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岩明均の名言

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岩明均のプロフィール

岩明均、いわあき・ひとし。日本の漫画家。東京都出身。上村一夫のアシスタントを経て、『ゴミの海』でちばてつや賞入選。主な作品に『寄生獣』『ヒストリエ』。

岩明均の名言 一覧

明と暗が少し交じった方が面白いというか、うまく言えませんが笑いは気持ちを「ホッ」とさせるほか、隣接する「怖さ」を引き立てる効果もあるような気がします。


私はマンガ作者ですが、けっこうマンガ読者でもあるので、読む側の気持ちを何となく思い浮かべながら描いてます。


違和感なく、すんなりと物語の中に入っていけるようにすることが何よりだと思う。


初めに心に浮かんだ、おぼろげな完成予想を大きく上回る出来に「なりそう」と思った瞬間が、楽しく嬉しく勢いが出ます。難しいと感じるのは、常に「期間内に作画を完成させる」という事。マンガ家としての基本ですが、デビュー以来30年以上ずっとこればっかりです。


私は若い頃には人が死んでいく場面を描くときもさして苦にならなかったんですが、最近は結構重たく感じるようになりました。そうした点で、『ヒストリエ』はこの先、少々きついかもしれません。しかし、頑張ります。若い頃の自分が震え上がるような場面を描ききれれば、と思っています。


私としては「まずキャラクターをつくり、歩かせる」よりも、「そこにいるヤツを無理やり歩かせてキャラクターにしていく」方がやりやすいので、まずそこにいるヤツのケツに火をつけるために、そいつの周辺の人物を殺しちゃったりするわけです。なんか言葉が汚いですけど。


弱音ですいませんが、体力の衰えが大きい。全体的に体力が落ちたというほかに、気を抜くとペンを使う手元がやや狂います。手元の狂いを気にする分、逆にペン入れは少し丁寧になったかもしれません。


岩明均の経歴・略歴

岩明均、いわあき・ひとし。日本の漫画家。東京都出身。上村一夫のアシスタントを経て、『ゴミの海』でちばてつや賞入選。主な作品に『寄生獣』『ヒストリエ』。

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