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岡林理の名言

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岡林理のプロフィール

岡林理、おかばやし・おさむ。日本の経営者。「レーザーテック」社長。東京都出身。早稲田大学理工学部卒業。横河ヒューレット・パッカードなどを経てレーザーテックに入社。営業統括、取締役、副社長などを経て社長に就任。

岡林理の名言 一覧

世の中の切なる願いに貢献できる喜びが、弊社を動かす原動力。


技術的な要求レベルが高い注文にもしっかりと応えることで、他社との差別化ができている。


ニッチ領域でトップを目指すのは、我々の強みを自覚し追求した結果。


顧客と強固な信頼関係を構築していることで、現在の製品では解決できない新しいご要望も頂いています。今ある製品をアンテナとして新たなニーズを見いだし、ビジネスにつなげていこうと考えています。


当社の技術者は営業担当者と共に直接顧客の元に出向いてディスカッションし、ご要求とその背景をきちんと理解した上で顧客のご要望を満たす最適なソリューションの提案をしています。


我々は「世の中にないものをつくる」「世の中のためになるものをつくる」という理念を創業時から持ち続けています。この理念に沿った形で、実際に当社が持つ技術的な強みを生かして、世の中に貢献する事業を一層進めてまいります。


大手企業が大幅に固定費や研究開発費が掛かることとは対照的に、我々は非常に開発スピードが速く、なおかつ開発費を低く抑えることができます。規模の割には多くの製品を取り扱っていますが、それができるのは一つの製品を開発する人数が非常に少ないためです。


幾度か転職を経験しています。新卒で入った企業は外資系だったのですが、2年半で退社し、大学院に戻った後、数百年の伝統を持つ非鉄金属メーカーが設立した半導体の研究所に勤めました。ところが、この企業の経営多角化は軌道に乗らず、数年で研究所の規模を縮小することになり、私は元の外資系企業に戻ったのです。当時は会社を辞める人は少なく、何年か遅れをとった感もありました。ですが、全て自分で決めたことだから、仕方ない。しかも、両社はカルチャーが真逆で学ぶことも多かった。今思えば、遠回りしたことは自分にとって、かえって良かったと思います。


半導体に関わるようになったきっかけは、大学の理工学部で研究室を選ぶ時、くじ引きで4度外れて、厳しいと評判だった半導体の研究室に配属されたことです。人生には、思いがけない出来事や、予想もしない人や仕事との出会いがあり、その道筋が変わってゆくことが多いと思います。現在、半導体業界に関わっているのは、まさにこの時のくじ引きのおかげです。こうした偶然を含め、すべてを肯定的に受け入れてきたことが、自分の財産になっています。


当社では製造に関わる人員を極力減らし、多くの人間が開発に従事しています。社内リソースの多くを開発に割り当てるということは、顧客と会える時間を少しでも増やし、ディスカッションしながら開発を進めるという環境を整えることにほかなりません。これを当社では研究開発型ファブライト戦略と呼んでおり、ここで顧客との信頼関係が培われます。当社は半導体などに関わる世界中のトップメーカーと頻繁に情報交換を行いながら、お互いのロードマップをシェアしているのです。


ニッチというのは、世界中にある小さいマーケットという意味だけではありません。大きいマーケットでも、要求ごとに細分化したマーケット・セグメントに分けられます。大手企業が提供する標準品では個々のセグメントの要求を完全に満たすことは難しく、当社は技術的に高い難易度が求められる特定のセグメントをワールドワイドで狙っています。


岡林理の経歴・略歴

岡林理、おかばやし・おさむ。日本の経営者。「レーザーテック」社長。東京都出身。早稲田大学理工学部卒業。横河ヒューレット・パッカードなどを経てレーザーテックに入社。営業統括、取締役、副社長などを経て社長に就任。

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