名言DB

9419 人 / 110788 名言

城岡陽志の名言

twitter Facebook はてブ

城岡陽志のプロフィール

城岡陽志、しろおか・きよし。日本の経営者。機械部品メーカー「太陽パーツ」創業者。愛媛県出身。高校卒業後、大阪の商社勤務を経て太陽パーツを創業。ユニークな経営手法で同社を大きく成長させた。

城岡陽志の名言 一覧

企業は環境に適応していかなくてはならない存在。環境はどんどん変わっていくのだから、組織も絶えず変わっていかないといけない。新しいことにチャレンジしなければ変われない。


チャレンジしない会社は生き残れません。失敗しても減点はしない。むしろ加点して金一封出すことで、絶えずチャレンジする社風を育てています。


三流の会社は、三流のところと取引するしかない。だからこんな目に遭う。一流にならなあかん。
【覚え書き|たちの悪い会社に商品をだまし取られそうになったことを振り返っての発言】


私は、チャレンジして失敗することをリスクだとは考えていません。何もしないことこそが、最大のリスク。じつは私も一度設備投資を失敗して「大失敗賞」をもらっているんですよ(笑)。


社長も大失敗すると思えば社員も安心する。失敗なくして社長になっている人なんか、いないんじゃないの?


大失敗賞の受賞者の選定には注意が必要。この賞は下手をすると大変嫌みな賞になる。自分の失敗を明るく乗り越えられる人にしか渡せない。深刻に受け止めるような人には絶対に渡してはいけない。


失敗が多い人ほどノウハウをたくさん持っている。大失敗賞(失敗をした社員を称える賞)を作ってから、うちはいろいろな業界と取引できるようになった。部品メーカーにとって完成品を丸ごと作るのは夢。それが実現できたのも大失敗賞のおかげ。


バブル景気に沸いたころ、どの会社も仕事がいっぱいで、取引先の注文を「もうできません」と断っていました。でも、私は営業社員に、「その仕事を全部取ってこい」とハッパをかけました。当社の下請けの中には、注文でいっぱいになっているところもありましたが、なんとかして取引先のニーズに応えたんです。その効果が表れたのはバブルが弾けたあと。好景気のとき仕事を受けてくれたと取引先から感謝され、不況になってからも仕事を回してくれました。


私自身もチャレンジ好きで、挑戦しては失敗していました。新しいことをするから、失敗が多い。よく上司に怒られました。でも、同僚の一人は、何もチャレンジしないから失敗もしない。そのために、挑戦している私より社内の評価が高いんですよ。これはおかしいと思いました。そんな会社にしてしまったら、社員はだれ一人挑戦しなくなります。


失敗を力に変え、もう一度奮起させればいい。そのために、会社の度量の大きいところを見せよう。そう、考えたんです。そこで思いついたのが「失敗賞」。ただの失敗では面白くないから、「大」を付けて「大失敗賞」にしました。社員に伝えたかったのは、一回の失敗で諦めたら、もう二度と前に進めなくなる。失敗したくらいで会社は怒らない。だから、どんどんチャレンジしてほしいという思いでした。
【覚え書き|社員の調査不足で大損失を出してしまったときを振り返っての発言。この社員は奮起して、のちに海外に大きな生産拠点を築いた】


実家はみかん農家だったんですが、両親が入退院をくり返すなかでしだいに食えなくなり、「なんとかせなあかん」という状況になりました。ですが、こちらもサラリーマンの身。親に十分な援助ができません。そこで決意したのが、いつかは独立して親を楽にしようという考え。そのために、三十歳で課長になるという目標を定めました。もし課長になれたら、自分には非凡なものがあるはず。逆になれなければ平凡だという証しだから、諦めて一生サラリーマンをしようと思っていました。


城岡陽志の経歴・略歴

城岡陽志、しろおか・きよし。日本の経営者。機械部品メーカー「太陽パーツ」創業者。愛媛県出身。高校卒業後、大阪の商社勤務を経て太陽パーツを創業。ユニークな経営手法で同社を大きく成長させた。

他の記事も読んでみる

茂木友三郎

1つの分野の専門家になると、2つ目の分野の専門家になるためのコツを身に付けることもできる。スポーツで1つのものに秀でた人が他のスポーツもマスターしやすくなるのと同じだ。


角山剛

部下とは事前に目標を共有しておくことが必要です。そうしておくことで、部下は叱られた意味も理解しやすくなります。


上野和典

当社ではアイデアコンテストを部門対抗で行なっています。これにより参加者に責任感が生まれ、真剣度が増します。お蔵入りにしていたアイデアを引っ張り出してくる社員もいて、良いカンフル剤になっています。


高山泰仁

2003年にSARS(烏インフルエンザ)が発生したときは空気感染が指摘されて旅行需要は一気に冷え込みました。このタイミングで販売商品を切り替えました。もともと航空券やホテルの素材売りをしていたのですが、これを機にパッケージツアーの販売に注力するため増資をしたんです。一段落すれば旅行需要は戻ると思っていましたので、このときこそ仕込んでおこうと考えたのです。このときの決断が後の成長につながりました。業界全体が苦しいときに攻めました。


柴田昌治(日本ガイシ)

私が社長に就任した際、よく座右の銘を聞かれました。よその社長さんはなんだか難しい中国のことわざをおっしゃる方が多いが、私はただ「シンク・ポジティブで行きますよ」と言った覚えがあります。私は迷ったらやると決めてきました。


鎌田浩毅

文書ではデータの見せすぎには注意しましょう。データをすべて見せる必要はありません。量が多くなるほど読み手にデータの読み取りを強要することになります。年別の統計を使うなら、10年ごとにまとめてみたり、強調したい年だけ抜き出して見せるのもいいでしょう。抜き出して見せる部分は、3つが理想です。ひとつだけを抜き出しても意味が伝わりにくく、多すぎても読み手に負担をかけるからです。


田中圭一(漫画家)

偶然に懸けてみたんですが、担当編集者をツイッターで募集したところ、20分もたたないうちに「私もうつ経験者なので、ぜひ!」とお返事が届きました。すぐに信頼関係が築けましたし、文芸とマンガを両方経験された優秀な編集さんで、アドバイスが新鮮で的確。おかげで、取材マンガのノウハウが身につきました。もう一つは、「文芸カドカワ」とWEBの「note」の両方で連載したことです。「note」では1話ずつの販売もしました。活版印刷用にはモノクロ、電子用にはカラーと同時並行で原稿作業ができて、今後WEBで発表する際には、この作画方法をマストにしたいと思っています。


藤田晋

多くの苦境は、意外と「自分の努力」で何とかなるものです。それなのに、あれこれ言い訳を重ね、自分で「負ける流れ」を作り、それに乗ってしまう。これが「負ける人」のパターン。


村上憲郎

いま現在の仕事を踏み台と考えたり、自分の将来のために利用するというのは悪いことのように感じる方もいるかもしれません。しかし、現在の仕事をいい加減にやれといっているわけではないのです。いい加減な仕事をしてしまったら、それは職務履歴にはなりません。あるプロジェクトに参加したという経歴があったとして、その人がチームに貢献したのか、それともただそこにいるだけの人だったのかは採用担当者に一発で見抜かれます。


中野信子

妬みは、環境によって「良性」と「悪性」に分かれます。良性の妬みが生まれるのは、健全な競争が行われている場所です。たとえば契約件数など数字で公正に順位付けしている営業部など。この良性の妬みの環境では、努力をすればするほど報われるので、気の持ち方で大きな原動力にもなります。