塚越寛の名言

塚越寛のプロフィール

塚越寛、つかこし・ひろし。日本の経営者。伊那食品工業会長。長野県出身。肺結核により高校を中退。21歳のとき、働いていた材木会社社長から系列会社、伊那食品工業の社長代行に就任することを求められ同社に入社。倒産寸前だった伊那食品工業を大きく成長させた。主な著書に『いい会社をつくりましょう』『リストラなしの年輪経営』『幸福への原点回帰(共著)』など。日本寒天工業協同組合理事長なども務めた経営者。主な受賞歴に、科学技術庁長官賞(科学技術振興功績者表彰)、農林水産大臣賞(リサイクル推進協議会)、黄綬褒章、優秀経営者顕彰制度最高賞最優秀経営者賞(日刊工業新聞社)など。

塚越寛の名言 一覧

己の欲望のみを追い続けていくと、心は不安になり、かえって不幸になってしまいます。逆に、他を利すれば、必ず己に戻ってくるものです。社会全体の発展に寄与することが、会社の成長につながるものだと信じています。


急がず、ゆっくり、末広がりに。それが私の考える、会社のあるべき姿。


仕事の現場は、厳しいものです。「踏襲」ではなく、「改革」のみが仕事と呼べるのではないか。そういう考えのもと、様々な種をまくために、全社員の1割を研究開発部門に充ててきました。


成長には終わりがない。終わりがないのだから、急がずゆっくりと、どうしたら安定飛行できるかにエネルギーを注ぐべき。


ひとつの時代が終わったら、次の時代が来るのが世の常。


私は企業経営では性悪説より性善説で全ての物事を考えるべきだと思います。経営者が社員を思いやり、信頼すれば、社員は応えてくれるものなのです。


経営者は「俯瞰のイメージ」を持っておくことが大事。日々の経営で悩みは尽きないものだが、視点を変えて地球を俯瞰してみれば、答えはおのずと見えてくるものだ。


新規事業で参入する分野は新しいかどうかではなく、他人に必要とされているかで決めるべきだ。会社を経営するということは、他人を幸せにすることだ。


カネは、社会の役に立つ活動をした後に結果として付いてくるものにすぎない。


優しさは「人を憂える」と書く。経営者が社員を憂いていれば、社員が敵になるようなことはない。むしろ会社のために自分の時間を喜んで提供してくれる味方になる。


ファンをつくれば、同じ顧客が何度も繰り返し購入してくれるので、販促費をそれほど使わなくて済み、利益率は高まる。口コミで少しずつファンが増えるので、売り上げも上がる。


過去に何をしたか、どんな発言をしたかで、資質を判断すべきではない。大事なのは、これから彼が何をするかだ。


人は勉強することさえ怠らなければ、常に成長し、進歩する生き物。


数字を追うことは、あくまでも手段であって、企業が進むべき道ではない。


ファンを増やすことは、持続的な成長につながる。


会社を永続させるには、経営者がよく学ぶことが欠かせない。


社員は経営者の本気度を見ている。


価格競争に勝って得た成長はいずれ自分の首を絞めることになる。


「自己実現ができないような会社にしがみついているのは負け組だ」と若い人が言うのは間違っている。「自分で努力して、この会社を変えてやる」くらいの気構えが欲しい。


全社一丸となった時こそ、会社は最大の能力を発揮できる。


成果主義や能力給では、会社の「和」は保てず、全社一丸となって事に当たるのが難しくなる。


自分一代で何かを成し遂げようとする思いが「野心」であり、一代ではとてもできない大事業を次代につないでいく、祈りのようなものが「志」である。


社員が、「以前よりも幸せになった」と感じられることこそ、本当の意味での会社の成長である。


商売というのは、結局はすべて他人のためなんです。自分を忘れて他人を利するということを徹底してやる会社が残っていく。


お客様は会社を好きになれば、値段が高い、安いに関係なく、その会社の製品を買うようになる。だから会社のファンを増やそう。


経営においては、その業績が本当に自分や会社の実力なのか、単に追い風によるものなのかの見極めが非常に大事。


会社が永遠に続くためには、ある程度の規模になったら成長を急ぐことはない。


私は会社というものは生物と違って終わりがなく、永遠に続くことが大前提であり、また理想だと考えている。


人間というのは、追い風が吹くと、それが自分の実力だと思いがち。


混沌とした状況を憂い、会社をどう経営していけばいいかと悩んでいる経営者がいたとしたら、私はこんな言葉をかける。「そんなに急いでどこに行くの?」と。


私は高校生だった17歳の時に重い病にかかり、「生きるとは何か」「人生とは何か」を真剣に考えた。そこから得た教訓は、経営者になってからも生きているように思う。


常日頃から相手に敬意を尽くしていれば、困ったときに手をさしのべてもらえる。


経営者が成長だけを求めると、組織の中に無理が生じてくる。


経営者がやるべきことは、社員に安心感を与えること。安心感を与えることは、社員のモチベーションアップにもつながる。


「人を幸せにする」という人間の原点にのっとった戦略を真心を込めて実行すれば、結果として成長につながる。人間として、「利他」の精神を大切にしながら、日々努力すればいいのです。


経営者は、何が何でも自社の社員を守り抜くことを肝に銘じなければなりません。私は、「社員を守らずして何が経営者と言えるか」という強い気持ちで、あらゆる面から社員を守る仕組みをつくってきました。


一人の人間の人生において、たとえ小さくても周りの人を幸せにすることができて、感謝され、人に迷惑をかけず、さらに自分の好きなことを楽しむことができれば、その人は十分に成功したと言えるのではないでしょうか。


進歩し続ける世の中にあって、現状維持は退歩しているのと同じです。拡大主義という意味ではなく、地に足がついた状態で常に成長していくのは、企業にとって非常に重要なことだと考えます。


社員一人一人の成長の総和が、会社の成長である。


本来、人は幸せを追求するものとすれば、会社は構成する人々の幸せの増大のために存在すべき。


会社の目的は、成長でも利益でもない。会社の目的は、一人でも多くの人を幸せにすることにある。


会社の永続には、経営者が「遠きをはかる」ことが欠かせない。


大事なのは、他社よりも大きく成長することではなく、ずっと成長し続けること。


道を欠いた数字の追求は、「不正をしてでも数字を達成しなければならない」という考え方に社員を導いてしまう可能性がある。


企業の成長が、ステークホルダー全体の利益にならなければなりません。目先の利益だけを追い求めて、コンプライアンス違反をしたり、社員をリストラしたり、中長期の研究開発費を削減すれば、企業の持続的発展は見込めない。


