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執行草舟の名言

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執行草舟のプロフィール

執行草舟、しぎょう・そうしゅう。日本の経営者、生命論研究者、著述家、歌人。「日本生物科学」「日本菌学研究所」社長。東京都出身。立教大学法学部卒業。「日本生物科学」「日本菌学研究所」社長、執行草舟コレクション主宰、戸嶋靖昌記念館館長などを務めた。

執行草舟の名言 一覧

幸・不幸なんて絶対値があるわけではない。ですから、不幸になってもかまわないと思えばいい。そう思っていると、人生はかえってうまくいくのです。


たとえ苦しみの人生だったとしても、本当に生命が燃焼したのなら、それを他人が見て、あの人は幸福だと評価するのであって、本人が自分で評価することではないのです。実は歴史の中では、最も苦しい人生を送った人が最も幸福な人生を送ったと、後世の人たちは言っています。


自分が出世したい、金持ちになりたい、幸せになりたいというのはエゴイズムで、愛の反対です。たとえば、本当に人を愛するなら、その人のために自分の生命、人生、すべてを捧げなければ駄目です。ただし、愛の対象は人それぞれ違いますから、他人には理解されない。


人生で大切なことは、自分が命を捧げるものを見出すことです。それを見出すのが勉強であり、私が死ぬほど読書をしてきたのも、命を捧げるものを見出すためです。


愛とは何かというと、自己犠牲です。自分が幸福になりたいというのは愛の反対で、エゴイズムです。それがわからない人が多すぎる。他人を幸福にしたいという思想以外は幸福論ではない。誰かに幸福になってもらいたいというのが幸福の根源的な考え方であり、この本質がわからないと、本当の幸福は決して手に入りません。


私は武士道で生きていますから、自分の意志で正しく死ぬために生きるのが人生だと思っています。どう生きるのかは、どう死ぬかを考え続けること。これが私の哲学です。


「今」に全力を尽くす。私はそれが生命の本質だと思います。未来を考えたり、展望を持つ人は、生命が生きていない。私は経営者ですが、経営計画をつくったり、社員に指示をしたこともありません。毎日、目の前にきたものに全力で体当たりをしろと。そうすれば必ず会社の利益は上がります。


禅と武士道の共通点は、一命を投げ捨てて、何者かのために生きることです。一番尊い自分の命を投げ捨てることが前提にあると思います。


自己を否定して否定して否定していけば、必ず生命の本質にふれる。その本質が歴史的な大業をなせる原動力になる。


道元が書いた『正法眼蔵』には、「生も一時のくらい(位)なり、死も一時のくらいなり」という一文があります。生きることと死ぬことは混じり合っている。死ぬ時になって死を考えるようでは駄目です。毎日死を考えていると、死を考えないで済む人間になる。私はそういう人間になりたいと思って、死ぬ日まで、死に向かって体当たりしながら生きるだけです。


あえて「毒」を食らわなければいけない。その方法が、昔の人の本を読むことです。古典には悪いものは悪い、馬鹿は馬鹿とはっきり書いてありますから。つまり、生命の本質がちゃんと書いてあるのです。生命というのは、決して楽しいものではありません。どちらかと言えば悲しいものです。そういう「毒」の部分を感じないと生命の根源がわからない。


期待は人間から卑しいものを引き出します。私はロシアの小説家・ドストエフスキーの作品を死ぬほど読みましたが、彼の文学は否定の否定の否定を通り越して、その先を見ていく。すると軽い意味の希望ではなく、本当の憧れ、つまり真の生命感がつかめます。


他人に愛をわかってもらおうと思ったら、絶対に実行できません。人知れずやるから人のためになるのです。誰かのためにいいことをした、それをわかってもらいたいと思った瞬間に、エゴイズムに傾いてしまうのです。禅は絶対的自己否定で、エゴイズムのほうに偏る自己を取り除くことによって愛が浮かび上がってくる。その意味で禅は有効な修行だと思います。


元をたどれば、愛が根源であるということから、仏教もキリスト教も同じといえます。愛とは何かというと、自己犠牲です。単純にいえば、自分が他のものの犠牲になるのが宇宙の法則です、生命も宇宙も、お釈迦様の言う通り、イエス・キリストの言う通りで、すべて自己犠牲です。自分が他のものの犠牲になって次が生まれるのです。


人体を研究すれば、悪いものが良いものを生み出すことがあるということが本当にわかります悪いものを排除していく思想も最近は行きすぎて、問題だと思います。いじめだってそうですよね。いじめがいいとはいいませんが、嫌なことがあってはじめて喜びが出てくるわけです。つらいことを乗り越えないと、仲のいい友達もできないのではないかと、私は思います。


今の社会が悪いのは、餓鬼道に陥ってしまったことです。エゴイズム丸出しの我利我利亡者がどんどん増殖している。もちろん、人間には欲があります。みんなある。でも、悪いことだとわかっていれば、度を越さないのも人間の分別です。今、人間がやっていることが悪いことだと自覚した瞬間から、自分の中から違う自己が出てくる。ところが、その違う自己こそが、実は本当の自己なのです。


