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島田裕巳の名言

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島田裕巳のプロフィール

島田裕巳、しまだ・ひろみ。日本の宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員・客員研究員、中央大学法学部講師、などを務めた。主な著書に『私というメディア パーソナルメディア』『信じやすい心 若者が新々宗教に走る理由』『世界の宗教がざっくりわかる』『人はひとりで死ぬ』『日本の10代宗教』『葬式は、要らない』など。

島田裕巳の名言 一覧

しきたりに伝統的なものなどなく、そう思い込まされているだけ。生活にそぐわないものは廃れ、新しいしきたりができていく。


グローバル社会で必要とされる教養と言うと、「相手を知る」ことばかりが強調されますが、実はそれ以上に「自分を知る」ことが重要なのです。


宗教は、その社会の価値観やシステムとも深く連動しています。宗教を知ることは、その国の本質の部分を知る重要な手がかりになるのです。


人生には必ず何らかの条件がついてくる。枠がないということはない。その与えられた条件をどう活かすかによって、その次が決まってくる。


いまの日本は無縁社会かもしれない。しかし、無縁は自由の同義語であり、住み慣れた自分の土地はある意味で自分の一部である。いざというときは自分一人の部屋で死ぬことや、自分の土地で辛い目にあうことを覚悟し受け入れてしまえば、思い切りよく明日を生きていくことができるだろう。世の成り行きに不安を覚えている人たちに、そのことを伝えたい。


ひとつ言えることは、何があろうと人は自分の出来ることをするしかないということだ。誰のせいであるかは関係なく、起きることは起きるのだ。私たちはそのことを受け止めたうえで、自分なりの努力によって生き延びていくしかないだろう。


自分を売り込むことに懸命になるよりも、自分を誰かに紹介してくれるような人間関係をつくることが大切である。そのための鍵となるのが、仕事を離れた趣味である。手間暇のかかる趣味ではなくても、得意分野を持つことが大事だろう。趣味を持てば、他人との共通体験を持つことができる。


誰に看取られようと、死ぬときは誰でも一人である。そう思えば、一人の部屋で死ぬことも怖くはない。


仕事だけに集中するのではなく、趣味にも関心を持つことで上質な人間関係をつくることができる。そこにひとつの縁が生じ、よき結婚やよき就職につながるかもしれない。


宗教の「日本化」が起こる要因のひとつとして考えられるのは、日本が島国であることです。地続きに国境を接する国がないということは、外国の影響を受けにくい。それゆえに一度入ってきた宗教は、日本人が信仰しやすい教義やスタイルへとカスタマイズされていったのです。


外国から伝わった宗教の多くは「日本化」されて受容されたところに特徴があります。中国から学び伝わった仏教は、鎌倉時代になると浄土宗や浄土真宗、日蓮宗など日本に独自な宗派が興ってきます。法然や親鸞、日蓮は生涯一度も中国には渡っていません。現在、日本の仏教界で多数を占める宗派は、日本独特の仏教と言えるでしょう。キリスト教もまた同様です。プロテスタントに限って言えば、たとえば日本のキリスト教組織で最大規模の日本基督教団は、三十三宗派の連合体となっています。聖書の解釈や信仰スタイルの異なる宗派がひとつの組織として集まるのは世界のキリスト教国では考えられない現象です。


グローバル化が進んだ今は、互いの宗教的なしきたりの違いがより鮮明に意識されるようになっています。だからこそ、その違いを尊重し、問題を起こさないように住み分けるという考えが一般的になっています。グローバル化とは、世界の誰もが同じ基準やしきたりに則って行動することではない、ということです。


絶対的な神がいる世界に住む人たちは、厳密な意味での自然災害は存在しないと考えます。災害は神が人間に与えた試練であり、恩恵であると捉えるのです。そして、「なぜ神はこの試練を与えたのか?」という思考をする。欧米人が論理的思考を得意とするのは、こうしてあらゆる物事に対して「その目的は何か?」と考える習慣がついていることと関係しています。


日本人は「宗教=熱心な信仰」と考えがちですが、宗教とは習慣です。その人が信仰に篤いかどうかは、実はそれほど重要ではない。たとえばイスラム教徒は1日に5回、メッカの方角へ向けて礼拝しますが、時間帯や方角には非常に厳格である一方、その人がどれほど篤くアッラーを信仰しているかはとくに問われません。日本では、仏教の修行僧や西欧から布教に来た敬虔なキリスト教宣教師の印象が強かったので、信仰心こそが宗教だと思い込んでしまっていますが、海外では「習慣としての宗教」という側面のほうが強いと言えます。ですから、日本人が自分の宗教について説明するときも、初詣でや冠婚葬祭など、自分たちの生活に根づいている習慣について話せばいいと思います。


島田裕巳の経歴・略歴

島田裕巳、しまだ・ひろみ。日本の宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員・客員研究員、中央大学法学部講師、などを務めた。主な著書に『私というメディア パーソナルメディア』『信じやすい心 若者が新々宗教に走る理由』『世界の宗教がざっくりわかる』『人はひとりで死ぬ』『日本の10代宗教』『葬式は、要らない』など。

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