重要なのは継続ですよ、継続。創業のころからずっと続けているから、環境整備も朝礼も生活のリズムになっているのです。


会社が永続することは社員や社会への貢献になります。永続するためには、周囲の好意が必要です。あそこはいい会社だね、と思ってもらわなくてはなりません。庭園を開放し、毎朝、環境整備をやっているのもそのためです。


私は、この会社を社員と地域にとって理想郷にしたい。そのためにも、これまで通り「末広がり」の経営を推し進めていきたいと考えています。「末広がり」とは、閉塞感がない状態のことで、これによって社員にゆとりが生まれます。ゆとりをもって生きることができれば、未来に対して希望を持ち、ボランティア活動をしたり、環境問題などにも積極的に取り組むようになる。


競争相手が多いところでは価格競争に巻き込まれてしまいますが、新しく用途開発したところは、同業他社が追いつくまでは全部うちのシェアですから収益性も高い。中小企業の生きる道は、開発型企業になることだと、従業員の1割以上を開発要員にあてています。


私は常に会社の永続を目指すと社員に話しています。会社が長く続くためには急成長は必要ありません。屋久杉の年輪をご覧になったことがあるでしょうか。年輪はものすごく細かいのです。屋久杉は低成長だからこそ、6000年も生きていられるのです。会社も同じです。一年の成長が少ないほど長生きできるのです。


ビジネスマンにとって必要なのは、自分なりの軸を持つことです。いくら本を読んだり、勉強会に出ても、自分自身の軸が確立していなければ他人の意見やトレンドに流されてしまいます。


人生にはつらいときや苦しいときがあります。でもそんなときは「自分は小説の主人公なんだ」と思い込めばいいのです。そして、「小説の中でいまはつらい時期だ。しかし、この小説(人生)は必ずハッピーエンドで終わる」と考えれば、乗り切ることができます。


人間関係を良くするために何をするかと問われたら、答えはひとつしかありません。それは利他ということです。自分だけの利益を追求するのではなく、他人も一緒に幸せになろうということです。私にとって利他の対象はまずは社員です。


社員に対してこう言ったことがあります。「うちもルイ・ヴィトンみたいなブランドになろうよ」。みな怪訝な顔をして「そんなの無理ですよ」と返してきました。私は再び問いました。「どうして無理なの。何も明日や明後日にヴィトンになるって話じゃない。俺が死んだあとの社長でもいいし、その次の社長でもいい。50年、100年かければできないことはない」と。


会社として形になってきたのは責任者になって20年も経った頃です。うちはほんの少しずつ成長して、いまのような形になりました。


部下を怒ることもあります。しかし、それは仕事の成績が悪いといった理由ではありません。そして、自分の感情に任せて声を荒げたこともありません。叱責するのは怠慢に対してです。何度も同じミスをしたり、約束を破ったり。実際、そのような部下は少ないですが、そういった場合は机をたたいて怒ります。


社員の自宅が火事で全焼したことがあります。消防署から第一報が入ると、私はすぐに陣頭指揮に立ちました。「第一班はすぐに駆けつけろ。状況がわかったら俺に知らせるんだ。第二班は炊き出しの用意をして現場に急行すること。そして、第三班は待機だ」と。社員は火事の現場に駆けつけてきて、それぞれ着るものや家具をカンパしました。会社は被災した社員に建て替え資金を貸し出しました。利息は一切取りません。家事に限らず、私は困っている社員がいれば、何でも面倒を見ます。そして、約束したら絶対に守る。この50年間、それを続けてきました。


機械はカタログに書いてあるスペック以上の仕事はしません。しかし、人間はやる気になったらやる気のない人の3倍くらいは働きます。人間は頭を使うから、自分で工夫して仕事の能率を上げていきます。


うちは「仕入れ先を大切にする」「町づくりをしっかりやる」といった決め事が10か条あります。その精神は、公を意識しながら会社を運営していくことの大切さです。公を意識することは、すなわち自分自身の行動を客観的に眺めることにつながります。経営者や上司が公の意識を持ち、大きな視点で行動していれば、おのずと社員たちとの付き合い方にも節度が出てきます。


時間をかけることに対しては、人は鈍感です。目標を達成するには時間軸を長くとって、自分の未来に自信を持てばいい。そうすればたいていのことは実現できます。ただし、目標の達成は未来のことでいいけれど、着手は今すぐでなくてはならないのです。


会社の成長というと世間一般では売上高が増えることと考えています。しかし、我が社の定義は違います。仮に売上高が同じでも、適正な利益があり、その利益を正しく使って外部の人も社員も「自分は成長した」と実感できれば、それが成長です。キザな言い方ですが、社員全体の幸福度の総和が大きくなっていくことが当社の成長なのです。


父が早くに亡くなり、母が子供5人を抱えて働いました。貧乏暮らしだったことに加えて、私は17歳で結核にかかり、3年間病院で寝ていた。逆境にいたから人の痛みはよくわかります。社員たちの態度がすぐに変わらなくても、自分が相手に対して愛情を示し続けていればいいと思っていました。


家族のように思うといっても、私は特定の部下と飲みにいったりはしないし、社員の結婚式にも極力、出ないようにしています。全員の式に出席するのは不可能だからです。加えて、当社では部下は上司に贈り物をしてはいけないと決めています。逆に上司が部下におごったり、プレゼントするのは大いに結構。どんどんやりなさいと言ってあります。


一般の会社だと、社員持ち株会などをつくって、株をわけたりします。そかし、それくらいのことでは、社員は会社を家庭だとは思いません。そこで、まずは情報を共有することにしました。当社では幹部だけが知っている数字などありません。製品をどれだけ売って、どれだけ儲かったかは社員なら誰でも知っています。また、リストラをやったことはないし、これからもしないつもりです。給料も地元では高い方です。社員旅行も、一年おきに海外へ出かけています。万が一、社員や家族の身に何か起きたら、私が完全に面倒を見ます。


社員のやる気を引き出すのに、具体的に何をすればいいのか考えた末に、ひとつの答えを出しました。やる気を出すには、社員に「これは自分の会社だ」と思わせればいいのです。社員が自分のうちのように感じる会社にすればいいのです。たとえ会社ではダメ人間でも、うちに帰れば立派なお父さんだという人はたくさんいます。金を稼いで、家庭を守り、子供の面倒を見る。家族を守ることに手を抜く人間はいません。それは「家族は自分のもの」と思っているからです。


会社を強くするものは何か、経営者としてずっと考えてきました。出た答えは、「社員のやる気を引き出すこと」でした。やる気を引き出すことさえできれば会社は強くなります。


