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大河原愛子の名言

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大河原愛子のプロフィール

大河原愛子、おおかわら・あいこ。日系アメリカ人経営者。食品メーカー「ジェーシー・コムサ」社長・会長。アメリカ・ハワイ州出身。15歳のときに日本に移住。ノースウェスタン大学を経てジュネーヴ大学法学部を卒業。父が創業したジェーアンドシーカンパニー(のちのジェーシー・コムサ)に入社。同社を成長させた。

大河原愛子の名言 一覧

男性と女性は異なりますから、その違いを受け入れていかなければ、本当のダイバーシティはありません。


精神面と身体面、トータルにバランス良く保つことが健康にとって必要だと考えています。身体面では、まずよく寝て、食べ物はできるだけ野菜を多くとる。時間がない中で、20~30分ぐらいは歩くようにしています。


決して表に出ることはなく、家庭を裏方として支え続けてくれた母ですが、私から見ると芯のある女性だったように思います。どんなに苦しいことや辛いことがあっても、崩れるようなことは一度もありませんでした。すごいデリケートに見えても芯の強さを持つ、まさに「日本のなでしこ」でした。


母が私たちによく言っていたのは「お金やモノを失くすことは仕方ない。ただ、学んだことは知識となり、誰にも取られたりしません」という言葉でした。これを聞いて、私自身も本を読んだり、勉強して学んだことは自分の糧になるんだという信念を持ちました。


企業の競争力を高め、グローバル化が必須な企業においては、ダイバーシティー、特に、女性の視点から商品やサービスや戦略を立てていくことが大変重要。


若い頃は、男性のように考え、女性のように振る舞い、馬車馬のごとく働かなければ成功できないと思っていました。けれども、最近は、女性のように考え、女性のように振る舞い、女性のように働かないと、多様性のある社会は作れないと思うようになりました。


私が「やりたい」と言ったことに対して父は慎重な姿勢を示すことが多かった一方で、母は私をサポートしてくれる役回りでした。実業家だった父は何事に対しても厳しく指導する人でしたので、母がバランスをとってくれたのだと思います。「両親が共に厳しくては子供も自由な発想ができなくなってしまう」。母はそのように思ったのではないでしょうか。


精神面の健康を保つためには、やはり幸せな経験をたくさん作ることが大事だと思います。私にとっては、それは、いい仲間たちと一緒に、食事やお茶を共にしながら、楽しく会話をすることです。仲間と旅行にでかけて、日常のコマゴマした気になることを忘れ、頭をクリアーにすることも大事です。最近は少なくなりましたが、ゴルフをすることもそれに役立ちます。


ジュネーブ大学を卒業してすぐ日本に来てみたら、女性は就職しても2~3年したら結婚して家庭に入ればいいという風潮が当たり前。これには大変なショックを受けました。しかも、私が仕事を求めても4年制大卒で、外国人。言いたいこともはっきり言うので、日本の男性からすれば「大人しくない女性」だったのでしょう。採用してくれる会社はありませんでした。ですから、仕事をしたかった私はアントレプレナー(起業家)の道を歩むことを選びました。


食品業界に携わる女性リーダーを集めて勉強会を開いており、この会で先月、視察と交流のために欧州にも行きました。こうした取り組みも自分の健康につながっていると思います。健康にとって食は大事な要素ですから、お互いに情報交換を活発に行っています。より多くの情報を得ることも健康にとって大事なことだと思います。


当時、母が世間一般と違って珍しかったのは、長女である私にも3人の弟と同じように平等に教育をしてくれたことでした。ですから、私を大学にも行かせてくれたわけです。大学に行って知識を学べば、男性と肩を並べて仕事ができる。それが母の信念でもありました。この信念は母のそれまでの歩みから生まれたものだと思います。母は専業主婦で1日も仕事をしたことがありませんでした。「他人に頼っていては駄目。自分で自分の人生をつくりなさい」。母はいつもこう言っていました。母が自分の弱さを自覚していた証拠かもしれません。自分は社会に出たことがないから外で活躍することはできない、独り立ちできない。そんな自分と同じような立場になって欲しくない――。娘である私に対しては特にそう思ったのでしょう。私が小さい頃から「男の子と同じようなことができる」「何でもできる」と自信を持っていたのは、母から教えられたからだと思います。


大河原愛子の経歴・略歴

大河原愛子、おおかわら・あいこ。日系アメリカ人経営者。食品メーカー「ジェーシー・コムサ」社長・会長。アメリカ・ハワイ州出身。15歳のときに日本に移住。ノースウェスタン大学を経てジュネーヴ大学法学部を卒業。父が創業したジェーアンドシーカンパニー(のちのジェーシー・コムサ)に入社。同社を成長させた。

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