名言DB

9419 人 / 110788 名言

坪内寿夫の名言

twitter Facebook はてブ

坪内寿夫のプロフィール

坪内寿夫、つぼうち・ひさお。日本の経営者、企業再建の専門家。愛媛県出身。弓削商船学校(のちの弓削商船高等専門学校)卒業後、南満州鉄道に就職。第二次世界大戦に従軍。終戦時にシベリアに拘留される。拘留解除後、愛媛県松山市で映画館経営で利益を上げる。来島船渠(のちの新来島どっく)、佐世保重工業などを始め、数多くの倒産寸前企業を再建した。「再建王」「船舶王」「四国の大将」などの異名をとった。

坪内寿夫の名言 一覧

何かの決断を迫られた場合、前もって情報を収集し、分析することは大切だが、考えすぎてはいけない。最後の最後は、自分の経験と運を信用して、ズバッと下すべきだ。私の経験では、頭でなく、肌で決断した場合の方が結果としてよかった。


金は女と一緒で、追いかけると逃げる。欲しい欲しいでガツガツするほど、小さく儲けて大きな損をするのがオチだ。経営者は金銭に恬淡(てんたん)な方が成功する。目先の利益を追わないので、使った金が生きてきて、思わぬ利益を生むことが多いからだ。


坪内寿夫の経歴・略歴

坪内寿夫、つぼうち・ひさお。日本の経営者、企業再建の専門家。愛媛県出身。弓削商船学校(のちの弓削商船高等専門学校)卒業後、南満州鉄道に就職。第二次世界大戦に従軍。終戦時にシベリアに拘留される。拘留解除後、愛媛県松山市で映画館経営で利益を上げる。来島船渠(のちの新来島どっく)、佐世保重工業などを始め、数多くの倒産寸前企業を再建した。「再建王」「船舶王」「四国の大将」などの異名をとった。

他の記事も読んでみる

南壮一郎

私はメジャーリーグの球団オーナーになるという夢があります。その夢を実現するため、以前、メジャーリーグの全球団に手紙を送ったことがあります。すると一通返事があり、ある球団のジェネラルマネージャーが会って話を聞いてくれました。そうやってひとつひとつ、不可能だと思うことでもトライし、経験を積んでいけばいいのです。


秋元久雄

何でもかんでも費用対効果で考えて「安価な材料で安価に作って安価に売る安易な商売」はもう限界だと思うよ。そういう会社の商品は買ってる方も売ってる方も貧乏になる。経営者だって数千億円の資産があるっていったって本人に実感ないよ。ほとんど株で、お金を使う時間もない。忙しくて、立派な家があっても住めないんだから。


鳥越恒一

移動中はともすればボーっとしがちなので、「この時間はこの案件について考える」などと、あらかじめ考えるテーマを決めておくようにしています。こうして移動中に構想を練っておけば、後ですぐに取りかかることができます。


プラユキ・ナラテボー

頑固で融通が利かない人、固定観念に縛られて変化に適応できない人は、ストレスに見舞われやすいし、既成概念にとらわれてしまって新規なアイデアも湧きにくい。一方、瞬間瞬間の出来事や体験に対して、価値判断をせずに、意図的に注意を払うことができるようになっていくと、自分のフィルターを通してではなく今ここで起こっていることをあるがままに平らかな心で受け取れるようになる。すると、どんな出来事に直面しても、自身の色メガネや既成概念にとらわれない柔軟な発想で、事態を肯定的にとらえることができ、ストレス緩和効果や創造的なアイデアの発現が促されるのである。


三澤千代治

友人の山本幸男と2人で事業をスタートした。山本は十日町高校の同窓で、浪人して2年遅れていた。山本は文系で私は理系。私はせっかちだが、彼はのんびり屋。商売も、私はフローで回転が速いほうが好き、彼はストックの堅実派。着ている服は、私は全部紺で、彼は全部茶色。彼は酒が飲めて、ゴルフが好き、私は酒もゴルフもダメ。彼は歌がうまく、私は音痴。女性の好みも全く違う。しかし、山本も私も事業家の家に育ったせいか、何となく気が合った。仕事を一緒にやっていても、口を開けば逆のことを言う。だが、これが経営のバランスになり、なるほどそういう見方もあったかと気付く。


迫俊亮

お客様のことを一心に思い、より良いサービスを実行する。これはBtoCビジネスの鉄則であり基本。この当たり前の姿勢が勝利につながる。


松川孝一

人と会って話し合う、相手を知る、採用する、育てるといった場合は時間の短縮は考えません。部下であれクライアントであれ、じっくり向き合ってみて、相手に悩みがあるならそれをじっくりと聞くことも大切だと思います。そういうときは時間効率は頭にありません。


和地孝

人をつくらずによい製品はつくれない。


伊佐山元

そこは発想を変えるべきです。逆にシリコンバレーに東京をつくってしまえばいい。税金を使ってどんどん人を送り込んでもいいし、私たちのようなやり方で人を送ってもいい。そこで吸収したものを日本に持ち帰ってもらえば、日本にとっても有益です。
【覚え書き|東京にシリコンバレーのような場所をつくるのは無理だろうかと問われての言葉】


斉藤惇

CEOを選ぶにも、指名委員会の委員長を社内のCEOがやっていると、社外取締役もその考えを追認しがち。そうではなく、数年かけて時間をかけて、コミュニケーションを取って決めていくべきです。最初は数十人とか100人の候補者リストから始めなければならない。候補者の中には社外の人もいるでしょう。そこから絞っていくプロセスが欠かせない。