坂根正弘の名言

坂根正弘のプロフィール

坂根正弘、さかね・まさひろ。日本の経営者。「小松製作所(コマツ)」社長・会長。広島生まれ、島根育ち。大阪市立大学工学部卒業後、ブルドーザーの設計者として小松製作所に入社。取締役、海外子会社小松ドレッサーカンパニー(のちのコマツアメリカ)社長、本社常務、専務、副社長を経て社長会長。800億円の赤字が出ている状況で社長に就任し、V字回復を実現した経営者。2009年のハーバードビジネスレビュー「在任中に実績を上げた実行力のあるCEO世界トップ100」のひとりとして選ばれた。経団連副会長も務めた。

坂根正弘の名言 一覧

無難な商品では意味がありません。競合に負けてもよいような部分はあえて切り捨て、絶対的な強みを伸ばすことだけに注力する「選択と集中」がダントツ経営のモットーです。

我々の本質とは何かと言えば、ものづくりに他なりません。ならば、それ以外の間接業務は極力簡素化するべき。

お客様にどんどん「コマツがなければ困る度合い」を高めてもらうことで、顧客の信頼を得るとともに、我々も安定した収益を得ることができるようになる。

ライバルに負けてもいいところ、あるいはライバルと同じぐらいでいいところをあらかじめ決めておき、その分、強みに磨きをかける。

まず何よりビジネスモデルを作るのだというトップの強い意志が必要。その上で独自で持っていない技術が必要なら、買収も検討すればいい。

国や企業でトップダウンがなければイノベーションは実現できない。

私が言いたいことは、物事には必ず本質があり、これを徹底して考え、どこから取組みの行動を起こすか、そしてどう実行するか。

学びの成果を「できない理由、ダメな理由」を考え発信するのではなく、「本質に向かって何ができるか」を考え行動する人になってほしい。

ビジネスモデルで先行するということは、トップダウンが非常に重要。事業を全て整理してでも、「このビジネスに賭けよう」という思いがあって初めて、ビジネスモデルができる。

日本企業が勝つ秘訣は、ビジネスモデルで先行して現場力勝負に持ち込むこと。

トップダウンとボトムアップがうまく噛み合ったところほど強い。

日本企業は、モノづくりやサービス面において非常に大きな力を持っている。問題なのは、自信を失って自らの力に気付いていないこと。

もっと経営者が自らリスクを取る気概が必要。リスクを取らなければ好機をつかむことはできない。

問題があった時には、物事の本質を見抜くことが重要。そして、問題点を整理して改革を実行していく。

経営力と現場力が結びついてこそ、日本企業の強さが発揮できる。

自分の強みが見つかったら、そこを伸ばしていくこと。何をやってもすべて平均点というだけでは、高い評価はできない。

大事なのは、現場に立脚していることです。現場を知っていれば、「何を言えば現場が動くか」が分かるはず。

多言をもって語るよりも、客観的な数字を示して伝えた方が、相手にすぐ伝わる。

相手が何を求めているのかをよく理解して、話す内容をしっかり考えないと、相手を説得できない。

何ごとも自らの弱点を補おうとするのではなく、強みを伸ばすために限られた資源を集中させるべき。

評論家であれば「実行」は必要ないが、経営者にとっては「実行」が不可欠だ。

若いころの経験は、あとで必ず役に立つ。だから、若いときには、自分で仕事の範囲を限定せず、与えられた仕事は何でも一所懸命にやることが必要だ。

リーダーには言葉の力が必要。口に出さなければ下の人には伝わらない。

企業経営者は自社の弱みばかりを憂慮するのでなく、強みを見つけ、磨いて日本の国際競争力にもっと自信を持ち、攻める姿勢を忘れないでほしい。

約束を誠実に果たし続けてきたことが、結局、自分のその後のキャリアにつながってきました。

言ったことは行動に移す、つまり約束は守るということ。私はこれこそが、若いビジネスマンが必ず習慣化すべきことだと思っています。

私の好きな言葉のひとつに「誠」があります。最近は色紙にサインを頼まれると、必ずこの一字を大きく書き「“言”うを“成”すなり」と付記しています。

本質を見抜く目は一朝一夕に身につけられるものではありません。日々の仕事において現場を見たり、自分の考えを実行していく中で、徐々に磨いていくしかないでしょう。

事実やデータをベースに考える習慣は、人に何かを伝えるときだけでなく、仕事全般において重要です。

会社を良くするのには時間と労力がかかるが、悪いリーダーシップによって会社が傾くのはあっという間だ。

真因を考える際に役立つのは「ベンチマーク」の存在です。私たちには幸い、ベンチマークとなる企業がありました。それは世界最大の建機メーカー・米国キャタピラー社です。彼らの営業利益率は常に約6%と高い状況でした。この差はどこから生まれるのか、という問いを出発点に、分析をスタートさせました。

私たちのやり方は、ハンター(狩人)よりファーマー(農業経営者)です。狩ったら終わりじゃなく、ファーマーはすぐに商売に結びつかないところにも地道に種をまいて育てるわけです。

取締役会の冒頭で各役員がCEOに報告する際には、必ずバッドニュースを先に報告しています。そのためには、バッドニュースを真っ先にトップに伝える仕組みも欠かせません。

自分の置かれた状況が見える化され、ほかと比較されると、自然と競争心が生まれる。何とかしようと知恵を出し、汗を流す。それが人間だ。

データに基づく本質的な指摘をすれば、犠牲を伴う決断でも現場はついてくる。

我々の強さは現場力にありますから、それを失ったら絶対に米国企業に勝てません。現場力を磨いた上で、米国よりもビジネスモデルで先行できれば「鬼に金棒」です。

製造コストが国際競争力を失って収益が悪化したわけではない。競争力は持っているのだから、固定費を抑え、もう一度やるべきことに集中すれば日本でモノづくりを続けられる。

日本には競争力があります。その自信を取り戻さない限り、大きな国内投資をしないでしょうし、事業の整理や雇用に手をつけるような一大決心はできないでしょう。

私の好きな言葉に、「知行合一」という言葉があります。行動を通じて身につくのが本当の知識。英語も使わなければ身につきません。

後継者を育て、引き継ぐべきものをしっかり作っておくことが大事だということに反論する人はいないだろう。「いい後継者がいない」というトップは、自分の責任を放棄していることになる。

