名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

大八木成男の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

大八木成男のプロフィール

大八木成男、おおやぎ・しげお。日本の経営者。「帝人」社長・会長。東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人に入社。化学品開発部、米国バブソン大学でMBA取得、医薬営業企画部長、東京支店長、執行役員、医薬営業部門副部門長、医薬事業本部長、子会社の帝人ファーマ社長、本社常務、専務などを経て社長に就任。帝人の医薬医療事業部の立ち上げから参加し、同事業を大きくした経営者。

大八木成男の名言 一覧

構造改革に終わりはない。夢の創造も同じ。企業の一生は構造改革と夢の創造だと言える。


私は上司から文章を細部にわたって叩かれ続けてきました。徹底的に叩かれることによって、文章を書く経験は厚みを増していきます。部下にきちんとした文章を書かせたいと思ったら、叩くという作業もときに必要なのです。


医薬グループの課長時代、中国進出の現地調査の決裁を上司に仰ぎに行きました。上司は「現地に行って一体何を質問したいのか、質問項目を100個書いて持って来い」と命じました。ところが、どうしても80項目を超えることができませんでした。すると上司は、コツがあるのだと教えてくれました。まず大きな質問項目を10個考える。それができたら、そのひとつひとつについて10個の質問項目を考えればいい。ステップを踏めば、質問を100や200考えることなど容易なことだと。


ドイツの製薬会社ベイリンガーインゲルハイムの子会社に、ディ・アンジェリというイタリアの製薬会社がありました。まだ私が30代の後半だったころ、当時のディ・アンジェリの社長のドクター・バンキに面会しました。私と同世代の彼は、後年、ベイリンガーインゲルハイムのワールドワイド・チェアマンまで登りつめた人物です。ドクター・バンキは私を社長室に招き入れると、「君、経営とはつまりこれだよ」と言って、壁にかけられた額を指さしました。そこには「Keep it simple, stupid.(単純にしろ、バカ野郎)」と書かれていました。


30代半ばを過ぎて部下を持つようになると、どの企業でもさらに高いレベルの働き方を求められるようになります。それに応えるためには、自分で自分を高度化していかなければなりません。学び方もより拡張的になり、最後は発展的学びというところまで高める必要があります。ところが、基礎ができていないとそこには進めません。


ビジネスマンに求められているのは単一の能力や専門性だけではありません。専門分野の枠を軽々と越えられるようなスキルがなければ、仕事にダイナミズムは生まれません。そして、そのような働き方を実現するためには、あらゆるジャンルの、せめて基本には通じていなければならないのです。


米国留学から帰国してからも、終業後に上智大学の会計講座に通ったり、英文速記を習ったり、自分にとって仕事のツールになりそうなものは片っ端から身につけました。パソコンやワープロも市場に出るや、すぐに大枚をはたいて買い求めました。多少懐は痛みましたが、新しいツールは人より少しでも早く先に学んだ方が価値だと思ったのです。


私は、読み終えたらいったん本を閉じ、そこに何が書いてあったかを頭の中で思い出して、それらが自分の生活や人生にどのように反映させられるかを考えるようにしています。


米国留学で得た大きな収穫のひとつは、10のうち8の力を準備に使うくらいの覚悟がないと、交渉の席についてもらえないということを学んだことです。そのころのアメリカでは、アジア人は常に身分証明書を5種類携帯することが義務付けられていました。ひとつでも足りないと両替もしてくれず、どんなに頼み込んでも絶対に首を縦に振ってくれません。アメリカというのは万事がこの調子でした。


「自分にはツールがない。ツールを身につけないと大変なことになるぞ」これが、私が入社して最初に痛感したことです。それなりに自信もありましたが、実際に入社してみると、朝から晩まで失敗の連続です。書類の清書を任されると、自分ではちゃんと書いたつもりなのに、いくつもミスが見つかる。英語の議事録を書けば、こんなものは使えないと投げ返される。海外の取引先宛の社長のレターを私が清書したら、投函したあとにカンマとピリオドが間違っていたことが発覚し、羽田空港まで運ばれていたレターを取り返しに行ったこともありました。


私が入社した当時の帝人は、ちょうど創業時から手掛けてきたレーヨン事業から撤退したばかりで、繊維に代わる新しい方向性を探しはじめたところでした。私は「新しい事業なら上に人がいないから、早く第一線で活躍できる」と思い、この会社を就職先に選びました。


58歳になってから猛烈に仕事をしたんです。もう第4コーナーを回ったんだから、最後の直線を全速力で駆け抜けるんだと。12時前には家に帰らない。ともかく仕事をやるんだと。過去、年上の上司をそう言ってたきつけてきたので、自分も最後は駆け抜けなければ。そんな思いでこの数年を生きてきました。


大企業にいながら、ずっとベンチャー企業みたいなことをやっていました。上司から常に言われていた言葉は、「人につくな、仕事につけ」でした。上司の言うとおりに動いても新規事業は駄目です。自分の知識とアイデアと行動力がすべてなんです。


新規事業部は、ここに骨を埋めるんだと決意した瞬間、チャレンジ集団に変わるんです。ちょっとちょうぢがよくなってくると、もうチャレンジ、チャレンジ、チャレンジですよ。
【覚書き|医薬医療事業部の立ち上げにゼロから参加したときを振り返っての発言。】


