宮内義彦の名言

宮内義彦のプロフィール

宮内義彦、みやうち・よしひこ。オリックス・グループ会長。神戸出身。関西学院大学商学部、ワシントン大学経営大学院でMBAを取得。日綿實業(のちのニチメン)に入社。その後、ニチメンと三和銀行の合弁会社オリックスに移籍し、代表取締役社長を経てオリックスグループ会長へ。経済同友会副議長、日本フィルハーモニー交響楽団理事長なども務めた。財界一の野球好きとして知られ、阪急電鉄から球団を買い取り、名物オーナーとして活躍した。

宮内義彦の名言 一覧

会社が大きくなったから安泰だと思ったことは一度もありません。下手をすると潰れるという焦燥感みたいな中で生きてきました。変化するのが当たり前です。


明日のことをわかる人は1人もいません。明日のことがわからないというリスクがあるのに、リスクを踏まないというのは考えられません。グッドリスクをきっちり取るのが企業経営者だと思います。


問題によって解法は変わりますし、「こうすれば正解」といった単純明快なものでもありませんが、解決法はひとつではなく、大抵、複数ある。


ミッションが正しければ信念を持ってやり遂げられる。


撤退の判断こそが経営者の大きな責任。


人間というのはかなり変わる。若い時にグーンと伸びたのにある時から伸び悩んだり、反対に50歳くらいから伸びたりする人もいる。決め付けてはいけない。


経営資源を100%使い切るのが経営者の仕事。


失敗して萎縮し、伸びなくなる人がいる。だから救いのない怒り方をしてはいけない。


お客様がいなければ、我々はご飯を食べることができない。


目の前の仕事を一つひとつこなしていく。仕事はその連続。


必死に取り組む。遅れを自覚して、やるべき事をやる。これしかない。


企業というものに完成はない。常に成長を続けていく存在。企業は常に途中経過であり、気を抜けばあっという間に転げ落ちる。


友達をつくれ。世界が広がるから。最初から性悪説で入らずに、まず付き合ってみて、その上で判断すればいい。


勉強すれば世界が広がる。それは必ず自分を助ける。


既得権益に食らいついて利益を挙げるというのは、企業人とは言えない。


イノベーションの担い手が企業人だという自覚を新たに持つこと。この原点に立ち返るしかない。


常に新たなことに取り組まなければ会社は存続できない。


良い職場というのは甘い職場という意味ではなく、切磋琢磨しながら自分も伸びていけるところ。


下からはなかなか既存のものを破壊しようとする動きが出てこないので、上から破壊していかなければならない。


自分が人生懸けてやっている仕事について頭を必死に使って知恵を絞り出さない人がいるとしたらダメ。


自分の性格はごまかせないから、突き詰めて考えるときは、暗くなっても考えるのです。そうやって暗く暗く突き詰めた先に、見えてくるものもある。


何がムダなのかは結局、やってみないとわからない。僕も若いときは、きりきりするくらいに何でもやりました。


夜に暗い気持ちで下した決定は、たいていロクな結果にならない。だから夜は早く寝て、難しい判断は次の日に明るい太陽の下でやる。


悶々として眠れないなら、前向きに本でも読んだほうがいい。そのほうが余計なことを考えなくて済む。


日本の組織はムダなことに時間を使いすぎていて、生産性が低い。


深く突き詰めて考えるために、あえて考えない時間をつくることも大切。そのバランスを取らないと。


もう一度生まれ変わったら、同じ人生を歩みたいとは思わない。まったく違うことをやりたい。


目の前の仕事を50年間、一生懸命にやっていたらここまで来た。


自分や会社、家族にとって最も重要な問題は何か把握し、立ち向かう。重要な問題にタックルしないと、ブレークスルーは起きない。


今日のオリックスは、ただ一瞬の姿でしかなく、明日にはもう変わっていなければならない。企業とは、過去をしっかりと理解し、それにとらわれず、正しい変化を遂げる挑戦を続けてこそ成長できる。


正論を通そうとするだけで大変な抵抗が起きる。


時代は刻々と変わりますから、日本も変わるのがあたりまえ。


規制改革の基本は、みんなが公平に競い合える市場を整え、切磋琢磨しながらより良いものをつくっていくこと。


こんなとき神戸を逃げ出して何が市民球団だ!一人も来なくてもいいから、スケジュール通り絶対、神戸でやれ!

【覚書き|阪神大震災のときの発言(当時の球団名はブルーウェーブ)。震災のため本拠地神戸での試合開催が危ぶまれたときにオーナーとして檄を飛ばした言葉。がんばろうKOBEを旗印にファンも選手も奮起し、この年、オリックス・ブルーウェーブはリーグ優勝を果たした】


挑戦すべきですよ。リスクを取らない人生ほど面白くないものはない。


人口減にしても、問題だと思うなら対策を打てばいい。打たないなら、それまでの国ということ。


若い人がこれでいいと思うか、思わないか。日本の停滞がどれだけ長引くかはそれで決まります。


私どもが考えていたのは、どこにもない会社をつくることです。人の真似をせずにユニークネスを追求していけば、業界で何位だとかシェア何%といったこともいわなくてよくなります。


オリックスのコーポレートカルチャーは、新しいことにチャレンジすること、自分の足で立つこと、柔軟に動くということ。


いまがずっと続くと思うな。一人一人が自分で切り拓こうと思うようになれば、日本でベンチャーが出てこないということもなくなる。


日本は「霞が関」だけでなく、大企業も含めて官僚的組織になってしまっています。官僚的組織は自分の役割を粛々と行って終わりますが、それでは企業社会に最も必要なイノベーションは生まれません。


花を咲かせるには栄養が必要。40代になると結果も求められるけど、時間を有効に使ってしっかり勉強もしておかないといけない。


日本の社会システムの空気を企業から変えていかなければいけない。粛々とやっていては駄目。何か、思い切ったことをやるんだという経営者魂をもう一回取り戻さなければいけない。


バッドリスクはギャンブル。グッドリスクは、専門知識としっかりした財務基盤を持った上で新しいことにチャレンジするという、極めて当たり前の話。


すべての経営判断が正解だなんてことはありえない。問題は正解になる確率だ。


一流の人の言葉は値千金です。一冊の本を読むよりはるかに少ない時間で、何倍もの有益な情報が得られます。


農業にしても、新しい産業にしていこうという志のある人に任せなければ、今後発展していかない。


問題を解決するのに「100点満点の解決法」なんてものはまずありません。80点ぐらいのイメージだと良くできた方で、60点ぐらいだとまずまず「合格」といったところでしょう。