ビジネスの世界で勝ち抜くには、ビジネスモデルで先行して現場力勝負に持ち込む、これが日本企業の勝ち残る道だと思う。

どんなに規制改革をしても、経営者の意識が変わらなければ、何の成果も生まれない。

見える化をすれば、知恵が出てくる。

私には、いい友人がいた。時代の流れや、そのほか自分だけではわからないことを教えてくれた。そのお陰でなんとかここまで来ることができた。

危険を冒しても業績拡大や経営回復が果たせると見込めるのなら、大胆な決断をすべき。

ミドル層が自分の考えをもって能力を発揮するには、組織全体の連帯感が欠かせない。

従業員をうまく使いこなすのが経営者や管理職の役割。

日本が従来苦手とするビジネスモデルの構築で先行し、日本が得意とする現場力勝負に持ち込めれば、我々は負けない。

人は人に選ばれて、上に上がっていく。最後は、その人の専門性、そして、人として信頼を得ていることが決め手になる。それが、企業で働く基本。

「ダントツ」とは、ライバルの追随を許さない、圧倒的に強い技術や商品、サービスといった「絶対的な強み」を指す。

会社が悪くなるときは、あっという間。それを防ぐため、コマツウェイを浸透させようとしています。

成果が伴ってくると、みんなも「これならいけそうだ」と手ごたえを感じて、さらに頑張ってくれます。

リーダーはやれることをすべてやるべきです。コスト削減だけして嵐が過ぎるのを待つとか、逆に成長を目指すからにはコストは温存しておいてもいいとか、甘いことを言っているとすぐ手遅れになります。会社を改善したければ、コストも成長も考えられることはすべてやる。それがリーダーに課せられた使命です。

リーダーには、ビジョンを示すことも求められます。コスト削減を押し付けるだけでは、誰もついてきてくれません。コストはコストで削りますが、一方で成長への夢を語って初めて社員はモチベート(動機付け)されます。

リーダーの責任は重大です。ただし、本当に大事なのはリーダー個人の経営能力より、「見える化」かもしれません。市場や社内で起きていることをタイムリーにつかめるなら、よほどおかしな経営者でない限り、誰でもそれなりの手を打ちます。これは技術の世界でも同じで、問題がはっきり見えているなら天才も凡人も出す知恵はそう変わらない。つまり個人の能力差より、「手にとるようにわかる」ことの方が結果に大きな影響を与えるのです。

危機を抜け出すためには、みんなが傍観者ではなく当事者となって、知恵を出し合わなきゃいけない。それをわかってもらうためには、しっかりと説明する必要があります。

見える化の重要性は、みなさんもよくご存じなはずです。ただ、大事だ大事だと念仏を唱えているだけでは何も変わりません。どうすればお題目で終わらせずに済むのかと、手順を含めて魂を込めて真剣に考え、実行に移していく。それによって「見える化」勝負の明暗がわかれるのです。

誰もが当たり前と思っていることを「本当にそうか」と問い直し、本質を見抜くと、そこに問題を解くカギや宝の山が隠されています。これをファクトファインディングと呼び、コマツ社員の行動規範のひとつに入れています。

知行合一で学べる者が最後は勝ち抜く。みんなが当たり前と思っているところから問い直してみることです。

21世紀に入って以降、我々は「企業価値=株主価値」とする米国流を問い直し、企業価値とは「ステークホルダー(利害関係者)から得られる信頼度の総和」と考えました。信頼度とはいわば「コマツでないと困る度合い」です。これがブランドになります。

事実を的確に把握するには見える化のための武器や方法も必要です。リーマンショック後、販売が落ち込む中で、コマツはどの代理店にどれほど在庫があるか、コムトラックスを通じてデータ化し、リアルタイムでつかみました。そこで生産を控えながら代理店間の在庫調整を行い、いち早く黒字転換しました。現状を見える化したことで、業績の回復法を見つけたのです。事実を把握すれば、どう行動すべきかが見えてきます。

私がデータ経営を「見える化」したのも、「日本はコスト高でものづくりに適さない」といわれるが、本当にそうなのかと思ったのがきっかけでした。問題は製造コストではなく、固定費でした。

見える化は、個人レベルでもそれぞれの競争力に結びつきます。とくに上司の場合、部下の信頼を得ていくには有言実行が基本になります。その際、自分の考えをきちっと見える化して示すことは重要なプロセスです。

私が社長に就任したとき、コマツは800億円の最終赤字に陥っていました。現状を分析し、強みと弱みをデータ化して明示する作業を徹底的に行いました。すると同じ機種を欧米、ブラジル、アジアの8か国で製造している中で、製造コストは日本が一番低かった。赤字の原因は非製造部門の膨大な固定費や建機以外の不採算事業にあるとわかりました。どん底の状態で構造改革に着手し、一転、翌期には黒字回復を果たしました。

天才的な人は目に見えない問題の本質をすぐ見抜き、「ここはこうなっているはずだから、こうしたらいい」と仮説を立てて解決します。ただ、そのメカニズムが見えるようになりさえすれば、誰でもアイデアが出せます。どこにどんな問題があるのか、見える化して事実をつかむことが仕事の成否を分けることだと知りました。

現実や現状を見ないままにして、ああでもないこうでもないと勝手な仮定で議論することほど不毛なことはありません。

天才は、その場で頭の中からアイデアを引き出すひらめき的な発想ができます。一方、凡才であっても、思いついたアイデアを常に見える化しておけば、発想が途切れず、天才とのギャップを埋めることができます。見える化は仕事の質を格段にアップさせる極めて効果的な方法です。

私の場合、複数の事業を抱え、グループ全体で連結対象200社以上、総従業員数4万人の組織のトップという立場上、思考の範囲は多岐にわたります。思いついたそばから前の記憶が消えてしまう可能性があるので、発想がわいたらすぐに手帳を開き、実行日の欄に短いキーワードで書き込んでいきます。

最終的には、お客さんの仕事を「見える化」してあげて、一緒になって生産性を高めます。そこまでやらないと、ダントツにはならないと思います。

大事なのは守るばかりではなく、攻めに転じることです。私がコマツに入社したころ、外資系企業の国内参入という事件が起きました。コマツはこれで終わりだと言われました。当時のコマツの社長、河合良成さんは「もう守りは一切しない、攻撃あるのみだ」と宣言しました。攻撃は最大の防御なりという彼の言葉を今でも覚えています。結局、その戦いにコマツは勝ちました。

「ダントツ経営」は一言でいうと顧客にとって「コマツでないと困る度合いを高めよう」という言葉に集約されます。まさしくダントツ商品を出し続けていれば、コマツでないと困る度合いが高まるという意味です。競合が追いついてきても、ダントツなサービスを提供すれば、やはりコマツでないと困る度合いが高まります。

ひとつ心がけていることがあります。社員の待遇は常にトップレベルを維持することです。できるだけコストをかけないといけないと考えています。

競争相手から社員を引き抜かれる会社が、社員を引き抜く会社に負けるわけがない。こうしたことは、どこかで止まります。この3から4年、何人もの社員がうちを辞めて競争相手に行きました。しかし、辞めた社員が「行った先の仕事は面白くない」とか「自分の能力向上にはこの会社は駄目。コマツにいたほうがよかった」という声が返ってくるようになりました。そうして辞めていく社員が少なくなってきたのです。どの会社も一度はたどる道だと思います。

