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堤康次郎の名言

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堤康次郎のプロフィール

堤康次郎、つつみ・やすじろう。西武グループの創業者。衆議院議員、第44代衆議院議員議長。海軍予備学校を卒業したのち早稲田大学政治経済学部入学。卒業後、大隈重信主宰の政治評論誌「新日本」の社長に就任。その後、様々な事業を行うも失敗。儲けよりも感謝と奉仕を主眼に置いた生活に入る。軽井沢開発を行い駿豆鉄道(現:伊豆箱根鉄道)を経営。大きな財を成す

堤康次郎の名言 一覧

売るときは大いばりで売ってやれ。買うときはいいものを安く売っていただくんだ。


人のやらぬこと、やれぬことのみをやった。


事業は生き物だ。いままで共に辛酸をなめてきた従業員を会社と一緒に人を譲るなどというのは人身売買に等しい。どんなことがあっても売らない。
【覚書き|西武鉄道の前身のひとつである武蔵野鉄道の株を売ってほしいといわれたときの発言】


私は社長に面会を求めると「滋賀県ではこの効果のある肥料をまだ誰も使っていません。私に滋賀県の一手販売をやらせてください」と申し込んだ。私としては人のためにもなるし、自分も儲かるし、と内心大いに得意の着想だったわけである。すると阿部さんは私の申し出を聞いて、あいた口がふさがらないといった表情である。最も考えてみると、驚くのが当たり前、私は当時やっと15歳の子供であった。
【覚書き|祖父母の農業を手伝うかたわら、リン酸肥料の存在を知り、大阪の肥料会社に代理販売させてくれと頼みに行ったときを振り返っての発言】


私は従業員の生活は何としても安定させなければいけないと考えており、戦後はじめて賃上げ闘争があったとき、一挙に5倍引き上げを全部認めたこともある。食糧難時代には、食料確保にあらゆる努力もした。感謝と奉仕の信念で、全員が結ばれている。


いまのキャンプの前身のテントホテルやバンガローもやってみたが、いまとちがって、そのころは利用者もほとんどなかった。なにしろいつも30年ばかり時代より早いことをやっていたもので、思いつきは良いのだが成功はしなかった。


考えてみると、自分一人でコツコツと仕事をやっていくのならいくらかずつでも積み重ねていけるが、大きくやろうと思って人を使って事業をやるには自分はまだ資格ができていない。真珠をやろうとしても、御木本(日本の真珠王、御木本幸吉)という長年苦心して築いた人と競争しなければならない。船をやるにしても、砂原で船をこしらえるようでは本格的な造船所と太刀打ちできるわけがない。自分はまだ20歳代で判断力もいかに乏しかったことかと深く反省した。
【覚書き|多くの事業に手をだし失敗した当時を振り返っての発言】


俗に「かさけと自惚れのないものはない」というが、人一倍自惚れの強い私も、度重なる失敗にもはや精根尽きた。堤の家を立派にしてくれと慈愛の権化のように私を育ててくれた祖父に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
【覚書き|多くの事業に手をだし失敗した当時を振り返っての発言。かさけとは梅毒系の皮膚病で、おできの原因となる病気。昔は一般的な病気だった】


私は学校へ出ないかわり、ノートとか参考書の類は実によく読んだものである。ノートなどは5日間くらいはわずかの間に読めるので、毎日毎日学校に行って、先生の言うことをただ筆記して帰るよりは、この方法がはるかに時間が有効だ。これが私の主義だった。
【覚書き|大学生時代を振り返っての発言】


私は新商品の山を前に、お客のくるのを待った。ところが、お客様は一向に現れない。開店当日に売り切れるなどという予想は全く夢である。祖父の名前はかなり知られていたので、それまでも看板に拝借したのだが、全然効果はないのである。私の最初の事業である肥料商は、かくて一人のお客様も迎えないままに、ついに閉店のやむなきに至った。
【覚書き|15歳のころ生まれて初めて商売をしたときのことを振り返っての発言】


そのころは、どこへ行ってもそうであったろうが、近江の国でも百姓の方法は旧態依然たるものである。そこで私は子供ながらも大いに研究が必要だと思い、手当たり次第に農業に関する本を読みふけった。
【覚書き|旧制小学校卒業後、祖父母の農業を手伝い始めたころを振り返っての発言】


肥料を生産している旭化学では、私は名誉組合長になっている。これも珍しいことだと思うが、この会社は工場をジェーン台風で徹底的に破壊されたことがある。そのときまず再起不能の運命だったが、ここでやめたらいままで一緒に働いてきた従業員を見捨てることになるというので、また暴風が来ると水浸しになるのを覚悟で再建した。それやこれやで、私はいま、名誉組合長というわけである。


私鉄でストがないのは西武ぐらいなもので、なぜストがないのかといって聞かれることもたびたびである。別に大した理由はない。私が西武鉄道から財産をつくっていないということ。人事に公平だということ。従業員と一緒に仕事をしているという気持ち。そんなことがあげられるのではなかろうか。


国民の政治に対する不信ほど恐ろしいものはない。


儲けよう、儲けようと焦れば焦るほど失敗する。他人がいいぞと言ったり、上手く儲けた話を聞いて、あわてて手を付けると、もうその時は手遅れだ。いつまでも柳の下にドジョウがいるわけではない。


自分は生きている値打ちのない人間だとまで思った。思い悩んだ末に考え付いたのが「儲けようと考えたのがいけない」ということだった。自分は儲けなくてもいいから、この世のために少しでもできるだけのことをしようという奉仕の心だった。【覚書き|様々な商売に手を出すも、ことごとく失敗したのちの発言】


堤康次郎の経歴・略歴

堤康次郎、つつみ・やすじろう。西武グループの創業者。衆議院議員、第44代衆議院議員議長。海軍予備学校を卒業したのち早稲田大学政治経済学部入学。卒業後、大隈重信主宰の政治評論誌「新日本」の社長に就任。その後、様々な事業を行うも失敗。儲けよりも感謝と奉仕を主眼に置いた生活に入る。軽井沢開発を行い駿豆鉄道(現:伊豆箱根鉄道)を経営。大きな財を成す

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