私は社員にこれこれこれだけの成果を上げろと、売上げなどの目標設定は一切しないんです。そのかわり、礼儀作法には口うるさい。例えばスーパーなどへ駐車するときは、決して入り口の近くに駐車するな、できるだけ遠くにおけ、といつも言ってます。入り口の近くに駐車してしまうと、体の弱い人やお年寄りなどが入り口から遠くに車を止めなければならないでしょう。社員に会うたびに口酸っぱく言うものだから、みな私の顔を見ると「ちゃんと遠くに止めています!」とこちらが聞く前に返事をする(笑)。まあ、きっと実践してくれていると思いますよ。


当社は、地域に根を下ろした企業活動をこれまで続けてきたし、これからもそうありたいと思っています。東京には支社はつくっても、本社はこの伊那から動かすつもりはありません。地元にかわいがってもらって育ってきたのだから、地元に税金を納め、雇用をつくりだすことも企業の務めだと思っています。効率だけを考えて、地方の会社が東京に出て行くけれど、それは違うと思います。


千載一遇のチャンスを棒に振ったとするコンサルタントもいるかもしれませんが、急成長してダメになる例をたくさん見てきました。規模を拡大して価格競争に巻き込まれるよりも、もっと大切な売り方や販売ルートがあるだろうと考えたのです。結果的に、「カップゼリー80℃(エイティー)」は贈答品や土産物などで全国的な人気商品になり、「かんてんぱぱ」ブランド商品を通信販売する会員システムにつながっていったのです。


儲けを法人税で納めるのも、社員の給料から所得税として納めるのも、国庫に入るお金という意味では同じ。利益も成長も、会社の目的ではなく社員の幸福を実現するための手段にすぎないんですから。会社の身の丈に見合ったゆるやかな成長を続けていけば、社員も取引先もみなハッピーで、リストラしたり、仕入価格を叩くといった無理をしなくてすむわけです。


昭和33年の設立以来、連続増収を続けてきましたが、これを維持できているのは、無理をせず、ゆるやかに成長してきたからだと思います。急成長しようとすると、どうしても無理な投資をして、それを回収するために、大量に人を採用して、必死になって売上高を伸ばそうとする。けれど、業績が悪くなると一転、リストラをして人件費を削ろうとする経営者が多い。私はこういう経営は間違っていると思います。


開発担当者には寒天の基本物性にとらわれずに、そこからどれだけ逸脱できるかを常に視野に入れろ、と言っています。たとえば寒天は固まる力があるというのは常識で、強度が低くて固まらないものはこれまでは失敗作だった。でも、固まらない特性を持ったものを連続して製造できる技術力があれば、それは新しい可能性を秘めているはずです。この寒天の凝固力を抑えた「ウルトラ寒天」は、現在化粧品のファンデーションや口紅などに使われています。今後は医薬品の分野も有望ですね。


人はテクニックでは動かないんです。いろいろ考えてみましたが、「やる気がおきる会社」にするには、「自分の家と同じように思える会社」をつくることだろうと。誰だって、自分の家のことなら一所懸命になるはずでしょう。そうみんなに思ってもらうためには、ただ単に利益を上げればよいというのではなく、社員みんなのための会社づくりが重要であると考えたわけなんです。


「会社は経営者や株主のために存在するのではなく、いっしょに苦労してくれた仲間たち全員のもので、会社は社員の苦労に報いるために発展し、利益を上げる必要がある」という思いが強まっていきました。こうして、「会社の発展を通じて、社員がみな幸せになり、社員の幸せを通じて社会に貢献するべきだ」という、私の経営に対する基本的な考えができあがっていったのです。


現在の日本は閉塞感に満ちています。増税は来る、年金は減る、景気の見通しもよくない、こういう先細りの時代は、国民が幸せ感をもつことができない。多くの企業が利益や効率だけをモノサシにして、会社をマネーゲームの道具のようにしてしまったことが一因だと思います。巷では電光石火のように判断する経営者をもてはやす風潮がありますが、そうじゃないと思います。


クルマで通勤する社員には、本社の施設に入るときに右折するなとも言っています。朝の通勤時間の渋滞というのは、右折車があることが大きな原因ですから、遠回りになっても左折して会社にたどり着けと。こんなふうですから、みんな正義感は強いと思います。「溝にタイヤがはまったら、親切に助けてもらった」などという礼状が時折私宛に届くからわかるんです。自分が誉められるよりも嬉しいですね。


いまの若い世代が本当に欲しいと思っているのは、和やかな人間関係の中で、自由にのびのびと自主的に働ける職場環境だと思います。この環境についてはどこにも負けないと自負しています。


この社是「いい会社をつくりましょう」を掲げたのは、いまから10年ほど前になりますが、会社を任された当初から、いい会社をつくりたいという思いは常に持っていました。目先の利益を追い求めるのではなく、長期的な視野に立って会社を運営していこうと考えていました。それが企業の陣容が次第に整い、ようやく目指す姿を描きやすくなってきたということです。


結果として利益が拡大することはあります。でも、過大な目標を掲げて成長を追い求めることはいましめています。例えば、家庭向けの粉末寒天の「かんてんぱぱ」ブランド商品は、長野県と山梨県の一部でしか店頭販売していないのですが、昭和56年に販売を始めた「カップゼリー80℃(エイティー)」が人気を呼び、大手スーパーから全国の店頭に並べたいという申し入れがあったんです。私は、そのお誘いを断わることにしました。全国供給に応えられる態勢にないのに、ブームにのって規模を拡大させては、商品の寿命が尽きたときに業績が落ち込むと考えたからです。


かねがね私は社員の人件費ははたして「人件費」という「コスト」なのか疑問に思ってきた。人件費は、幸せを求めて働く社員たちへの労働の対価であって、削減すべきコストではないはずです。家内工業を思い浮かべてみるとわかりますが、社員に分配する人件費を稼ぐために一生懸命働いているでしょ。それが企業が大きくなると、コストだから減らせというのはおかしい。


異業種と研究開発面で提携していくために、ハイテク素材展とか、粉体工業展、エレクトロニクス展といった他業界の展示会にも積極的に出かけていきプレゼンテーションするんです。そこで情報発信すると、相手先からこんな分野に使えないかと相談が舞い込むようになるのです。共同研究することで視野が広がるし、自分たちだけでは考えもつかなかったニーズがわかる。いろいろなメリットがあります。短期的な収益だけを考えると、基礎研究の分野はとかくお金がかかって成果が出にくい面もありますが、将来の種まきとしては非常に重要ですね。


企業にとって重要なのが「永続」することです。潰れてしまっては元も子もない。私の座右の銘に、江戸時代の農政家・二宮尊徳の「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」という言葉がありますが、そういう長期的な展望が「いい会社づくり」には不可欠です。目先の利益だけを考え、短期的に高い売上高を追い求めて高収益を上げても、長続きしなければいい会社とは言えません。永続するためにゆるやかな成長は不可欠ですが、最低必要な成長でいいと私は考えるようになったんです。


