夢枕獏の名言

夢枕獏のプロフィール

夢枕獏、ゆめまくら・ばく。日本の小説家、エッセイスト。神奈川県出身。東海大学文学部日本文学科卒業後、数々の職業を経て『カエルの死』でデビュー。幅広いジャンルを執筆。日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、柴田錬三郎賞、泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞など数々の賞を受賞。

夢枕獏の名言 一覧

売れない本もたくさん書いています。ヒットは出したいけれど、売れそうだと狙って書くことはしません。好きなことで売れなきゃ諦めもつくけど、そうじゃなきゃ虚しいだけでしょ。


どんな仕事でも同じだと思いますが、「一生この仕事をやる」と決めた瞬間に、スランプは怖くなくなる。なぜなら、一生書くと決めたら、不調は通り過ぎていく車窓の風景のようなものだから。


当然、35年も小説を書いていると、いわゆるスランプも何度かありましたよ。そこで、書くことを止めればおしまいですが、続けていけば永遠に続くスランプはないと気づいた。


なんとなく字を書いていたら一冊になりましたということはない。本を書こうと思い、言葉を埋めていった人だけが完結させることができる。


初めての本のあとがきに「この本は絶対に面白い」と書いた。言った以上は後に引けない。てっぺんめがけて登るしかないわけです。


年間スケジュールは釣りと格闘技観戦から埋まります。ほかにもカヌーや陶芸、旅行などたくさんの趣味が仕事に生きています。


30代は「原稿のために、死なないものから削る」と覚悟を決めた時期でした。まずは着替えをやめました。次は風呂に入ることをやめ、最後に残ったのは寝ることと食うこと。それ以外は全部、原稿という毎日でした。


僕が30代で得たのは、地力ですね。筋肉で言えば、足腰にブレない筋力がついたのかなと思います。限界まで書き、ぶっ倒れるという経験もして、むりやり身体で覚えたものが、40代、50代を越えていくための支えになった。


僕は、アントニオ猪木の、「いつでもどこでも誰とでも戦う」という台詞が好きなんです。だから、依頼のあったものは全部やった。取りかかるのを延ばした仕事はありますし、「入院したので枚数を減らしてもらえないだろうか」と頼んだこともあります。でも、原稿を落としたことも、依頼そのものを断ったことはありません。逃げないこと。嘘をつかないこと。これが仕事の基本。


月800枚ペースの毎日には30代の後半で終わりがきました。体が持たなかったんです。ある時、東海道線の戸塚駅で倒れてしまった。救急車が呼ばれ、病院に運んでもらい、即入院。それでも、その夜は病院で点滴を受けながら原稿を書いた。ベッドの上で妙な満足感があったのを覚えていますね。「倒れるまで仕事、起き上がれなくなるまで遊ぶ、だな。俺は限界までやった。ここまでならやっていい。ここから先がレッドゾーンなんだな」と。


これは後々、いろいろな編集者から聞かされたことですが、「長く残る作家には死にそうになるくらい書く時期がある」と。僕の場合は、30代半ばから40代が完全にその時期でした。本当に時間が足りなくなり、最後の最後に削ったのは睡眠時間です。当時、よくやっていたのは、10分寝て、30分か1時間書き、また10分横になるという繰り返し。不思議なもので、ちょっと寝ると、しばらく持つんですよね。


初めての本が出るとなった時、ようやく、これはエラいことになったと思った。小松左京さんや筒井康隆さん、平井和正さんといった作家が先を歩いていて、自分の本も同じ棚に並ぶのだ、と。俺のが一番ダメじゃないかって。怖くなりましたね。「誰が読むんだ、俺の本」と思った。そんな時、たまたま買った本のあとがきで、著者が「あなたは運がいい。なぜなら、この本を手に取って、これを今、読んでいるからだ」と自分を褒めていたんですね。その頃の本のあとがきは謙虚な内容がほとんどでしたから驚きました。「すごいな」と思う一方で、僕も腹をくくろうと決めた。自分はこれまでも、この先も小説を書き続けるのだから、怖がっていても仕方がない、と。


スランプに直面している時は苦しいですが、しのぐ方法はあるんです。僕の場合は、10年、20年と続けている長編小説が多いので、とにかく将棋で言えば悪手を打たないようにしています。数か月続くスランプの間は、主人公に物語を大きく動かすような決断をさせない。具体的に言えば、ベッドシーンや格闘シーン、食事のシーンをネチネチと書く。つまり、物語の構造に影響を及ぼさないシーンを積み重ね、しかも、そこをいかに面白く書くか。そうやってスランプを抜け出してみると、自分の力が増していることに気付く。筋肉の量が増えている。大切なのは、質を落とさずにいかにしのぎきるか。止めれば、そこでおしまいですから。


初めての単行本『猫弾きのオルオラネ』を出してから3年ほどは、読者から届いたファンレターにすべて手書きで返事をするくらい時間があったんですね。ところが、初版1万部で出版された『幻獣少年キマイラ』がすぐに増刷を重ね、その後、26年かけて完結することになる『魔獣狩り』の第1作も大ヒットとなって、状況ががらりと変わっていきました。次々と連載や書き下ろしの注文が入る一方で、自分が月に原稿用紙にして何枚書くことができるのか。限界がわからない。こちらには「断ったら次に仕事がこないのではないか」という心配があり、とにかく引き受けた。すると、ある月の注文はついに200枚に。これが書けてしまったんですね。それで翌月、さらに注文を引き受けた。そして、知らない間に月の枚数は日を追うごとに増えていっちゃったんです。その結果、気づいたら月に800枚の原稿を書くという日々に突入していて、約束を果たすには、死なないものから削るしかありませんでした。


夢枕獏の経歴・略歴

夢枕獏、ゆめまくら・ばく。日本の小説家、エッセイスト。神奈川県出身。東海大学文学部日本文学科卒業後、数々の職業を経て『カエルの死』でデビュー。幅広いジャンルを執筆。日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、柴田錬三郎賞、泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞など数々の賞を受賞。

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