寺尾玄の名言

寺尾玄のプロフィール

寺尾玄、てらお・げん。日本の経営者。「バルミューダ」社長。高校中退後、海外を放浪。帰国後、バンド活動を行う。その後、独学で設計・製造を学んだのちバルミューダを設立。

寺尾玄の名言 一覧

世の中には「自分探し」という言葉がありますが、いるかどうかも分からない自分を探すのはムダ。やるべきは、「自分を探す」ことではなく、「自分を試し、知る」こと。

倒産寸前のピンチがあったから、今のバルミューダがある。失敗やピンチは大きな気づきを得られる絶好の機会。人が強くなれるのは失敗したときだけ。失敗は人生の糧になる。だから失敗は素晴らしい経験なんだ。

可能であることを証明することはできるが、不可能であることを証明するのは不可能。なぜなら、みんなが「不可能だ」と信じていても、本当はまだ試していない方法があるかもしれないから。

大切なのは長く会社にいることではなく、良いアイデアを出すこと。仕事以外のことをすることが、仕事に活きる発見につながる。働き方を変えることは、良いアイデアを生むためにとても大切。

自分の可能性に気づいて、それを使え。可能性というものは使うモノ。我々の持ち物の中で最もや貴重なモノ。それこそが「可能性」。せっかく持っているのに、使わなければ価値がない。

みんなが「無理だ」と言うことであっても、「本当か?」と疑うこと。このことが、モノ作りにおいても、生き方においても大切。

失敗は経験の中でも最も素晴らしいもの。どんどん失敗すればいい。失敗の回数と大きさが、ものすごく人を育てる。

自由とは、自分の将来や未来を自分で決めること。そこには当然、責任やリスクが伴う。

すべてのモノは最終的にお客様の感覚によって選ばれる。

クリエイティブとは工夫のこと。工夫のないところに利益は生まれない。工夫こそが利益を生み出す唯一の源泉。

皆、モノなんかいらないけれど、素晴らしい体験は求めている。だったら、体験を売ればいいじゃないか。

枯れ果てた市場にドンと良いモノを出せば、すごく目立つし、勝てる。

どんなことでも自分で考えて仮説を立てることが、アイデアを生みだすことにつながる。

どんなに良いモノを作っても、知ってもらえなければ買ってもらえない。

デザインは第一印象。売れる、売れないに直結するから高度な経営判断が必要。

自分で責任が取れないことはやってはいけない。

自分自身の信念を曲げてまで、あるいは愛着を持てない場所で嫌な仕事をすることは、人生の浪費でしかない。自分が信じる道を進むべき。

真剣に生きた方が人生は楽しい。

生活に密着したものを作れば景気の良し悪しに左右されない。しかも、生活に必要とされるものなら高価格帯でも売ることができる。

死ぬ瞬間に最も重要なのは思い出だと思います。成功を収められなくても、自分を貫き通した人生なら満足感を得られる。

自分を偽らず、貫く。それで世の中が認めてくれないなら仕方ないと思うしかない。

私の人生観は自分の思うままに勝負していくことが最優先で、勝つか負けるかは二の次です。だから破滅も破産も怖くない。

大手の経営陣がアイデアの良さを判断して投資できるはずがない。

クリエイティブは「疑う」ことから始まる。「本当にそうなのか?」とすべてを疑う姿勢を貫いている限り、発想の幅が狭まることはこれからもないでしょう。

楽しく人生を送るには、「好きなことをする(やりたいことをする)」ことが大切だと思います。「嫌なこと」は楽しくなりようがないし、「楽しい」と必ずセットになる「苦しい」「きつい」も乗り越えられません。

自分の得意不得意が分かっていない人も少なくないように思えます。「自分」をあまり理解していない。自分にとって最も大事なのは「自分」なのにです。唯一、自在に扱えるのが自分なのだから、「今の時点での自分の性能やポテンシャルがどの程度あるか」はよく知っておきましょう。