東京から地方にいろいろな機能をシフトしなければなりません。東京が廃れることと、地方が活性化することの双方の影響を勘案すると、圧倒的にプラス面が大きくなります。一般企業も工場だけではなく、本社機能の一部を移すのです。そうした動きが起きたときに初めて、この国は変わっていくのだと思います。

何でもかんでもユーザーの言いなりになって作っていては、利益を生みだすことはできません。この際、標準化を進めて製品の数を減らして、生産性を高める必要があります。

コマツは本社機能の一部を石川県に移しています。最初に移したのは購買部門で、数年ほど前のことです。これだけITが進歩しているので、どこにいても情報は自由に手に入れることができます。むしろ購買部門は工場にあった方がいいのです。

社長に就任した年、建機需要の低迷とITバブル崩壊で806億円の最終赤字を計上しました。そこで私は、経営の抜本的な構造改革に踏み出す決意をしました。最初に、いくつかのキーワードを練り上げました。まずは、「経営を見える化する」などの4点を打ち出し、問題点の指摘と今後の方向性を示し、そのうえで「ダントツ商品をつくろう」と呼びかけました。ダントツ商品。いまひとつ洗練には遠い言葉かもしれませんが、そのためにかえって力強く、印象的でもあります。

日本と中国のように開発と生産の距離が離れてもやれるような商品があったとしたら、そういう商品について日本に勝ち目はないです。たしかに、米国のデルみたいに、開発と生産の密着度がなくてもやっていける商売はあります。でも、その商売には日本は長けていないんです。

うちの会社では、開発部門と生産部門が同居している工場を「マザー工場」と呼んでいます。ちなみに、アセンブリ(最終的な組み立て)だけをやっている工場はチャイルド工場です。栃木県小山市にエンジンや油圧のコンポーネント(個別部品)の工場があり、そこから車で30分ほどの真岡市に車両生産工場があります。小山に開発部隊を置いていたのですが、この30分の距離が大きかった。ほかの工場に比べアクションが遅いんです。だからすぐに開発部隊を真岡に移しました。

日本が強いのは開発力と生産力の組み合わせです。開発と生産が一体になってコンスタントに改善を積み重ねることによって、製品の特長を作ってきた。その意味で、開発は日本でやるけれど、作るのはコストが安いところでというのはおかしいわけです。本当にそうなったら、果たして日本に勝ち目はあるのか。

副社長時代は「常に下方修正のコマツ」だったわけです。屈辱を味わいました。私は絶対に下方修正はしたくありませんでした。対外公表値は社長が自分の責任で決める数値です。部下が集計した結果を見て「ああこういう数字か」と確認して、そのまま公表する会社もある。でも、私は自分で数値を理解して、この辺りまでだったら多少リスクが出たとしても大丈夫だなということを織り込みながら数値目標を公開するようにしています。

社長にはいろいろなスタイルがあると思います。私がコマツアメリカで社長をしていた時は、アメリカ人とやり取りするうえでコミュニケーションが非常に大事でした。本当の問題点は何か、自信を持っていいのはどこかを極めて合理的に、全社員に説明するように努力しました。そうすると自分たちの進むべき方向がわかってきます。だから私は全社員、協力企業の皆さん、販売員の人、投資家に対してどういう方向をめざし、どんな数値目標を目指してやっていきたいかを説明してきました。

何かを犠牲にしてでも、競争相手が5年は追いつけないような特色を織り込めと開発に言ったのです。原価を10%下げそのコストの余裕を商品価値アップに使うようにとも言いました。環境、安全、IT、それからコスト。4つのキーワードを挙げて、そのなかで何か特色を持った商品を作るようチャレンジさせる。そして出来上がったものがダントツ商品なのです。

プロダクトアウトは駄目だ、マーケットインだと言われます。つまりお客様の声を聞くということです。そしてお客様の声を代弁しているのは「営業」ということになります。新商品を作って評価会を実施すると、参加している営業の連中が「競争相手にここが負けている。ここを改善しなければいけない」と指摘するわけです。そのような意見に従うと、なんとなく優等生な新商品が出来上がるんです。ところが、1・2年もたつと、もう競争相手はその上を作ってしまいます。こんな競争をしてはいけないと感じました。

社内にダントツ委員会というのを作っています。ダントツ商品を認定する機関で、委員会と書くのですが実は私一人でダントツ申請を受けているんです。全く私の独断と偏見で認定基準を定めています。お客様のところに行って半年間、一年見てちゃんと予定通りの実績を上げていないと認定しないとか、10%コストを下げるといっても、商品によってはそれでは夢物語みたいなところがありますから、5%下げただけでも認定してやろうとか、この権限だけは誰にも渡していません。

この15年間、日米欧の経済規模はお互いを経済圏として膨らむだけ膨らんできました。こういった日米欧中心の経済循環だけでは成長できないところまで来ました。自国の経済規模の拡大にお金が全部行ったものだから、その他の世界にお金が行かなくなったということもあります。

この15年間、貧富の差も開いてしまったし、日米欧が経済規模を拡大するためには周辺マーケットを入れないとどうにもならないということになって、アメリカは中南米を、ヨーロッパは拡大EUに政治のリーダーシップで取り組んでいますが、日本はアジアとの共栄をもっと政治のリーダーシップで進めていくことが重要だと思います。

再建の目途を区切るとすれば、二年だと思います。三年というのは長い。一年では結果が出ません。丸二年で結果が出なければ、会社全体が疲弊してしまいます。本当のところ、三年くらいはほしいのですが、三年は結構長いんです。それだけの時間は、なかなか待てません。再建は二年だと思います。

事業というのは必ず苦しい時があるわけです。経営者の判断能力を問われるのは「一時耐えることで再び上昇に向かうのか?」の判断です。「3年で雇用を増やせたのだったら、頑張って人数を減らさずにしておけばよかったじゃないか」とおっしゃる人がいると思うんです。でもそれでは危機感が生まれないんです。危機感を持ったから、会社が再スタートして、雇用を増やせるところまで来たんです。危機感がなければ再生はあり得なかったんです。

日本の建設機械市場はバブルのころと比べると3分の1になってしまいましたが、それでも必死になって多角化を目指したり、雇用を維持してきたわけです。でも、それでは結果が出ず危機感も生まれずジリ貧状態でした。そこで私は早期退職者を募ったのです。

厳しいことを言う社外取締役の存在は、平穏無事に過ごしたい社長にはうるさい存在だが、強い意志を持った改革派のトップには力強い味方になる。

現経営者の大きな役割は後継者を育て、選び、自分の代より次がさらに強くなるようにすることだ。

正しい方向で機能したリーダーシップが、いつしか間違った方向に進み始めることがある。名経営者の任期があまりにも長くなり、後継者問題が最大の経営リスクになるケースも少なくない。

私は社外取締役の是非だけを論じていては、コーポレートガバナンスの議論を矮小化しかねないと危惧している。まず企業と経営者が「何のためのガバナンスか」を自分の頭で考え、明確にしておかなければどんな制度も形骸化するからだ。