健康の基本は、夜よく眠ること。すると心身が健やかになり、仕事の効率も上がります。


若い時代は、貴重な時間です。日々をムダにせず、大事に生きてほしい。


経済は利用者のためにあるのであって、供給者のためにあるのではない。何か逆さまになっている。利用者のためにという視点に転換していかなくては。


長期的に会社を成長させ続けることが第一。短期的な利益を追うことも否定はしませんが、前提として会社を成長させなければいけない。


経営者が任期中の限られた期間の中でマクロ感を身につけるには、どれだけ情報に謙虚になれるかが重要だと思います。


チームプレーは組織で動くということですが、タコツボ化した組織は組織図で動く。本来は情報共有すべき隣の課がライバルになってしまう。


私は「今日1日が新しい日」と思っています。過去の成功体験は引きずらず、その日、その日を全力で走る。それが変化の激しい今を生き抜く鉄則です。


失敗するということは挑戦しているということ。その芽を潰してはいけない。


私は経営者として甘いのかもしれませんが、安易に見捨てるより、その人の優れているところを最大限に引き出したい。


失敗した人間は何かに挑戦をしています。そういう人間は失敗しても、次にホームランを打つ可能性がある。


私は常々社員に「すべてに手を挙げろ」と言っています。まずあらゆることに興味を示すこと。よく吟味して、ビジネスとして折り合わなければやらなければいい。一番よくないのは、何もやらないことだと口を酸っぱくして言っています。


私は企業が国の富を生み出し、社会をより良くする存在だと信じています。


私自身は、経営者をイノベーションを起こす人材と定義しています。失敗するかもしれないが、世の中に新しい何かを提供していく。そんな何かをしでかす人が経営者だと思うのです。


官僚に率いられた官僚組織にイノベーションを期待するのはなかなか難しい。何かを生み出す人材をトップに据えるという基本に立ち返るべきだと思います。


原理原則で考えれば、社会に役立つ何かを提供していれば結果として利益が生まれるはずです。赤字企業は社会の資源を無駄遣いしているうえに、社会に経済的果実を与えていないと言えます。


芸術とは違って、ビジネスでの価値創造は仲間と意見をぶつけ、一緒に考えることで生み出されるものです。


イノベーティブな経営者を育てる方法を挙げるとするなら、「多くの失敗を経験させること」だと思います。実際、オリックスの経営幹部も向こう傷を負った人間や失敗案件の後始末で育った人間ばかりです。


外資系の投資銀行と比べれば、当社は部署や個の力では劣るかもしれませんが、チームプレーで戦えば間違いなく勝てる。


当社は様々な事業を手がけていますが、場当たり的に拡大してきたわけではありません。新たな事業に乗り出す際には「隣地拡大」、つまり既存事業に隣接する領域に少しずつ進出していくという方法を採ってきました。


常に合理性を追求して、効率の悪い部門から効率のいい部門に経営資源の再配置を進めていれば、後で大きくリストラする必要はなくなります。


小さな失敗はいくつもありましたが、「ガダルカナル島の戦い」のような決定的な失敗はありませんでした。未踏の分野に進出する際はマイナー出資でそろりと始め、うまくいかないと判断したらできるだけ早く身を引くのが当社の習い性ですから。


プロ野球を見ても、イチロー選手がオリックスに在籍した92年から2000年の間でリーグ優勝できたのは2回だけ。突出した個がいても、チームとして強くなければ勝ち続けることはできません。


上場会社は外部に向けてみっともないところは見せられない。でも、本当はドタバタとしたほうがいいときもある。


我々が参入していない未知の地域、分野はまだまだある。


オリックスはかねてからリスクを見極めて新しいことにチャレンジしていくことが伝統になっています。


政府が間違えると国が亡ぶ。


世の中の嗜好は変わります。その変化を見極めて一歩または半歩先を進んでいく。まさに成長の条件でしょう。企業は野球のように試合終了がありませんから。


事業の成功には、当社のノウハウの理解が必要不可欠。理解がなく、ただやみくもに挑戦したら、それはギャンブルになってしまう。自社のノウハウの理解こそが、会社や事業を一歩先に進めるポイント。


「経営者人生で最も誇れることは何か」と問われれば、利益を上げ続けたことと、雇用を増やし続けたことの2つを挙げます。


投資家の満足度が高ければ、自由に経営ができます。経営のフリーハンドを得るためにも、投資家にきっちりと正対すべきです。


会社を大きくしたら解決すると思っていた問題が、大きくなったことで解決しないばかりか、むしろ大変になった。


夜に考え事をすると頭に浮かんでくるのはたいてい心配事で、そのうち枕元にメモ帳を置いて考え始める。しかし朝、メモを見返すと、会社がおかしくなるような案ばかりです。夜は悪魔の時間。後ろ向きの、人間不信の考え方しか出てきません。夜はよく寝る。そして早起きして、お日様にあたりながら考える。そうしなければいいアイデアは浮かんできません。大切な決断は必ず朝にします。


いちいち私に判断を仰ぐようになったら会社は終わりだと常々言っているものだから、出張中、連絡は皆無に等しいです。私の場合、仕事の現場を離れたり、環境を変えることが断続的に考えていたことをアウトプットできるいい機会になっているのかもしれません。


平日の昼間、じっくり考える時間はほとんどとれません。かといって「今日は考える日だからスケジュールを空けておきました」と言われても考えられるものでもない。思考を追い込んで行って、最後の決断というのは5分あればできる話です。そこにたどり着くまで断続的に考え続けているのであって、「考える時間」をつくって考えているわけではありません。


睡眠時間を大きく削って仕事を入れることはありません。実は社長になって半年たったころ、過労でダウンしたことがありますが、体が弱るととたんに仕事に差し障ります。いまは、仕事に命をかけるなんて大嫌いです。


人間は誰しも、自分がやりたいことをやりたがります。経営者といえども、自分が得意なことを優先し、不得意なことは他人任せにしてしまう。これが一番間違いを犯しやすい。自戒を込めて言えば、トップは会社にとって一番大事な仕事をやらなければいけません。一番大事な仕事をして、時間が余れば二番目に大事な仕事をする。これをやらないと時間管理はできません。私にとって一番大事な仕事は、オリックスという会社の5年後がどうあるべきかを考え、その方向に舵を切ってゆくことです。


土日は自分の時間の稼ぎ時です。何かを考えるというわけではなく、仕事を忘れて、実はあまり忘れていませんが、ゴルフをしたり、何かレクリエーションをします。それでも不思議なことに、日曜日の夕方くらいには何か必ず思いつきます。休日も頭のどこかで考え続けているのでしょう。実際、長期休暇のあとや出張中に何かを思いつくことが多いです。


社外の活動などで一生懸命勉強することで、日本経済の仕組みや日本社会の意思決定システムが学べ、それは会社を動かすときに必要な枠組みづくりに役立つと思います。社業だけ見て周りが見えなければ間違いは起きる。社外の仕事にはそんな合理的な意味合いもあるのです。


