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小林喜光の名言

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小林喜光のプロフィール

小林喜光、こばやし・よしみつ。日本の経営者。三菱ケミカルホールディングス社長、「経済同友会」代表幹事。山梨県出身。東京大学大学院相関理化学修士課程修了後、イスラエルのヘブライ大学物理化学科、イタリアのピサ大学化学科にそれぞれ国費留学。その後、三菱化成工業(のちの三菱化学)に入社。同社中央研究所研究開発室研究員、同社情報電子カンパニー記憶材料事業部グループマネジャー、情報電子カンパニー記憶材料事業部事業部長、三菱化学メディア社長、三菱化学執行役員、常務、三菱化学科学技術研究センター社長、三菱ケミカルホールディングス取締役などを経て、三菱ケミカルホールディングスおよび三菱化学社長に就任。また、経済同友会代表幹事、日本化学工業協会会長などを務めた。

小林喜光の名言 一覧

誰も拾わないような火中の栗を拾ってこそ、経営者やリーダーの価値がある。


いろいろ理屈をつけて断るより、どんなに忙しくても仕事が来たらとりあえず受けてみます。逃げてはいけません。難題に直面すると負けん気が出て、気持ちが奮い立つのです。


中庸バランスであると思うんですよね。ひとつの指標だけをよくしようというような考え方では、程度が低いのではないかと思います。


社会人としての長い競争を勝ち抜くためには、自己研鑽を続けなければならない。小手先でごまかしてきた秀才は、絶対にリーダーになれない。


自ら情報を取りに行き、常に自分の頭で考えることが欠かせない。世間のムードに流されず、主体性を持つ「地頭」がいい異能の者がリーダーになる時代が来ます。


今は社長自身が自分の言葉で語ることが求められています。社の内外を問わず、隠されたり、守られたりすることはなく、常に評価されます。


我々経済人も、単に儲ければいいという時代は終わった。社会にどう貢献するか、新しいイノベーションを社会にどう提供できるかが原点。そのことが企業の品格にもつながる。


過去の延長線上に未来はない。今は過去に前例のない大革命の時代。常に前を向いて、全身全霊で新しい産業革命を牽引していくとき。


賛否も含めて様々な人たちと意見交換をし、より良い社会の実現に汗を流していきたい。


いまがよければ、自分さえよければではダメ。とにかく長期的視点がないと。


不確実性の時代は、むしろ自分の頭で考える好機。経済人こそ10年先、30年先を見据えていくべき。経営トップはもっと働くときが来た。最低10年先を見て手を打たないと、やっていけない。