物事にはいろいろな見方がありますが、ビジネスにおいては、「長期最適」と「全体最適」を考えることで物事の本質に辿り着くことができます。逆にいえば、短期最適や部分最適で考えても、本質をつかむことはできません。

仕事が自分に向いているか向いていないかを決めるのは、自分ではなくて上司や周りの人です。自分で自分の能力を決めてしまわずに、与えられた仕事は何でもやってやろうと飛び込むことから、道は拓けてくるはずです。

とくに難しい仕事を任せられたときはチャンスです。難しい仕事を与えられるということは、期待されている証拠です。重要な仕事を、期待していない部下には任せません。

人を使う立場になるとよくわかりますが、信頼を得るには、単純な仕事ほど手を抜かないことが重要です。単純な仕事など誰がやってもいいと思うかもしれませんが、単純な仕事を丁寧にやり遂げる人ほど高い評価を得られるものです。人によって差が出やすいからです。

私の座右の銘のひとつに、「知行合一」という言葉があります。これは「知識は、行動や経験を通じて初めて身につく」という意味の中国・明代の王陽明の言葉です。自分の頭で考えたことを実行に移し、試行錯誤するなかで本質がみえてくるし、そうやって得られるものこそが本物の知識だと私は思っています。

最近は考える前にインターネットで調べてしまう人が多いようですが、考える前に調べてしまえば、調べた内容に囚われてしまい、自分のオリジナリティを生み出せなくなります。まずは自分の頭で考え、その考えを確認したり、補足したりするために調べる。そうすることで知識が身についていきます。

私は学生時代はあまり勉強しませんでした(笑)。会社に入ってから、仕事で壁にぶつかるたびに、猛勉強して乗り越えてきました。必要に迫られているうえに、実際に仕事で使うので、知識が身につくのが早かったですね。

米国駐在時代、どうすれば相手を動かせるのか実践のなかで学んだのが、本質をつかむことの大切さでした。合理的に、端的に、問題の本質を伝えることができれば、たいていの相手は動いてくれるのです。

全体最適を貫こうとすると、必ず、部分最適論をもち出して反対する人が出てきます。しかし、成果を出すためには、本質の部分を譲らない覚悟をもつことが必要なのです。

ダントツ商品と合わせて、「ダントツサービス」にもチャレンジしました。私たちは「コムトラックス」というGPSのついた端末を建機に装備しています。稼働状況が常に把握できるので、機器へのアフターケアはもちろん、効率的な使い方の提案など、他社との差別化したサービスが可能になりました。

「専門知識のある部下や外部に分析させ、結論を出させて、社長はそれを聞くだけ」では、犠牲を伴う決断はできません。自分で調べ抜き、考え抜いたからこそ腹をくくることができた。私は常々、「経営者はアナリストであれ」と言うのですが、それは責任を断行するためです。自分で分析し、考え抜いて本質をつかまないかぎり、社内の誰も説得できないのです。

伝統市場の中だけでいくら物事を考えても成長機会はない。

建設機械の需要の動向を見ると、いまどこにお金が集まっていて、これからどこに流れるのかということがよくわかります。たとえばリーマンショック後の半年間は、世界中で一回、お金の動きが止まりました。ただ、すべて止まるのは例外的で、どこかの地域が悪くても、お金は必ず他のどこかで動いています。その視点で言うと、日本も成熟の時代に入りましたが、成長のチャンスがないわけでもない。

非正規の仕組みに頼らざるをえないからこそ、正規と非正規との格差を縮めていかなきゃいけない。うちは契約が終わったときには慰労金を出したり、「再就職のための支援金・休暇」を付与しています。

終身雇用は最後まできちんと面倒を見るという前提で、ある意味では個人の自由度を捧げてもらっている部分がある。そうなると「この人にはこの仕事よりあっちのほうが向いている」と適性を見極めて仕事を振り、「将来のことを考えて、この仕事を経験させよう」と長期的に能力開発をすることが可能になる。社員のほうも、雇用に関して会社と信頼関係があるから、もともと希望していない仕事の担当になっても頑張ろうと思える。それが日本の雇用の強みであり、そこは何とか維持していきたいのです。

いま盛んに観光と言っていますが、公共交通機関の利用者数は市に知らされていません。空き家率もそう。多くの大事なデータが国や県のほうは把握できるのだけれど、そのデータが市のほうに自動的に入る仕組みになっていないそうです。これでは観光やまちづくりの知恵も出てこないし、みんなで競争して汗を流そうという気持ちも湧いてこない。地方はまずそこから始めないとダメですね。

うちは石川県小松市が発祥の地なので、小松市を元気にするための取り組みも行っています。

小泉改革のときに構造改革特別区域が全国に約600つくられました。私も聞いてびっくりしました。みんなすっかり忘れているのだから、はっきりいって失敗です。じゃあ、なぜうまくいかなかったのかというと、当時は特区をつくることが目的になっていた部分があったんじゃないかと。本当なら国から言われてつくるのではなく、自治体のほうから「うちの県はこうやって成長したいが、規制かあって難しいから特区にしてくれ」という戦略が必要ですよね。しかし小泉改革のときは、そうしたトップダウンとボトムアップのつながりがないまま特区をつくってしまった。

私が社長になる前の98年頃に、建設機械を盗んでATMを壊す事件が続発していたことを覚えていますか。あれを見ていて、どうにもいたたまれない気分でした。私はブルドーザーの設計者からスタートしているし、アメリカと日本で、販売後のサービスを担当する部署の部長をやっていたこともある。自分たちが苦労して売った機械が盗まれ犯罪に使用されるなんて、悔しいことじゃないですか。これを何とかしたいと考えたのが建設機械遠隔管理システムKOMTRAX開発のきっかけです。

現地法人に権限委譲するには、我々が大事にしている価値観を共有してもらわないといけません。過去には能力の高い人を落下傘で持ってきて失敗したこともあります。だから能力が少々高いことよりも、価値観を共有できているほうがいい。いまの現地のトップはほとんど15年から20年選手です。

コマツは長年の海外展開の経験から、ローカルの人をトップに据えて、日本人は補佐役に徹したほうがいいという結論に達しました。だから、中国だけではなく、いま世界の大きな拠点11カ所のうち、9カ所が現地人トップです。

社長に就任し、もう二度とこういうこと(人員削減)をしなくていいように、一回だけやらせてほしいということで踏み切りました。バランスシートは悪くはなく健康体に戻れる状態のときに手をつけたので。その後は市場環境の好転と日本のモノづくり競争力に自信を取り戻し、日本に新工場をつくったり、古い工場を建て直したりして、社員数2万人が一度、1万8500人になって、いまは2万2000人に増えています。