私たちが生きている世界はすごいですよ。空や海がきれいで、水や食べ物もおいしい。本や映画も素晴らしい。きれいな人もいれば、優しい人もいる。まあ、嫌な人もいるにはいますが、この世の中は可能性に満ちあふれていてキラキラしている。だから私は、人生は楽しまないと損だと思っています。

ビジネスでは二度と巡ってこないチャンスに挑む時もあるでしょう。例えばそこで負けたとしても、「明日のオレだったら、1年後のオレだったら分からんぞ」と思えばいい。「失敗は今日の失敗であって、明日の失敗ではない」。そう考えると、どんな状況でも失敗をポジティブに捉えられます。

私は人に誇れるものがあまりありませんが、「失敗の数」だけは別。子供の頃から「やりたいことをやる」という自由な生き方をしてきたからでしょうか。同年代の人に比べると10倍。いやもっと多くの失敗を経験しているように思えます。

私の性格上、現状に満足することは決してない。夢を絶えず持って、それを追いかけていく生活を続けています。

大手家電メーカーではできていないことがある。

将来の可能性は無限なのに、どうして枠にはめられなければいけないんだ。

日本はまだ学歴社会だけれど、高校中退を後悔したことは一度もない。かえって狭い枠にとらわれなくてよかったと今でも思います。

世界は可能性で満ちあふれている。できないことは確かにあるかもしれないが、「絶対にできない」とは言い切れない。不可能を証明することは、不可能だから。つまり、可能性は常にあるということ。

自分の感覚を鍛えることも必要。とくにデザインは「美しさ」に関わりますから、美しいものを他人よりもどれだけ多く見ているかが重要。

部屋にずっと一人でいて、ボコッとアイデアが生まれるかというと、そんなことはあり得ません。やはり、外に行ったり、モノを見たりすることが大切。

私は極度に集中するタイプなので昼寝は不可欠。アイデアはいつも、私がリラックスしたり、半分眠っていたりする状態の時にやってきます。

楽しい人生を送りたいと思うなら、「好き嫌い」と同じぐらい「得意不得意」も意識した方がいいと思います。弱点をなくしたくて苦手なことに取り組んでいる人がいますが、それだと成果が出にくい。成果が出ないと成長を感じられないし、チャンスが巡ってくる機会も減ります。不得意なことをするぐらいなら、得意なことをさらに伸ばした方がいい。「好きで得意なことをやる」のがベストです。

夢は頭の中にビジュアルとして鮮明に描くことも大切です。漠然としたイメージの夢は「ならなければいけない姿」には見えません。ここで必要になってくるのは、「強い願い」です。願いが強ければ強いほど想像力が働き、イメージが具体的に見えてきます。

夢をかなえるプロセスは、企画を実現させるプロセスと同じ。強い願いで「なるべき姿」をイメージし、それを実現させるための努力を重ねていく。企画も自分の義務に変わるぐらいのものを提案すると、実現の確率がグッと上がると思います。

夢が単なる「やりたいこと(希望)」の場合、行動がなかなか伴わないこともありますが、「やらなくてはいけないこと(義務)」になれば自然と行動が伴います。夢は何よりアプローチを開始することが重要です。行動し始めれば、夢と現実のギャップにも気づき、そのギャップを埋める努力もできるからです。

「普通の人」は、「無理だ」とすぐ口にしてしまう。でも、それは条件付きの「無理だ」でしょう? 「特別な努力をしなければ無理だ」「画期的なアイデアを出さない限り無理だ」と、とにかく条件をつけようとする。裏返して言えば、その条件さえクリアできれば可能性が無限に広がる場合が多いのだと思います。だったら人生は短いんだから、その条件をクリアできるように、もっともっと真剣に生きるべき。