みんなで努力した甲斐があって、会社は少しずつ発展してきたのですが、その過程で社員全員がたいへんな苦労をした。設備が故障して、その修理のために深夜まで働いたり、新しい設備を導入するために女性社員に炊き出しをしてもらいながら、数日間昼夜連続でがんばったりしたこともあります。そんな体験から、一緒に力を合わせてくれた社員のために何ができるのかを、ますます考えるようになりました。


普通は、経営状態の悪い企業を再建するには、まず人を削減して、機器を導入して合理化を図るというのが鉄則でしょう。ところが、人はいないし、資金がないから機器を導入することもできない。いったいどうしたら生産性を上げられるかというと、結局、残っているのは「人」だけだった。社員みんながやる気がおきる企業にするしかない。


私は体を悪くしたこともあって、大学進学をあきらめ、高校を中退してその木材会社に入りましたから、とにかく働けることだけでうれしくて、夢中で働いていた。そんな私の働きぶりを見て、社長はそれこそ一か八かで賭けてみたのでしょう。社長に見込まれ、思わぬ経営者人生がスタートしたわけですが、引き受けてみたはいいが、当時のうちの会社は、あるのは借金ばかりで、お金も信用も、技術もないという状態でした。そのうえ、木材会社から食品会社へいきなり移ったわけで、業種がまるで違いますから、わからないことだらけ。何をおいても勉強しなければというので、基礎研究のために化学の参考書を読んだり、生産技術を改善するために社員といっしょになって研究に取り組みました。


経営というのはマネーゲームではないんです。企業の目的は、本来、会社を構成する人々の幸せの増大のためにある。社員が精神的にも物質的にもよりいっそう幸せであると感じられるような会社をつくり、永続することによって雇用を守り、メセナなどを通じて社会に貢献していくのが真のCSR(企業の社会的責任)だと思っています。会社を取り巻くすべての人から「いい会社だね」と思ってもらうことが大切です。そうして支持していただくことによってこそ、企業は永続できるのです。


利益が大きければ、それによって多くの人々の生活によい結果がもたらされるのですが、利益を目的にすると、人件費をけちったり、支払うべきものを払わなかったり、正しい仕事を歪めたりなどの無理をすることが多くなりがちです。結果として見せかけの利益は増えますが、当然このような利益は人々の「幸せ」のために使われることは皆無で、その過程で不幸な人々が増えるということになります。


「幸せ」を求めて繰り広げられるはずの経済活動で、なぜ不幸が生まれてしまうのか。私は常にこのことを考えてきました。その結果得た結論は、目的と手段のはき違いをしているということです。


業績を上げたいなら、一気にではなくゆっくりと成長することが欠かせない。生物も、一気に繁殖すれば食べるものがなくなり自滅する。企業も限られた資源を大切に、一緒に働く仲間や顧客、取引先、地域をいたわりながら歩むのだ。いたわりあって企業活動を営んでいれば、人手不足に悩むこともない。


地球の直径は1万2742km。あなたの目の前にはそれを直径120cmまで縮尺した地球儀があるとする。では、その地球儀で空気の厚さはどのくらいになるか。答えは1mmだ。地球を俯瞰したとき、私たちはこのごく薄い層の中にいる。日々の勝った負けたがいかにちっぽけなことか。


「人の行く裏に道あり花の山」とは、千利休が読んだとされる句です。私が会社経営で大切にしている言葉です。花見の時期、山の大通りには人だかりができている。しかし、主道から少しそれると、人混みに邪魔されずゆっくりと美しい桜を楽しめる。「付和雷同するのではなく独自の道を歩みなさい」という意味だ。これは経営にも当てはまる。


「方法論」は短期で取得できるが、「道」にたどり着くにはそれなりの時間がかかる。道は経営者として生きてきた証しでもある。長い年月をかけて、多くの人の話を聞き、たくさんの本を読み、失敗や成功の体験を積み上げて初めて導き出せる「あるべき姿」なのだ。


世の中は常に変化している。現代は、そのサイクルが短くなっている。経営者が時代の変化を見誤れば、優れた技術や人材があったとしても生き残れない。


経営者のあるべき姿は、よく学び、そこから導き出した理念に基づいて、勇気を持って人の行かぬ道を歩める人。そして、時代を読みながら、次世代の経営者や社員たちのために必要な研究開発投資ができる人。


商品がヒットすれば当然売り上げは伸びる。しかし、その後に衰退期が必ずやってくる。ヒットを長期にわたって出し続けることは困難だからだ。


経済環境の変化は会社の経営に大きな影響を与える。だが経営者ならば、どんな環境が訪れても会社を安定させられる手段を常日頃、考えておかなければならない。


常日頃、仕入れ先を大事にし、顧客を大事にし、社員を大事にしていれば、おのずと口コミで「あそこは本当に良い会社だから、同じようなものを買うならあそこの会社から買おう」と言われるようになる。


「ブームで得た利益は、一時的な預かりものにすぎない」と捉え、過大な設備投資などは控えるべきだ。長い目で見れば、自社の実力通りにしか帳尻は合わないものである。


需要が急に高まった時に、一時的なブームなのか、自社の本当の実力なのかを見極めることは難しい。普段は実力を分かっているつもりでも、いざブームが到来すると、我を忘れて設備投資に踏み切った結果、痛手を負ってしまう経営者が多い。


会社とは、社員の幸せを高めるために存在している、というのが私の信念だ。売上を増やすのも、利益を上げるのも、社員を幸せにするための手段にすぎない。


幸せを追求するのであれば、経営者は会社を急速な勢いで拡大させてはならない。急拡大の反動で会社が縮小し、社員を不幸にしてしまう恐れがあるからだ。


私は急成長は否定しますが、大きくなること自体を否定しているわけではなく、むしろ成長はすべきなんです。問題は、そのスピードが身の丈に合っているかどうかです。


だんだんよくなっていくのが一番幸せだと思うんです。これを私は「末広がりの幸せ」と言っています。だから、会社もわずかずつでも確実に成長を重ねていく「年輪経営」がいいのです。


私は、決算は本来、三年に一度くらいでいいのではないかと思っています。決算のための経営ではなく、永遠に終わりがない経営をするには、それくらい長いスタンスで見ていかなければいけないような気がするからです。


