川島永嗣の名言

川島永嗣のプロフィール

川島永嗣、かわしま・えいじ。日本のプロサッカー選手。埼玉県出身。中学時代から本格的にゴールキーパーのポジションを開始。浦和東高等学校で高校サッカー三大大会すべてに出場。高校卒業後、大宮アルディージャに加入。その後、名古屋グランパスエイト、川崎フロンターレ、リールセ(ベルギー)、スタンダール・リエージュ(ベルギー)などでプレーした。日本代表選手としても活躍。

川島永嗣の名言 一覧

体験するって大事だと思うんです。外国人と交流する場に参加したり、海外を旅したりする実体験が、英語を話せればいいなという漠然とした思いから、「話したい」「いろんな文化や考え方を知りたい」という強い欲求に変わるんだ思います。


してはいけないと思っているのは、過去を振り返ること。ずっと前を見ながら進んできた。自分が何をしたいか、何をすべきかを考え、ゼロからチャレンジする年にしたい。


シュートを止める方法は決してひとつじゃない。日本で教わってきたやり方を突き詰めていくだけじゃ世界では戦えない。


実際のゲームでは必ず予想外のことが起こる。


「自分の仕事はチームを助けること」という気持ちを常に持つことが大事。


若い頃から年1回、英語圏の国に旅行に行くと決めていたぐらい、僕自身海外旅行が好きだったんです。他国の文化を知りたい、もっといろんな考え方に触れたいという欲求や興味が大きかったので。


実は点を決めるチャンスの前に、ゴールキーパーがいいセーブをして、試合の流れをつくっていることが多いんです。そこにやりがいを感じます。


全体像を見ることが好きですね。ゴールキーパーは後ろからポジションを見るので、物事の全体を見るのがすごく好き。たとえば料理でパスタをつくるとき、できるまでの全体の流れを意識します。それを考えながら料理を始めます。


数カ国語を同時に学ぶのも、試行錯誤の末に行き着いた方法です。ある言語だけ学んでいると、僕の場合、時々行き詰まってしまうんです。そんな時は、別の言語の勉強に切り替える。すると、発音や文法の共通点に気づき、一気に理解が進むことがあります。


自分なりのこだわりを持って妥協のないビジョンを描き、一歩一歩着実にステップを踏んでいきたい。そのためには、思考をシンプルにして、自分を見つめ直す時間がやっぱり重要。


長時間の移動中、自分をゆっくりと振り返ることが多いですね。僕は、明確な目標を定めて、そこに到達するプロセスを逆算していくタイプなので、その時々で今の自分の立ち位置を確認する作業が必要になるんです。


僕はゴールキーパーなので、チームがピンチになったときが、自分の仕事をすべきとき。ピンチを自分の力で跳ね返して初めて、チームを助け、勝利に貢献できる。


結果が明確に出るアスリートの世界では、いいときもあれば、悪いときもあるのは当然のこと。だからこれからも、結果だけにとらわれず、常に最高のパフォーマンスができるよう、準備だけは怠らず、自分を磨いていきたい。


イメージトレーニングというと、ポジティブなことだけを考える人が多いかもしれませんが、僕の場合はそんなこともありません。悪いイメージが浮かんできても、それはそれで大事にして、思いどおりにならない場面への対応を準備するようにしています。


実際のゲームが事前の想定どおりに進むなんてことはあり得ない。あらかじめ決め込んでしまうと、かえってピッチの上で柔軟なプレーができなくなってしまう。


自分にとって移動時間は試合の一部といってもいいくらい大切なものです。特にヨーロッパに来てからは、国内リーグと欧州リーグが重なり、今日はギリシャで、翌日にベルギー。翌週、代表戦で日本に帰って、さらに翌月はアイルランドってこともある。するとやっぱり、バスや飛行機に乗っている時間の使い方がすごく大事になってくるんです。


大切なのは外国人と実際に話すこと。最初は僕だって自信がなくて、英会話教室で無口になることがありました。でも海外に渡って分かりましたが、完璧な英語を話している外国人はほとんどいない。英語が下手でも、周りは自分が思っているほど気にしてないんですよね。それに必死になって言葉をひねり出そうとするほど、相手も釣られて必死に耳を傾けてくれます。


この7年間、ベルギー、スコットランド、フランスでサッカーをさせてもらってきて、「海外でプレーすることは、どういうことなのか」とよく考えるんです。最高のパフォーマンスを発揮して活躍するためには何が必要か。それは、その国のサッカーはもちろん文化などを知って、外国人選手として、日本人としての僕を受け入れてもらえるか。そして、自分がその文化に入っていけるかではないかと。


