名言DB

9,510 人 / 112,245 名言

宗次直美の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

宗次直美のプロフィール

宗次直美、むねつぐ・なおみ。日本の女性経営者。カレーハウスCoCo壱番屋の創業者の一人。愛知県出身。一宮女子高校卒業後、大和ハウス工業勤務を経て夫とともに喫茶店を開業し独立。その後、カレーハウスCoCo壱番屋を創業し夫婦で同社を大きく成長させた。夫は同じくCoCo壱番屋創業者の宗次徳二。

宗次直美の名言 一覧

世の中の男は全体にだらしないと思います。何かにつけて一緒にお酒を飲んだり、食事に行ったり。団らん気分では仕事はできませんよ。部下を叱るには、まず自分の身辺から見直すことが大切だと思います。


私は「できない」という答えが一番嫌いです。「できる方法を考えろ、人間なんだから知恵を使え」と指導しています。


最近は自信と傲慢とを履き違えている子が増えたように思います。本当の自信を持っている子はむしろ謙虚です。目の動きとか、話す内容でわかります。大げさに言っている、飾っているなということはすぐにバレます。


世の中には現場にも出ないで、会社の接待費や交際費を使って楽をしている経営者がいるようですね。つまり公明正大ではないということです。これは、管理職でも同じです。そんな状態が続けばどうなりますか。脛に傷を持つ上司は、ストレートに部下を叱れません。正論を返されたら痛いからです。うちも管理職は30から40人いますが、それはあくまで社長が決めた組織です。私が認めているのは、そのうち10人未満で、あとは認めていません(笑)。


私は率先垂範で働きます。脱サラして喫茶店をはじめ、カレーチェーンを創業したのも自分たちが決めてやったことです。誰に強制されたわけでもありません。徹底的に死に物狂いでやるのが当たり前です。1000店舗を達成したときは、半年間、制服を着てカウンターの中に立ちました。


夫と二人で立ち上げた会社ですから、壱番屋も子供のようなものだと思っています。私は、会社の交際費は一切使いません。交際費名目で支出するのは、加盟店さんのオープン記念に贈る花輪くらいで、海外に行くときも自腹です。なぜかといえば、子供からお金を取りたくないからです。


うちの店は狭いので、どこからでもお客様の視線を感じていなければいけません。スタッフの背中に目がついていないようなときは、背中をひとつピターンと張り(叩き)ますよ(笑)。


独立希望者に教え込むのは、私たちが飲食業を始めたときに何をしたか、どのような気配りをしたかということです。私は、宇宙人でなく人間です。だから、私にできたことはあなたにもできる。それを継続できるかできないかが問題なのです。


いつも「へぇ、駒(人材)が足りんなあ。人を育てられんのか?」と憎まれ口をきいていますよ。とくに男の管理職はいけません。男同士だと、見栄の張り合いなのか、言いたいこともよう言わんところがありますよね。私は女性ですから、ズバズバ言います。一般に女性管理職にはそういうところがあると思います。経費の使い方にしても、男と比べて公明正大です。脛に傷を持たないから強くいえます。


うちは一般的な加盟店(フランチャイジー)は募集していません。独立希望者はいったん社員になってもらい、のれん分けの形で加盟店を任せます。そのためには、壱番屋マインドをしっかり身につけてもらいます。髪の先からつま先まで学んだ子、理屈ではなく体で覚えた子が独立できるのです。


私にとって従業員は子供なんです。いろんな分野で私の代わりに仕事をしてくれる子供たちです。大切にしなければいけません。だから全身全霊で叱ります。


部下たちが自分の職責をきちっとまっとうしない、いつまでもやらないでいるときは、私は怒り狂い「給料泥棒」と言うこともあります。もちろん相手によって強弱をつけますよ。十人十色です。この子にはここまでやったらいかんな、この子には後でフォローをしとかんと……。それをどこまで見分けられるかがポイントです。自分でいうのは何ですが、どういうわけか社内では慕われていますよ(笑)。それは愛情をもって接しているからだと思います。


加盟店がクレーム対応に苦慮していたころ、責任者が事務フロアで話し合っていたので、とりあえず会長室へ呼びました。すると、あれこれ言い訳を始めたものだから、むかついてきましてね(笑)。ちょっとテーブルの脚を蹴って、「いまから東京へ行け!泥の橋が壊れる前に渡れ!」と命じたのです。答えはすべて現場にあるからです。現場を見て実態を把握しないと、どうしても社内だけで自分の都合のいいように処理してしまうでしょ。そうならないように、自分の目で確かめていらっしゃいよと言ったわけです。