私が社長になったときに、世界1位、2位になれそうな商品・事業以外はやめると宣言して整理しました。300社あった子会社は2年間で統廃合し110社減らしました。

日本人は細かく仕事すればするほどいいと考える傾向があって、人事や経理のITシステムも自前でつくりこもうとします。一方、アメリカの会社は、人事や経理みたいにどこの会社にもある仕事については自前でつくらず、既製のシステムを使う。その差は社会全体で考えると人材の流動性が容易になったり非常に大きいものがあります。

社長就任当時、アメリカの競合相手と数字を比較したら、興味深いことがわかりました。うちは固定費の比率が24%で、彼らは18%。一方、営業利益はうちが6%少ない。営業利益に固定費を加えると粗利ですから、要するに稼いでいる粗利は同じ割合なのに、うちは固定費を6%たくさん使っているため利益が少なかったのです。

日本はかつてものづくりの品質で戦ってきた国だから、品質が空気みたいになっている側面がある。今こそ、しっかりとしたトップダウンが必要です。トップの明快な方針展開があってこそ現場はボトムアップでついてきてくれる。トップがしっかりしていないと、品質だけではなく、収益も高められません。

見える化の威力は私自身が会社経営で経験した。社長になったとき、まず会社の問題を見える化することから始めた。たとえば、当時は「日本のものづくりは高コスト」という固定観念が広がっていたが、実際に世界中の工場、商品ごとのコスト構造を分析してみると、日本の工場は変動費部分では十分競争力があった。一方で、固定費部分が非常に重いことがわかり、「1回の大手術」と宣言して構造改革を実施した。

コマツの「スマートコンストラクション」は、現経営陣がまさに世界に先駆けてビジネスモデルを開発したものです。今後建設業の就労者数の大幅な不足が見込まれる中、日本の建設業を強くしなければいけないという思いで始めています。

日本が陥りやすい欠点は「技術を持っているから何でもできる」と自前主義になってしまうことです。当社は自前の部分は主にハードのモノづくり技術に限定していて、ICT(情報通信技術)の部分は日本だけではなく米国、ロシアなどから様々な最先端技術を結集しています。

早くグローバルスタンダード、デファクトスタンダードにするという動きをする必要があります。そうしなければ、せっかく作ってもグローバルスタンダードは誰かに取られてしまいます。

まず「自分は何を伝えたいのか」をよく考え、日本語で整理してみること。日本語で要領よく説明できないことは、英語にしたところで伝わるはずがありません。

コマツでは会長と社長が1対1で話す機会を多く設け、社内の人事や人材育成について話し合っている。トップの育成は文章で残せない分、考え方を共有しておくのだ。私が野路(國夫)さんに渡した後継者候補リストにも、現社長の大橋(徹二)さんが入ってた。

よくあるのが、「自分が改革してやろう」という意識が強い人物がトップに立ち、前任者否定に走ること。これは、本当に危機的な時を除き、会社が混乱することが多い。

コマツでは社長の任期は「原則6年」がほぼ内規になっている。上限がないとあと1年、あと1年と先延ばししがちになる。そのうちに取り巻きが生まれ、「社長がこう言っているから」という論理で組織が動くようになる。それではトップが現場と遊離してしまう。

現場に興味を持たないトップは致命的だ。しかし、現場にばかり興味を持つトップでは、多くのことをなし遂げることはできない。両者のバランスが重要だ。

実績を上げて、「周りの人が認めてくれている」という絶対的な自信を持つことが重要である。そうした自信があれば、大半のことには耐えられるし、乗り越えていける。

よく「経営者はアナリストになるな」と言う人がいるが、私は、経営者は自分がアナリストになって自分で考えろと主張している。トップが現状を分析できなければ、的確な指示を出すことなどできないし、責任もとれない。

若いうちは「自分の得意分野はこれだ」といった決めつけをせずに、与えられたことは何でもやることだ。仕事を進めていくうちに、自分の取り柄が分かってくる場合もあるし、自分では気がつかなかった点を他人が評価して認めてくれることもある。そういう経験の積み重ねが、将来経営者になったときに生きてくる。

経営者としての人間力は、一朝一夕に身につくものではない。若いころからの一つひとつの積み上げである。まずは、社員としての人間力を高めていくことが大切だ。

世間が見る「経営者の人間力」とは、会社の業績次第で変わる。経営者個人がどれだけ能力や魅力を持っていても、会社の業績がついてこなければ、外部の人からは評価されない。結果を出していない経営者は、人間力があるとは見てもらえない。つまり、経営者の人間力とは、結果が伴わなければならないものである。

コマツでは、「サクセションプラン(後継者育成プラン)」というものを導入し、役員や主要部署の部長、工場長などが「自分の次」「自分の次の次」の後任者のリストを提出して社長と意見交換をしている。

自分に人間力があるかどうかは自分自身では分からないものだ。「私は人間力がある」と思っていても、他人はそのように評価していないかもしれない。反対に、自分では気がつかない点を他人が高く評価してくれていることもあるだろう。人間力は、他人の評価によって決まるものである。

社長が何年かおきに交代する会社であれば、我慢さえしていれば、いつか状況は変わってチャンスが来る。

以前はお客さんのニーズを聞いて、それに合ったものを作れと言われたものですが、今はいい意味でのプロダクトアウト時代、メーカー側がビジネスモデルを考える時代に来ています。ビジネスモデルで先行して現場力勝負に持ち込むには、雇用関係というのはすごく大事なんですよ。

今までの日本は、モノ作りの現場力だけで勝負してきたのだろう。だから今度こそビジネスモデル作りで先行しなければいけない。ビジネスモデル作りをトップが引っ張り、労使の一体感を基盤にした現場力で新たなモデルをさらに強くしていくことが大事だ。

今回の円安で、日本企業は恐らく自信を取り戻すのだろう。ただ、企業内の負け組事業まで一息ついたということではダメだ。この機会に負け組は整理して勝ち組にシフトすべきだ。そのためには、経営者自身も変わることが必要不可欠。

事業の再構築を実行するためにも、日本国内にモノ作りのコストでは海外に負けない体制を作ることが必要だ。そういうこともしないで、規制のせいばかりにしてはならない。

300社あった子会社を110社に減らした際に言ったのは、特定の人だけを肩たたきはしないということと、希望退職を募るならば全員を対象にするということだった。金銭解決で乗ってくれる人にはそれでお願いしてね。一方、どうしてもコマツで働きたい人には残ってもらうようにした。そうやって、労使間で散々話をして人員を減らし、事業を整理した。事業のスリム化はやればできるはず。

社長になった時に真剣に考えたことのひとつは、次の疑問だった。「日本は本当にモノ作りのコスト競争で負けて、海外に逃げ出したのか」と。私の答えはこうだ。雇用が大事だからといろいろな子会社を作り、その後に景気が悪くなると本体で人が余るから、また子会社を作る。こういったことを繰り返して高コスト構造を温存していたのではないか、と。そこで、「もうこんなことはやっていられない」と思い、事業も子会社も整理した。300社あった子会社については110社を減らした。