成長するために、あえて踊り場をつくる。そこでは過去を振り返り、これからさらに堅実に成長の階段を登っていくために一呼吸置く。登り続けると息が切れますものね。


経営者自身は、どんなときでも経営の「終わりなきリレー」の途中過程にいる一走者だということを、ゆめゆめ忘れてはならないのです。企業が永続をめざして前進し続けるかぎり、どこかの時点で成功しているとも、また反対に失敗しているとも考えるべきではないと、私は信じています。


市場開拓にしても製品開発にしても、いろいろな可能性がまだまだ広がっていく状態で後輩にバトンを渡すことができれば、それ自体は「成功」と呼んでかまわないと思います。


大きな会社のサラリーマン社長にときどき見られる傾向ですが、自分の在任時にあちこちで無理をし、ひずみをつくりながらも会社を急成長させることでみずからの実績とし、高額な退職金をもらって「勝ち逃げ」をすることがあります。しかし、それでは急成長のツケだけが次世代に残されてしまい、未来への可能性がない状態で経営を渡すことになりかねません。これではとても成功とは言えないでしょう。


長野県の片田舎に本社を置いていることで、経営効率の悪さを指摘されることもあります。しかし私の考えでは、そもそも効率至上主義の経営を行うべきではありません。現在の日本の首都圏への極端な「一極集中」は、自社の経営効率だけを優先させた会社が集まりすぎた結果の、過密状態だと言えます。また、ひとつの国の中で、過密した地域と過疎の地域ができてしまうのは、国全体のあり方として健全ではありません。中央ばかりが栄え、地方が疲弊し、双方の格差が拡大していくからです。効率至上主義から脱却し、地方に本社を移す会社が増えれば、日本の国土全体が豊かになっていくことでしょう。今は交通網もインターネットも発達しているのですから、無理に首都圏にこだわらなくても、十分にいい仕事をしていくことは可能なはずです。


社員のためにお金を使うと、会社に利益が残らないからよくないと考える経営者もいらっしゃるでしょう。しかし、社員を幸せにすることが当社の最大の目的なのですから、会社に余分な利益を残しておく必要はないと考えます。もともと人件費や福利厚生費を稼ぐために努力しているのであり、儲かった分は社員に還元するのが当然です。


社員の安全と健康を守り、幸せを感じられる仕組みを整えることで、常にだれもが喜びを感じながら前向きに努力する組織ができあがるのです。この20年間で、会社がいやで辞めた社員がわずか一名だったというのは、わが社のささやかな誇りです。


大木が年輪を刻むようにゆっくりと成長していく状態を、私は「年輪経営」と呼んでいます。つくりすぎず、売りすぎず、安売りもせず、解雇もせず、日々やりがいを感じながら会社を経営していきたいものです。そうして何百年もかけて巨大企業に成長していくのが、企業の最上のあり方ではないでしょうか。


成熟社会における企業は、急成長を戒め、「ゆるやかな成長」を継続させることに注力するべきです。前年よりほんのわずかでも売上や利益が上がれば、少しずつでも社員の給料を上げることができます。「去年よりも必ず少しよくなる」という末広がりの状態が続くことによって、社員は安心して働けるようになります。不安がなく、仕事にやりがいが感じられて、給料もきちんともらえたら、社員は日々幸せを感じるはずです。


2005年の寒天ブームのとき、前年に146億円だった売上は200億円に急拡大、利益も2倍に増えました。しかし反動は予想以上で、2006年から3年間の売上は、176億円、165億円、159億円と下がり続け、長年少しずつ続けてきた増収増益もここで途切れることになったのです。ただ、設備や人員を増やしたりせず、既存のスペックの中での増産だったため、経営を揺るがすような影響がなかったことは幸いでした。


急成長を追い求め、それをある程度実現すると、一時的に成功したように見えても、やがてはしっぺ返しを食らうものです。少し考えれば分かることですが、この成熟した日本の社会において、ひとつの商品、ひとつのサービスの市場規模は限られています。決まったパイの中で急成長し、会社や工場を拡大したり店舗を増やし続けたりしたら、やがて供給過多の状態に陥ります。ましてやブームに乗って急拡大した企業は、ブームが去ったあと、余剰人員と過剰設備と過剰在庫を抱え、借入金の利子が重くのしかかり、急激に経営状態が悪化することになります。


地域に対しても、雇用創出を含め、できるかぎりの貢献活動を行なっていくべきでしょう。たとえば社屋周辺の清掃などは、さほど経費をかけなくても熱意さえあればできます。そうして地道に地域貢献していくことで、企業のイメージはおおいに向上することでしょう。イメージアップが図られた結果、回り回って売上の増加にもつながるでしょうし、自社のファンになってくださった方々が、「くちコミ」という最も効果の高い宣伝活動を行なってくれるようにもなります。


企業イメージをアップさせたいとき、もちろん効果的な宣伝活動も行いますが、それ以上に社員を大切に育てることが重要です。熱意があって好感度が高く、しかも能力の高い社員を育成すれば、それだけで会社のイメージは自然によくなっていきます。仕入れ先をはじめとするさまざまな取引先に対しても、仕入れ価格を値切って自分だけが儲けようとするのではなく、仕入れ先も一緒に発展していけるような形で取引を行います。仕入れ先を大事にすれば、必ず自社のために一所懸命に仕事をしてくださるようになります。そのほうが結果がよくなるのは、自明の理です。


企業のイメージアップも非常に重要です。いくらすぐれた製品をつくっていても、イメージの悪い企業から買おうとは思わないでしょう。


当社では、直営店での販売と通信販売を主体とすることで、エンドユーザーに商品を安価に提供しながら、同時に必要十分な利益を確保してきました。おかげで強い財務体質をつくることにもつながっています。つくることと売ることを両方行うためには、資金も人材もノウハウも必要ですから、企業はある程度の規模に成長しておかなければならないでしょう。決して簡単ではありませんが、自社でつくって自社で売ることによって得られるメリットには、ほんとうに測り知れないものがあります。


利益をしっかりと確保する仕組みをつくることも重要なポイントです。どんなにすばらしい商品やサービスがあっても、それを販売する段階で適正な利益を確保できなければ、企業は成長していくことはできません。


研究開発のポイントは、「進歩軸」と「トレンド軸」のバランスです。人類はより幸せに、より快適に、より健康に、より便利になっていくために何千年、何万年もかけて進歩してきました。そういう方向性を、私は「進歩軸」と呼んでいます。この人類の進むべき方向に沿いながら、時代時代の流行である「トレンド軸」をうまく加味することによって、ニーズを開拓できるのです。たとえば当社の寒天製品で言えば、「豊富な栄養と手づくりの美味しさを追求する」という進歩軸と、「器に入れてお湯をかけるだけで簡単につくれる便利さ」という現代のトレンド軸を組み合わせたインスタント食品をつくり、お客様に喜んでいただいています。