ビジネスですから曖昧な直感ではなく、理詰めの判断でした。現代は、冷房器具は各家庭の必需品ですよね。しかも地球温暖化の影響で、需要がますます高まるのは間違いない。さらに省エネやエコが高らかにうたわれる時代だから、エアコンに代われるものなら注目を集める。そう考えて、扇風機しかないという結論に至りました。

外国を放浪して精神的にたくましくなりましたよ。意外に思われるかもしれませんが、それまでは小さなことでよく悩み、勇気がなかった。そんな私が異国で野宿しながら、過ごしたわけです。「自分の力で生きていける」という自信がつきましたね。

私がバルミューダを設立したのは30歳のとき。それまで、海外を放浪したり、音楽活動をしたりしていたのは、見方によっては遠回りだったのかもしれません。しかし、その経験があったからこそ今があると、私は考えています。

「事業は永続性が大事だ」と言う人がよくいますが、私は永続性なんて信じていません。すべてのことには終わりがあるし、終わるから美しい。そして終わることを意識しているからこそ、「活躍できるのはいまだけなんだから、今日を懸命に頑張ろう」と思えるのだと考えています。

心配事というのは、何が起きるのかを理解していないから怖くなる。倒産したとしても、最悪でも自己破産をするだけのこと。最悪の場合を何度も想像して、想像することに慣れてしまえば、怖くなくなる。

私は「可能性と常識」は、「光と闇」の関係に似ていると考えています。可能性は新たな世界を作る明るい存在ですが、一方の常識は、既に「正しい」と決めつけられており、自由度がないため、可能性に対して時に否定的な存在になったりするからです。

「可能性は誰もが持っていて、いつでも自由に使うことができる」。このことを知っていれば、物事と向き合う時に「できないことはない」と考えられるようになる。こうなれば、不可能と思われていることであっても、当たり前のように挑戦できるようになる。

何かをやろう、やりたいと思った時に、「でも、普通はこうだよね」と考えて諦めてしまうことがあると思います。この「普通はこうだよね」というのが、自分の中にある常識です。可能性を信じて使っていくためには、常にこの常識と対決し、打ち破っていく必要があります。

私は常識と呼ばれるものに可能性がつぶされてはいけないと思っています。だから、常識を安易に受け取らないでほしいし、常識の根拠を改めて考えてみてほしい。「やりたいこと」をするために、常識に負けないでください。

扇風機に限らず今の家電製品には、心地良いという視点が欠けています。当社の製品はデザインにも相当こだわっているので「デザイン家電」と呼ばれますが、デザインと心地良さの両立がなければヒット商品にはなりません。

扇風機は、熱い空気をかきまわす、身体が疲れる、肌が乾燥するなどマイナスのイメージが強い商品となっています。そこで当社は「扇風機は風を起こすだけではなく、涼しさを提供する家電である」と定義し、開発を行いました。

当社の判断の基準は「お客様がより大喜びするのは、どちらなのか?」。追求しているのは「こういうモノがあったら嬉しいな」とお客様が大喜びしてくれるモノをつくること。

本当の意味で多くの人を喜ばせることができる企業になれば、絶対に利益も出るはず。タイムラグはあるかもしれませんが、人を喜ばせる量が多ければ多いほど、最終的には大きな利益につながる。

経営者にとって必要なのは、細かい数字を覚えることよりも、お金の流れを正しくつかむこと。

お客様がモノを買うときに何を根拠に判断しているのかといえば、最後の決め手は感覚。お客様一人一人の好みの問題。同じような価格、同じようなスペックの商品を前にしたとき、最後にモノをいうのは好み。

お金自体は無力なものだと私は考えています。お金のままでは何の利益も生み出しません。お金を増やすことが出来るのは芸術的な活動だけ。芸術的というのは、数値では表せないもののことです。

可能性は常にあるということを信じられるようになると、不可能と思われていることでも、ためらわずに挑戦できるようになる。その挑戦が不可能を可能にします。可能性はどうやっても否定できない。だからやりたいと思ったら、どんなことでも挑戦する。これが私の生き方の原点であり、バルミューダの仕事の行動原則です。