昔は本やDVDなど勉強する教材が限られていたけど、いまは様々な教材が世の中にあふれています。自宅にいながら「スカイプ」で先生と会話できるし、「ネットフリックス」などで洋画を楽しみながら気軽に学べる。スキマ時間に手軽に勉強できる時代なので、これを利用しない手はないと思います。フランスに住む僕も、移動時間などを利用して映画を観るなど、退化しないように、毎日30分でも英語に触れるようにしています。


ベトナムに旅行した時、カフェで注文して待っている間に、スマートフォンの検索アプリで「ありがとう」という現地の言葉を調べました。そして、飲み物を運んできてくれた店員に伝えました。外国人が日本語で「ありがとう」と言ってくれたら、ちょっとうれしいじゃないですか。その国の人と触れ合いたい、文化を知りたいと思ったら、自分からその国の人たちの中に入っていく。そんな姿勢が、能動的な勉強につながるのかもしれません。


英会話のテキストや雑誌の英語特集を買って読んだり、DVD教材やラジオから学んだり、英会話教室に通ったりしてあらゆる勉強法を片っ端から試しました。そこで気づいたのは、1つの方法にこる必要はないということです。僕はサッカー以外のことは飽きやすく、1つのことが続かない性格です。でも続かないのは、英語への興味が薄れたからではなく、教材や勉強方法に飽きたから。であれば、勉強法にこだわらず、その気分で変えることが、続けるコツだと思いました。


僕はこれまで、せっかく才能があるのに、言葉の壁に邪魔されて実力を発揮できずに帰国する選手を何人も見てきました。やはり語学ができる人こそが、海外でも能力を最大限に発揮できると思う。これはアスリート以外でも同じではないでしょうか。日本人の技術や能力は、海外でも十分通用するはずだと信じています。一人でも多くの人に、語学の壁を越えて、その可能性をぜひ試してほしいと思います。


昨年のベルギー移籍を機に、語学習得には一層力を入れるようになりました。なぜならゴールキーパーは試合中、「今はゲームがこういう状況だから、こんなプレーをしてほしい」とチームメートに伝えなくてはならない。それもタイミングを1秒も逃さずに。そこで効果的なメッセージを伝えられれば、仲間の信頼を得られます。だからこそ、必要な時に端的にメッセージを伝えられるようになりたいんです。そのために、間違いは気にせずに積極的にチームメートに話しかけたり、1人でいる時も言いたいことを外国語で言えるように文章を考えてそらんじてみたり、移動時間に映画のDVDや教材を見るなどして語学をブラッシュアップを続けています。


語学習得に励むようになったきっかけは、忘れもしない、プロ1年目の悔しい体験でした。18歳でイタリアにサッカー留学し、憧れのセリエAでの練習に参加した時のこと。キーパーコーチの指示が理解できなくて練習にならず、ひたすら怒られ続け、練習試合でも良いプレーが1つもできなかった。本当はもっとチームメートと仲良くなりたかったし、サッカーを楽しみたかった。「こんな孤独感はもう二度と味わわない」。その思いをバネに、帰国後、すぐに語学の勉強を始めました。


海外チームのゴールキーパーは日本以上に、強いリーダーシップや高いコミュニケーション力が求められます。フィールドでもロッカーでもメンバーとコミュニケーションを図り、彼らを理解し、自分を受け入れてもらうためには語学力は欠かせない。異国の言葉や文化、価値観への理解が深まれば自分がやれることがどんどん広がっていきます。その良い循環が回り始めると、さらに語学学習は楽しくなるはずです。


英語の基礎力を身につけるには、単語や英文を繰り返しノートに書いて覚えることが大事です。でも、知識は使いこなさなければ自分のものにならない。話せなければ意味がないんです。だから今でも、口に出すトレーニングは欠かさず取り組んでいます。単に1回音読するのではなく、「こう聞かれたらこう返す」と自分が実際にその英文を使っているシーンをイメージしながら、10回口に出します。繰り返し口に出さないと、瞬時に英語で返す反射神経は鍛えられません。


英語のほかに、スペイン語やイタリア語、ポルトガル語、オランダ語、今はフランス語を勉強しています。なので、今日は英語、明日はフランス語というように日替わりで勉強する言語を変えていました。すると、分からない言葉があっても、いったん離れて違う言語を勉強することで、文法や単語の共通点が見つかったりする。「こういうことだったのか」という驚きや感動があると、学ぶことが面白くなります。面白くなると、分からない言葉をすぐに調べる癖がつきます。


川島永嗣の経歴・略歴

川島永嗣、かわしま・えいじ。日本のプロサッカー選手。埼玉県出身。中学時代から本格的にゴールキーパーのポジションを開始。浦和東高等学校で高校サッカー三大大会すべてに出場。高校卒業後、大宮アルディージャに加入。その後、名古屋グランパスエイト、川崎フロンターレ、リールセ(ベルギー)、スタンダール・リエージュ(ベルギー)などでプレーした。日本代表選手としても活躍。

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