名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

宮田博文(経営者)の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

宮田博文(経営者)のプロフィール

宮田博文、みやた・ひろふみ。日本の経営者。「宮田運輸」社長。大阪府出身。高校卒業後、宮田運輸に入社。トラックドライバー、所長などを経て4代目社長に就任。

宮田博文(経営者)の名言 一覧

当社は「命が輝く会社」を目指しています。また、多くの運転士を育成することも私の使命だと考えています。ただ、当社だけが栄えればいいという訳ではありません。業界全体の活性化を図り、ひいては「みんなが仲良く暮らせる社会を共につくる」ことができれば本望です。


前期は過去最高売上・最高益を記録しましたが、それも先人達が有形無形で遺してくれた財産のおかげだと実感しております。私も近視眼的にならず未来につながる経営ができればと思っています。


トラック運転士にとって、交通事故は最も辛く、苦しく、しかし絶対に目を背けてはいけない問題です。安全のために様々な取り組みを続けていますが、どうしても限界があります。運転士の心に「ゆとり」や「優しい気持ち」がなければ事故はなくならない。


ある工場では安全標語が子ども達の手書きで作られており事故も減っていると聞き、その時ハッと閃きました。ならば子供の絵をトラックにラッピングしてみてはどうかと。


宮田博文(経営者)の経歴・略歴

宮田博文、みやた・ひろふみ。日本の経営者。「宮田運輸」社長。大阪府出身。高校卒業後、宮田運輸に入社。トラックドライバー、所長などを経て4代目社長に就任。

他の記事も読んでみる

角川春樹

映画に参入しても成功するはずがないという声もあったが、映画参入以前に『ある愛の詩』『いちご白書』など、洋画の原作本やノベライゼーションの編集を手がけ、それが軒並みベストセラーになった。その経験から、映画と音楽と出版が「三位一体」として噛み合えば、社会現象を起こせるという確信があったのである。そして、1976年に製作した『犬神家の一族』が大ヒットし、私の確信は証明される。その後、プロデュースから監督、そして役者として出演と、映画をとことん追究した。


杉本勇次

日本企業は過去の成功体験やしがらみに縛られて、自ら制約を課しているように感じます。そういう状況で、新しい視点を持った我々のような者が経営に参画すると、従来の枠にとらわれない新しい大胆な発想でお手伝いできます。非常に高い潜在力がありながら、なかなか生かしきれていないのを引き出すことが役割だと感じています。


村上太一

経営判断するときは、数字などの理屈だけではいけないとも考えています。言葉で上手く表現できないのですが、理屈では「ゴー」でも、本能が「ストップ」と言っている場合は、本能のほうが正しいことが少なくありません。


植松富司

要は現場に「負けてたまるか」という強い執念があるかどうかです。革新はそこから生まれるのです。


ジョセフ・マーフィー

良い想像は自らの気分を快活にし、積極的な態度をつくります。


西岡壱誠

著者の主張は、魚でいえば「骨」の部分です。どんな本にも、最初から最後まで貫通する一本の骨のような主張があります。骨と身を分離し、骨だけを残してはじめて、「著者の主張は要するに何か」を言い表すことができます。「わかった気」になっている状態を脱して、著者の主張を正しく理解するには、本の内容を短文で要約できなければならないということです。


オグ・マンディーノ

『敗北』それがなんだと言うのでしょう。少しばかり勉強させてもらっただけであり、よりよいものへの第一歩に過ぎないのです。失敗しないのは、頭から何もしない人だけです。人は間違いや失敗を通して最高の教訓を得るのです。


アントニオ猪木

もし、いい加減な気持ちで環境問題を考えていたら、とっくの昔にやめていたでしょうね。マスコミに叩かれてまでやることはないと……。でも、近い将来、必ず環境問題が注目され世界的問題になるという確信かあったからこそ、叩かれることで余計、私の決心は強くなっていったんじゃないでしょうか。


浅野ヨシオ

企画を通したい、仕事につなげたいときのメールは、ギラギラさせないのが鉄則。あからさまに「企画を通してください」と書いてしまうと、相手は引きます。まずは、メールのやりとりが自然にできるような関係をつくりましょう。


小林靖治

商社マンという起業マインドに溢れた人たちと身近に接してきたことで自分自身の起業マインドも育まれてきた。


吉田忠雄

他人の繁栄を図らなければ、自らも栄えない。私はそれを善の循環と呼んでいる。個人や企業の繁栄が、そのまま社会の繁栄へとつながっていく。池に石を投げると、波紋が大きな輪になって広がっていくように。


荒木壽一

私も昔は、部下に物事を強要するタイプでした。会社を支える人材を育てようとの意識もあり、モデル作りの専門家を管理職に引き上げたりしました。でもある時、とんでもない勘違いをしているのではないかと気がつきました。管理職に就かされた本人は、実はずっとモデルを作っていたかったのではないか。そう思うようになって、自主性を重んじる経営に改めました。