名言DB

9412 人 / 110637 名言

大石昌明の名言

twitter Facebook はてブ

大石昌明のプロフィール

大石昌明、おおいし・まさあき。日本人経営者。ラーメンチェーン「博多一幸舎」インドネシア法人社長。福岡県出身。マグロ輸出業で成功後、「博多一幸舎」インドネシア法人の設立に参画。同国で豚骨ラーメンブームを起こした。

大石昌明の名言 一覧

一幸舎が成功したと聞いてから、うちよりも大きな同業チェーンがすぐにインドネシアに進出してきました。長くやるためにはここぞという時に投資をする勇気と、他社との違いを持つことが絶対に必要です。


最大の苦労は事業を真似されたことでした。くやしいけれど、こっちは美味しいものを出して、差をつけるしかない。真似をしている店の味は本物を超えることは出来ないわけですから。


投資金額は大きくなるのですけれど、イケると思ったら、次々と店を出さないと、あっという間に国内外から大手資本が出てきてしまう。時間との競争なんです。


最近、お客さんから言われるんですよ。「この店はちゃんと日本人がやってるの? 毎日、日本人が働いているの?」と。インドネシアの富裕層は日本に何度も旅行しています。博多の一幸舎で食べたからと言って、うちにやってくる。そして「おう、これこれ、日本と同じ味だ」と感想を言って帰っていく。そういうお客さんが徐々に増えてきている。本物志向が高まっているから、「なんちゃって日本食」ではもはや客は呼べません。日本でやるのと同じ味、同じ品質でなくては繁盛店はできません。


店舗の清潔さにも気をつけています。幸い、私は日本向けにキハダマグロ、バチマグロの輸出を長年やってきました。マグロの加工工場ではHACCP(ハサップ、ハザード分析重要管理点)を導入して、食中毒などが起こらないようにちゃんと管理しているので、それを基にしてラーメン店も管理しています。


ラーメンだけでなく、パンなどもすべて内製です。パン職人を雇って、本店の地下で食パンやロールパンを焼いています。こうしておけば日本から大手が参入してきても競争できると思うんですよ。


ラーメンだけでなく、鶏の空揚げ、餃子などのサイドメニューを充実させました。そして、プリン、ケーキ、持ち帰り用に調理パン、菓子パンなども置きました。そうして、客単価を上げたのです。


醤油などは日本から輸入すると、ものすごく高いものになってしまう。それに、輸入品に頼っていると、いつ入ってこなくなるか分からない。ですから、最初からスープと麺の工場を建てました。


客の数は限られると自覚していましたから、とにかく失敗しないよう、いろいろと調査をして、現地の中国系の人たちに何度も試食してもらいました。


私にしてみたらラーメンは初めての仕事ですから、マーケティングと調査に力を入れました。第1号店は調査のための店で、私が暮らしているマンションのフードコートに出しました。メニューも豚骨ラーメンだけに絞り込んで、どれくらい、お客さんが来るかを調べました。数字を把握したら、その店は閉めて、次は1万5000世帯のマンションの中に60席の店を出しました。すると、常時、500人から800人が入る繁盛店になったのです。


大石昌明の経歴・略歴

大石昌明、おおいし・まさあき。日本人経営者。ラーメンチェーン「博多一幸舎」インドネシア法人社長。福岡県出身。マグロ輸出業で成功後、「博多一幸舎」インドネシア法人の設立に参画。同国で豚骨ラーメンブームを起こした。

他の記事も読んでみる

村瀬治男

仕事には知恵が不可欠ですが、若い人には、若さというかけがえのないエネルギーがあるわけですから、常にチャレンジ精神を持ってほしい。上層部に対しても臆することなく提案する意欲を忘れないでほしい。


小田理一郎

「学習する組織」をつくる第一歩は、課題を決めて、チームでビジョンを克明に描き、現実をありのままに見据えてそのギャップを創造的に解消すること。そうして組織が探求したり、内省したりを定期的に繰り返す「学習する組織」がはじまる。


坂井哲史

並行して、もう少し投資金額を抑えた、小さ目の店舗を作ろうと思っています。あんまり慌ててやると失敗するので、ある程度慎重に進めていきますよ。まずは直営を出して、それからフランチャイズにも広げていこうと。


松本晃(経営者)

話をするときはつかみが大切。映画でもテレビ番組でもそうですが、最初の5分がつまらないものは、それから先を観る気になりません。本も最初の30ページがつまらなければ、読むのをやめる人が多いでしょう。同様に、スピーチも最初がつまらなければ、聞いてもらえなくても仕方ない。