アメリカでは日本に比べて気軽に開業し、そして気軽にやめています。日本では開業率も廃業率も年間3から4%くらいですが、アメリカではともに年間12から14%くらいということです。どうして気軽に開廃業できるかというと、アメリカでの企業は株式組織の一番基本的なことに忠実だからです。ほとんどの場合アメリカでは「個人保証をしてまで事業をする」という考え方はないようです。多くの場合、会社が倒産しても、経営者の自宅や不動産はそのままです。このように有限責任の原則が守られている。


私はよく「身体を張って仕事しろ、しかし命は懸けるな」と社員に言っています。「身体を張って仕事する」ということは「一生懸命やる」ということです。それで「これ以上やったら体を壊す」と思ったら休めばいいのです。生活の糧を得るための仕事は、せいぜい体調を崩すところまでがいいところだと思います。本来が生活の糧を得るためなのに「命を懸ける」というのは本末転倒です。


欧米の経営者が、日本の中小企業経営者のように、生活のすべてをかけてビジネスをするというのは考えにくいことです。企業経営は生活の糧を得る=命を守るためにやるわけですから、欧米の経営者にとって命がけの経営というのは理屈に合いません。


例えば、何か新規事業を始めるにしても、その事業に必要と思われる専門知識を持った最適な人を指名しなくてはなりません。開発段階では「型破りな発想ができる人」、立ち上げ段階になったら「寝食を忘れて集中できる人」、軌道に乗ってきたら「持久力に優れて大きな視野の持てる人」など、専門知識だけではなく、それぞれの社員の持つ特性まで考慮すべきでしょう。


失敗だと判断したら即座に止めること。一度始めたことをやめる決断はトップにしかできないことです。ひとつのことに執着しすぎると、先見性が損なわれることが多いようです。さっさとやめれば次のことが見えてくる場合が少なくありません。


経営トップが6ヶ月休んでも会社はビクともしない。ただし3年さぼったら会社がおかしくなるといった体制を作るのが経営トップの仕事だと思っています。日々のオリックスは、課長クラスが動かしていることになります。もしこのような形で、それぞれの管理職が自らの持ち場を守って仕事ができるとすると、経営トップは自社の三年先の姿を描き、それに向けて大きな戦略的なことに目を向けることができます。


仕事とは関係のない人たちとの会合は、異質の才能、経験を持った人々と交流できるまたとない機会です。そしてときとして思わぬ人から、経営の参考になる話を聞ける楽しみもあります。経営者をはじめ多くの人々のヒント、忠告には、金銭には換えられないコストがかかっていることが珍しくありません。多くの授業料を払った実体験からくる言葉には、傾聴に値する重みがあります。


ともすると人間は評価が高まれば、驕りやすくなるものです。驕りを持って尊大になれば、どんな能力と実績があっても決して尊敬されることはありません。自信と誇りは持ち続けるべきですが、相手を尊敬する謙虚さを忘れないことが大切です。そしてそれが本当に高い評価と信頼を得ることにつながります。


現在では人事評価を少しでも間違うと、優秀な人材が会社からいなくなる可能性が高くなっています。人事評価は「真剣勝負の時代」になりつつあります。正しい評価に基づいた報酬制度にしないと、他社でもっと良い処遇を受けられる自信のある社員や実際にそういう実力を持った社員は、次々と会社を辞めていくかもしれません。


女性総合職にしても、熟年採用にしても、企業の中で少数派であるうちは本当の意味での実力発揮は難しいものです。本人も周囲も特別な存在であるという意識があっては、遠慮や差別が生じてしまい、あまり良い結果を生まないようです。このため、数を増やして職場で珍しくない存在にしてから、人材多様化という個々の人事政策の是非を判断しても遅くはないでしょう。


人材の多様化を積極的に進めてきたために、人材を多様化するうえで注意すべきことがわかってきました。ひとつは、せっかくの多様な人材を既存の仕事の枠にはめ込んでしまってはなんの意味もないということです。豊富な経験を積んだ熟年社員に対して、新入社員と同じような業務研修を行い、自社の色に染めようとするのは時間の無駄です。それよりも彼ら自身の色をオリックスでどのように生かすかを考えてもらう一方で、会社側はそれぞれの色を実現しやすい役割分担や職場環境作りをした方が有意義だということです。


私は社内にはない特殊な才能を持っている人材が必要なときには、成功報酬型の条件で外部から招くことが最も有効だと思っています。プロ野球の世界では、有力な選手の獲得のために数億円の年俸を出したりするのですから、ビジネスの世界でも外部から成功報酬型で人材をスカウトしてくるのは何も驚くほど新しいことではありません。


知識社会では、たゆまぬ創造性を発揮しなければ企業は存続できないことでしょう。このため、コア社員(知の創造のできる中心的な社員)には長い期間、従来の日本型雇用のように定年まで働いてもらう必要があります。連綿とした知識創造のノウハウを暗黙知として組織内で継承して、そうした作業の継続を企業の社風にまで高めるような役割が求められます。


コーポレート・ガバナンスの本来の意味は「経営者が株主のために企業経営を行っているか監督する組織」のことです。もっと短く言うと「経営者に対する監視制度」ということになります。取締役は株主を代表して、業務執行にあたる経営者を監督するのがその役目です。執行当事者のほとんどが取締役を兼ねている日本の現状では、この目的の達成は難しいでしょう。


グループ経営のもとでは、子会社の株式公開とは自らの一部を売却することです。株式公開が本質的に会社を他人に売る行為である以上、なぜ売らなければいけないのかを企業経営の観点から考える必要があります。上場というのはそれだけで何か素晴らしい行為というわけではありません。本質的に会社の一部を他人に売却する株式公開は、他人に株を持ってもらう、すなわちその会社の所有者になってもらうことであり、当然、その後の果実の一部はその株主に帰属します。


経営者にとって自社の株価を高めることは、株主重視経営に繋がっていくだけではなく、株式交換制度の導入によってM&Aを有利に進めるという具体的な意味合いを持つことになりました。自社の株価を高めるには、健全な財務体質、高収益、高成長を実現しなければなりません。つまり中長期に高い成長のできる企業は財務内容を充実し、株価も高い評価を得てM&Aのような斬新な経営方針を実現できるようになるわけです。


自前主義は時間がかかり未知の分野を開発するための投資額もかさみますが、着目するのも手を付けるのも早ければ、その短所をある程度和らげることができます。しかもほかの協力企業に気兼ねする必要がないので、新規事業を慎重に進めるか、大胆に大規模に進めるかなど意のままにできます。


アライアンスの時代になっても、自前主義がなくなるわけではありません。大切なことは、それぞれの方法の長所と短所を見極めながら柔軟に使い分けることです。自前主義は戦略決定や変更の自由が最も高いということが長所です。合弁方式は他社とひとつの事業目的に向かってひとつの会社を経営できるという強みがあります。業務提携は企業同士の結びつきは緩やかですが、素早く対応できることや柔軟性が特徴です。