研究開発と言っても、物づくりだけの話ではありません。新しい業態を開発したり、画期的な営業の方法、宣伝の方法を創出していくことによって、成長の種を育てていくことができます。芽が出るのは5年後かもしれないし、10年後かもしれません。しかしどのような業界であっても、いい会社をつくっていくために、研究開発型の企業であり続けることが大切だと思います。


伊那食品工業でも、今より会社の規模が小さく、お金もなく、人員に余裕がなかった時期に、研究開発部門を設けて数人の社員を配置しました。その後、いつでも全社員の10パーセントの人員をそこにあてることにしてきました。これは寒天業界の見通しが明るくなかったため、危機感を抱いて始めたことではあります。しかし結果的に、寒天を原料とするさまざまなオリジナル商品を開発してきたことによって、当社は業界でナンバーワンの存在になれました。新しいマーケットを創出し、同業他社と競合することなく売上を伸ばし続けることができたのです。


「研究開発型」の経営体制をつくっていくことが不可欠です。既存の商品やサービスを提供し続けるだけでは、いいときもあるかもしれませんが、長期的には必ず先細りになっていきます。常に研究開発を怠らず、新しい商品やサービスを開発し続けることによって、新しいニーズを掘り起こしていくのです。正しい方向で研究開発を続ける姿勢を維持すれば、その会社は将来にわたって生き長らえていけるでしょう。


道徳と経済を両立させた理想的な会社をつくっていくために必要なのは、「経営スキル」です。すぐれた経営スキルがあれば、厳しい状況でも活路を見出し、企業を成長に導くことができるはずです。


理想の会社とは、製品およびサービスの提供や諸活動をとおして、社員も顧客も仕入れ先も地域も幸せにしながら、しっかりと適正な利益を確保し、着実に成長し続けられる会社のことです。


道徳的なことばかり主張して、経済的な裏づけがないのも困りものです。いくら口ではいいことを言っていても、社員とその家族が生きていくための最低限の利益を確保できなければ、単なる戯言と片づけられてもしかたがないでしょう。


人間の幸せや快適さの追求という企業本来の目的は大切ですが、お人よしの経営を行えばいいというわけではありません。利益の薄い奉仕のような仕事をし、ときには赤字の仕事まで引き受けて、社員の給料がまともに払えなくなるようでは、そもそも経営が成り立っているとは言えません。そんな会社は早晩、資金繰りが悪化し、いずれ倒産してしまいます。こうしたことを考えるとき、私は二宮尊徳の言葉を思い出します。「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」経営者はすべからく、この意味をしっかりと胸に刻んで行動しなければいけないと考えています。


経済を扱うマスコミにも、短期間で会社を急成長させた経営者を称賛する傾向があります。まるで時代の寵児(ちょうじ)であるかのごとく扱われ、有頂天になり、足元を見失って転落した経営者を、私たちは何人も見てきました。成功でもないのにみずから成功したと思い込んで増長したり、周囲がもてはやしたりするから、おかしなことになるのです。


考えてみれば、およそ人間の営みというのは、すべて人間が幸せになるためのものであることが分かります。ありとあらゆる仕事は、本来は人々の幸せを実現するために行うものなのです。代金は、幸せを得た人が支払う正当な対価と言えます。


そもそも企業が存在する理由、会社を経営する目的とは、いったい何でしょうか。それは、「人間を幸せにすること」です。私どもが寒天および寒天の成分を生かした健康食品や医薬品などさまざまな製品を開発・販売しているのは、美味しい食べ物や体にいいものを提供することで、人々に幸せになってほしいからです。同時に、適正な料金をいただき、社員たちの幸せを実現するとともに、地域社会の幸せにも貢献していきたいからです。


私は21歳で社長代行という肩書を与えられ、親会社から伊那食品工業の経営再建を命じられました。以来、社員の幸せを第一義としながら奮闘努力を重ねたところ、初年度から2005年まで48年間連続で増収増益を続けたという結果が残り、そのことが「成功」であると周囲から褒めていただけることはあります。しかし、私自身はそれをもって成功だとは考えておりません。きれいごとでも何でもなく、あくまでも終わりなきリレーの走者の一人として、一所懸命に走り続けた途中経過にすぎないのです。


経営にゴールなど存在しません。ですから、どこかの時点で区切って「成功した」とも、逆に「失敗した」とも言えないということになります。ある時期非常に大きな利益を出して、まるで成功しているかのように見えていたとしても、わずか数年後に赤字に転落してしまう企業はいくらでもあります。もちろんその反対もあります。運動会のリレー競技で、まだだれもゴールしていないうちから勝ったとか負けたとか言うのがナンセンスなのと同じです。


どの時点にせよ、企業が倒産すれば、そのとき働いていた社員とその家族を不幸に陥れてしまいます。取引先やお客様、あるいは金融機関にも迷惑をかけてしまいます。納税できなくなり、失業者を発生させることで、地域社会にも悪影響を及ぼしてしまうでしょう。ですからそうならないために、企業は永続しなければならないのです。しかも縮小することなく、必ず成長しないといけないと思います。たとえ社長が何人交代しても、どれだけ長い年月がたっても、健全な経営が維持されなければなりません。つまり企業経営とは「終わりなきリレー」であると言うことができます。


「成功とは何か」とのことですが、私は企業経営において「成功」などというものは、本来的にはないと考えています。すべての会社は遅かれ早かれ、いずれは倒産するものだと思います。極論かもしれませんが、その意味では「すべての企業経営は失敗につながっている」とさえ言えるでしょう。


会社の目的は「人を幸せにすること」に尽きる。ところが、会社の目的は業績を上げることだと勘違いしている人がほとんどだ。業績を上げることは手段のひとつではあるが、目的ではない。ここを勘違いすると良からぬ結果を招く。


私の座右の銘は、二宮尊徳の「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」というものです。常に世の中の変化に気を配り、長期的な視点で経営を見つめることが大切です。そのために、私は研究開発に力を入れてきました。


成長や利益こそが価値だとすると、とかくイケイケどんどんの経営になりがちです。成長の定義を取り違える人が多い。成長というのは売上高の数字ではありません。昨日より何かが良くなった、つまり、「会社の雰囲気が良くなった」とか、「社員のモチベーションが上がった」ということも成長の形なのです。


私は高校2年生の時に結核にかかり、3年間死と向き合った経験があります。青春時代をすべて治療に費やしたようなものです。床に伏している間は、自分と社会を冷静に見つめる機会となりました。そして、外に出て太陽の下で普通に歩けることがどれほど幸せか、悟ったのです。


