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大須賀正孝の名言

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大須賀正孝のプロフィール

大須賀正孝、おおすか・まさたか。日本の経営者。ハマキョウレックス創業者。静岡県出身。中学卒業後、ヤマハ発動機勤務、青果仲介業などを経て、遠織輸送センター(のちのハマキョウレックス)を創業。同社を大きく成長させた。そのほか、静岡県トラック運送健康保険組合理事長、静岡県トラック運送厚生年金基金理事長、日本3PL協会会長、静岡県トラック協会会長、全日本トラック協会常任理事などを務めた。

大須賀正孝の名言 一覧

私は毎晩、眠る前に布団の中で、その日一日の言動を思い出して反省するようにしています。社員にきついことを言いすぎていなかったか、と。


一所懸命、真剣にやれば、なんとかなる。


私は、物流という仕事は「どんな理由があろうと、お客様と交わした約束を破ったら終わり」と考えています。ある場所からある場所へ物を運ぶシンプルな仕事です。選ばれ続けるには信用を積み重ねるしかない。そのためには不測の事態でも、万難を排し約束を守る必要がある。


難題にぶつかっても簡単に諦めないためには、普段から分解して物事を考える癖をつけておくことが大切です。私は「難しいなと思った時ほど、問題を分解して考えよう」と社員に話しています。


分解して物事を考えると、それまで意識しなかった様々なことも見えてきます。例えば、人生80年と考えるか、3万日と捉えるか。3万日と思うと、一日一日をもっと大事に使おうと思えてきませんか。私はそう考えるようになってから、休みなんかいらんと思うようになりました。毎日全力で仕事をして全力で楽しむ。あの世に行ったら、ずっと休めるんですから。


「今年は1000万円利益を増やす」という目標を立てるとする。この不況ですから、現場の長は「とても無理だ」と反対します。そんな時、私はこんな言い方をするんです。「1日で利益を1000万円増やすわけじゃない。1年だ。1カ月なら90万円。1日なら3万円。パートさんが100人いれば1日1人300円節約すればいい。コーヒー1杯分じゃないか」と。詭弁と感じる方もいるかもしれません。でも人間は不思議なもので、どんな大きな問題も細分化すると「何とかなるかも」と思えてきます。その結果、気持ちが前向きになり、最初は絶対無理だと思ったことができてしまうことも多い。


難題に直面した時に分解して考える方法は、夫婦喧嘩から生まれたものです。73年、石油ショックで名古屋の大口取引先が倒産しました。当時は売上の大半がその会社の仕事。多額の焦げつきも生じ、借金を8000万円ほど抱えてしまった。得意先を失い借金まで作り、どうしようもない。社員に迷惑はかけられんから、自分の給料を数分の一にしたんです。怒ったのは女房でした。「家賃を除くと手元に3万円しか残らない。どうやって生活するんだ」ってね。その時、私はふと思いつき、銀行へ行って3万円を1000円札30枚に両替してきたんです。そのうえで「1カ月3万円でなく、1日1000円でどう暮らすか考えたら」と提案してみた。女房は仏頂面をしながらも「できるかも」と心の中で思ったんでしょうね。知恵を絞り見事やり繰りしてくれました。


横領は悪いことですが、それができる環境をつくっている会社のほうが悪い。だから使いこみをした社員がいても責めません。


業界の社会的価値を高めたいと思っています。我々物流は駅伝でいえば、チームで一番信頼されるアンカーです。どんなにいい商品でも、お客様のもとにきちんと届かなければ意味はありません。そういう意味で、物流こそ、日本で一番優秀な人が誇りを持ってやるべき仕事だと思っています。


段取りなしであてずっぽうで売ろうとしても売れるものじゃない。


わが社はすべての情報をオープンにしています。隠すことは何もありません。ガラス張り経営ができない会社には何か後ろめたいところがあるんじゃないですか。株主総会のために、株主との想定問答を準備するようになったら上場をやめるとさえ言い切ってますから。


相手の話をきちんと聞くことが大切です。そして教えてもらう。コミュニケーションは部下にしっかり指示することで生まれると勘違いしている管理者がいますが、一方通行の会話からは絶対にいいアイデアを出してもらえません。会議の場でも実際の現場でも、社員たちに「教えてくれるかな」と言って質問するのです。


従業員が作業でミスを犯した場合、問い詰めるのではなく、「あなたのような優秀な人がミスをしたというのは、何か心配事でもあるのではないか」と優しく声をかけるようにしています。


わが社の強みは、いかにムダを見つけ、それを始末していくかにあると思っています。そうしたムダは、私が見つけているのではない。パートさんを含めた社員全員が、収支日計表や日替わり班長制度の取り組みを通して、ムダをなくすための知恵をどんどん出してくれるのです。なかには自宅でご主人と話をして、ご主人からアドバイスをもらってくるパートさんもいるんですよ。


日替わりで班長を変える日替わり班長制度は、「あの人が班長のときには負けたくない」という競争心が生まれる効果もあります。しかし面白いのは、逆に自分が班長のときより、ほかの人が班長のときのほうが一所懸命になる人がいることです。そうしないと自分が班長のとき、周りが協力してくれませんからね。


わが社は一見単純作業をやっているように見える「ライン」でも、パートさんを中心に「こうしたらもっと早くできるんじゃないか」という活気ある声が聞かれます。定期的に班長を経験することで、作業の見方も変わってくるのです。


当社には日替わり班長制度があります。日替わりで班長を変えるのです。仕事に対するやる気は、賃金では決まりません。特にパートさんはお金より仕事の中身をより重視します。班長を務めることで、会社に貢献していることが実感されるということもあるでしょう。そして自分たちで考え、工夫するから仕事に飽きず、次は何をしようかと頭を使います。


「企業は人なり」と言いますが、労働集約型の運送業においては、なおさら社員の教育が重要です。だから私は人を育てることを意識してきました。私が考える「人を育てる」とは、自信を持たせることであり、目標を持たせることです。


年間1000万円のコスト削減が必要な事業所でも、100人いれば、一日一人あたりに分解すれば約300円です。それならどうにかすれば節約できそうだと分かります。今日30分残業してしまったのを、明日は効率を上げて定時で上がろうと努力すれば、300円なんてすぐです。


物流業は典型的な労働集約型産業です。トラックの性能に差があるわけではありませんからね。社員一人ひとりの力が会社の力、会長も社長も正社員もパートもありません。経営者だからといって偉そうなことは言ってはいけない。会社はみんなのもの。言ってみれば、全員が経営者です。


大須賀正孝の経歴・略歴

大須賀正孝、おおすか・まさたか。日本の経営者。ハマキョウレックス創業者。静岡県出身。中学卒業後、ヤマハ発動機勤務、青果仲介業などを経て、遠織輸送センター(のちのハマキョウレックス)を創業。同社を大きく成長させた。そのほか、静岡県トラック運送健康保険組合理事長、静岡県トラック運送厚生年金基金理事長、日本3PL協会会長、静岡県トラック協会会長、全日本トラック協会常任理事などを務めた。

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