宗次直美の経歴・略歴

宗次直美、むねつぐ・なおみ。日本の女性経営者。カレーハウスCoCo壱番屋の創業者の一人。愛知県出身。一宮女子高校卒業後、大和ハウス工業勤務を経て夫とともに喫茶店を開業し独立。その後、カレーハウスCoCo壱番屋を創業し夫婦で同社を大きく成長させた。夫は同じくCoCo壱番屋創業者の宗次徳二。

他の記事も読んでみる

猪瀬直樹

仕事をスムーズに進めるためには、周囲の協力が欠かせません。それには、自分の仕事の成果をみんなにわかりやすい形で確認して、実績として認めてもらうほかない。


羽鳥兼市

社長から報告は受けるが、事業の細かいことに口出ししない。口を出すくらいなら、交代しない方がましだ。事業は社長に任せておける分、自分は現場を回り、人材育成や経営理念の伝承などに時間を割くことが可能になった。これは創業者、年寄りの役目だ。


御手洗冨士夫

日本経済活性化のカギは、やはりイノベーション。新しい価値を生み出すことで、新たな産業が生まれ、雇用が生まれる。それが経済活性化の大原則。


森川亮

今あるもので「最高の料理」を作る。その料理はどういう料理なのか。そういう発想が、組織やチームのマネジメントには大切です。


千玄室(15代目)

人間というのは、欲深いものです。「一切皆苦(いっさいかいく)」。欲があるから、生まれた時から死ぬまで苦しむのです。かといって、欲が全くなくなってしまっても、人間は枯れてしまう。枯れ木になってはいけません。ちょっと花を咲かせるくらいが、ちょうどいいのです。一般の人間が、悟りの境地になんてなかなか辿り着けるものではありません。


金子豊久

日本の産業界を人体にたとえると、自動車や家電などを製造し社会に送り出す産業は動脈産業といえます。私たちは社会で役目を終えた金属製品や設備を、再び産業の心臓に戻す役割を担っています。自分たちでは「静脈産業」といっていますが、動脈・静脈が揃わなければ人間は生きていけません。社会もこれと同じです。循環型社会の実現に力を注いでいくことが、私たちの使命なのです。


川村益之

思考の柔軟性を磨くには、いろんな人に会うことが必要です。多様な価値観を持つ人たちと触れることで、多くの気づきを得ることができます。本やセミナー、異業種交流会も有効です。


松下信武

マーケティング全般に関して、私はアンケートを取ることに疑問を抱いています。たとえば、クルマを買うつもりがないときにどんなクルマがよいか聞かれたら、かなりいい加減に答えるでしょう。嘘をつくつもりがなくても、非現実的な理想を交えたり、家族の意見を考慮に入れないなど、実際の購入とは違った意思決定プロセスをたどって答えるリスクがあります。信頼できる情報は、身銭を切って買った人のみから入手できるのです。


井上陽介

私たちは普段、世の中の動きをよく見ているようでいて、実はそうでもありません。日常にどっぷり浸かっていると、ものの見方やとらえ方はどうしても限定されてしまうからです。そこで必要なのが「俯瞰力」。空を飛ぶ烏の眼から世界を見るように、視点・視座をより高く引き上げ、より広い視野を持って、環境の変化や問題の構造を立体的にとらえ直すこと。


赤羽雄二

まず、会議のファシリテーターはその議題に関して最も権限のある人間であることが重要です。たとえば、営業チームの四半期の方針を話し合うならチームリーダーが、新商品の開発に関するアイデアを出し合うなら、商品開発について決裁権を持つ責任者がファシリテーターを務めます。参加者の中で最も権限のある人がファシリテーターを担うのは、組織では職位が上位の人ほど情報が集まるためで、会議を適切にリードできるはずだからです。


林修

まずは相手を知る。初対面でも、最初はメールや電話でのやりとりがあるでしょう。それこそ情報の宝庫。大雑把で簡易な文面の相手なら、待ち合わせ時間ギリギリに到着しても気にしない確率が高い。でも、長文のキッチリしたメールを送る人間は、10分前に来るタイプ。こちらが5分前に到着してギリギリですよ。オンタイムでは、「時間にいい加減だな」と思われかねない。とにかく、まず相手がなにを気にする人間なのかの特徴を見抜くこと。そこに合わせて、自分の話し方を調整すればいいんです。


浅田次郎

兵隊になったのは農家出身者が多かったけれども、今回描いた歩兵第3連隊にはいろんな職業の人間がいたと思いますよ。第3連隊の徴兵区域は東京ですから。でも、この人は元八百屋でしたとか、一般事務員でしたとか、そんな話は小説じゃないと書けないでしょう。これは日本だけでなく、世界中の軍隊が実はそうだったんです。そして、そこまで考えなければ、戦争の悲劇性の本当のところはわかりません。軍が勝手に戦争を始めて、それに従った兵隊が死んだだけとイメージされるかもしれないけれども、そうではありません。死んだのは、平和だったら別の仕事をして普通に働いていたはずの人たちだったわけです。