私は昔から「5分前行動」を徹底しています。相手と「約束した」時間を守るということは、信頼関係を築くための第一歩。


何でも定量的に把握し、決めていくことが必要。


企業文化を根本から変えるのに10年はかかる。


経営者の大量生産時代は終わった。今は多様性の時代で、とんがった人をいかに作るかが重要になる。


昔も今も経営者の能力はそれほど変わりません。けれど、地獄を見たかどうかで変わるんですよ、経営者の強さは。


企業は何でも政治に頼ってはダメ。役所の反発から緩和が難しい「岩盤規制」ではなく、経営者は「心の岩盤」を崩そう。


我々は勝たなければいけない。勝つためには利益をあげなければならない。これは当然の基本。


新規事業というものをやめてしまえば、企業も成長は終わり。


景気が「気」であるように、事業というのも「気」。


私は常に、原理原則で考えていきたい。


最後は、いかに付加価値を上げるかということに行き着く。そのためにも、コトづくり、ストーリーづくりが大切。


パラメーターや数値をすべて真実として見る、ということに疑問を持たなければいけない。


世界一の技術、世界一のシェア、世界一のチャネルを持っているものは別として、二番手、三番手の事業からは撤退すべき。


一番重要なのは、時代の風を感じ、捨てるものは捨て、果敢に新しいものに乗り換えていく。そういうサーフィンのセンスだと思います。


組織というのはポジティブな結果(黒字)を出さない限り、組織である必然性がない、存在意義がない。


目立ち過ぎる事業はなるべく避ける。新規参入が相次ぎ、価格競争が激しくなりますから。


散文的な表現や冗長な文章は、わかりにくいし人に訴えかける力も弱い。


業態も超えて、製造業とIT、サービス企業などが一緒に取り組まないとビジネスにならない。


西欧のイチ・ゼロの文化では限界がきて、日本的なオプティマイゼーション、最適化、落としどころを見つけることが世界で求められている。


平日のスキマ時間や休日に、じっくり考えることが多いです。盆栽と、飼っているメダカの世話をしながら、ゆったりとした気持ちで、長い目で物事を考えます。


データに基づいて考えればスピーディに判断できますし、従業員の納得感も高めやすい。


三菱化学メディア社長時代に行ったの改革については後に、同業他社から「誰でもできる」と言われました。確かにその通りですよ。ただ、「早くできるか」は別です。


化学産業は事業の定義はありません。何を手がけてもいい分、「何を捨て、何を選ぶ」のかが経営の最重要テーマになります。


まずは自分にプレッシャーをかけ逃げられないようにして、社員にもプレッシャーをかける。そんな順序で考えています。


私は社長就任以降、経営課題の定量化に注力してきました。経営状況の把握などに定性的な曖昧さが多いと、何も決められないからです。


イノベーションに偶然はありません。セレンディピティー(偶然の発見)という議論が通用するのは超基礎的な研究組織くらいでしょう。天才がいれば話は別ですが、当社にはいても秀才程度しかいません。その秀才にセレンディピティーを認めて自由に研究させると、永遠に成果が出ない可能性がある。


開発競争はマラソンではありません。全速力で走り続けないとあっという間に追いつかれます。開発に20年以上かかるとしても、100m走の繰り返しなのです。


私は時間にはうるさくて、家の中には時計が27個あります。集合場所には時間の10分前には到着していないと気が済まないたちです。


時間内に一定の成果を上げようとすると、自分たちだけでは達成できない場合があることに気がつきます。おのずと自前主義では難しいということを理解できるようになるんです。時間軸や市場のニーズを考えれば、「自前主義」を貫くことは通用しません。


これからの経営は社会性を考えた存在価値が必要で、企業経営も心技体の3要素が求められる。


イスラエルでは失敗の経験は重宝され、「君は何回失敗したのか」と聞かれます。日本の場合は、失敗をすごくネガティブに捉えますよね。その文化からはなかなかベンチャーや新しい事業は生まれないでしょう。


自分たちで稼いでいく、という意識をもっと強く持て。
【覚書き|社員に語った言葉】


なにがあってもやるんだ。やらなきゃ潰れるんだよ。
【覚書き|経営再建策について社員から無理だという声があがったときに言った言葉。この後同社はV字回復し倒産の危機を脱した】


会長にも相談していません。「やめておけ」と言われるのはわかっていましたから。
【覚書き|三菱化学の過去の中核部門を含めた抜本的リストラを開始した当時を振り返っての発言。約2500億円規模の事業から撤退を行った】


社長業の7割は、人事じゃないのかな。少なくとも私は、いつも人事のことが頭から離れない。


蛇を投げ込めばいい。一瞬にして目覚め、逃げますよ。
【覚書き|「企業がゆでガエルにならないためにはどうしたらいいか」という質問に対しての発言】


私は偶然に自分が生まれたということが悔しくて仕方がない人間です。望んで生まれてきたのではないということは、神か、自然の法則かはわかりませんが、何者かによって自分の人生がコントロールされていることを意味します。にもかかわらず、人間には生きる目的すらわからない。これが悔しいのです。この悔しさゆえに、私はこの世で徹底的に自分の思負うことを試してやろう、徹底的に自己を打ち出して死ぬまで暴れてやろうと思うのです。


私がこの時代に求める社員像とは、目の前の存在に対する情緒的な優しさを持った「羊のような人間」ではなく、怒りの感情と同時に、論理的思考に根ざしたグローバルな愛、ジェネラルな愛にあふれあ「あぶないやつ」なのです。


私はこれまでの会社生活の中で、やりたくないことにはNOを言い続け、やりたいことには手を挙げ続けてきました。なぜそれができたかと言えば、捨てることができるからです。そして、捨てられない男はダメな男だと私は思っています。


日本人は「優しい」という言葉が大好きです。この大競争の時代に、この言葉ほど始末の悪い言葉はありません。手近なもの、目の前のものに対する優しさほど危険なものはありません。グローバルな世界には、危険な狼がうようよしています。その中に優しい子羊を放してみても餌食になるだけです。


人は、いくつになっても「怒れる人間」でないとダメだと思います。怒り、悔しさがあるから変えよう、変わろうとするのです。


進化論ではありませんが、強いものが生き残るのではなく、状況に合わせて変化できたものだけが生き残るのです。会社が自分の変化を許容しないのならば、会社を捨てればいいだけのことです。


自分が手掛けている仕事の将来価値を冷徹な知性と論理によって吟味し、見限るべきものはなるべく早く見限り、過去にこだわってはいけません。そして、自分はこうしたい、これがやりたいということを強く前面に押し出していくのです。そういう人間だけが、変われるのです。


自分の人生を主体的に決めるためには、捨てる勇気を持つことが不可欠です。技術屋は往々にして自分が手掛けた技術を愛するあまり、その技術に将来性がないことが見通せていても、捨てることができません。そして、目の前のものしか愛せない人間は、変わることができません。


