側には必ず損をした人がいるということなのです。日本人はその基本に気がついていないのです。


私の原点は先物相場で鍛えられた「先物感覚」と言ってもいいかもしれません。上がったものはずっと上がりっぱなしではなく、必ず下がる。逆に下がりっぱなしではなく必ず戻ります。その先物感覚、日本人はなかなかわかっていないんです。ですから、上がっている時には、みんなして儲かっていると錯覚していますし、下がっているときはみんなして損しているから仕方ないと諦めているんです。そしてそれにマスコミが一斉に拍車をかけます。ですから、外国人投資家に上手くやられてしまうのです。


米国を象徴するロックフェラーセンターを、日本で一番真面目な三菱が買った。相手は当時も今も世界一のお金持ちであるロックフェラーです。その相手のビルを何で日本企業が買ったのか。私は「これは終わったな、掴まされたな」と直感しました。本当に「石橋を叩いて渡る」ような真面目な、日本で一番堅い会社が、米国を代表するビルを買ったということが全てです。そういう会社が、いよいよ重たい腰を上げて買うぞとなったときは、株価はまず天井なんです。その後すぐにバブル崩壊が来た。私自身、三菱地所がロックフェラーセンターを買ったという新聞記事を目にした後、すぐに取引をしている証券会社の役員を呼んで、グループ会社が保有している株式を全て処分しました。


30代の頃、元気がなくなったら、よく米国に行っていました。ニューヨークへ行き、マンハッタンを歩いて102階建てのエンパイヤ・ステート・ビルを見上げていました。その後、取引所を見て、シカゴに行き、そしてまたニューヨークに戻ってケネディ空港から日本に帰るというルートでしたね。いつかは米国を抜いてやろうという思いでした。


創業の時から、社員の教育、研修には惜しまずに労力、資金を使ってきました。言葉づかいや礼節、そして体力を養うための研修を徹底的に行ってきたのです。こうした研修は日数をかけて行いますから、社員同士の結束、チームワークも生まれます。「今の若者は……」という言葉がよく聞かれますが、教育さえすれば変わることができるんです。そうした姿を見ていると、やはり人は、心の中に本当に素晴らしいものを持っていると感じます。


子供の頃から背はあまり高くありませんでしたが、身体は強かったですね。昔はケンカをしたこともありましたが、まず負けませんでした。一度、身長が180cm以上あるバスケットボール部の主将とケンカになった時には、さすがに体格差もあって、地面に押し倒されてしまったのですが、下から気迫を込めた言葉を投げたら、相手が「ごめん、ごめん」と言って離したということがありました。やはり大事なのは気力なのだと思います。


私は本当に周りの人に恵まれてきたと感じています。「証券営業の神様」と呼ばれた豊田(善一)会長に同社の成長を支えていただき、また光陽物産会長の荘司(紀夫)さんは商社業界で「エネルギーの神様」とも呼ばれた人です。こうした方々とのご縁をいただき、知恵をいただいたことが、我々グループの成長につながっています。今後も世界を舞台に様々な人の縁を広げていき、成長を続けていきたいと考えています。


大事なのは将来を見据えて事業の柱を立てること。リーマンショックが起きたとき、金融事業だけではいけないと強く感じました。それまでは「先物感覚」を中核に置いた、金融全て、銀行や保険などフルラインを持った「金融総合商社」を創ると言い続けてきましたが、今は金融を核とした「総合商社」になることを目指しています。先物感覚をしっかりと身に付けて経営すれば絶対に成功できる、アメリカにも勝つことができるという思いに変わりはありません。


これから必要なのは金融の知識です。今は株が下がり出したら、みんなが下がると思って行動しています。さらに上がっている時には、まだ上がると思って動いてしまう。株が下がると損をするわけですが、その損をしたお金は消えてなくなるのでしょうか。決してそうではありません。他の誰かのところに行っているのです。損をした人がいるということは儲かっている人がいるということです。反対に、儲かっている時には、そのお金がどこかから湧いてくるように思えますが違います。反対側には必ず損をした人がいるということなのです。日本人はその基本に気がついていないのです。今の相場でも同じことが言えるのではないでしょうか。


私の判断力の源泉は先物相場で鍛えられた「先物感覚」だと思っています。上がったものはずっと上がりっぱなしではなく、必ず下がる。逆に下がりっぱなしではなく必ず戻ります。その先物感覚、日本人はなかなかわかっていないんです。ですから、上がっている時には、みんなして儲かっていると錯覚していますし、下がっているときはみんなが損しているから仕方ないと諦めているんです。そしてそれにマスコミが一斉に拍車をかけます。ですから、外国人投資家に利益を持っていかれてしまうのです。


川路耕一の経歴・略歴

川路耕一、かわじ・こういち。日本の経営者。「光陽ホールディングス」会長。鹿児島県出身。三貴商事会長、こうべ証券取締役、光陽ビジネスサービス(のちの光陽物産)社長、光陽ホールディングス会長CEO(最高経営責任者)などを務めた。