武藤貴宏

高校のとき、憧れていた応援団に入ったんですが、2週間で逃げ出してしまったんです。それを悔やみ、大人になってからも引きずっていました。「なんであのとき続けなかったんだろう」とか、「生まれ変わったら絶対に応援団をやる」とか。そしてある日、その思いがついに沸点を超えたんです。「もうこれ以上、命の火をくすぶらせて生きていたくない。誰が何と言おうと、おれはやる。逃げ出した自分にリベンジするんだ。もう自分に遠慮しない。今からこの命、ガムシャラに燃やす」、そう肚をくくったんです。


中村好文

設計も最後は1ミリや2ミリを問題にする細かい仕事なので、信じられないほど手間暇がかかるんです。設計料というのは、いただく側から言わせてもらえば高くはありませんが、払う側にしたら高いはずですからね、その設計料分を仕事の内容できちんとお返ししなければならない。これは設計者の義務だと思っています。


ヤマシタトモコ

今回は地に足を着けた話を、と思ったから描いたのかもしれないですね。周りの友達とか、あるいはツイッターでたまたま目にした言葉の中に、呪縛を感じている人たちを目にする機会が多かったこともあるかもしれない。何歳までに結婚とか出産とか、家族との関係だとかで「うっ」となっている人を見て、「やめちまえ!」って言いたくなったんだと思います。自分が気にしなければ、意外と気にならないもんだなみたいなことが、結構あるから。


琴坂将大

スタートアップ投資については、現在の価値だけでなく将来の成長可能性を買うという発想が必要だ。こうした発想は日本企業にはまだ少ない。


大野裕

うつは何をしても楽しいと感じられなくなった状態ですから、まずはストレス原因である仕事や職場から離れて、日常生活を楽しめるようになることが回復には欠かせません。


山内雅喜

役職者は上からも評価されますし、同じ役職位の人間、要するに横の人間からも評価されます。しかし、評価のなかで一番重要なのは、部下からの評価ですね。完全な匿名で、誰がどんな評価をしているか絶対にわからない方法で行なっていることもありますが、部下は非常に正直に評価を下します。しかも、部下は上司が何を考え何をやっているかを非常によく観察していますから、信頼性が極めて高い。ゴマをすって上の人間をごまかすことはできても、部下の目をごまかすことはできません。


坂東眞理子

自分の思いや考えを本という形で提示できるようになったことが、心の安定を保つ上で大いにプラスになりました。役所の仕事はチームプレーで、一定の枠が求められます。そこで自分の意見のすべてが通らないことは多いのですが、別の世界で発信すればいい。そう自らに思い聞かせることで、いい意味での割り切りが可能になりました。


山本良平

顧客になってもらうため「飲食店の売上を支援するには?」という点を徹底的に研究しました。そこで、当時酒屋ではおそらく業界初だと思いますが、デザイン学校出身のスタッフを雇い入れ、販促サービス充実として商品化し、売りだしてみると飲食店から大変喜ばれるようになりました。
【覚書き|家業の酒屋を小売から業務用卸に業態変更した当時を振り返っての発言】


北沢利文

従来のやり方を続けるだけで大きく成長するのは困難。


裵英洙(医療機関再生コンサルタント)

筋肉を構成する「筋線維」は40歳頃から年に0.5%ずつ減少し、筋力もそれに応じて衰えます。運動量が不足している場合、この低下には拍車がかかります。筋肉が落ちると、エネルギーの消費量も下がります。結果として肥満になりやすく、生活習慣病のリスクも増大しかねません。年齢的にも環境的にも運動不足になりやすい40代ビジネスマンは、今こそ積極的に運動習慣を持つべきでしょう。


山内奏人

じつは事業は中1の頃からやろうしていたんです。ただ、つくったサービスがビックリするほど誰も使ってくれなくて失敗しました(笑)。学校の授業って、つまらないものもありますよね。だから学生の投票で新しく授業をつくるサービスをリリースしてみたのですが、十数人しか投票してもらえなくて。大失敗です。ただ、そのとき使っていたシェアオフィスにdelyの堀江(裕介)さんという人がいて、「うちに来なよ」と誘ってもらいました。だから12歳から報酬をもらって働いていました。やっていたのは半年くらい。そのあとはいろんな会社でプログラマーとして仕事をしていました。