三菱化成工業に入社する前、イスラエルのヘブライ大学に留学していた時代があります。この時期私は、砂漠に足を運びました。そこで受け取ったのは、「この世には何もないということがある」という感覚でした。そして、何もない砂漠の中に立っていると、心臓の鼓動を明瞭に感じるのです。自己の存在を非常に重く、濃密に感じました。満員電車に揺られて何百人の中の一人である状態では、絶対に受け取ることのできない感覚です。


誰もが変わらなくてはならない大転換の時代に、変わろうとはしない、変われない人々が数多く存在します。彼らは、なぜ変われないのでしょう?それは、なぜ生きるのかということを、真剣に問うていないからです。生きることを真剣に向き合っていれば、人間はおのずと変わっていく存在なのです。


ビジネス社会では時間は命であり、時間を守ることはビジネスの正義です。会議の時間設定も、その時間まで会議ができるという意味ではなく、遅くともそれまでには終わっていなければならないと考えるべきであり、30分の予定を20分で切り上げれば、参加者全員の生産性は1.5倍に上がります。


会議は「何を、誰が、いつまでに」を決めます。つまり、「行うべきアイテム」「実行責任者」「デューデイト(締め切り)」のアクションプランを決めさえすればいい場です。これが曖昧だから長引くのです。


ひらめいたアイデアは大きめのサイズの付箋に書きとめます。そして手帳に貼り付け、仕事へとつなげます。以前は手帳に直接書き込んでいましたが、貼り付ける方式の方がはるかに手軽です。


私はもともと、時間を守ることに関しては強迫観念に近いものを持っていました。待ち合わせも必ず5分前に着き、クルマで1時間で行ける所へも交通渋滞を考え、1時間半前には出るのが習性です。自宅にも時計がトイレ、洗面台、階段、そのほかいたるところに置かれ、家内が数えたら全部で22個もありました。朝、歯磨きをしながら時計を見て、出勤時間に間に合うよう段取りを調整します。腕時計も何個も持っていて、どれも時刻は正確に合わせてあります。これも性格なのでしょう。いまでも入学試験に遅刻する夢を見て、ハッと飛び起きることがあるほどです。


アクションプランで重要なのがデューデイト(締め切り期限)の決め方です。本人に決めさせると、サプライヤー(供給)サイドの都合で余白を取ろうとします。そうではなく、いつまでにマーケットに投入すべきか、ディマンド(需要)サイドの視点で上司が主導権を取って決めなければなりません。そして期限を決めたら、進捗具合のモニタリングを適時行うのは言うまでもありません。


私が東大の修士課程を修了後、放射線科学の勉強をしに留学したイスラエルにはシャバットと呼ばれるユダヤ教の安息日があり、毎週金曜日の日没から土曜日の日没まで、人々は一切の労働をせずに過ごしていました。安息日は宗教上の理由とは別に、時間管理の視点から見ると、精神を活性化するための人間の知恵ではないかと思います。というのも、安息日モードのときほど、いろいろなアイデアがひらめくからです。


休日は仕事メカから人間に戻る安息モードです。取引先などとゴルフの予定が入ることも多いですが、そうでなければ、特に何もせず、庭の植木や盆栽に水をやったり、飼っている金魚やメダカを眺めたりしてぼんやりと過ごします。


平日は、朝7時半に出社し9時まで、よほど緊急な要件以外、何があっても予定入れず、情報収集、会議の予習、メール返信などにあてます。この時間帯は1日で唯一の自分の時間です。以降は秘書がグループウェア時間管理ソフトで作成し、プリントアウトしたスケジュール表に沿って、仕事メカとなって予定をこなしていきます。


三菱化学メディアの社長として同社の再建に挑んだ際、赤字の事業を一年後までにROS(売上高純利益率)5%にするという不可能に近い目標を掲げました。ぬるま湯に浸かったカエルを跳びあがらせるには、ヘビを見せる必要があったのです。ROSは翌年、15%に急伸しました。ウォーム・ハートとクール・ヘッドは、両方とも不可欠なのです。


事業部長だったころは、収益をあげろといった単純な指示でよかったのですが、レイヤー(階層、役職)が上がるにつれ、指示する相手の数も場面も増えるため、明確さや論理性に加えて、カリスマ性や情緒性が必要となります。


どんなに明確な指示を出しても響かない人は必ずいますが、関わるだけ無駄です。パッと響く人に指示を集中させるのです。そのためには、ときに組織のラインを無視してもいい。自分の頭越しに指示が飛ぶようなら、怒るよりも自分が信頼を得ていないことを恥ずべきです。


例外をつくらないことは、指示をする際に重要なことです。しかし、勝負と感じたときは、当人なりに解釈させて、たとえば接待費も大きく使わせればいいのです。


論理のない情緒は、組織の中では意味を成しません。指示は、いかに論理的かつクールであるかが肝心で、数字も明確であるべきです。


37歳で光ディスクなどを製造するメディア部門のグループリーダーだったとき、2億円を調達して射出成型機を買うべく事業計画を書きました。ところが、一読した当時の研究所長は「おい、これじゃ全共闘の文章だ」と言いました。文面には「絶対やるべし」などと感情的な言葉が並んでいました。所長は、「本社の官僚的な組織にいる人間にこんなのを読ませたら、経営会議にあげてもらえるわけがないだろう。あくまで淡々と、真実だけを書け」と、計画書に赤字を入れてくれました。