中国が政治的、軍事的にどう変わるかという恐れはあるが、それを過度に気にしていたら経営はできない。コマツの場合は、中国を輸出拠点にはしていない。輸出のための生産拠点ではないから、これまで投資した金額も大きな規模ではない。しかも、それは既に回収を済ませている。それも含めて考えれば、中国経済が今後停滞する恐れがあるとしても、中国に対して消極的になる理由はない。

モノづくり日本を支えてきたのは現場からの改善のための提案力。日本企業のボトムアップ力はすごい。要は、それをいかに経営に反映させていくかという意味でマネジメント力、経営力が問われる。

攻撃とは、自らの強みを見つけ、磨くことだ。対して防御は、ひたすら自分の弱点を探し、何とかしようとする。前向きな議論になるか萎縮するか。この差は極めて大きい。

多少の弱点には目をつむる代わりに、「ここだけは絶対に負けない」という姿勢を持たなければ、特徴がない総花的な製品ばかりになって、価格でしか競争できなくなる。

東京がこれ以上の発展をしていくためにも、地方が元気にならなかったら東京も元気になりませんよ。地方創生が何も東京からゼロサムで何かを持っていくという話ではなくて、地方が元気になれば、東京も元気になる。そういう考えで、それぞれができることから始めていけばいいと思います。

特に企業という立場から見た場合、日本企業が価格よりシェアの競争に陥ったのは大きな誤りです。本来、企業は従来にはない製品を作り、新しい価値を生み出し、そこからリターンを得てステークホルダー間で分配をする存在であるべきですが、こうした好循環を失ってしまった。

グローバル人材なんて言葉は空虚です。約40年前、弊社も海外展開のために外国語大学の卒業者をたくさん採用したことがあります。ところが、英語をぺラベラ話せても、話の中身が何もない人も多かった。世界で活躍するために必要なのは専門性です。たとえばコマツには製造現場に関するノウハウがある。そうした専門性を持っていれば、多少言葉ができなくても現地の人に受け入れられ、リスペクトしてもらえます。最近はグローバル人材という言葉が独り歩きして、英語を話せることが大前提のように言われていますが、それは間違い。英会話の勉強も大事ですが、まずは自分の専門性を磨くことが先決。それが世界で戦うための最低条件です。

自分個人の価値観や習慣にこだわりすぎないことも重要。どんな会社にも目指す価値観や、それを実現させるための行動様式があるものです。それと自分の価値観や習慣が結びついたときにこそ、最大の成果が出るはずです。

人や会社から与えられた仕事は何でもトライしたほうがいい。私は設計者でしたが、自分の専門性にこだわって「お客様対応は自分の仕事ではない」と考えていたら、それ以上の道は拓けなかったはずです。

私は「知行合一」という王陽明の言葉を座右の銘の一つにしています。知識は行動を通して身につくという意味です。頭で考えたことは、まず行動に移して確かめないといけない。それを心がけていないと、いつか大けがをする恐れがあります。仕事に取りかかる前に、この仕事の本質はどこにあるかと自問自答する。そして実行に移して、また検証する。その習慣を続けることで、本質を見抜く力は備わっていくはずです。

私は基本的に怠け者なんです。小さな努力で大きな成果を得たい。無駄な努力はなるべくしたくないというタイプ。だからこそ、まずは事実を確かめて、そこから仕事をスタートさせることを習慣づけているのです。

自分の言葉に説得力を持たせるという意味で心がけているのは、「事実やデータを提示すること」です。たとえ正論でも、抽象的なことばかり言っていては、人は動きません。だから何か主張するときには、必ずそれを裏づけるデータや事例を示すようにしています。

考えを進化させるときの習慣として心がけているのが「メモ」です。何かアイデアが浮かんだら、その場ですぐにメモに残す。わざわざメモしなくても、本当に必要なことならあとで思い出すはず、という考え方もあります。でも、それができるのは、目の前の仕事に集中していればいい若いうちだけ。立場が上がれば上がるほど、たくさんの仕事を同時進行でこなさなくてはならなくなる。そうなると、とてもメモなしでは対応できなくなりますよ。

話に説得力を持たせるためには、自分の考えを絶えず進化させることも大切です。その意味で役に立ったのが、講演会。今は2週間に1度程度ですが、会長時代は1週間に2回、年に100回は講演をしていました。講演では質疑応答の時間があり、さまざまな角度から質問が飛んできますよね。それに答えていくうちに、自分の意見がさらに磨かれたり、バッと新しいことが思い浮かんだりするのです。そうして自分の考えをさらに発展させて、次の講演の中に入れ込んでいくわけです。

企業の場合、立場が上がるにつれ下の人に用意してもらった原稿を読んで話すようになりがちです。でも、それではどんなにいい内容でも説得力がなくなってしまう。私は若いころはもちろん、社長、会長になってからもずっと、必ず自分の言葉で話すようにしてきました。

役員や事業部長、関係会社の代表者などに毎月提出してもらうレポートの書き方を改めました。従来は「当事者の業績」を1番目に書いている人がほとんどでしたが、「コンプライアンスや環境、安全に関すること」「品質に関すること」「お客様に届ける補給部品の達成状況」、それからようやく「業績」という順序にしました。報告内容を順位付けすることで何を重視しているのかわかるようにしたのです。

私が社長時代、社内に徳政令を出し、今回は不問にするという条件で、過去のバッドニュースをすべて吐き出してもらいました。悪い報告を躊躇するのは、「いま不正やミスを報告すれば、過去のこともバレるかも」という心配があるからです。

コマツの行動基準書に、私が社長時代に「最も行ってはならないのは、不正やミスを隠すことである」という一文を加えました。以前は「不正やミスをなくそう」と書かれていましたが、時代が変われば、昔はよかったことでも認められなくなることも出てくるからです。ですから、不正やミスを起こすことよりも隠すことを厳しく罰すると宣言したのです。

なかでも重要なのはバッドニュースの見える化です。悪い報告が上にあがってこないと、問題が見えにくくなり変化が遅れます。その意味でバッドニュースの可視化は、会社の変革に欠かせない条件といえるでしょう。ただし、掛け声だけで悪い知らせが上がってくるようにはなりません。仕組みづくりが必要です。

リーダーがビジョンを語るときに問われるのは、本質的な変化を見抜く力です。的外れなビジョンを描いてみせても、社員は半信半疑でついてきてくれません。リーダーが見識をもって時代の変化を的確にとらえ、「これからはここにチャンスがあるぞ」と明確に示してこそ、社員はその気になってくれるのです。

社長になって希望退職を募ったとき、募った理由を社長自ら全員に説明しました。その結果会社がどう変わっていったのか、あるいはコマツの業績が今どうなっているのか、問題点は何か、コマツをどういう方向に進めようとしているのかなどなど、会社の状況についてその後も年2回の決算公表の度に説明し続けました。