複数の企業によるアライアンス(提携)の基本理念は共存共栄です。企業が協力して新しいネットワークを構築し、協同することによって互いの利益総額が大きくなります。互いのコアビジネス、つまり得意技同士を持ち寄って、何かあがらしいシステムを作る企業間提携は、これまで単独の企業ごとではできなかった異業種のノウハウを結集できます。うまくいけば、斬新で参入障壁の高いネットワークも作りあげられます。


私が理想かもしれないと思うのは、企業の期間利益の目標を100とすると、その120%くらいをコアビジネスで計上できる力をつけ、そのなかから20%程度を隣接分野や周縁、外辺などへ先行投資を常に行うことです。そうできればコアビジネスが万が一縮小するようなことがあった場合でも、新しいコアビジネスの芽が生まれる循環が期待できるからです。


コアビジネスと、コアのすぐ周辺にあるビジネスと、さらにコアからもっと遠くの外辺ビジネスといったように、経営者は意識して区分し、投入する経営資源に強弱をつけなければなりません。コアから離れていくにしたがって、知識も少なく判断材料を欠くため、事業リスクは大きくなります。コアから最も遠いベンチャー企業への出資などは、投資額などの上限を抑えて全体のリスクを小さくすることが必要です。


自分の得意な分野を、他の誰よりも深掘りしていくと、自然にその隣の分野のビジネスチャンス、あるいはリスクの大きさが見えてくることがあります。そういった形ではじめた新規事業は多くが順調に成長し、収益の柱に育ちます。このように成功したらそこで知識や技術の集積ができて、さらにその隣の分野が鮮明に見えてくるわけです。


他社が成功しているからとりあえず当社もやってみよう、という考えでは成功する確率は低くなります。市場経済において「顧客から最も評価されるもの」しか生き残れないわけですから、他社に追従してそれを上回る価値を生み出すことは容易なことではありません。新規事業といえども、自らの持つノウハウや営業ネットワークなどの強みを活かせる分野のほうが、知識や経験を生かせるだけ間違いは小さいはずです。


得意技を見極める基準も効率です。資本効率の高い分野は、それだけ付加価値のある仕事をしていることになります。なぜなら、市場経済においては付加価値のある商品やサービスでなければ市場で売れず、利益も上がらないからです。したがって、利益の上がるビジネスが得意分野で、儲からないビジネスは不得意分野ということになります。もちろん、儲からないビジネスの中でも中長期的な成長の糧となる先行投資分野については別です。


無数の参加者がしのぎを削る中で、ユーザーに選んでもらえるものを提供しようとすると「選択と集中」が不可欠となります。選択と集中とは、得意な分野とそうでない分野とを見極めて、得意分野に特化することを意味しています。なんでもやって、しかも市場ですべて評価されることをしたらこれはもう奇跡でしょう。しかし、現実にはそうした奇跡は起こりません。


オリックスでは、以前から「オリックスの経営陣は『中長期的にこの会社の成長を見届けたい』という株主を重視している」と繰り返し株主に伝えてきました。これは暗に「短期的な投資効率を追求しようとする株主の期待に応えるつもりはない」ということを意味しています。それを許せないと思う方はどうぞ株を売ってくださいという意味です。経営者が株主像を明確に示し続けることで、少しずつでも経営者の思い描く株主像と実際の株主構成とを近づけていく努力は大切だと思います。


市場原理の働いている社会というのは優勝劣敗の世界です。弱肉強食の世界だとよくいわれていますが、市場経済では、強いものが弱いものを直接打ち負かすわけではありません。売り手が買い手に向かって勝負を挑み、買ってもらえれば勝ち、買ってもらえなければ負けという間接的な勝負です。


市場経済では企業は常に安定性がなく、今日のチャンピオンは明日もチャンピオンであるという保証はまったくありません。たとえば、昨日は焼きたてのビスケットが飛ぶように売れたから、今日も同じ品物が同じ値段で売れるだろうと思って店先に並べても、まったく売れないということが起こります。それはビスケットの味が落ちたわけではなく、たとえば、ただ単に消費者が今日はチョコレートが食べたかっただけなのです。


市場に評価される商品とかサービスを作り出す能力は、得意分野に特化することでしか養われないもののようです。個々の企業の持つ経営資源は限られており、どこにも負けない専門領域もそれほど広くはないことが理解できれば、そのなかで生き続けるには「得意技を磨くしかない」ということになります。その結果が顧客に評価されたら、それで得た利益をまた得意技のところへ集中投資していく。こういったことの繰り返しが市場経済における企業戦略の基本だと思います。


収益性で得意分野を判断して、得意分野に集中して経営資源を投入する一方で、利益の上がらない分野からは撤退することは、資本効率を求める株主の要求と一致します。利益の上がる分野に集中する一方で利益の上がらない分野から撤退すれば、それだけで利益が上がるからです。市場経済と効率経営と株主資本主義は一体の関係にあるのです。


「オリックスはこんなにいろいろな事業に手を広げて大丈夫か」と聞かれることがありますが、私たちは違ったことをたくさんやっているという意識はありません。元を正せば、金融サービスというコアビジネスに特化した結果が、隣接部門への進出する意欲を与えてくれたのです。しかし現時点で経営資源の大部分を投じているのは、あくまでコアビジネスであり、これへの注力なくしては多角化の芽生えはあり得ないものです。


M&Aは経済全体が低成長の中でも縮小均衡せずに収益の拡大を可能とする手法のひとつです。M&Aだけに依存するのは問題ですが、経営の中にM&Aを取り込むことで戦略の幅が広がるのは間違いありません。M&Aを有利に進めるためには、経営内容に優れ、結果として高い株価が実現していなければならないのです。


会計制度は財務内容を正しく伝えるものでなければなりません。なんとなくこのセグメント(分野・部門)は儲かっていないようだから、やめるべきだなどと大まかな判断をするのでは経営とはいえません。セグメントごとに一つ一つ採算性を時系列化し、それを検証しないと、どのセグメントを改善すべきかも判断できません。企業会計の基本は、企業の財務状態を限りなく実態に近づけて明示することに尽きると思います。正確な経営データは、自社の経営内容を正確に把握するためには不可欠です。


経営は一つの経営指標で判断できるほど単純ではありません。それだけに、新しい経営指標を取り入れて多角的に分析できるようにしなくてはなりません。しかし、忘れてはならないのは、基礎データが正確でなければ、間違った結論が導き出されるということです。


社外取締役とは、社員以外から選ばれる取締役のことです。アメリカでは、社外取締役が単に社外の人間であることだけではなく、独立していることについて詳細な要件を定めています。そのため、最近では独立取締役と言われることが多くなりました。社外取締役の任務は、すべての株主を代理してその利益を最大化するという観点から、経営の成果を客観的に判断することです。