いまは、グループの総勢3万900人に向けてイントラネットで月数回、文章を載せています。そのときも、「あなたたちはこの会社で何のために働いているのか」「この会社に何のために存在しているのか」をどう問いかければいいかに腐心しています。いまのような厳しい時代ならなおのこと、魂の入ったキャッチコピーを頭の中でつくる技術が必要です。


私は会議では思ったことを率直に遠慮なく発言するようにしています。激しい指摘も怒りの言葉もズバズバ口にします。CEO(最高経営責任者)としては会議を通して理念や指針を示し、意識の共有化を図ることも大切です。そのためにも、遠慮なく私の思いを伝えるようにしているのです。


いま当社は生き残るために崖っぷち感覚を持って、変わらなければならない時期です。上の方の人間が変わらない限り、全体は変わりません。ぬるま湯に浸かっているカエルは徐々に水温が上がっても感じないで、気づいたときには茹でガエルになってしまいます。そうなってはならないのです。「会社を変えるのだ」というメッセージをこめて、私は社長室にカエルを飼っています。


私は会議に関しては根回し不要論者です。論理に裏付けされた結果があればOKです。


グローバルな展開で諸外国と交渉で渡り合うことも必要です。そのためにも、まずは社内の会議が、無駄な儀式を排した自由闊達な議論の場でなければならないと思います。


私はこういう弱い人間の一人だけど、本気で命がけで戦っているという姿を社員に見てもらうことこそ、現代のカリスマ性につながると私は信じています。


現代のカリスマ性は、かつてのそれとは異なります。私が若いころ、社長は雲の上の存在でした。発言など何も聞こえてこない。そういう形でカリスマ性が醸し出されていたわけです。ところが現代では、IR活動なども含め、自分を知らしめようとしないのは、むしろ無能の証拠です。だから無理をしてでも真っ裸な自分をさらけ出して、こういう俺と一緒にやろうと呼びかけているのです。


人を動かすためには論理が大切です。とくに若いころはそう考えていました。いまでも基本は同じですが、年齢を重ね、ポジションが上がってくるにつれて、カリスマ性や情緒性も必要だと感じるようになってきました。企業やグループというひとつの組織の中には、頭にあたる部分から手足までいろいろあるので、私の目指す方向やメッセージを全部の人に理解し納得してもらうには、ある程度、感性的な面も必要だということです。つまり、カリスマ性で人を動かし、組織を引っ張っていくのです。


私が国際会議で実感しているのは日本人の交渉能力の貧弱さです。欧米人に比べて圧倒的に弱いのです。日本の教育にディベートの訓練がほとんど皆無なのは日本として大きな問題だと思います。


経営の問題を討議する会議では、ひたすら怒ります。とくに発言に意識のズレや甘さを発見したときは許しませんし、逃がしません。たとえば、何年間も赤字なのに、黒字にする努力計画や意欲も示さないまま、「こういう状況なので、予測では今後もこの程度になるでしょう」などと平気な顔でプレゼンする事業部長クラスには「もう一回、頭に汗をかいて出直してこい」と、ガツンとやります。会議でガツンと叱ったあとには爽やかにフォローします。そういう点も心がけているつもりです。


会議で決定したことの進捗状況をきちんとモニタリングして、それをまた現場にフィードバックすることが大切です。そのためには的確なタイミングでフォローの会議を設定することが必要で、その意味では会議を運営する事務局の能力を問われます。


無駄な報告をダラダラ行うような会議はもちろんやめた方がいいでしょう。しかし、会議は組織を効率よく動かすための交通整理として欠くことのできないものです。会議で決めるべきことをきちんと決めた方が、仕事の効率は確実に上がります。会議で決めるべきことは、「何を」「誰が」「いつまでにやるのか」です。これが抜けている会議はダメな会議です。


ストーリー性のある事業が大切。単品ですと、付加価値をどこで出していくかが難しい。素材から販売チャネル、ブランド展開も含めて、連続的に考えていくことが必要。


単純なモノ作りの時代は終わったわけです。そこでどう成長を遂げていくか。注力するのは「もうける仕掛けづくりが複雑なもの」と「社会的ニーズがあるもの」に絞っています。それぞれの事業の規模は売上高が年間数百億円規模と小粒かもしれませんが、そうしたものをいくつも手掛けていく。


