川越厚の名言

川越厚のプロフィール

川越厚、かわごえ・こう。日本の医師、医学博士。「医療法人社団パリアン」理事長。山口県出身。東京大学医学部卒業。茨城県立中央病院産婦人科医長、東京大学講師、白十字診療所在宅ホスピス部長、賛育会病院院長、在宅ホスピス協会顧問、医療法人社団パリアン理事長、クリニック川越院長などを務めた。

川越厚の名言 一覧

死を見つめながらも、希望を持ち、今を生きることが、人間には可能です。多くの人は「死を認めると希望がなくなる」と思い、目をそらしてしまいがちですが、決してそうではないのです。


在宅ホスピスケアの仕事では、患者さんが自分の人生を振り返る場に立ち会うことが多く、死について質問を受けることもあります。その時、私は自分の考えも踏まえて「死を受け入れるとは、諦めることではありませんよ」と話しています。


私の患者だったあるご婦人は、小学生の娘さんと生ある限り台所に立ち続け、料理の作り方を教えていました。最後の最後まで、母親としての喜びと役割を見いだそうと努め、穏やかに旅立ったのです。人はこのようにどんな環境でも希望を持つことができるのです。またそれができるよう、これからも患者さんや家族の方々の「今」を後ろから支えていきたいと思っています。


在宅ホスピスケアが日本で始まった初期から、この分野の医療を確立するのに力を注いできましたが、私の医師としてのキャリアのスタートは実は産婦人科医でした。難易度の高いがん手術にも数多く挑み、臨床に明け暮れるモーレツ医師でした。当然ながら、治す医療の理想を追求していたわけです。ところが39歳の時、自分自身が結腸がんに罹患、死線をさまよいました。子供がまだ小さかったこともあり、医師でありながら死への恐怖に追い詰められる日々。また、同時に浮かんだのは、それまでの自分は患者さんの心に、本当に寄り添えていたかという思い。幸運なことにその後、がんは完治し、その時の経験が契機となって在宅ホスピス医へ転身しました。「治す医療」から「退く医療」へ。ホスピスケアでは患者さんだけでなく家族の方と密接に情報交換をして、恐怖や不安や痛みを取り除き、安心を提供できるか否かが問われます。その時、自ら死と向かい合った経験が生きていると感じています。


現在では「最期は自宅で」という方が増えており、国も在宅ケアを病床数の削減や在院日数の短縮とあわせて進めています。もちろん私自身、人生から退く場所としては自宅が最適と考える者の人です。大好きな自分の家だ、からこそ心穏やかに過ごせますし、残された限りある時間を家族とともに生きるという喜びが得られるからです。私はそうした「最期は自分の家で」という終末期の患者さんを支援するため、2000年に東京都墨田区に自分のクリニックを開設しました。医師や訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど多職種のチームを組み、24時間・365日いつでも対応できる体制を整えています。そしてこれまで約2000人の患者さんを在宅で看取ってきました。


川越厚の経歴・略歴

川越厚、かわごえ・こう。日本の医師、医学博士。「医療法人社団パリアン」理事長。山口県出身。東京大学医学部卒業。茨城県立中央病院産婦人科医長、東京大学講師、白十字診療所在宅ホスピス部長、賛育会病院院長、在宅ホスピス協会顧問、医療法人社団パリアン理事長、クリニック川越院長などを務めた。

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