知識社会では、画一的な社員ばかりでは務まりません。従来と違って、これからの企業は多様な社員を求めています。経営者にとっても、社員全体に右向け右と言わなければならない場面は徐々に減りつつあります。仮にそう言ったとしても、左や上や後ろを向くような社員もいないと生き残れないのが知識社会です。


企業の活動範囲が広がるにつれ、社会的な影響力も大きくなってきています。私たちの行動が常に社会から評価を受けているといっても言い過ぎではありません。企業行動が社会的な規範に反し、世の中から批判を受けるようなことが起これば、長い間努力し積み重ねてきたものを一気に失うことにもなりかねません。これまで以上に公正さを意識することが重要になってきています。


業務が拡大して一人で手に余るようになると、人を増やすことになります。そうなると、人がただ集まっただけの烏合の衆では統制がとれませんから、互いの協力関係を想定して組織という形にまとめなければなりません。大事なことは、組織というのは止むを得ず作るものということです。あくまでも複数の人を統制するため止むを得ずなのであって、会社は組織で動くというのは必ずしも適切な表現ではありません。


オリックスでは事業部門のトップが交代した場合など、いつも新しいトップに「交代してすぐに組織を変えるようなことだけはしてはいけない。組織図を書き換えるだけで上手くいくんなら、こんな簡単なことはない」と言っています。経営幹部は時として組織を変えるとそれで仕事を終えたようなように考えるからです。そういう気分になると、本当にやらなければならないことや変えなければいけないものが見えなくなってしまうからです。


組織の一番のマイナス面は、セクショナリズム(部門同士の縄張り主義)がいつの間にか生まれて官僚主義的になることです。セクション間の壁はあくまで便宜上の壁だということを言い続けることが経営者の仕事だと思います。そうしないと会社は、経営トップの意志とは無関係に組織の論理で動きだしていきます。


市場経済のもとでは、すべての力を顧客に向けていかなくてはなりません。顧客に向かうことを阻害するような組織や権限規定は、その時々に変える必要があります。しかし、本当に変えなくてはいけないのは社員の考え方です。社員の頭がいっこうに企業の内側を向いたまま変わらないとすれば、企業全体の成果とはなり得ません。


オリックスの社長に就任した年以来、私はいわゆるトップセールスをあまりやってきませんでした。トップセールスで成約したビジネスは、販売担当部門を結果的に弱める恐れもあり、長い目で見ると決してプラスとは思えません。私は表敬訪問は喜んでしますが、トップセールスにはあまり熱心ではありません。


市場経済のもとでは、経営トップのひとつの判断ミスで会社はつぶれてしまいかねません。経営者として最も大切なことは会社をつぶさないことです。危機意識を常に持っていないと、対策が後手にまわり本当の危機を招いてしまいます。会社はつぶれるものだということを意識するのが、経営者としての出発点ではないでしょうか。


アイデアを出した人にいつまでもその事業を担当させるのが最善とは限りません。彼がアイデアを出したのだから、上手くいかなくても最後まで彼にやらせてやろうという情緒的な判断をしていては、最良のせいかは得られないでしょう。


市場経済化して社会が良くなるかどうかという議論は不毛な面があって、大きくなったパイの一部分をどのように分配するかという政策によって、結論はどちらにも転ぶ可能性があります。


いままでの日本社会で企業に求められてきたものは、企業本来の役割より大きな社会的責任です。その結果、バブル崩壊後の日本企業は、もともと企業に求められている役割も十分に果たせなくなってしまいました。これからの日本企業は、社会に対して本来の守備範囲に戻らなければ、収益の向上は望めなくなります。


マスコミなどから、よく「オリックスのライバル企業はどこか?」と聞かれます。私は「市場経済では具体的なライバルは存在しない」と答えているのですが、どうも答えをはぐらかしたように思われているようです。市場経済においては同業他社の動向を見ていてもどうしようもない面があります。それよりも顧客ニーズの変化をしっかりと把握することの方が大切です。


株主重視経営とは、株主から評価されることを最優先する経営のことです。どうしたら評価されるかと言えば、株主が望むことを実現すればいいわけです。しかし、ここでいう「株主」とはいったい誰のことを指しているのでしょうか。短期的に株価が上がることを喜ぶ株主もいれば、何年も株式を保有して中期的な利回りや値上がりを追求する株主もいます。重要なことは、あらゆる株主の要求にすべて応えることは不可能だということです。


世界の共通言語となりつつある新しい経営手法は導入せざるを得ませんが、個々の経営手法の関連性や、実際の運用上の本質を見失わないことが肝心です。アメリカ企業の経営手法には見習うべきものが多い一方で、必ずしも見習わない方がいいものもあります。


全員が前向きで挑戦可能な環境をつくれば、その組織はおのずと成長する。そのためには部下の資質を正しく見極め、評価を決め込まないことが重要。人は常に変化しますから。


野球も企業経営も大物狙いはだめ。野球の場合、一点一点小刻みに得点していくのが強いチーム。こつこつと短打を狙って打っていると、そのうち長打も出る。


バブル崩壊の頃、多くの企業は余っていたお金を証券や不動産に投資していました。私どもは証券投資を一切やっていませんでしたが、不動産には融資をしていました。ただ、これは怪しいぞということで、他社より半年から一年早く撤退を開始した。会社が生き残っているのは、あのときいち早く撤退する決断ができたからです。


経営者人生をあらためて振り返ってみると、しんどいことばかり。何しろ毎日問題が持ち上がってきて、「これは天下の一大事だ」と思って決断を下してきた。覚えていたら身が持ちません。夜、酒を飲んだら全部忘れるのが一番です。


ワンマンも別にいいんじゃないですか。私も「オリックスは自分の会社だ」と思ってやってきました。これは会社を私物化するという意味ではありません。私は会社の株もほとんど持っていないし、息子にも「オリックスだけには入れないぞ」と言ってきた。それでも自分の会社だと思うからこそ、会社のために体を張れるのです。


社長になってまず考えたのは、会社を大きくすることです。浅はかですが、会社が大きくなれば、当時抱えていたさまざまな課題を克服できると考えたんです。その思いで一生懸命やって会社を成長させたのですが、会社が大きくなったら、そのぶん課題も大きくなってしまった(笑)。


60代の頃から、70歳までに後任に引き継ぎたいと漠然と考えてきました。実は、その後も考えは揺れていました。元気だから引退せずにとことんやろうと考えた時期もあります。見てのとおり、体はとても元気です。しかし、この年になると、明日何が起きるのかわかりません。そういうことを考えたときに、ぎりぎりまでやったほうが会社のためになるのか、逆に会社に迷惑をかけることになるのか。蓋を開けてみないと結果はわかりませんが、おそらく突然いなくなったほうが、会社にとってリスクは大きい。そう考えて、このたびの結論に至ったわけです。