アメリカでレイオフを行ったとき、私は各工場に経緯を説明して回りました。「レイオフは経営者の判断なのだから、いちいち説明の必要はない」という人もいましたが、いままで一緒にやってきた仲間なのだから、それでは無責任です。そこはアメリカ流でやるのではなく、精一杯言葉を尽くしたかった。

日本には、ボトムアップの力を持った企業がたくさんあります。リーダーがそれをしっかりと活かせば、日本企業は必ず勝てる。私はそう思います。

よく「日本は技術で勝って、ビジネスで負ける」といわれますが、まさしくそのとおりです。日本企業では、トップがあれこれいわなくても、現場が積極的にいろいろ研究してくれるので、ときにピカッと光る技術が誕生します。それをビジネスにつなげるためには、「この技術を世界のデファクトスタンダードにするには、こういうビジネスモデルを構築する必要がある」とか、「足りない部分を補うために、いまのうちから企業買収を進めておこう」といった経営トップの戦略が必要になってきます。ところが、日本はこの部分が弱く、結局はビジネスで負けてしまうのです。

日本流はすべてダメだと言っているように受け取られるかもしれませんが、決してそんなことはありません。アメリカには8年いましたが、外から日本を見たことで改めて、やっぱり日本はすごいなと感じ入る部分が多々あります。たとえばみんなで一緒に仕事をしていくときの連携や、ひとつのことをきめ細かく追求していく姿勢は本当に素晴らしい。いわば農耕民族的な強さですね。ただ、そうした強みが活きるのは、ものづくりをはじめとした現場です。本社のような管理部門や行政組織がきめ細かくやるのは、コストばかりかかってしまい最悪です。

日本企業が駄目になっていくときのパターンは共通しています。経済には波がつきものですが、多くの経営者は苦しいときも雇用に手をつけず、新しい事業をつくったり子会社に社員を送り込んだりして人を抱え込んでしまう。それを延々と続けるうちに、企業として体力が奪われて弱っていくのです。

「日本経済はもうダメだ」などという悲観論が蔓延していますが、冷静にみればまだまだ競争力を失っていません。国を挙げてやるべきことをやれば日本企業は今後も十分発展できます。

正直言って日本企業の得意な原価改善活動は、経営者が意思決定しなくてもできます。人に手を付ける、事業を中止する、子会社を畳む、値上げ戦略を取るといった判断はトップにしかできないのです。安全策ばかり取っている姿勢がデフレ経済の大きな要因のようにも思えます。

農業にとっての課題を一言で言えば高齢者にとってより楽になることと、若者にとって魅力あるものかどうかということ。コマツは農業をビジネスにしようとは考えていません。でも、調べてみたら我々の知恵を出す場所がたくさんある。

改革に伴って一時的な悪影響も出るかもしれないけど、そうはいっても肝心な改革を避けるわけにはいかない。リーダーにはそういう強い確信と決断、そして実行力が必要。

競合他社にモノづくりのコストで負けていないことをデータで示し、贅肉を削いでいけば我々は復活できるんだ、ということを皆に訴え続けた。犠牲となる社員への配慮は必要ですが、物事の本質論に照らせば、この工場を存続させることはありえない。それだけの確信があるのであれば、後は地道に説得していくしかない。

自社の事業を成長性の有無などで整理することから始めることが必要です。私も社長になった時、コマツには3つの過剰がありました。それは「雇用、設備、債務」の過剰です。そこで私は事業や商品の集中と選択とともに、一度だけの大手術ということで社員全員を対象に希望退職を募りました。

評価された人すべてが、社長になれるわけではありません。運も必要です。トップリーダーになれるかなれないかに執着するのではなく、定年を迎えても、周囲から「残ってほしい」と言われる人材を目指してはいかがでしょうか。そういう人は、人の神輿に乗って管理職として仕事をしてきた人ではなく、自ら汗をかき、知恵を絞って働いてきた人です。自分で考え実行する。そんな人こそ、企業に最も必要な人材だと思います。

会社に入っても、自分にピッタリ合った仕事なんてそうありません。だからこそ、何でもやってやるという気持ちが大事。そうやって仕事に真剣に取り組んでいけば、そのうち誰かが評価してくれて、「彼にはこんな仕事をさせた方がいい」と、仕事をくれるようになる。その仕事をしっかりこなせば、「もっと経験を積んでほしいから、海外も経験させよう」となっていく。

新入社員時代、寮に帰って同期の仲間と明細を見せ合うと、私の給料が一番低かった。だから、評価は相当低かったと思います。そんな私でも、トップになりました。だから若い人には、「何でもやってやる」という気持ちを持てと、いつも言っています。

過去に隠していたバッドニュースはなかなか上がってきません。ですから、「今回は許すから、すべて話してくれ」と言って、バッドニュースを吸い上げるようにした。今では、取締役会でもバッドニュースを最初に報告することが徹底されています。それは何より、隠蔽がダメなのだということを徹底させるためなのです。

私は「バッドニュースファースト(悪いニュースを最初に)」と常に言ってきました。きました。月例の報告書についても、「最初に悪いニュース。次いで品質問題と補給部品の達成状況。最後に業績を書く」ことを、ルールとして守るように定めました。

小刻みにリストラをするのは最悪です。最後に、全体でダメになってしまうからです。私は1度だけ大手術をしました。世界で1位、2位になれそうにないものはすべてやめることを明言し、国内2万人の従業員に手紙を書き、希望退職を募りました。結果、従業員数は一時1万8500人まで減りましたが、今は国内投資も増え、会社全体の収益性も大幅に改善し、2万人台を回復しました。

かつて多くの業界で各企業はそれぞれ特色あるテーマの研究開発をしてきましたが、今はどの会社も同じことをやっています。その結果、価格競争に陥り、付加価値の高い商品を出しても、価格が上がらないようになった。だから、従業員や取引先への分配も増えないのです。この状況を打破するためにも、民間が率先して「ダントツ」を掲げ、選択と集中を徹底しないといけない。

「諦めること」を明確にしないと、集中できない。私は「世界の1位、2位になれない事業や商品は全部やめる」と宣言しました。実際、現在の売上高に占める「1~2位商品」の割合は、全体の9割近くに上ります。

「ダントツ」になるために大事なことは、「何かを諦めること・断念すること」。「弱みを克服して平均点を高めよう」とするよりも、「他者の追随を許さない、圧倒的な強みを作る」ことに注力する。こうした「選択と集中」が大切。

私が社長に就任した時に最初に言ったことの1つが、最初に犠牲にするものを決めること。競合に負けてもいい部分を最初に決めておけば、負けが見えてきた「見切りをつけるべき商品やサービス」に、ムダにお金を投じることはなくなる。この浮いた経営資源を重点分野に投入した。