行こうと思ったらどんな場所にでも行けるし、何者かになりたいと思ったら、何にでもなれる。これは私だけではなく、誰でも同じはず。生まれ、育ち、能力などよりも、そう思えるかどうか。みんなどこにでも行けるし、何にでもなれる。

以前はデザインをする作業を自分でやっていました。しかし、自分でデザインすると、どうしてもその対象物のことばかりを考えますから、知らず知らずのうちに視野が狭くなってしまう。すると、社長として本来見るべき顧客が見えなくなってしまう。顧客の方を見ながら、その視点でデザインを選ぶことこそが、社長の仕事。

いくら、いま売れている商品を見たところで、そこから生まれるのは横並びの商品に過ぎない。私たちはそもそも横並びの商品をつくろうとは思っていませんから、売れ筋商品を見る必要がない。

「ポップ」とは、みんなが「これはいい!」と思う感覚のこと。他の商品よりも、どれだけポップであるか。そのギャップが大きいことが、売れるための条件。ギャップがなければ、価格競争するしかない。

コップを買うとき、重さがどうだとか、「あのコップよりも何cc多く入る」とかは、あまり気にしないでしょう。そのコップが自分の気に入るかどうかのほうが大切です。人はモノを選ぶとき、数字で表わせる技術的な価値以上に、数字では表わせないアート領域の感覚を重視しているのです。

クリエイティブとは、私は「工夫」のことだと捉えています。料理をしやすくするために、まな板の位置をちょっと変えるのも工夫、つまりクリエイティブな行為。そうした工夫の中で、世界を変えるほど大きな影響力を持ったものを「イノベーション」と呼ぶ。ただそれだけのことです。

バルミューダを創業する前、バンドを組んで音楽をやっていました。会社を経営し、ものづくりをしていると、ミュージシャン時代の経験がいまにつながっていると感じることが多々あります。音楽もものづくりも「クリエイティブ」という点ではまったく同じ。表現の手段に違いがあるだけです。

当社の目標は「クリエイティブで夢見た未来を、テクノロジーの力で実現して、世界の役に立つ」こと。これからも、家電に限らず、様々な素晴らしい体験につながる商品を開発していきたい。

かつてスペインを放浪していたとき、ものすごくお腹が空いてたどり着いた街のパン屋さんで買った、たった一個のパンのおいしさを私はいまも忘れられません。そのときの体験を届けたい。バルミューダ・ザ・トースターは、そう考えて開発しました。

メーカーも顧客も「扇風機ってこんなもの」「トースターってこんなもの」と思い込んで進歩が止まっていた、言わば「寝ている」状態のときに、すごく良いモノを作って乗り込めば、「寝込みを襲った」のと同じですから、確実に勝てる。

私が大切にしているのが「仮説を立てる」ということです。たとえば、街中でこれまで見たことのないモノを見て、それが何なのか想像がつかないとき、誰かに聞いたり、ネットで調べたりするのではなく、自分なりにあれこれと考えて「こういうモノじゃないだろうか」という仮説を立てるのです。

扇風機「GreenFan」開発に取りかかったときの経営状況は非常に厳しく、倒産寸前にまで追い込まれていました。私と社員一人、アルバイト一人という本当に小さな会社で、「ここで倒れるのなら、本当に作りたいモノを作って、前に倒れよう」という想いで開発したのが「GreenFan」だったのです。

私はずっと音楽をやってきていて、どこかのメーカーで働いたことがあるわけでもなかったし、技術の勉強をしていたわけでもありません。必要な設計や製造の知識、技術といったものは、独学と、工場に飛びこんで教えてもらうことで身につけました。「そんなことで本当にできるようになるのか?」と思うかもしれませんが、そもそも専門家とそうでない人の間に越えられないほどの大きな違いがあるわけではないのです。