良い社会をつくろうと思ったら、お役所任せにするのではなく自分たちで努力しなければならない。公共心と公徳心を持って、自分たちで何かをやる気構えがないと日本は良くならない。


より強い会社、より良い会社になっていくためには、世の中に評価されて、なおかつ従業員が幸せを感じるための努力を続けなければなりません。その目線で、日々の積み重ねを行っていけば、立派な会社になると思います。


10年くらいは見たいという意識はあるんですが、これまで金融関連の事業が主体だったオリックスの場合、5年後、7年後に実るような事業に向けて布石を打つ必要があると思っています。これが短期的すぎてもおかしくなりますし、20年先まで見通すのも難しい。金融業界は常に法整備や改正と隣り合わせですから。


僕は人を育てるために何かをしたようには思えないんです。会社はアウトプットするところであって、勉強させてもらう場所ではない。社員には「会社は学校と違うぞ」とよく言ってきましたね。ですから教育するために何らかの仕事を与えるということは全くしませんでした。「仕事のために何かをする」だけでした。


失敗したことを非難したら誰もリスクを取ろうとしなくなりますよ。いつも、「2回まではいい。だが3回失敗するやつはバカだ」と言っているんです。ですから、うちで偉くなった人はほとんど2回は失敗しています。失敗しなかった人は一人もいないんじゃないかな。


ブランド大学、企業に入り、定年まで人より少し上で過ごそうという意識を日本から払拭しなければいけません。官僚的なものから一度外れた人は中に入れないのが今の日本ですが、本当は外れた人の方が大事なんです。そうしないと日本は伸びないのではないかと思います。


僕はオリックスを自分の会社だと思っているから、自分で自分をクビにせざるをえないときがくるのが死ぬより怖かった。でも、突き詰めていくと、最後は会社が残ればいいじゃないかと思えました。


リスクを減らすのはいいことだと思われがちですが、時間をかけて手当てすれば、得られる果実は小さくなっていきます。いいリーダーは、大きな果実を得るために、早い段階で積極的にリスクを取りにいく。


ビジネスはタイムイズマネーです。やっている方向性はよくても、時を逸したら利益が出るどころか失敗することもある。今決めなきゃいけないときにクズグズと決められない人は、リーダー失格です。


「総論賛成」の声をもっと大きくしていくこと。規制改革の全体像を話すと、みなさん基本的に賛成です。経済界でも、経団連や経済同友会は全面的にサポートしてくれました。ただ各論になると反対が出てくる。ですから、「個別に反対している人はおかしいのではないか」という雰囲気が出てくるくらいに、総論を盛り上げていくことが大事。


日本の社会は、その場で「わかった」と言っても、本当にその通りに動いてくれるほどやわではない。影響力のある人が粘り強く言い続けて、「もう、あいつの言うことを聞かないとしょうがないな」とヘトヘトにさせるくらいでないと動きません。


企業はリスクを取って事業をしなければならない。要は、リスクの取り方。身の丈を心得ずにリスクを取るのはバッドリスク。前後左右をよく見て、ここまでやっても会社は潰れないという瀬踏みをした上でリスクを取るのがグッドリスク。


何にでも功罪がある。例えば戦中の「一億一心」って教育も功の面では、後の東京五輪や大阪万博を皆で盛り上げる源になったのかもしれません。今、かつての五輪の再来が可能でしょうか。


教育で「公共の利益を」と言うと問題になるけど、それは社会の基礎だと思うんです。戦中に国のために命を投げ出せという極限のパブリックが求められた反省から、戦後はその逆の極端に来てしまった。でも、プライベートの権利ばかりがあっても、素晴らしい社会にはなり得ない。


ガバナンスをしっかりするのは経営者にとって厳しいこと。でも、本当はガバナンスが厳しいほうが経営者を守ることになるんです。(社外取締役などから)「君、しっかりしなさい」といわれたら、これはまずいと思うじゃないですか。


21世紀は知識集約社会であり、新しいものをつくっていくことでしか生きられない。そのためには、日本人も外国人も含めて、さまざまな才能や経験を持った人に来てもらう必要があります。


会社というものは、やはり継続が大切です。徳川家康は元気なうちに席を譲って駿河に行きました。私も元気なうちに次の人にバトンタッチしたほうがいいと判断しました。


経済の効率を上げようと思えば公平な競争をしなければいけません。公平な競争の中から、良いもの、強いもの、安いものがつくられるわけです。


走り続けるためには、勉強を続けることも大切。考えてみると私は、ずっと勉強してきました。勉強しないと乗り切れないことが、次から次へと起きたからです。


「海外に行きたい」という若手が減っていると聞きますが、本当にもったいない。海外の現場はチャレンジングで、知らないことに触れる喜び、生きる実感を得られるはず。「未知」に挑戦し、得たものを宝としてください。


ビジネスは「命をかけてやらない」こと。ただ、一生懸命にやる。私は過去に2度体調を崩しましたが、あの時は頑張りすぎて、体力が弱っていました。「これではダメだ、健康第一」と肝に銘じ、それ以降は大病とは無縁です。


チャーミングでないと、人をひきつけ、引っ張っていく人物にはなれません。チャームは、教養や生活力・行動力、つまりは「生きていく力」から生まれます。これは「持って生まれたもの」ではなく、「人生の中で獲得されるもの」だと思います。


日本人は「問題に対する答えが1つある」と考えがちです。教科書に載った問題には必ず「正しい答えが1つ」あり、あとは「間違い」となる。これは、日本の教育の問題点だと思います。世の中は、そんなに単純ではないからです。


会社は、常に複数の問題を抱えています。問題を1つ解決しても、すぐに別の問題が出てくるものです。これは仕事だけでなく、人生についても同じです。私は、目の前に出てきた問題や課題に、常に挑戦し続けてきました。


「目立たなければ、消える」。この考えに触れ、そうならないための訓練を受けた。この経験は、財産だったと思います。
【覚え書き|ワシントン大学ビジネススクールでMBAコースを受講した当時を振り返っての発言】


下手な経営者、ビジネスパーソンほど、どうでもいい問題を大間題だと思い必死になり、大事な問題をほったらかしていたりする。会社や仕事にとっての「一番の問題」を見つけるのは大変なことです。それをしっかり把握できれば、一流の経営者、ビジネスパーソンでしょう。


会社の行く末は、経営者が握っています。ヘタをして事業に失敗すると、会社は潰れてしまう。その恐怖から逃れるためには、会社を「伸びる会社」にするしかありません。


局地戦でも結果を出さないといけない。社会貢献はしたが経営がボロボロでは評価されません。中長期的視点の経営は素晴らしくても、短期では破綻しているのでは意味がない。


経営者はマネーゲームを目的とする投資家から会社を守らなければなりません。投資家からノーを突き付けられないように配慮しつつ、長期的視点での経営を続けるという難しいことが求められます。