将来性のないものは捨て(撤退し)ます。もうからなくてもとりあえず黒字なら残そうという昔の理屈はもう通りません。資本には限りがあります。効率よく使わないと。


企業には新陳代謝が絶対に必要で、その手段がM&A(合併・買収)です。外部から可能性を秘めたものを取り込み、グループ内で育てるのです。


私は常々、「3次元経営」と言っています。X軸は稼ぐ軸、Y軸は新しいテクノロジーを生み出すフロンティアの軸、そしてZ軸は持続可能性の軸であると言ってきました。人間でいえば心技体です。いまは正に日本の心技体が問われているのだと思います。


日本企業はビジネスモデルの夢なり、将来への大きなスキームがほとんどなくなってしまった。それを今からどう活性化していくかが日本の大きな課題です。政治もさることながら、経済人がどれだけの構想力とガッツを持ってリスクに懸けて勝負するかが問われています。


私は大学時代には放射線化学を研究し、この会社にも研究者として入りました。物理や化学では、どんなに複雑な現象でも、わかりやすい数式に置き換えられなければ評価されません。そのためか、私は「定量的に表現できないものは本物ではない」と考えるようになりました。複雑な事実についても、できるだけ短い言葉で表現しようと試みるのは、研究者としての癖でしょうか。


どんなに複雑な事実でも、ポイントを凝集させれば、短い言葉に置き換えられるはず。短文で表現しようと頭を巡らせることは、情報の整理や理解にも役立つ。


これまでは東京大学の出身者がリーダーの候補だったかもしれませんが、もはや日本のぬるま湯の環境に漬かった東大の秀才の8割は、リーダーになる資質がありません。とにかく日本の外に出て、厳しい環境に自分の身を置かないと。


リーダーになるためには、若い頃から裸で地球を歩いた方がいいでしょう。海外に出ていって、様々な分野において素の個人の力で戦う覚悟がないと。遠くから日本を見る視点を身に付けることも不可欠。


ますます個人主義が強くなっていくでしょう。情報を統制して、自らを権威づけるリーダーの時代は終わります。今後は全ての人があらゆる情報にアクセスでき、情報が権力の源泉にはならないからです。


必要なのは、自分の力で考える能力。何を知っているかではなく、どう考えるか、情報をどう生かすかを考える力が求められる。日本が世界で戦うにはそこの力をつけるしかない。


経済同友会という団体は、入会しているだけでは意味がありません。様々な会議やイベントに参加して、議論することが最も求められている。それが、社長として「自分の言葉で語ること」のトレーニングになる。社長が鍛えられる場であることが経済同友会の存在意義の1つでもあります。


それぞれ思想も立場も違うので、全員一致でまとめ上げるのは非常に難しい。ただ、違うからこそ、徹底的に考えをぶつけ合い、その中から一定の方向性を作り上げていくことに意義がある。


経営者は自分の会社ばかり見ているので、他社のことは分からない。お山の大将になりがちです。けれど社外取締役などで他社の経営を見ることは自分の会社にとってもすごくいいんですよ。


東芝は社長の任期が4年だが、辞めた後が長い。相談役などの名誉職で残るから。ああいうのはよくないね。社長、会長の任期が終わったら、とっとと会社を去るべきです。


企業だけで閉じた研究開発はもう古い。強い部分は閉じ、弱い部分はみんなで協力して早く進める「オープン&クローズ戦略」が必要。


価値観や文化が異なる中で「自分さえ良ければ」という風潮があるからこそ、お互い、どこかで「最適ポイント」を見つけることが必要。ですから、「落としどころを見つける」いった日本流の生き方で、世界に貢献できる可能性はある。


いまは本当にとんでもない革命期。あんまり今までの過去にこだわらないで、もちろん歴史を紐解いてそれを参考にするのはいいが、やはり常に前を向いて、やるべきことをやっていく。そういうとき。


自立するには、自己主張や自己の存在というものが必要になりますが、その一方で、社会の中では妥協も必要です。物事には最適点を見つけることが必要だということを、いま一度、みんなが理解していくことが必要。外交も、力だけではうまくいかない。落としどころの世界です。


日本が経済的にも社会的にも成熟国家になった今、欧米諸国に先行事例を求めても、答えを見つけることは容易でない。日本は今、自ら課題を設定し、自ら解決していかなければならない時代を迎えています。


振り返ると、リーマン・ショックは、ある意味でピンチがチャンスになったと言えます。赤字事業をクローズし、売上高は減り、赤字も出しました。


やはり事業というのは思いが一番大事。本気で勝つ意志というか、このビジネスでは負けないぞという思い、これを世代間で継承していく。これが一番ポイント。


単なるモノづくりではなく、事づくり、ストーリーづくりが重要で、よりスマート化、インテリジェント化し、パッケージにした産業を5年、10年かけてでも作り上げていかなくてはいけない。


