城島健司の名言

城島健司のプロフィール

城島健司、じょうじま・けんじ。日本のプロ野球選手。長崎県出身。小学4年で野球を開始。高校時代、通算70本塁打を記録。高校卒業後、ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(のちのソフトバンクホークス)に入団。ホークスで活躍した後、メジャーリーグに挑戦。シアトル・マリナーズでプレーした。その後、阪神タイガースに入団。数々のタイトルを獲得した。

城島健司の名言 一覧

個人タイトルのことをよく聞かれますけど、まったく意識していません。個人よりチームの成績が優先でしょ? チームの成績のことを第一に考えて僕はプレーしていますよ。


「城島さんのサイン通りに投げます」では意味がない。彼らの色を消したくないし、サインに首を振ることで、投げるピッチャーにも責任が出てきますからね。


短期戦で勝つためには、相手に関するデータをいかに省いていけるか、いかに簡単にしていくかですね。


それぞれのピッチャーの個性に合わせる必要があるんです。自分の型にはめてしまえば1番簡単でラクだと思いますが、それではピッチャーの色は出てきませんからね。


もちろん落ち込むこともありますよ。僕は強い人間ではありません。基本は弱い人間です。うまくいかなかった日は、日付が変わるまでウジウジしてます(笑)。そうやって1日中、思い切り落ち込むほうが、次の日、気持ちを切り替えられます。


オレのような30代の選手の役割は、ベテランと若手のパイプ役。雰囲気づくりをするのもキャッチャーの大事な役割ですよ。


マリナーズから日本に帰ってきて、初めての阪神のキャンプでやったことは全投手の球を受けることでした。若手からベテランの投手まで、実際に自分で投球を体感する必要があったんです。キャッチャーの仕事は、信頼してピッチャーに投げてもらうことですから。まず球を受けないと対話は始まりません。


野球はもちろん好きですけど、朝起きて球場に行くまではいまでも「中止にならないかな」と思う弱い自分がいます。仕事場には大変なことが待ってる。だからこそ、つらい練習や準備をしっかりする必要があります。プロになってから楽しいと思って野球をやったことはないです。いい結果が出たときの気持ちは、楽しいではなくて「嬉しい」ですね。サラリーマンの人がいい仕事をしたときも同じじゃないでしょうか。


年上の投手のほうがラクですね。プライドをくすぐればいいですから(笑)。年下の投手をリードするほうが大変ですよ。気を遣います。このとき大事なのが上からモノを言わないということ。僕の意見が通ってしまいますからね。なるべくコーチを含めて3人で話すように心がけてます。


勝負球を打たれたときには試合後に反省会をします。このとき重要なのは試合中の「その瞬間」は大丈夫だと思って投げたかどうか。それと、次に同じ状況になったとき、どうするかを話し合うことです。その繰り返しで成長するわけで、「最初からあの球は違ったなあ」では、もう次のステップまで進めないですからね。


若い頃は、自分がピッチャーをリードしているような気持ちでいましたけど、いまになるとホークス時代の武田(一浩)さん、工藤(公康)さんが僕に合わせてくれていただけなんです。そうやって少しずつ僕を大きくしてくれたんですね。だから今度は恩返しのつもりで若いピッチャーたちの色を活かしていけるようなプレーをしたいと思っています。


配球に正解がないからこそ、キャッチャーとピッチャーの信頼関係が重要です。ずっと組んでるキャッチャーのサインなら投手も「よし、それでいこう」となりますが、初めて受けるキャッチャーが同じサインを出しても違和感を感じるのは当然のことなんです。だから、キャッチャーはピッチャーの型を知り、それに合わせていく。リラックスして投げたいピッチャーには気持ちを楽にしてあげて、プレッシャーが欲しいときには緊張感を与えるような言葉で話す……。言葉だけではなく、そのピッチャーの結果が出るリズムや、ボールを返すタイミングを作ることがキャッチャーの務めですからね。


城島健司の経歴・略歴

城島健司、じょうじま・けんじ。日本のプロ野球選手。長崎県出身。小学4年で野球を開始。高校時代、通算70本塁打を記録。高校卒業後、ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(のちのソフトバンクホークス)に入団。ホークスで活躍した後、メジャーリーグに挑戦。シアトル・マリナーズでプレーした。その後、阪神タイガースに入団。数々のタイトルを獲得した。

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