人生も企業もリスクばかりです。「自分たちがやるべき事は、そのリスクの中で、グッド・リスクとバッド・リスクを区別し、グッド・リスクは絶対に取らなければいけないということ。


規制をなくして自由競争の世界に放り込まれるのは厳しいことです。中には国際競争で負ける分野もあるかもしれません。それでも、競争の中で切蹉琢磨してサービス品質やコストを改善していけば、利用者である国民にとってプラスです。それに、そういう競争の中で磨かれた企業は確実に強くなります。


経営者は世界情勢に目を向けることが大切です。自社の事業に対する専門性が重要なのは言うまでもありませんが、そちらは半分ほどにとどめて、残りの半分はマクロの勉強に振り向けるべきです。


大阪本社を束ねるグループ関西代表に評価の権限を与えました。権限は出身元の所属長と関西代表で半々です。大阪本社は1つの拠点に各グループ会社の人材が集まっているのですが、古巣ばかりを見て横の連携が進みませんでした。そこで人事権を与えたんです。「タコツボから出ろ。隣と手をつなげ」といくら言っても、人事権がないと言うことを聞きませんから。


どの事業にも共通することですが、経営のポイントは流れに乗っているかどうかを見極め、分岐点を見誤らないようにすることです。常に変わる流れを見て、流れに乗っていれば外れないように舵を取り、流れから外れていれば乗るための方策を考える。それが経営者の役割です。


オリックスも縦割り打破に試行錯誤を繰り返しています。組織は放っておくと、縦割りが進みタコツボ化するもの。それを防いでチームプレーのカルチャーを根づかせるには、最善の組織を日々模索するとともに、リーダーがしつこいくらいに言い続けないとダメです。


社外の方々にどう映っているのか分かりませんが、オリックスは極めてウエットな会社です。基本的に人員削減はしませんし、力を発揮できていない社員がいれば、最善の職場をできる限り一緒に考えます。社員に様々な選択肢を提供するために、事業を多角化してきたという面もあります。


日本型経営が作り上げた「人材を大切にする」という風土は世界に誇るべきものです。ただ、その思想は素晴らしいのに、結果が伴っていません。「計数面では欧米企業に劣るけれど、日本的経営は素晴らしい」と叫んだところで、引かれ者の小唄にすぎません。いいところを残しながら、欧米企業に負けているところを近づける。人を大切にしながら、欧米企業並みに効率を高めていく。それができて初めて、いい経営をしていると世界に胸を張って言えるのではないでしょうか。


欧米のように、人材を経営資源の1つとして捉え、いくらでも代替可能と考える企業ばかりだと、その集合体である社会は間違いなく冷たいものになるでしょう。私はそんな社会がいい社会だとは思えません。


各事業の計数は厳しく管理していますが、私は個々の事業の「最終利益」を最重要視しています。自動車事業のように台数の増加が重要な分野もありますが、売上高には基本的に興味がありません。それ以外に重視している指標は、「ROE(自己資本利益率)」と「格付け」、「利益成長率」。この4つを見ながら計器飛行しています。


多様な事業ポートフォリオは金融危機時にも生きました。リーマンショックでは世界の資本市場が機能不全に陥りました。当社もコマーシャルペーパーや社債が一時的に発行できなくなり、資金調達で苦戦を強いられました。ただ、大波に翻弄されましたが、決して沈没することはなかった。事業ポートフォリオのバランスが取れていたからだと思います。


我々のような金融サービス業と製造業は時間軸が異なります。ただ、顧客の嗜好が多様化し、商品やサービスの寿命がどんどん短くなっていることを考えれば、「今日1日が新しい日」という考え方は業界によらず必要になるのではないでしょうか。


1980年代前半の海運不況で船舶のリース事業が大打撃を受けたことがあります。リース料が回収できずに不良債権化し、ほかの金融機関が船を売却処分していく中で、私は「売るな、自分で船を動かせ」と指示しました。同時に、今で言う減損処理にも踏み切っています。海運市況は不動産と比べて好不況のサイクルが短いので、数年我慢すれば再び戻る。その間は所有しながら船の運航管理のノウハウを蓄積し、市況が戻った時に船を売却すればいいと思ったのです。減損処理をした以上、後はアップサイドしかありませんから。一般的には、思い切って損切りして終わりにするのでしょう。ただ、それだけでは後に何のノウハウも残らない。簡単に諦めてはいけません。


今でもリースや融資、生保などの金融事業の収益が大きいことには変わりありませんが、最近では自らが事業運営を手がけるケースも増えています。時代の変化への対応もありますが、「できるものは自分でやってみる」というカルチャーの表れでしょう。


私には「オリックスをこうしたい」というような、目指している最終形はありません。あえて言えば、今日よりいい会社にしたい。だから、10年後のオリックスは全く違うビジネスを展開しているかもしれません。


当社の場合、営業の成果目標を「前期並み」という設定にはしませんから、毎年数字を伸ばしていかなければなりません。ただ、過去の資産から生じる収益はカウントしないので、常に新しいことにチャレンジしないと目標のクリアは困難です。自分たちで取り得るリスクを考えながら新しい分野に挑戦する。結果として、飛び地ではなく隣地の開拓になっていくわけです。


未踏の分野に進出する際はマイナー出資にとどめ、そろりと始めることにしています。マイナー出資であればリスクも限定的ですし、撤退も比較的容易です。その間にマーケットを勉強してうまく事業化できそうだと判断できれば、タイミングを見て一気呵成に展開すればいい。


事業撤退の際は絶対に精鋭部隊に任せないといけません。「負け戦のしんがり」という言葉があるように、撤退時のしんがりは最も死傷率が高い場所。事業の撤退も難しい作業なので最強の部隊を充てるべきです。90年代前半の不動産バブル崩壊時には私が陣頭指揮を執り、士気を高く保ちながら処理をしてきました。


失敗の後のリカバリーは全力でさせますが、当社は加点主義なので、少々の失敗で評価を落とすことはありません。取り返しのつかない失敗はともかく、そうでなければ授業料の先払いと考えて再チャレンジを促した方がいい。授業料は既に払っているわけで、生かさないと大損です。


現在は指名委員会も報酬委員会も監査委員会もすべて社外取締役のみで構成されています。後継者を決めるのは指名委員会なので、私も出来が悪ければクビです(笑)。委員会等設置会社への移行は日本企業の中でも早かったと思います。


オリックスは株式の大半を内外の機関投資家が所有しています。それはもう、ありとあらゆることを言ってきます。ただ、それによって気づかされることもありますし、厳しい株主と正対したことが経営者としての私を形作ったとも言えます。投資家の視線が企業と経営者を磨くのです。


物言う株主にはネガティブな見方も少なくありません。ただ、株主が経営改善や内部留保の還元を指摘するのは当然のこと。そのプレッシャーから逃げてはいけないのでしょう。日本は会社にプレッシャーをかける仕組みが少なすぎると思います。