イスラエルに留学した時にユダヤ人から学んだのが、「オン」と「オフ」のメリハリの大切さ。戒律にある「安息日」は、「休む」ことに徹する。そういうオフの時にこそ、良い考えが浮かぶもの。だから私も「安息日モード」を作るために、手帳を買ったその日に、1年間すべての休日にピンクのマーカーで印をつけて、平日とはっきり区別するようにしています。


考えをまとめていく作業は、やはり手書きが一番ですね。手を動かしながら考えると、自然と頭の中が整理されていく。手で書いたことは、記憶にも残りますしね。


使えそうな情報や思いついたアイデアなど、気になることは何でも手帳のメモ欄に書きます。ただ最近はスマホの「メモアプリ」を使うことが増えました。寝床でアイデアが浮かぶことも多いので、何か思い浮かんだら枕元に置いてあるスマホに走り書きします。


時間を守るのは、社会人としての「常識的なマナー」です。しかし、私は実はもっと重い意味があると思っています。1人の人間が与えられている「時間」には限りがあります。約束に遅れて、その貴重な資源を浪費させるのは、「正義」に反するのではないでしょうか。


研究開発では時間軸を意識させています。今の時代、顧客のニーズを先回りして研究していても、もう少し後で来るだろうと思っていた顧客からの要求が、あっという間に来てしまう。そうした要求に応えられず、2番手、3番手になってしまうと、当社が得られる利益も減ってしまいます。3年後に来ると見ていた要求が来年くるような感覚です。


基礎研究開発の象徴であった三菱化学生命科学研究所を閉鎖しました。同研究所は学術的に同分野をリードしてきました。研究に力を入れる当社の象徴でもあり、いわば聖域でした。もっとも、毎年30億円程度を投じているにもかかわらず、事業への貢献がほとんどありません。「赤字は罪悪だ」と言って事業の構造改革を進めている時に黙って見過ごせませんでした。誰かに相談したら「存続した方がいい」というのは目に見えていましたので、1人で閉鎖を決めました。


化学メーカーにとって研究開発と事業創造は競争力の源泉です。ただ、当社の研究開発には問題がありました。学術的には大きな成果があっても、事業や収益に結びつかない研究が多かったのです。原因を一言で言うと、本社のタニマチ思考(中身を検証せずにお金だけ出しておけばいいというパトロン的な考え方)です。研究内容がよく分からないため、本社は予算の確保だけにとどめて後は研究所や「研究者に任せる」という慣習がありました。その結果、研究者のやりたいテーマがどんどん膨らみ、多い時では200ほどまで増えました。ところが、そのほとんどが事業創造につながらなかった。これは私自身にも言えることで、入社以来10年ほど触媒研究をして学術的な成果を上げましたが、事業創造にはつなげられませんでした.


社外に臆することなく発信することで、社内の人材を動かす側面もある。


経済産業省が主催した研究会で、トヨタ自動車の豊田章男社長に、「化学会社は自動車会社の奴隷だ。開発費は負担してくれないし、技術を取り上げられて終わるだけ。従属関係の解消をお願いしたい」と言いました。もちろん自動車会社への主張でしたが、業界や社内に向けてのメッセージでもありました。「下請け根性から脱して、素材が産業を引っ張るビジネスモデルを作っていこう」と。


本格的に相乗効果を生み出すために「ミッションコーディネーター」という役職も作りました。三菱ケミカル・ホールディングスとしての重点分野(ミッション)をまとめ上げる責任者として、事業会社の横串を刺す役割を担ってもらうのです。事業会社の社員は自社の利益を最優先に考え、三菱ケミカル・ホールディングスとしての利益を考えない傾向があります。各ミッションコーディネーターが社員の意識や行動を変える役割を担うのです。


経営統合をした後は、統合作業を急がないのが信条です。欧米企業と違い、日本企業の社員はM&Aに慣れていない。欧米のように資本の論理で組織を変えてしまうと、後でしこりが残ってしまい、結局は相乗効果が生まれないと考えているからです。


経営者は大抵「危機感を持て」と言いますから、中途半端に言っても社員の意識には刺さりません。私自身、意識改革を促す時は、事業所内に標語などのポスターをよく張りました。「ポスター魔」とも言われたほどです。


三菱ケミカルホールディングスの社長に就任した当初、まずは危機感を社員と共有する必要があると考えました。社内報などを使いましたが、メディアも積極的に「使いました」。メディアやアナリストなどが客観的な立場で化学産業や当社に対して厳しい指摘を書けば、社員の受け止め方も変わると考えたからです。


化学産業は地味なイメージがありませんか。一般の消費者の目に触れる製品が少ない点がありますが、業界自体が内向き思考だからでもあります。しかし内向き思考では産業や会社が時代からズレていることに気がつかない恐れがあります。