会社に終わりはありませんから、急ぐ必要はないのです。スタート地点はむしろ低い方がいい。ゆるやかに、末広がりの成長を続けることが理想です。そのためには、実力をつけることが必要ですから、学ぶことを怠ってはいけません。子供や孫、その先の代まで可能性のあるいい形を残してあげることが大切です。


経済競争=安売り競争と思っている経営者が多くいるのは残念なことです。我々の育った昔、値段を安くして売ることは、経営者にとって恥ずかしいことだった。なぜこうなったかというと、ある時期から商道徳が欠けたからです。どうあるべきかが欠けたのです。


未上場企業なら、利益が出なくても構わないとも思っている。人件費を支払った上で、利益がゼロになったのであれば、何ら恥じることはない。それでも残った利益は「残りカス」だ。わざわざカスをひねり出すために、従業員の幸せを犠牲にする必要性はどこにもない。利益などというものは、その程度のものだ。


賃金が毎年、少しずつ増えて、以前より幸せだと従業員が感じられることが、本当の意味での企業の成長ではないか。言い換えれば会社の利益は、従業員を幸せにする手段にすぎない。人件費を得るために、会社は利益を上げるのであって、利益を上げるために、人件費を削るというのでは、本末転倒である。


人件費はコストではなく、会社の目的そのものだ。従業員に人件費を支払い、幸せになってもらうことこそ、会社が存在する大きな理由だ。人件費をコストと位置づけること自体が間違っている。


私は二宮尊徳の残した「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」という言葉を、経営の基本に据えている。「将来このような会社でありたい」という長期的な展望を描いて、日々そこに向けてコツコツと努力するよう心がけている。短期的な利益を生むために、人件費を削ることはない。


経営者が従業員の生活を犠牲にしてまで、短期的な利益を追い求めるのはいかがなものか。確かに、人件費を削減すれば、効率は高まり、利益が生み出せるだろう。ところがその結果、現場の士気が落ちれば、トラブルが起きるリスクが高まる。あるいは労働環境が劣悪だなどという悪評が立ち、「ブラック企業」と呼ばれるようになる恐れもある。そうなれば会社のイメージは傷つき、ブランドも地に落ちる。目先の効率化は結局のところ、長い目で見れば非効率的なのである。


当社の社是は、「いい会社をつくりましょう」です。いい会社とは、単に経営上の数字がいいというだけではなく、社員、取引先、お客様、地域社会から「いい会社だね」と言っていただけることが重要です。それは決して簡単なことではありませんが、伊那食品の経営を通じて、それが実現できることを証明したいと思っています。


木は寒さや暑さ、干ばつなどの環境によって成長の幅は変わりますが、前年よりも必ず太くなる。決して成長を止めず、確実に年輪を一つずつ増やしていく。これこそが企業のあるべき成長の姿ではないか。


会社は社員の自己成長の場所であり、社員の成長の総和が会社の成長です。そして、社員一人ひとりの幸せの総和こそ、企業価値なのです。いい人を育てる会社が増えれば、日本は必ずよくなります。会社を「社員にとって大切な場所にする」ことが、経営者の務めです。


経営が行き詰まる原因は、経営者が「本来のあるべき姿」を見失ってしまっていることではないでしょうか。経営における「あるべき姿」とは、「社員が幸せになるような会社をつくり、それを通じて社会に貢献する」ことです。家族の幸せを願うように、社員の幸せを願うことが大切です。


会社にとって道徳心は不可欠。社員にも社会人としてのモラルを身につけてほしい。社会人としての最低条件は、人に迷惑をかけないこと。さらに、少しでも人の役に立てるように努め、人をどれだけ幸せにしたかが求められると思います。


自分の金儲けや利益を第一に考えると、本質を見失ってしまう。赤字に陥ると、社員をリストラする会社がよく見受けられます。利益のためとはいえ、そういったやり方が社会のモラル低下を招いているのは確かであり、その責任は重いといわざるをえません。


遠きをはかる上で、過去の偉人の考え方は参考になる。科学技術がどんなに進展しても、人間とは何かの本質は、いまも昔も、そして100年先の未来も変わらない。人の本質が100年後も変わらないとすれば、残るビジネスが何かおのずと見えてくる。


他人や流行に踊らされずにじっくり会社を育てていくことが大切。


一流企業になる過程は終わりのないマラソンのようなものだ。途中で紆余曲折ありながらも一流を目指して走り続けなければならない。途中で順位を競うことに意味はない。順位にこだわりすぎて一流への道を踏み外すことの方が怖い。


社員を幸せにする。顧客を幸せにする。地域社会を幸せにする。これらを貫いていれば、会社は周囲から尊敬される存在になる。これが一流の証。一流になった会社は、放っておいても成長していく。


私の場合、会社の目的は「人を幸せにすること」だと考えている。幸せという言葉を使わずに経営などできない。人間が生きる目的はどんな場合も、突き詰めれば幸せになることであるからだ。


1番になることが悪いことだとは思わない。大切なのは「何のために1番になるのか」という目標を明確にすることだ。


1番ではなく一流になれ。1番はその業界で1社しかなれない。そのため目標を達成する過程で社員たちの中に「他を蹴落とす」という発想が出てくる。与えられたノルマを達成しようと社員たちはなりふり構わず売ろうとする。すると、無理をしなければならなくなる。


人間の営みとは、お互いの幸せのためにあると私は信じている。しかし、経済の世界だけ、そうなっていないのはとても残念だ。売上や利益、シェアが優先され、幸せの追求が忘れ去られてしまっている。世界的な経済の混乱は、そこに原因があるのではないか。こんなことは明らかに間違っている。


経営者は、福利厚生を充実させ、職場を快適にするなどして、従業員の多様な幸せを実現できる環境を作り出さねばならない。幸せを追求できる環境があれば従業員は会社に感謝し、一生懸命働こうというモチベーションが生まれる。おのずと生産性は上がるはずだ。そうして従業員が幸せになれば、経営者自身も幸福になれる。


かの二宮尊徳は、「学ぶとは人の道を知ることだ」と説いたそうだ。ブラック企業の経営者は経営学を学んだかもしれないが、本当の意味での学びを怠ってきたのではないか。


伊那食品工業では、私が先頭に立って職場環境の改善を図っている。快適な環境作りをサボっている職場を見つければ、「カネが掛かってもいいから、改善せよ」と指示している。私と従業員は同志だから、「労働組合が必要だ」などという声は社内から上がらない。


私は「労使」という言い方は嫌いである。代わりに、「同志」と呼んではどうだろう。働くのが楽しい職場を作り、「いい会社」を目指すという点で、労働者と使用者が志を同じにできれば、労働組合は不要になる。


