小宮一哲の名言

小宮一哲のプロフィール

小宮一哲、こみや・かずのり。日本の経営者。「つけめんTETSU」などを展開する「YUNARI」社長。東京都出身。ファーストリテイリング、セコムなどを経て28歳で独立。つけ麺店「つけめんTETSU」を開業。

小宮一哲の名言 一覧

頑張りには「結果に結びつくもの」と「実にならない、徒労に終わるもの」がある。僕が生き残れたのは、頑張り方の違いに早くから気がつけたから。

小宮一哲の名言|頑張りには「結果に結びつくもの」と「徒労に終わるもの」がある

「頑張りが認められるのは義務教育まで」というのが僕の持論。それ以降は頑張るだけではなく、結果が求められる。

小宮一哲の名言|頑張りが認められるのは義務教育まで

努力が十分かどうかを判断するのは、自分ではなくお客さん。いくら「頑張っている」と主張しても、結果が伴わなければ、それは頑張っていないんです。

小宮一哲の名言|努力が十分かどうかを判断するのは、お客さん

開業当初、お客さんが来なかった。それは満足させられるだけの味を提供できていなかったということ。つまり、努力が足りなかったわけです。

小宮一哲の名言|お客さんが来なかったのは満足させられるだけの味を提供できていなかったということ

1年間がむしゃらに働くだけで人生は180度変わる。1年って人生においては80分の1。「ここ」と決めたらとことん頑張る。そのわずかな時間を頑張れるかどうかが、人生のベクトルを大きく変える。

小宮一哲の名言|1年間がむしゃらに働くだけで人生は180度変わる

雨で客が来ないなら、店を閉めてスタッフとラーメン巡りも暇ができたら、新商品が考えられると、思考を一気にポジティブに転換。不運がきたら好機と感じるようになった。

小宮一哲の名言|不運がきたら好機と捉える

自分でコントロールできないことを気にしても、何も変わらないと、ある時気づいた。それから、自分でコントロールできないことに関してはネガティブに考えず、前向きに捉えるようにした。

小宮一哲の名言|コントロールできないことは前向きに捉える

1円も残さずに遊んでしまいますね。自分の努力で得たお金でないなら、そのお金にあまり価値を感じません。

【覚え書き|100億円あったらどうすると問われて】

小宮一哲の名言|自分の努力で得たお金でないなら、そのお金にあまり価値を感じない

「俺はこれだけ頑張っている」と思うと、「何で他の人は認めてくれないんだ」という考えに陥りやすい。それは周囲やお客さんと接する中で、ストレスの種になります。「うまくいかないのは自分の頑張りが足りないからだ」と考える方が、ストレスを感じずに済むのではないでしょうか。

小宮一哲の名言|「うまくいかないのは自分の頑張りが足りないからだ」と考える方が、ストレスを感じずに済む

僕は勉強もスポーツもできてプライドが高かったのですが、高校をドロップアウトした後は、何もせず怠惰な日々を過ごしていました。その頃「負ける可能性があるなら戦いたくない」ということを認めたくないあまり、当時の僕は勝敗が決まる戦いに挑めなくなっていて。「何も結果を出さないまま逃げたら、あの日々に戻ってしまう」という焦りがあったから、先が見えなくても頑張れたんだと思います。それから現在まで、何かを投げ出したことはありません。

小宮一哲の名言|焦りがあったから頑張れた

味がおいしいのはもちろん大切ですが、それだけで繁盛店になれるとは思っていませんでした。なので、繁盛店にするにはまずメディアの力が必要だと。そこで効果を発揮したのが「焼き石」です。水でキュッと締めた麺を熱々のつけ汁につけるのがつけ麺のスタイルですが、食べ進めるうち、どうしてもつけ汁がぬるくなってしまうのがネックでした。そこで、キンキンに熱した焼き石を途中で入れることで、食べ終わるまで熱々のつけ汁で味わってもらうアイデアを考えたのです。ジューッという音と共に熱せられていくつけ汁は、お客さんを惹きつけますし、ビジュアル的にもインパクトがあります。「メディアが食いつくはずだ」という僕の見込み通り、テレビ番組の取材オファーが何件も舞い込みました。番組が放映された後、客数は倍増して、行列ができる繁盛店になりました。

小宮一哲の名言|メディアが食いつくことをやる

小宮一哲の経歴・略歴

小宮一哲、こみや・かずのり。日本の経営者。「つけめんTETSU」などを展開する「YUNARI」社長。東京都出身。ファーストリテイリング、セコムなどを経て28歳で独立。つけ麺店「つけめんTETSU」を開業。

ページの先頭へ