社長に就任してまず手をつけたのが、伝統的な石油化学製品のリストラです。塩化ビニール樹脂やスチレンモノマーなど汎用製品の成長は、誰もが厳しいと「感じて」いましたが、関係者が多い主力事業であるため見直しの対象にはなっていませんでした。しかも、こうした事業は短期的には市況の変化などで黒字になることがあり、のど元過ぎれば熱さを忘れてしまう。そこで数字で攻めることにしました。今の体制のまま事業を続けた場合に発生する将来の赤字額を詳細に算出、経営会議にかけ、事業部に迫りました。数字によって具体的な議論になり、次々と撤退が決まっていきました。


私がイスラエルに留学した当時、当時の日本は大学紛争の真っ盛り。それを冷めて見ていた私ですが、イスラエルで私は覚醒しました。日本人の大学院生は1年に1本の論文を書けば一定の評価を受けますが、ユダヤ人の研究者は5本も10本もの論文を書き、一流の学術誌に掲載されることも珍しくない。彼らは議論では徹底的に相手を論破してくる。世界にはすごい奴らがいる。厳しい競争を勝ち抜くためには、論理性と攻撃性が必要なことを身をもって感じました。


営業系の幹部には「経営にはアートの部分がある」と言われましたが、「経営はサイエンス」です。勘と度胸の経営だけでは不十分で、定量化の経営に挑戦しなければなりません。とくに海外では勘と度胸だけでは意思疎通が図れない。


よく「歴史から学ぶ」っていいますけど、僕は歴史書はほとんど読みません。歴史は錆びついたものとしか思わないから。歴史を振り返るとそれに左右されて、時代を読む感性が研ぎ澄まされなくなる部分があるんじゃないかなと。


傑出したリーダーを生むプロセスは、企業が生み出すイノベーションと似ているのかもしれません。研究開発や事業の黎明期にはなかなか成果が上がらないので、我慢が必要です。炭素繊維という日本を代表する素材が、会社の収益に貢献するまで30年近い歳月がかかりました。教育もある程度の自由を与えて我慢しないと、ブレークスルーは起きないのです。


まずは大人が目の前の課題に挑戦する。その姿が子供にとって最大の教育の題材になるでしょう。ここでいう競争とは、相手を蹴落とすスキルが求められる限られたパイの奪い合いではありません。イノベーションを起こし、新しい価値を生み出す前向きな戦いのことです。本気で戦えば負けた悔しさ、悲しさが心底分かり、他人に優しくなれるはずです。


私は20代でイスラエルのヘブライ大学に留学し、その後も何度も訪問していますが、イスラエルから学ぶことは多くあります。ユダヤ人は不可抗力で世界中に散らばってしまったため、世界各地で戦った一人ひとりがゼロであることを認識し、イスラエルに戻ってきます。そこから多くのリーダーが出て、世界で最もベンチャー企業を生み出す国の一つになりました。中国人の華僑、インド人の印僑から世界的なリーダーが生まれているように、日本人も外に出て世界でもまれる「和僑」の中からリーダーが出てくるかもしれません。


すべてにおいて「いかに持続可能であるか」ということに尽きると思います。人間が未来永劫、快適な生活を送るためには、持続可能性が求められます。また、我々の企業活動そのものも、持続可能性がなければ続かない。人間も企業も「持続可能」というテーマに即した活動をすることで、最適化した社会は実現できると考えます。


何か大きな目標に向かって挑戦していれば、勝ち続けることは不可能で、必ず負けます。そこで徹底的に絶望する。ジャンルは問いません。どん底からはい上がるハングリー精神こそ、AI時代には求められるのではないでしょうか。今でこそ私は、様々な組織のリーダーを務めていますが、人生を振り返れば絶望と遠回りの連続でした。その戦いを通じて、ハングリー精神を磨いてきたのです。


親に今必要なのは競争社会という現実に立ち向かい、必死に働くことではないでしょうか。その姿や雰囲気から子供は多くを学ぶと思います。親が懸命に働いていないのに、その子供は必死に学ぶのでしょうか。働き方改革によって無駄な仕事を削り、生活を充実させる意味はあると思います。ただ、働く意欲や体力がある人にまで無理にブレーキをかけることは、一種の教育的な効果を奪うことになりかねません。


新興国を見てください。かつて我々がそうだったように、大人は必死に働き、子供にかける余裕は時間的にも金銭的にもありません。それで子供が怠けるのかというと違います。大人の必死な姿を見て、子供も一緒に頑張るのです。昔は「おやじの背中」という言葉があり、「お袋の背中」でもいいかもしれませんが、最近はそうした姿を見せるという観点が教育から抜け落ちているのかもしれません。


やはり、日本人らしい部分を活かして、どう勝負するか。ヘルスケアなのか、ネット系でもどこに強みがあるのか。環境問題も突破口になる。強いところにフォーカスしていくという戦略も必要です。いずれにしても近い将来、新しい年号に代わり、新生日本がスタートするわけです。そういう意味では、政治もさることながら、若者も含めて経済人がどれだけのガッツを持って、勝負するかというのが現在の日本の大きな課題です。