休日はよく山に登ります。辛くて危険で道に迷ってしまうかもしれないというのが山登りの醍醐味。アドレナリンが押し寄せる感覚を楽しんでいます。

自分自身、モノを選ぶときに考えるのは「これを買ったら人生がどう変わるか」「これはどんな人たちが、どんな思いでつくったのだろう」ということ。

老舗洋食店のシェフによるレシピ本を買いました。スキレット(鉄製のフライパン)も必要とあったので、それも買いました。合わせて5000円ほどの買い物ですが、この動機は「美味しいハンバーグが食べたい」ということではありません。それならその洋食店に行けばいい。私が美味しいハンバーグをつくり、家族を喜ばせるという体験を買ったわけです。

リーマンショック直後から注文がパッタリ途絶えました。そのとき身にしみてわかったのは、たとえば我々がこだわってつくってきた8万円もするデスクライトは多くの人に必要のないものだったということ。

家電のデザインが目立つ必要はまったくありません。道具は役立つことが一番。ただデザインというのは第一印象に直結する。だから、道具なりの美しい姿形を追求します。

私はほかの人に比べて自分の性能の確認や検証をかなりしている方だと思います。モノ作りで必ず行う商品の耐久試験のように、自分自身に様々な負荷をかけ、何がどこまでできるか、耐えられるかを試す。そうすると自分がよく見えてくる。そう考えると、自分のことを深く理解するにはハードコアな人生を送る方がいいような気がします。

私たちの将来で唯一約束されているものは、死という形でこの日々は必ず終わるということだけ。死はいつやってくるか分かりません。それは明日かもしれない。将来の計画を立てるのもいいでしょう。準備を念入りにすることも大事かもしれません。でも私は、いつも今日を人生のピークにしたい。毎日がお祭りの当日だと思っているので、「今日ブレークしなくては」「今日ハートに火をつけなきゃ」と思い続けて行動しています。そんな生き方をしているから、毎日がすごく疲れます(笑)。でも、最高に楽しい人生を送っていると断言できます。

「楽」は、「楽(ラク)」とも読むし、「楽(たの)しい」とも読みますよね。でもこの2つ、正反対の意味だと思うのです。ラクな時はたいてい楽しくないし、楽しい時はたいていラクではないからです。たとえば、休みの日にだらだら寝て過ごすのはすごくラクかもしれませんが退屈ですよね。楽しくない。一方、朝から晩まで家族や友人とレジャー施設で遊んだらどうでしょう。時間やお金、体力も使うので決してラクじゃない。かなり疲れます。けど、とても楽しい。仕事も同じ。ラクな仕事ほどつまらない。やりがいがない。「きつかったけどやり抜いた」「苦しかったけど大きな成果が出た」という仕事で「楽しい」と感じるはずです。だから両者が共存する「ラクして楽しい」はないと思います。

今回、夢について考えていたら、私の夢は「何らかの社会的なムーブメントを作りたい」という願望から生まれていることが分かりました。この社会現象を起こしたいという願望は、バルミューダの商品企画にもつながっているように思えます。企画を考えている時はよく、新聞で大々的に取り上げられている様子が頭の中にパッと浮かびます。こうした具体的なイメージが浮かぶと企画が強くなる。説得力が段違いに増します。

「願い」は「憧れ」から始まることも少なくありません。夢に対しては、根拠のない自信を持っていい。「不可能を証明することは不可能」なので、まずは自分の可能性をとことん信じてください。夢を強い願いをもとに鮮明に思い描く。それができれば、夢が叶う確率は格段に上がる。

「夢のために生きる」のは、素晴らしいことだと思います。もちろん、どれだけ努力してもかなわない夢もあります。ですが、自分の可能性を信じ、夢に向かって本気で取り組んでいる人はとても魅力的に見えます。自分らしく、自由な生き方をするためには夢を持つことが大切です。