既存の事業の枠組みで伸ばすのを「成長」、新しい技術で新しい価値を生み出し、伸ばすのを「発展」だと定義するならば、帝人は発展の方にもっと資源配分を増やしていく。そうでなければ、次の30年、50年の姿を描くことはできない。


中長期経営ビジョンを作成する際、若い人たちを中心に取り組んでもらったのは、30年後、50年後の世界を考えようということ。将来どんな社会問題が生じてくるかを予測し、帝人がそれを解決する新しいビジネスに進出するためです。


母に叱られた記憶はほとんどありませんが、「人様に恥ずかしいことはするな」ということだけは強く言われました。それが今でも私の責任感を支えているのかもしれません。「こうしなさい」「ああしなさい」とは言いません。ただ「恥ずかしくない生き方をしなさい」というのが母の教育でした。


大八木成男の経歴・略歴

大八木成男、おおやぎ・しげお。日本の経営者。「帝人」社長・会長。東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人に入社。化学品開発部、米国バブソン大学でMBA取得、医薬営業企画部長、東京支店長、執行役員、医薬営業部門副部門長、医薬事業本部長、子会社の帝人ファーマ社長、本社常務、専務などを経て社長に就任。帝人の医薬医療事業部の立ち上げから参加し、同事業を大きくした経営者。

他の記事も読んでみる

横槍メンゴ

異なる価値観を持っている人達に、直球で伝えようとしても届かない。かといって、自分が大事にしている考え方を変えたくない。だからメインに多くの人に共感してもらえそうなストーリーを据え、その中に「本当に伝えたいこと」を織り交ぜていく。読んでもらうなかで、さりげなく伝えられたらと。


今田洋輔

人間、大切にもてなされたら嬉しいでしょ。今しか口にできない旬のものを出したら、自然と喜ばれますよ。手を抜かない仕事をすれば、それを感じて下さいますよ。だって、そんなことされたら、気持ち良いから。値段はあくまで、その欲しいものがあった上で、出せるか出せないかでしょ。


小宮一慶

修正力の有無が、企業にしても個人にしても生き残りの条件。これがなければ、業績や成績悪化になす術もなく消え去る運命。


生瀬勝久

周囲はみんな、僕が大学卒業後、サラリーマンになると疑いませんでした。そんな当たり前の道とは違う方向に進んだら、人生が面白くなるかなとも感じたんです。葛藤はありましたけどね。


藤野英人

オーナーシップに関わることでは、社長の保有株比率が高い会社のほうが、より株価が上がりやすいとも言えます。最近実施した調査で、社長の保有株比率が10%以上、5%以上、0%の会社の株価を比較しました。結果、社長の保有株比率が10%以上の会社の株価パフォーマンスが最も高くなったのです。


ヤマシタトモコ

出来事中心のお話も憧れはするものの、どちらかっていうと感情を描くほうが好きだし、得意で。だから感情中心の話にどうしてもなってしまうんです。編集さんはよく私のマンガのあらすじを書けるなあって思うんですよ。読み返してみると、筋がないなっていつも思う。いちおうヤマとかオチとかあるように描いているけれど、こんな話なんですって人に説明しようとしても、言葉がぜんぜん出てこない(苦笑)。


沼田博和

創業者である私の父が最初に始めたのは、「フレッシュ石守」という食品スーパーの経営でした。売り上げが順調に伸びたことで、店舗も3つまで増やしました。しかし、当時はダイエー全盛の時代でしたので、このままだといずれ自分達も淘汰されてしまうだろうと考え、将来に備えて、製造小売に転換する準備を始めました。それで1992年、中国の大連に100%出資の会社を設立し、食品加工を行うための工場を作りました。メーカーとしてスタートを切ったわけです。


菊原智明

お客様に読んでもらえる手紙や資料のつくり方にもコツがあります。お客様は忙しいですから、文字だけが書かれた手紙や資料では読んでもらえません。お客様はDMをパッと見てからおよそ3秒で読むか読まないかを判断しているものです。ですから、「3秒以内で何が書いてあるかわかること」が重要なポイントなのです。


町田公志

社会の公器として評価を受けるために、我々は真摯に事業活動に取り組んでいかなければなりません。「誰が」ではなく、私も含め全社一丸となって、全てのステークホルダーにとってフェアな会社になっていきたい。


ゲーテ

歳をとることがすでに、新しい仕事に就くことなのだ。すべての事情は変わっていく。我々は活動することを全然やめるか、進んで自覚をもって、新しい役割を引き受けるか、どちらかを選ぶほかない。


デアンコウ・ロセン(出杏光魯仙)

実際に現場で稼働しなければ分からないことがたくさんあります。実際に導入し、24時間稼働して1年間一度も問題が起きなければ、そこで初めて「実績」と呼べるでしょう。


高萩昭範(髙萩昭範)

ハードウェア自体で差別化を図るのは難しいでしょうから、そこにこだわるつもりはありません。あくまでコンテンツが主軸で、そこに真の魅力があれば、必要に迫られてどんな端末でも着けるでしょう。