いろいろな組織や団体を運営して改めて思うのは、世界は徹底した競争社会だという現実です。その中で、日本の若者が、戦い抜けるのでしょうか。最近は、おとなしい秀才が増え、挑戦するという機運が減退しているように感じます。その象徴が東京大学の出身者ではないでしょうか。日本のぬるま湯の環境につかった東大の秀才の8割はリーダーになる資質がないと見ています。東大を出て大企業に就職しただけで満足しているようにしか見えない若者が多いですから。親から用意された塾などで効率よく勉強し、小手先でごまかしてきた秀才は、絶対にリーダーになれないでしょう。


これまでの教育では、記憶力があればいい大学に行けました。今はもうスマートフォンで何でも検索できるようになったので、記憶力だけでは通用しません。さらにAI(人工知能)が記憶力だけではなく、判断力すらも備え、人間の能力を代替する可能性が出てきました。人間がAIにはない価値を生み出すためには、人間らしい経験を積むしかありません。人間らしい経験といえば挫折です。もっといえば絶望ではないでしょうか。AIは絶望できません。絶望からはい上がるプロセスにこそ、人間本来の強みが隠されているはずです。


人生の光は、イスラエルのヘブライ大学への留学で見えてきました。当時はイスラエル領(現エジプト領)のシナイ半島に行きました。広い砂漠を歩いていた時、生命のかけらもなさそうな砂漠の上を、黒いショールをまとった1人の女性が2匹のヤギを連れて悠然と歩いている姿を目にしました。無の砂の海に生命が存在する。「そのことがまさに奇跡ではないか」という衝撃が体を貫いたのです。それまで「人生は何のためにあるのか」との悩みがあったのですが、「人は生きているだけで素晴らしい」と何かが吹っ切れ、啓示を受けた気分になりました。それからは、どうせ死ぬんだから生きている間くらい頑張ろうと、迷いなく目の前の命題に全身全霊で立ち向かうようになりました。


イスラエル人のハングリー精神からも刺激を受けました。私が留学した当時、300万人のイスラエル人が3億人のアラブ人に囲まれていました。男性は3年、女性は2年の兵役があり、大学の研究室ではエジプト軍の侵攻についてのニュースを聞きながら、軍服を着て実験をするのです。日本人の大学院生は1年に1本の論文を書けば一定の評価を得ましたが、ユダヤ人の研究者は1年に5~10本もの論文を書き、一流の学術誌に掲載されることも珍しくありませんでした。常に戦時中という意識で、人々の根性が違う。ヘブライ語でフツパーという言葉はガッツの意味があり、これがイスラエルの精神を象徴した言葉になっています。


ハングリー精神を身に付けさせるためには、子供を厳しい環境にさらすべきではないでしょうか。海外に行かせるのもいいですし、無人島に閉じこもって仮想のハングリー体験をする機会を作ってもいいかもしれません。子供を海外に出すと同時に、海外から指導者を呼ぶことも必要だと思います。その効果は経営のみならず、スポーツでも表れています。卓球やバドミントンなど海外から指導者を招いた強化策が実って日本から世界で勝てる強豪選手が登場しています。技術力も向上しているのかもしれませんが、世界で戦うメンタリティーを鍛えられるのでしょう。


戦後は生ぬるい教育をしてきたのかもしれません。運動会の徒競走では、順位がつくのがかわいそうだからという理由で、みんなで手をつないで同時にゴールさせる学校があったことが話題になりました。かわいい子だからこそ崖から落とすという感覚が全くありません。親がリスクを潰し、細菌をみんな殺してしまうから、子供の抵抗力が落ちているのではないでしょうか。そうした環境で育った子供は、タフになりようがありません。子供に考えさせる教育をしなければ、本人がかわいそうです。将来、大人になったら誰も教えてくれませんから。失敗や遠回りするかもしれませんが、親や教師は子供にあまりべったりせず、子供への手出し口出しを我慢しなければなりません。


小林喜光の経歴・略歴

小林喜光、こばやし・よしみつ。日本の経営者。三菱ケミカルホールディングス社長、「経済同友会」代表幹事。山梨県出身。東京大学大学院相関理化学修士課程修了後、イスラエルのヘブライ大学物理化学科、イタリアのピサ大学化学科にそれぞれ国費留学。その後、三菱化成工業(のちの三菱化学)に入社。同社中央研究所研究開発室研究員、同社情報電子カンパニー記憶材料事業部グループマネジャー、情報電子カンパニー記憶材料事業部事業部長、三菱化学メディア社長、三菱化学執行役員、常務、三菱化学科学技術研究センター社長、三菱ケミカルホールディングス取締役などを経て、三菱ケミカルホールディングスおよび三菱化学社長に就任。また、経済同友会代表幹事、日本化学工業協会会長などを務めた。