製品発表会を何度も行いました。はじめの頃はスライドも自分でつくり、台本も自分で書いて、すべてを暗記していました。ところが、暗記したことを間違えないように話そうとすると、そのことに気持ちが奪われてしまい、肝心のライブ感が失われてしまう。そこでいまではスライドだけを使ってフリートークをするようにしています。

可能性を信じれば、人生が楽しくなるし、仕事も面白くなる。けれども、可能性の存在を心から信じている人はあまりいません。学校は知識や常識を教えるばかりで、可能性を信じる「自由な生き方」は教えてくれないからです。私がなぜそれを知っているかと言うと、両親が教えてくれたからです。私は幸い、彼らの生き様から「どんなことでもできるし、何をしてもいい」ことを学びました。

音楽の世界では当たり前のことが家電の世界では当たり前になっていないこともある。たとえば、音楽の世界では「この曲はポップか?」とよく考えます。「ポップ」とは、みんなが「これはいい!」と思う感覚のこと。ポップでない曲は多くの人から支持されず、絶対に売れません。これは家電も同じで、ポップではない家電は売れない。それなのに、家電の世界で「この商品はポップか?」と考える人はほとんどいないのです。

デザインに関しては「どこからどう見ても新しいものに見えること」と「どこからどう見ても扇風機に見えること」という、一見、矛盾したコンセプトにこだわりました。「従来とは違う、新しい扇風機」というイメージは重要なのですが、「扇風機とは違う別の道具」にしてしまうと、誰も振り向いてくれないからです。あくまで皆が知っている「扇風機」でありながらも、「これまでとはまるで違う」という「驚き」があって、初めて買っていただけるのです。

扇風機「GreenFan」を開発する際、流体力学を学ぶために専門書を読んだのですが、私が知りたかった「自然界と同じ風」を作る方法は、専門書にも書かれていなかった。自分が知らないこともあるけれど、専門家でも知らないことがある。まだ誰もチャレンジしていなかったのかもしれませんが、その意味では、私も専門家も同じ「知らない者同士」。それほど大きな差はありません。

仕事の場合、好きな仕事ができていないのは、自分で仕事が作れていないからかもしれません。上司から振られた仕事をこなすだけの日々では、好きな仕事をするのは難しいでしょう。主体的に動き、自分で仕事を作っていって初めて好きな仕事を手に入れられるのではないでしょうか。どうしても好きな仕事ができないなら、転職するなり、起業すればいい。好きなことをするには、そのぐらいの覚悟は必要です。

独自のスチーム技術を用いた当社のトースター「BALMUDA The Toaster」は、「なるべき姿」を強くイメージして作った商品です。開発中に描いていた完成品のイメージは、「トーストを一口食べて、あまりのおいしさに『わぁ!』と驚いているお客様の姿」でした。「なるべき姿」はシンプルな形で1つに絞り込まれていないと、開発途中で判断に迷いが生じます。私たちはこのトースターの改良を重ね、何度も何度も試食をしましたが、「食べて『わぁ!』って驚くかどうか」を何よりも優先しました。「まあ、ほかより美味しいね」ではなく、「これは全然違うね!」という驚きが得られなければ、発売する意味がないと思っていたからです。

夢については、人によって定義やイメージが違うと思いますが、私にとっての「夢」は「目指すべきもの」というより、「ならなければいけない姿」。つまり、「目標」というより「義務」なんですなぜ義務なのかと言うと、夢を描いた時に、「自分ならできる」と思うから。例えば、自分が何か大きなことを成し遂げた姿をイメージできたとします。大成功したシーンですね。それを本当に実現できるとしたらどうします? 当然やりますよね。「自分がやらなくて誰がやる?」ぐらいのことも思うかもしれません。そうなると夢は、自然と自分がやらなくてはいけない義務になる。こうした義務は重くも何ともありません。前提として「自分ならできる」というポジティブな気持ちが強いからです。

