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寺田寅彦の名言

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寺田寅彦のプロフィール

寺田寅彦、てらだ・とらひこ。日本の物理学者、随筆家、俳人。明治時代、東京出身、高知県育ち。東京帝国大学理科大学物理学科を首席で卒業。東京帝国大学理科大学大学院で理学博士を取得。東京帝国大学理科大学講師・助教授を務めたのち、ベルリン大学に留学。帰国後、東京帝国大学理科大学物理学教授に就任した。

寺田寅彦の名言 一覧

災害は忘れた頃にやってくる。


いわゆる頭のいい人は、いわば脚の速い旅人のようなものである。人より先のまだ行かないところへ行きつくことができるかわりに、途中の道程、あるいはちょっとした脇道にある、肝心なものを見落とす恐れがある。


寺田寅彦の経歴・略歴

寺田寅彦、てらだ・とらひこ。日本の物理学者、随筆家、俳人。明治時代、東京出身、高知県育ち。東京帝国大学理科大学物理学科を首席で卒業。東京帝国大学理科大学大学院で理学博士を取得。東京帝国大学理科大学講師・助教授を務めたのち、ベルリン大学に留学。帰国後、東京帝国大学理科大学物理学教授に就任した。

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  1. まずクライアントがそれまでに打った広告をすべてチェックし、その効果を調べる。
  2. ライバル業者が長期間続けている広告を洗い出す。長く続けているということは、効果があったと推測できるからだ。
  3. そうした素材の中から、一番有効なアイデアやテーマ、特典を再利用する。
  4. 借用ファイル(効果的な売り文句、特典やサービス内容、保証をアピールする言葉などをカテゴリ別にまとめたファイル)を調べる。
  5. 集まったパズルのピースを組み合わせて広告の土台を作る。
  6. 微調整し、言葉使いを商品や対象に合わせて変える。

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