自社が何のために成長するか、その目的を明確にし、それに見合った成長率を実現する。これが会社の存続には大切だ。


成長は、会社を存続させる上で欠かせない要素のひとつではある。しかし、成長は手段であって目的ではない。ここを間違えるから会社がおかしくなる。


「最近の人は社員旅行なんて行きたがらない」というのは本当だろうか。問題は旅行を楽しくできない会社の方にある。


「会社の成長は売上ではない。一人一人が人間的に成長した総和こそが会社の成長である」。私が日々こうるさく言っているからか、社員も「自己啓発しないといけない」と思ってくれているようだ。


海外市場に出ないとしたらどうすればいいのか。価格競争に陥った仕事を潔くやめることだ。ただし、そうなる前に違う業種に転換しておく必要がある。


不正を無くすには、手法や手段を変えるだけではダメだ。社員一人ひとりに人としてあるべき姿が何かを教え、会社が何のために存在し、成長するのかを定義づける必要がある。


会社のイメージは、いったん損ねてしまうと取り返すのに大変な時間と労力がかかる。だが多くの経営者は、会社のイメージの重要性を見過ごしているように感じてならない。


会社ごとにそれぞれ固有の事情があったとはいえ、「なぜ不正が起きたのか」を突き詰めて考えると、理由は次の1点に絞られるように感じる。経営者が社員たちに、人としての基準を教えてこなかったことだ。


会社の目的は、一人でも多くの人を幸せにすることだ。ハピネスの最大化と言ってもいい。ハッピーにする人たちの中には、当然のことながら社員も含まれる。売り上げや利益の最大化、しかもそれらを早く勝ち取ることだけを考えていては、ハピネスの最大化は絶対に不可能だ。それを知らない経営者があまりに多すぎるのではないだろうか。


当社は海外に4つのパートナー工場を持っていますが、いずれも40年を超える長い付き合いをしています。その中の1つにインドネシアの工場がありますが、初めて出向いた時、私はほとんど報酬を受けずに基本的な技術指導をしました。徐々に現地社員の信用を得られるようになり、経営指導を受け入れてくれるようになりました。このように、信頼関係を大切にする考え方が、長い付き合いを可能にしているのだと思います。


会社のイメージを良くすることでファンを作るのも大切です。社員が毎朝30分かけて会社の敷地内を掃除するのも、お客様に安心感をもたらし、ファンになっていただくための手段です。単に利益を上げるということではなく、あるべき姿や目的をしっかりと共有することで、全社員が一枚岩になります。そのためには社員同士のコミュニケーションを良くすることも必要です。


社員にも「人に迷惑をかけないのは当たり前。少しでも感謝されることをやろう」と言っています。朝の通勤時間帯、マイカーで会社の敷地内に進入する際には、右折しないように指導しています。右折が渋滞を引き起こし、迷惑をかけるからです。こういった心掛けが、渋滞解消につながるのではないでしょうか。できることからきちんとやろう、ということを教育しています。そういった心配りは、回りまわって自分に返ってきます。


当社には、様々なところに百年カレンダーが貼ってあります。若い社員に、「あなた方は若いけれども、このカレンダーの中に命日が必ずあるんだよ」と語ります。やがて皆、間違いなく土にかえるのです。一生懸命働き、楽しみ、自分の力を最大限に発揮するべきだと思います。「生き方」を考えた時、恨まれるよりは、感謝されたいと思うものではないでしょうか。


当社の主力商品である寒天はもともと冬の限られた時間の中で農家の副産物として生産されてきたため、天候次第で生産量が激しく増減する典型的な相場商品でした。そこで当社はきれいな海と良質な原料の海藻を求めて世界中の産地を調査した結果、韓国、チリ、インドネシア、モロッコに生産ネットワークを構築し、安定供給を図ってきました。おかげさまで現在、国内の寒天シェアの8割を占めるまでになり、売上の一割を研究開発にあて、寒天の研究、生産技術の確立、新しい商品開発に取り組んでいます。


一般的な会社では、会社の利益を拡大すべく、上司が部下に「経費の無駄遣いをするな」と管理したり、「短い時間でこれまで以上の成果を上げろ」などと鼓舞したりします。しかし一方的に言われるだけの社員からすれば「なぜそんなことをしなければならないのか。会社は自分たちのことを大事にしてくれていない」と、逆にモチベーションが下がってしまいます。


会社のあるべき姿は、いい形で永続させることです。そうすれば社員をはじめ、会社に関わるすべての人が幸せでいられます。幸せの総和が企業価値です。永続させるためには、無理な規模を追わず、身の丈に合った成長を心がけたいものです。


私の持論の年輪経営とは、いかなる景気環境にあっても年輪ができるように、毎年確実に成長するというものです。決して景気のせいにはしません。たとえわずかでも実質的な成長をするように経営をすることが大切です。成長のない企業に、夢はないのです。ただ、急成長は良くありません。社員の能力や会社の体制づくりが不十分なまま急に拡大し、挙げ句に急降下する会社がいかに多いことか。大きく成長すること自体を戒めているわけではなく、長い時間をかけてゆっくりと大きく成長することを否定するつもりもありません。要するに、確実な成長を続けることは、多くの人を幸せにするということなのです。


二宮尊徳は「人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学んで道を知らざれば、学ばざると同じ。知って行うこと能わざれば、知らざると同じ」と言っています。つまり、知識や経験は、道(あるべき姿)を知ってこそ生きてくるものだということ。スキルばかり求め、「企業がどうあるべきか」という哲学に欠けている経営者が増えたような気がします。


経営者は、なにがなんでも自社の社員を守り抜くことを肝に銘じなければなりません。経営者が社員の幸せを考えれば、社員も会社を大切にしてくれるでしょう。その結果、モラル(道徳心)やモラール(やる気・士気)が高まり、生産性が向上し、利益が拡大します。会社は、木の年輪のように、毎年少しずつ成長していきます。


塚越寛の経歴・略歴

塚越寛、つかこし・ひろし。日本の経営者。伊那食品工業会長。長野県出身。肺結核により高校を中退。21歳のとき、働いていた材木会社社長から系列会社、伊那食品工業の社長代行に就任することを求められ同社に入社。倒産寸前だった伊那食品工業を大きく成長させた。主な著書に『いい会社をつくりましょう』『リストラなしの年輪経営』『幸福への原点回帰(共著)』など。日本寒天工業協同組合理事長なども務めた経営者。主な受賞歴に、科学技術庁長官賞(科学技術振興功績者表彰)、農林水産大臣賞(リサイクル推進協議会)、黄綬褒章、優秀経営者顕彰制度最高賞最優秀経営者賞(日刊工業新聞社)など。

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