「物言う株主」は企業や経営者にとっては目先はうるさい存在ですが、中長期的には企業の欠陥を補い、経営の失敗を未然に防止してくれるありがたい存在です。経営者に最も緊張感を与えるのは株主からの直接のプレッシャーです。それが経営効率を高め、官僚的な経営者を排除する契機になります。


日本の場合は何かを創出することより、組織の存続が目的化していないでしょうか。結果として、組織の存続を目指す官僚的な人が重用されています。企業を官僚組織のように考え、トップになる人を「innovator(革新者)」と考えず、「bureaucrat(官僚)」と見る。そして、組織の長に調整型、あるいは調和型の人材を選ぶ。その行き着く先は緩やかな衰退でしょう。


「ヒト・モノ・カネ」といった経営資源には限りがあり、できるだけ効率的に活用しなければなりません。その役割を担うのに、株式会社ほどふさわしい存在はありません。非効率でよければ誰がやってもいいわけで、経済的果実を効率的に社会に還元するからこそ会社というものの存在意義がある。この前提に立つと、赤字企業は社会的に不要ということになります。


なぜイノベーティブな経営者が企業の中から出てこないのか。それはコーポレートガバナンス(企業統治)が機能していないからです。投資家や金融機関、社外取締役など外部のプレッシャーがないために、下から順繰りに上がる人事が増える。業績不振で退任する経営者が後継を指名するなど、日本の企業ぐらいのものでしょう。


私は会社を、「社会に対して最も効率的に経済価値を提供するための仕組み」だと捉えています。すべてのベースにあるのは社会であり、会社は社会という土台の上に乗るサブシステムにすぎません。それは、資本主義や資本市場についても同様です。


監視があると経営者は楽なんですよ。株主の監視だけではなく、いろんな仕掛けがあって縛られたほうが経営者は楽です。業績を落とすと怒る株主がいる。難しい会計原則で縛られる。顧問弁護士や監査役に注意を受ける。チェックする人と確認する仕組みが多いと、ミスは減ります。


株主は経営者に寄りそい、会社の成長に寄りそっていく責任がある。だからこそ、経営者にチェックを入れる資格ができるんです。昨日株を買って今日売るという人に、そういう責任は取れない。これは議決権ゼロでも良いくらいです。


ガバナンスのために企業があるわけではありません。極論すれば、ガバナンスを無視しても、世の役に立つ企業は存在しえる。ただ、ほとんどの場合、あまりうまくいかないので、ガバナンスを大事にしようと言われているんですね。


成長しているということは、何らかの形で社会に貢献しているということを意味する。その貢献は、社会に経済的な富を提供すること。雇用を含む「良いもの」を社会に提供しているということ。


経済成長の原動力は民間企業にある。政府に「あれしろ」「これしろ」と注文を付けるのではなく、まずは民間がリスクを取る姿勢を示すべき。リスクを取ることでイノベーションは生まれる。


重要なのは新しいマーケットを開拓すること。2番手、3番手にはなりたくない。同業他社が始めたから当社もやってみようというのでは、競争に勝ち抜くことはできない。


有事の際に何を考えどう動くか、正しい判断を下すことが、経営者の最大の仕事でしょう。経営者の判断一つで会社を潰してしまうこともありますから。外部環境に悩まされる時期もありましたが常にベストを尽くしてきました。


日本は基本的に「組織」と「組織図」とを間違っているんです。組織ではなく、組織図で動きたがるんですよ。平面的な組織図で動くから、隣の営業1課と営業2課はライバルだと思ってしまう。円錐形で組織を捉えれば、支え合う部分が見えてきます。隣の課がなくなったら円錐は変形し、自分たちの課もバランスを崩してしまう。そうならないよう、お互いに連携し、助け合わないといけないという発想が生まれてきます。


仮に10のセグメント、箱があったとします。そのうちの1つが大きな問題を起こして大変になっていて、反対に思いもかけずワーッと伸びているところも1つある。CEOの仕事とはこの一番大事なところを見ることなんです。問題があるところは血止めして、伸びているところはもっと伸ばす。2番目に重要なところからはすべて任せると。


中核になるのは人間の能力です。ただ、この能力には100点の人もいれば60点の人もいる。上司というのは100点の人ばかり使いたがるものですが、これは一番効率が悪い。そうではなく、誰もが120%の能力を発揮できるように仕事を与えるんです。100点の人には120点の仕事、60点の人には72点の仕事。2割アップの仕事をやってもらえれば組織の「熱量」は最大になるはずです。なおかつ一人ひとりの能力は向上しますから、ある日気付いたら60点だった人が72点になっている。そうしたらさらに120%の仕事をしてもらう。そうやって仕事を与えるのがマネジャーの役目だと思います。


オリックスが何とかやってこられたのは、バブル崩壊時に日本の会社でいち早く、91~92年から不良債権を償却し始めていたからです。日本の金融市場が崩壊したのは97年ですが、翌98年にオリックスはニューヨーク証券取引所に上場しているんです。「日本の金融はぐじゃぐじゃになっているのに、おまえのところは何で好業績なんだ?」と驚かれましたよ。


日本の球界は、まだ、危機意識が低すぎます。95年当時、米国のメジャーリーグと日本のプロ野球の売上規模は余り変わらなかった、あの頃の日本はすごかった。その中でも巨人軍が突出していましたけどね。この20年間で米国は売上が7倍になった。日本は2割ほどしか伸びていない。まさに経済力の差です。経営マインドの差です。もっと利益を出すようにしていこうという気持ちが少ないんです。ちょっとでも伸びているじゃないかということでね。僕はきわめて危機意識を持っているんですが、こんなことではおかしいと。その危機意識の共有が欲しい。


中長期保有の株主と短期売買の株主は根本的に違う存在です。企業が社会に貢献しようとすると、普通の会社で中期的、業種によっては長期の視点が必要になります。短期視点で、直近の四半期で利益を出そうとする経営者は貢献できない。経営者が5年かけて企業を成長させようと考えているならば、それに寄りそうのが株主のあるべき姿です。だから長く株を保有するなら、その株主の議決権は3倍、5倍になって良い。それこそ、株主平等の原則に合致しているのではないでしょうか。


宮内義彦の経歴・略歴

宮内義彦、みやうち・よしひこ。オリックス・グループ会長。神戸出身。関西学院大学商学部、ワシントン大学経営大学院でMBAを取得。日綿實業(のちのニチメン)に入社。その後、ニチメンと三和銀行の合弁会社オリックスに移籍し、代表取締役社長を経てオリックスグループ会長へ。経済同友会副議長、日本フィルハーモニー交響楽団理事長なども務めた。財界一の野球好きとして知られ、阪急電鉄から球団を買い取り、名物オーナーとして活躍した。

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