日本ではルネサンスが起こらなかったから程度が低いと西洋人はとらえていますが、とんでもないことです。ルネサンスがなかったから、今でも日本古来の考えが生きていて、人間には悪いところもいいところもあって、悪いところがあるからいいところも出てくるという真理がわかっている。善と悪は対立するという西洋的な二元論ではなく、善と悪は入り交じっていることを知っているのが日本文明なんです。だから人間とは愛すべきものなのです。


西洋では14世紀にルネサンスが始まり、文明の無限発展こそが善となり、そこから生まれたのが原子力や核兵器です。原子爆弾なんて、人間こそ神だと思わなければ絶対に生まれません。人間には生命保存本能がありますから、自分を抹殺してしまう武器は本来ならつくらない。なぜつくったかというと、我々自身が神だと錯覚したからです。そこに進化思想の間違いがあるのです。


宗教というのは、ご利益(りやく)を願ったら文明的に言って悪いものに変化してしまいます。宗教の本質は生命論ですから。与えられた生命に感謝するのは、親に感謝するのと同じです。宗教とは、親の親のまた親の親のことです。原始キリスト教がなぜあれだけ世界的な宗教になったかというと、草創期にはご利益がいっさいなかったからです。私が禅を好きなのも、ご利益のことを言わないからなんですね。神仏には感謝を捧げること以外にありません。そして、現世のことは何もかもすべて自己責任だと私は思っています。


禅の開祖といわれる達磨の「面壁九年(九年間壁に面して坐禅し、悟りを開いたという故事)」ではありませんが、禅僧たちが自己を否定し続けている姿を見ると、見ている人間の生命力が上がってくるのです。それが、宗教の本当の役目なのではないでしょうか。実をいうと、私も武士道や禅を経営に使ってほしくはありません。ただ結果論として否定の哲学によって養われた胆力が、経営や、危急存亡の時にさえ役に立つことはあります。


不合理がすべて「毒」ですよね。精神的に割に合わないことや体につらいこと、そして、屈辱を受けることなどが「毒」です。本当はこれをバンバン与えないと強くならない。昔は、父親が頑固で怖いほど、子供がいい子に育つといわれていました。不合理な父親と、優しい母親。「毒」と「許し」の相関関係ですね。私の父は不合理で、厳しくて、何をやってもつぶされました。その分、母親が優しかった。陰と陽というのか、私はそういう環境を自分の最大の幸運と思い、両親に強い恩を感じています。


元寇も、日清・日露戦争も、国土防衛戦争という意味では同じですね。日本侵略をたくらむ大国から日本民族を守るという信念にもとづいて戦った。だから、国民は喜んで国に命を捧げ、国は国民に死ねと命ずることができた。ところが、元寇の勝利によって鎌倉幕府が滅んだように、日清・日露戦争に勝ったことによってかえって、大日本帝国の滅亡へとつながってしまった。これもまた歴史の真実です。戦争はすべて悪いという人がいますが、すべてが悪いとはいえない。弱い者をいじめる戦争が悪いのであって、強い者に立ち向かう戦争は少しも悪くない。これは人類の根源的な問題で、強い者に立ち向かう精神を失ったら人類は終わりです。


「怨親平等(怨敵と親しい者とを平等にみること)」という言葉がありますね。怨みと親しみは同じだということです。これが東洋、特に日本人の最も重要な考えで、西洋との最大の違いです。怨むことと親しむことが同じ価値なんて、素晴らしいじゃないですか。


そもそも人間の真の価値は、精神にあります。精神の根源、すなわち魂が人間の本質であって、肉体は魂が住まう場所にすぎない。ですから、肉体に関しては人間もチンパンジーも変わらない。しかし、チンパンジーには精神を生む魂は入らなかった。人間にだけ崇高を求める魂が入ることによって、人間が生まれた。ところが、ダーウィンの進化思想によって、肉体が変化してきた過程が人類の進化だと勘違いしてしまった。進化を物質や肉体ととらえると、人間が神の代わりになってもいいことになってしまう。一方、魂こそ人間だとすれば、魂は無限に進化しなければいけない。その進化は循環思想といって、宇宙すなわち神の一部なのです。つまり、我々人類はあくまでも神からつくられた存在であることがわかっている限りは、どこまで進化してもいい。魂の進化とは、人間が宇宙の故郷(神)を求めていくことですから。その過程は苦悩やあがきが伴う。それが人間の真実だと思っています。


執行草舟の経歴・略歴

執行草舟、しぎょう・そうしゅう。日本の経営者、生命論研究者、著述家、歌人。「日本生物科学」「日本菌学研究所」社長。東京都出身。立教大学法学部卒業。「日本生物科学」「日本菌学研究所」社長、執行草舟コレクション主宰、戸嶋靖昌記念館館長などを務めた。