「みんなが必要とするものを作ればいい」。それは大いなる気づきでした。会社設立から6年、遅かったですね。倒産寸前になって気づくなんて。そこから気持ちを切り替えました。受注は止まり、製品の組み立て作業もなくなった。暇な時間だけは売るほどある。考える時間はたっぷりあるのだ。だったら、新しい商品を考えて作るまで。できるできないは関係ない。前々からつくってみたかった次世代の扇風機をつくろう。みんなに必要とされる良い扇風機をつくれば必ず売れるはずだ。そんな気持ちで挑んで生まれたのが、バルミューダの起死回生の一手となった自然の風を再現した扇風機「GreenFan」でした。

リーマンショック後、倒産を半ば覚悟した会社からの帰り道、人でにぎわうファミリーレストランで食事をする家族を見て、腹が立ったことをよく覚えています。完全な八つ当たりでした。こっちは倒産寸前で泣きたいぐらいなのに、とても楽しそうに見えたからです。その時ふと「不景気なのにファミリーレストランはなぜ盛況なのか」という疑問が湧きました。不景気でも日本中の消費行動は続いている。それなのになぜ、うちの商品は売れないのか。答えは唐突に頭の中に浮かびました。「うちの商品が売れないのは高いからではない。世の中に必要とされていないからだ」。答えはすごくシンプル。売れるかどうかは、「どれだけ人に必要とされているか」でした。

失敗すると恥ずかしいし、傷つくし、悔しいですよ。全力で挑んだ勝負だったらなおさらです。しかし、そんな時でも簡単にくじけることはないと思っています。それはチャレンジし続けて成功したことが何度もあるから。失敗は「可能性を試した結果」でしかありません。失敗を重ねれば重ねるほど、成功に近づいていく。そう考えているからこそ、失敗してもくじけずにいられるのです。

私は画期的な扇風機のアイデアを考え、それを商品化する手段も分かっていましたが、きちんとした最終試作機を作る資金すらありませんでした。そこで私は政府や公共機関の様々な助成金制度を利用して資金を工面しようとしましたが、「GreenFan」の事業は評価してもらえず、結果は全敗。その時、特にネックになったのは販売価格でした。特によく覚えているのは、マーケティング分野の専門家として審査の場にいた審査官の発言です。「3万5000円の扇風機は絶対に売れない。技術やデザインがどうであれ、従来商品に対して価格差がありすぎる。常識の範囲を超えている。外国製ならまだしも。君はマーケティングのことを何も分かっていない」この発言に対し、「もう少し安くできるように改良します」と答えればよかったのかもしれません。ですが私は、「常識の範囲」「外国製ならまだしも」という言葉に、カチンときてしまいました。常識外の価格で売れた商品はいくらでもあるし、それがすべて外国製だということもない。いったい何の根拠があってそんなことを言うのか。そんな反論を審査官に言ってしまったのです。幸い別の形で資金は工面でき、「GreenFan」は日の目を見ることができましたが、世の中ではきっと、多くの画期的なアイデアが常識につぶされてきたと思うのです。

たとえば、常識の代表格である「人に迷惑をかけてはいけない」。これは親が子供によく教えている常識の1つですが、改めて考えてみてください。人に迷惑をかけずに生きることなんてできますか? 親や兄弟、友人や知人、仕事の関係者、それこそ毎日、いろいろな人に迷惑をかけて生きていますよね。100人の人を助けるために、別の1人に迷惑をかけることだってある。誰かに迷惑をかけずに生きることはできないので、そもそも無理な注文なんです。もっと言えば、どうして迷惑をかけちゃダメなのでしょうか。人を嫌な気分にさせるから? でも、その人のために生きているわけではありませんよね。人間関係は摩擦が生じるのが当たり前。それに、持ちつ持たれつが人間関係の醍醐味だったりもします。こうして深く考えていくと、「人に迷惑をかけてはいけない」という常識は根拠が曖昧なことが分かります。同様に、社会通念として広まっている多くの常識も科学的根拠がありません。

