名言DB

9412 人 / 110637 名言

大栗育夫の名言

twitter Facebook はてブ

大栗育夫のプロフィール

大栗育夫、おおぐり・いくお。日本の経営者。「長谷工コーポレーション」社長・会長。栃木県出身。東京理科大学工学部建築学科卒業後、長谷川工務店(のちの長谷工コーポレーション)に入社。都市環境設計室室長、エンジニアリング事業部事業部長、取締役、常務取締役、専務執行役員などを経て社長に就任。

大栗育夫の名言 一覧

予定通り工事を終えるため、徹底的に「見える化」しているから想定外が起こりにくい。


当社はマンションを購入されたお客様からのクレームを社員全員で受け止め、次の案件に役立てる。施工現場で生じた問題を設計や営業だけでなく、協力会社も共有する。


当社が認められるようになったのは「予定通りの原価で納期を守る」といったメーカーなら当然のことを、マンション施工で実践したから。


大栗育夫の経歴・略歴

大栗育夫、おおぐり・いくお。日本の経営者。「長谷工コーポレーション」社長・会長。栃木県出身。東京理科大学工学部建築学科卒業後、長谷川工務店(のちの長谷工コーポレーション)に入社。都市環境設計室室長、エンジニアリング事業部事業部長、取締役、常務取締役、専務執行役員などを経て社長に就任。

他の記事も読んでみる

赤尾昭彦

ホットシェフの利益率は他の外食企業と比べて高いです。だから、外食業界から攻められて当社が立ち行かなくなるのではなく、逆に攻め返す。


水留浩一

電通では上から下りてくる商品をどうやって売るかというマーケティングの仕事をやっていました。そのうちに「下りてくる前」から携わることはできないかと思うようになった。そしてやはり経営全体をやってみたいという気持ちがありました。当時は大前研一さんや堀紘一さんが出てきて、「コンサル」という職業が知られるようになった時期。大前さんのいたマッキンゼーや堀さんのいたボストンコンサルティングというのはMBAが必須でした。しかしMBAを取ろうとすれば、3、4年が潰れてしまう。それは嫌だったので、(日本法人を立ち上げたばかりの)アンダーセンを選びました。


長谷川健太

監督に求められるのは、何より人柄や人間性ではないかと考えています。ですから、自分自身がいかに人間として成長していけるか、というところに尽きるのではないでしょうか。


竹内一郎

長らくコミュニケーションの手段は言葉だけだと思われてきました。しかし、人は実際には言葉だけでなく、言語以外の情報のやり取りでお互いの意図を察し合い、お互いの意図を通じ合わせています。


吉野佳秀

仕事をつくるというのはお客様に喜んでもらい、社会貢献すること。


うえやまとち

開き直って、あるジャンルの中で「うわぁ、これ以上のものはないよな」と思わせるところまで徹底的にやるってのがいいんじゃないでしょうか。


高岡浩三

私たちはコーヒーを売っていますが、1杯の価値はコーヒーそのものだけではありません。そこには、リラックスできるなど様々な価値があります。成熟した先進国で稼ぐには、そうした潜在的な価値を見いだし、ビジネスとして提供する仕組みが欠かせません。


マーク・ザッカーバーグ

ハッカーは、マスコミではコンピュータへの不正侵入など悪い意味で使われることが多いですが、本来ハックとは「ものごとを素早くやってのけ、可能性を広げる」ことを意味します。
【覚書き|フェイスブック本社の壁に「ハック」と巨大な文字が書いてあることについて語った言葉】


増田紀彦

プロとは「プロとしてのスキルを身につけた人」というより、「プロであり続けるために闘い続ける存在」。


孫正義

たとえばこれから宝島に行きます。その島で宝を掘り当てて一発当てたいと思っている時に何が一番欲しいか。僕なら地図とコンパスだけでいい。宝が隠されているところを記した地図とコンパスさえあれば三日とかからず宝を見つけて飢え死にする前に掘り当ててさっさと逃げます。情報の価値は万金に値する


古森重隆

リーダーの力量は決めた方向に社員を導き、実際に成功させることによって測られる。


ヴィルヘルム・シュミット

私たちの時計づくりは、見えないところまで手間をかける手仕事、技術的な革新、伝統を大切にすることの3つに重点テーマを置いています。


吉田修一(小説家)

どこにいてもひとりで立つという有り様を描くのが、小説だと僕は思うんです。だとしたら書くほうも、ひとりで立たなければいけない。それは孤独なことだけれど、それをやれる作家という職業に就けたことは、本当に幸せだなあと日々思っているんですよ。


森山透(経営者)

それぞれの会社に企業ミッションもありました。ですが、一緒になるのですから共通の意識が必要です。合併が完了してから3年目に、企業ミッションと、5つの行動指針をつくりました。もちろん、社員それぞれに出身組織への誇りがありますから、どこかの会社の理念をそのまま使うことはせず、新たな言葉を掲げました。


岩倉信弥

本田(宗一郎)さんには何度も怒鳴られました。でも愛嬌のある人で、どこか憎めない。私は早くに父を亡くしていたんですが、本田さんはちょうど父と同年代だったせいか、本当の親父のような存在だった。褒めてくれることは滅多になかったんですが、褒めるときはとことん褒める。すると、またがんばってみようと、こちらもつい思ってしまう。