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山内奏人の名言

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山内奏人のプロフィール

山内奏人、やまうち・そうと。日本のプログラマー、経営者。「ワンファイナンシャル」CEO(最高経営責任者)。9歳でプログラミングを開始。15歳でウォルト(のちのワンファイナンシャル)を創業。カード決済アプリ「ONE PAY」、レシート買い取りアプリ「ONE」などのサービスを展開。

山内奏人の名言 一覧

プログラマーとしてキャリアをはじめて成功した人が日本にいないから、ロールモデルがないから、プログラマーが将来なりたい職業にならないんです。それなら自分がそのロールモデルになってやろうと。


(将来目指すものを)あえて言うならアマゾンですね。僕はすべての経済は購買にあると思っています。最後に勝つのは購買を握ったところで、いま一番強いのがアマゾンですから。


いまの金融機関は何でもできて量も重すぎるから、若い人にはかえって使いづらいんです。たとえば夏休みだから遊びにいくのに5万円借りたいと言っても、銀行は貸してくれません。そんなとき、僕らの世代の人がどうするかと言えば、メルカリでバッグを売ったりするわけです。同じような感覚で若い人が身近に感じられる金融機関をつくるのが僕の夢です。


通常、カード決済するにはお店側にカードの磁気テープを読み取る端末が必要になります。でも、端末は高いから、たとえば田舎の小さな八百屋さんなんかにはカード決済が普及していません。(どんな客層の人が何を買ったかという)決済の情報はお宝です。それなのに端末が高いせいでデータ化されていないのは問題だと思って、端末なしでカード決済できるサービスをつくりました。


プログラミングをずっと続けたかったし、ほかにももっといろんなことをやりたくて、それなら高校受験のない中高一貫校がいいなと。たまたま学校説明会に行ったら先生が楽しそうで、生徒たちもイキイキして見えました。それで入学したのが、いま通っている学校です。


プログラミングを始めたのは9歳です。そのころ自分で1枚ずつ写真を撮ってつなげるコマ撮りアニメをつくるのが好きだったんです。その関連本を図書館で読んでいたら、隣の本棚にプログラミングの本があって、これも面白そうだなと。そのころはC言語で、おみくじのアプリをつくったり、パソコンを二重にロックするプログラムを書いたりしていました。


(高校卒業後の進路は)悩み中です。フィンテックしかやっていないと、きっと考え方の幅が狭くなると思うんです。今日は学校で憲法の授業がありましたが、自分の事業と直接関係ない話を聞いて視野が広がりました。いますぐ必要でなくても、50年後の自分というものを考えたときには、大学で勉強するのもありかなと。大学に進学するとしたらプログラミングより、哲学とか建築ですね。人のインフラになるようなことを学んでみたいです。


シリコンバレーやイギリスには行ったことがあるのですが、日本の大学生は勉強量が圧倒的に足りていないですよね。アメリカは入学が簡単ですが、卒業するのが難しいから、むちゃくちゃ勉強します。でも日本は逆で、入学が難しいから高校生のときにむちやくちや勉強して、入学後は遊んでしまう。そこから変えないといけないのかもしれない。


小学生時代は保健室登校をしていました。学校に行くのが怖かったんです。小学校に入ると、とにかく遊んでいればよかった幼稚園のころとは違って、何もかも新しくなるじゃないですか。その環境に馴染めなくて、登校はするけど保健室に直行でした。そんな状況を乗り越えられたのは、パソコンに出合ったおかげです。学校で認められなくても、自分のやりたいことにのめり込んでいたら、自信かつくんでしょうね。3年生のころには学校に行くのが楽になって、教室で授業を受けるようになっていました。


パソコンを初めて使ったのは6歳のときです。家に誰も使っていない古いパソコンが置いてあったんです。「何、これ」と言ったら、「使っていいよ」と親が言ってくれたので、よくわからないまま触っていました。そのうちにエクセルでお小遣い帳をつけたり、ワードで家族旅行のしおりをつくるようになっていました。親からガイドブックを渡されて、それを見ながらつくっていた記憶があります。


じつは事業は中1の頃からやろうしていたんです。ただ、つくったサービスがビックリするほど誰も使ってくれなくて失敗しました(笑)。学校の授業って、つまらないものもありますよね。だから学生の投票で新しく授業をつくるサービスをリリースしてみたのですが、十数人しか投票してもらえなくて。大失敗です。ただ、そのとき使っていたシェアオフィスにdelyの堀江(裕介)さんという人がいて、「うちに来なよ」と誘ってもらいました。だから12歳から報酬をもらって働いていました。やっていたのは半年くらい。そのあとはいろんな会社でプログラマーとして仕事をしていました。


中学1年生のときに「It is IT」という団体をつくって、小学生や幼稚園児にプログラミングを教える活動をしていました。保健室登校だった僕が教室に行けるようになったのは、プログラミングやインターネットに出合ってITの魅力を知ったから。それこそがITなんだという意味を込めて、そういう名前にしました。具体的には、スクラッチというプログラミングキットを使って子供向けのワークショップをやって、ゲームのつくり方を教えていました。やめるまでに、トータルで600人くらい教えましたね。僕の同級生も巻き込んで。(教える側は)10人くらいいたかな。


レシート買い取りのサービスは1日経たずに止めざるを得なくなりました。買い取り資金が圧倒的に足りなくなってしまったからです。僕たちが買い取るレシート画像は1枚10円で、1人1日10枚まで。せいぜい100円なので大丈夫だと思っていました。ところが、想像以上に反響がありまして。そこで、ビジネスモデルを見直して再開しました。レシートを買い取るのは同じですが、次は広告を流すモデルです。レシートを買ったあとの画面に、企業からの広告を出します。たとえば先日発表したのは、ガソリンスタンドのレシートを買い取るときに中古車買い取り会社の広告を出すというもの。ガソリンスタンドを使う人は車を持っているので、広告をクリックしてくれる率は高いと思いまして。


レシートには、様々な情報が載っています。何月何日何時何分に、どこのお店で、何をいくらで買ったのか。これらをデータ化すると、いろんなところに使えます。ネット上のお店でものを買うと、「こんな商品も買いませんか」と出てきますよね。あのレコメンドは、ある商品とある商品を一緒に買った人が過去にどれくらいいるかをデータ化しているので可能になります。レシート上の情報がデータ化されたら、それと同じことがリアルでもできる。たとえばレシートを分析した結果、トマトとレタスを一緒に買っている人が多ければ、トマトの横にレタスを置けばもっと売れるようになるかもしれないという具合ですね。


山内奏人の経歴・略歴

山内奏人、やまうち・そうと。日本のプログラマー、経営者。「ワンファイナンシャル」CEO(最高経営責任者)。9歳でプログラミングを開始。15歳でウォルト(のちのワンファイナンシャル)を創業。カード決済アプリ「ONE PAY」、レシート買い取りアプリ「ONE」などのサービスを展開。

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