私はこれまで、何度も可能性を使って不可能と思われていることに挑戦してきました。そのたびに「よくそんな無茶ができますね?」と言われますが、私にとっては無茶でも何でもありません。それはいつも「できるかもしれない」と考えているから。そのことを相手に説明するとさらに、「でも、○○と考えるのが普通ですよね」と聞かれます。実はこの質問が、可能性を使う時に立ちはだかる最大の障壁なんです。この質問の正体は何だと思いますか? それは「常識」です。

ちょっとしたことでも構わないので、「不可能と思われていること」に挑戦してみるのもいいでしょう。例えば、「誰も自ら近づかない、常に不機嫌な上司を笑わせる」。手段は問わない。あらゆる方法を試してみる。冗談が通じなければ、背後に回ってくすぐってもいい。遠慮や常識なんて無視し、とにかく「それは無理だろう」ということを「崩す」ことを最優先してやってみてください。これは仮説を立てて実行し、失敗したら別の仮説を立てて再度試すという、可能性を使うプロセスです。仕事や人生を本当に面白く、楽しく生きるために絶対に必要な考え方だと思っています。

私は何を見ても違和感を覚えたら「なぜだろう?」と考える癖がついています。この「なぜ?」という思考はとても重要。不可能を否定するキーワードだからです。例えば、ある事業アイデアを考えている時、「みんなは無理と言っているが、それはなぜ?」「本当に無理?」「ちょっと自分でやってみられないか?」「どうすれば自分でできる?」「そのためには何が必要?」「必要なものを知るには、どこで情報を得ればいい?」と、考えを深めていく。すると、やるべきことが手元まで落ちてくる。この思考を習慣化すれば、不可能と思うことはなくなる。自然と可能性を信じられるようになります。

私の母は、「人はどんな時でも最大限、人生を楽しむべき」という考えを持った、父と同じく情熱的な人でした。そんな母は私が14歳の時、ハワイで亡くなりました。泳げないのに海でシュノーケリングをして溺れたのです。世間的に見れば無謀な行動のように思えるかもしれませんが、私は母らしい死に際だと思いました。泳げないにもかかわらず、きっと母は、目の前に広がるきれいな海を楽しもうとしたのでしょう。私には母が「人生は短い。やりたいと思ったら、命をかけてやってもいい」と教えてくれているように思えました。母と同じような人は、「無理」と言われても、不思議そうな顔をして「なぜ?」と問い返す。そういう人が不可能を可能にし、世の中でイノベーションを起こすのだと思います。

両親は私が10歳の時に離婚、私と弟は父と一緒に暮らすことになりました。その当時の父は定職がなく、新聞や牛乳の配達、ペンキ塗りや下水道工事などをしながら生計を立てていました。そんな父がある日、「オレは陶芸をやる!」と目を輝かせて言ってきたのです。スーパーに張ってあった陶芸教室のポスターを見た瞬間、なぜだか体に電気が走ったのだそうです。父は次の日には陶芸教室に出向き、1か月後には先生よりもうまくなり、半年後には陶芸品店で自分の作品を並べてもらっていました。定職も持たず、2人の子供を抱えた40歳の父が、ある日を境に驚くべきスピードで陶芸家への転身を遂げたのです。やりたいことを見つけ、自分の力で人生を切り開いていく父の姿を間近で見て、私は圧倒されました。人は本気になったらとてつもない力が出る。どんな可能性もあり得るのです。

寺尾玄の経歴・略歴

寺尾玄、てらお・げん。日本の経営者。「バルミューダ」社長。高校中退後、海外を放浪。帰国後、バンド活動を行う。その後、独学で設計・製造を学んだのちバルミューダを設立。

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