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大屋敦の名言

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大屋敦のプロフィール

大屋敦、おおや・あつし。日本の経営者、電気技術者。東京帝国大学電気工学科を卒業し逓信省に入省し、技術者として同省で8年間勤務したのち退官。住友財閥本社に移り経理部長、総務部長、住友肥料製造(のちの住友化学)初代社長などを務め、日本の化学産業に貢献。第二次世界大戦後は原子力産業会議副会長や日銀政策委員などを務めた。そのほか、早稲田大学理工科講師、九州送電会社取締役、九州水力電気取締役、財団法人東洋窒素工業会社事務主任、硫安肥料製造組合理事長、日本ベークライト会長、小原光学硝子製造所会長、経済再生懇談会代表委員なども務めた経営者。

大屋敦の名言 一覧

私が住友に入ったときは第一次大戦の終末に近いころで、一獲千金の夢に大阪の財界は有頂天になっていた。商売や投機をやらぬ住友など、二流の資産家に転落するのではないかと案ぜられたこともあったが、終戦後に起こった大恐慌が、いっさいを常道に戻し、住友の関西財界における名声は、また昔にかえった。
【覚書き|住友家家訓「浮利は追うべからず」の実践例を語った言葉】


事業の繁栄は自分の力によるものではなく、国家、社会の恩恵によるものだから、報恩の精神を忘れてはならぬことなどの心得を、ことにふれ、ときに応じ、身をもって教えられた。「浮利を追うべからず」という住友の家憲なども、題目だけでは、多数の社員に浸透するはずがない。要は最高統治者の実践躬行(きゅうこう)にあると私は信じている。
【覚書き|住友財閥で仕事した当時を振り返っての発言】


病は気のせいと昔から言うが、私は「精神力即健康」と信じている。私の養生法は、絶えず萎靡(いび)せんとする精神力をいかにして奮い立たせるかに尽きている。やはり食物や日常の起居の養生ぐらいで健康問題が片付くと思ったら間違いだろう。


私の余生は世のため人のためと、事ごとに自分に言い聞かせることにしている。そのためか、良くないことでない限り、人の頼みを容易に「ノー」と言って断りきれない。


産業人が新事業に踏み切るのは儲けようとするためだという批判は、硫安の場合にはまったく当てはまらない。今後どこまで増えるかわからない硫安の輸入を、いまのうちに食い止めたいというのが、業者共通の強い念願であった。もし硫安事業が今日の姿を達成していなかった場合の日本農業を想像すると、まことに慄然たるものがある。目前の利害に跼蹐(きょくせき)して、将来の大計を忘れぬよう為政者に切望する次第である。
【覚書き|硫安製造組合理事長時代を振り返っての発言。跼蹐(きょくせき)は「びくびく恐れおののく」】


アメリカやカナダで、超一流の実業家が現役を退くと、多くは学校の運営に専念するのを見受けるが、私の教鞭をとった経験から照らして、それはまことにもっともであり、また見習うべきことであると思われる。
【覚書き|早稲田大学で教鞭をとった時代を振り返っての発言】


西洋のことわざに「祖先祖誇る者はジャガイモのようなものだ。誇るものは地の下にある」という。


私はその昔極度の喫煙家で、タバコをやめればその金で所帯が持てると言われたほどのニコチン中毒者であったが、42歳の年に重大な決心をもって禁煙を近い、今日に至っている。禁煙そのものより、禁煙の誓いを守り通す精神力の方が、私の弱い健康をムチ打つ助けとなったように思われる。


最近の十年間はカイロプラクティックと呼ばれる脊椎の強制療法を続けている。それがどれほどの効果があるかなどはたいした感心ごとではない。自ら良いと信じ、これを長く続けるという不動の信念が私の健康を守ってくれていると思い、一週一回の治療を欠かしたことがない。


産業に興味を持つ者にとって、役所における技術者の仕事にはおのずから限界があると感じた。
【覚書き|逓信省電気局から住友財閥に移籍した当時を振り返っての発言】


大屋敦の経歴・略歴

大屋敦、おおや・あつし。日本の経営者、電気技術者。東京帝国大学電気工学科を卒業し逓信省に入省し、技術者として同省で8年間勤務したのち退官。住友財閥本社に移り経理部長、総務部長、住友肥料製造(のちの住友化学)初代社長などを務め、日本の化学産業に貢献。第二次世界大戦後は原子力産業会議副会長や日銀政策委員などを務めた。そのほか、早稲田大学理工科講師、九州送電会社取締役、九州水力電気取締役、財団法人東洋窒素工業会社事務主任、硫安肥料製造組合理事長、日本ベークライト会長、小原光学硝子製造所会長、経済再生懇談会代表委員なども務めた経営者。

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