課長として最初に任されたのが、商品企画課でした。商品企画課長は、営業や開発から上がる様々な意見を調整するのが仕事の1つです。しかし、商品企画会議で様々な意見を集約しようとすると、最後には「平均点より少し上の、面白みに欠ける商品」に決まってしまう、ということが、たびたびありました。この経験から、「最初に犠牲にするものを決める」ことの大切さを学びました。

「強みを伸ばす」という発想は、大学受験の時に身についたのかもしれません。高校時代の私は、嫌いな学科は全く勉強する気が起きなかった半面、得意だった理数系の科目は非常に面白いと思い、よく勉強しました。超難関大学に行くつもりなら「苦手科目を克服する」という勉強方法を取るのが普通なんでしょうが、私は「得意科目を伸ばして、行けるところに行くのが一番」と思っていた。結果、大阪市立大学工学部に入学しました。

コマツの場合、競争相手は世界一の建設機械メーカーである米キャタピラー社である。アメリカという国に存在している彼らの強さ、弱さを見たときに、少なくともものづくりの部分で、我々が彼らに負ける要素は少ない。だが、その一方で、いわゆるトップダウンのリーダーシップという点やホワイトカラーの生産性では負ける恐れがある、というのが私の分析だ。逆に、そこさえしっかりすれば鬼に金棒である。

社内公用語を英語にするという企業もあるが、グローバル企業として本当に成功するためには、価値観や行動様式を共有することが最も大事である。

コマツの事業責任者や子会社のトップは、毎月一回「フラッシュレポート」と呼ばれるA4一枚の報告書を提出しているが、「業績のことは最後でいいから、レポートの一番上に『バッドニュース』を書くように」と指示している。

コマツの「ビジネスリーダー選抜育成制度」で特徴的なのが、「サクセションプラン(後継者育成プラン)」である。これは各役員や主要部署の部長、工場長、海外現地法人および国内子会社のトップ、全社横断プロジェクトの責任者などが、「自分の次は誰、次の次は誰」という後継者候補のリストを提出し、社長と意見交換する仕組みだ。「自分の次」の後継者は誰かを指名する、というのはよくあるケースだが、「次の次」までをリスト化しているのが、当社のサクセションプランのポイントである。とくに「次の次」の後継者になると、同一の社員の名前が挙がってくることが少なくない。また、後継者候補の指名に部門の縛りはいっさいないから、「自分の部署に候補はいないが、あの部門のあの人が向いている」というように、皆に注目されているのは誰かということも分かる。

課長のときは仕事がうまくいっていたのに、部長にしたとたんに無能だと分かったというケースもあるように、上に上がるほど大きな仕事をする人と、上に上がるほど力を発揮できない人の2種類がいる。それだけに、20代でまだ人を使ったこともない若手の将来の可能性を見抜くことは、非常にむずかしい。若手の将来性を見抜くのには誤りがあるというのが大前提ゆえ、敗者復活を必ず入れている。

人を使った経験のない若手の将来性を見抜くことは基本的にはできない。マネジメントカがある程度分かるのは、人を使った経験のある部長および課長クラスである。

トップが「犠牲にせざるをえない部分は何か」をはっきり示してやらないと、下が困る。

企業の経営資源は有限であり、何かを重点的にやろうと思えば、別のどこかを犠牲にするしかない。大きな決心には必ず犠牲が伴うのであり、企業トップはそれを決断できる人でなければならない。

経営上きわめて重要な分析を他人に任せていては、トップみずからが自信を持って語り、実行することができない。その意味で、トップは事実や本質を「見る」力を持ったアナリストでなければならないのだ。

簡単に言えばリーダーシップとは、立場が上の人間に下の人間がついてくるかどうかということだ。そのためには、どんな言葉で目的や手段を伝え、どう語るかが重要になる。

変化の激しい時代に求められる企業トップの役割は、世の中やマーケットの本質的な変化をしっかりおさえ、それを軸にして絶対にブレないことである。

我々は世界でビジネスをしていますが、国際企業として最も大切なのは会社としての価値観と、それを実現するための行動様式を全世界で共有することです。

日本の高度成長期には、部分最適の集合が全体最適に近かったので、ボトムアップでみんなが部分最適を目指していればよかったのですが、今は部分最適が全体最適につながらない状況です。トップリーダーは全体最適を見極め、部分最適の取捨選択をしなければなりません。それが前提にないと、若者へのメッセージも出てこないのです。

日本企業の間接部門の生産性が低いという議論がありますが、それは個人の能力の問題ではなく、例えば経理にしても、日本では自前のソフトウェアを作り、きめ細かくやっており、人が入れ替わると仕事にならない。一方、アメリカはERP(統合型ソフトウェア)を導入して多くの会社が業務を共通化し労働移動を容易にしている。

「○○ウェイ」がお題目で終わっている企業も多いのではないか。それでは形骸化し、次の世代に伝わらない。だから社員が継承すべき価値観と行動様式をまとめたコマツウェイでは、「取締役会や月例の事業報告書では必ず悪い情報から報告する」といったように具体的な行動様式に落とし込んでいる。それなくして「代を重ねるごとに強くなる会社」を目指すことは難しい。

社長になってから後継者を考え始めるようでは遅い。コマツでは、上級の部長クラスから自分の「次の次」まで後継者候補を挙げ、社長に提出している。次の次になると直属の部下などではなく、周りの評判がよい人物を探すことになる。そうした人物はあちこちで候補に挙がるので、自然といい人材が浮かび上がる。

人選びというのはいわゆる信頼感みたいなものがすごく重要だったりします。本当に部下から信頼を得るタイプなのかは、社外の人はとてもじゃないけど分からない。従業員が1万人を超えるような日本の大企業では、普通は後継者を社外から連れてこなければいけないようなことはないと思うんです。それはトップの責任じゃないかと。

日本企業の場合は、1回思い切った決断をしないと再スタートできない。雇用が大事だといいながら、単に自分の代で雇用に手を付けるのが嫌なだけではないでしょうか。本業だけならなんとかやっていけるのに、余分な事業を抱えて押しつぶされる。かつてのコマツもそうでした。米国企業は自ら余分な事業をたたみますが、日本の場合はとことんまで追い詰められてから着手するケースが多過ぎます。

私たちには様々なお客様がいますが、コマツの製品がなければ困る度合いは様々です。そこで、そのレベルを7つに分けました。一番下のレベルは、コマツの製品は絶対使わないと考えるお客様。そして、徐々にレベルが上がり、一番上のレベル7は、「コマツがないとビジネスが成り立たない」お客様。たとえばチリやオーストラリアでは、私たちの無人ダンプトラックを使って鉱山事業を行なっている現場がありますが、まさにそうしたお客様です。これに沿って顧客を分析することで、よりお客様に信頼される商品サービスを作る土壌が生まれたのです。

用語が不正確だと真因が見えづらくなることがある。経理システム改革の際の話です。ものづくりにおいては、生産量の数量によって変わる材料費や工場の光熱費といった「変動費」と、間接部門の人件費などの「固定費」に大きく分けられますが、当時のシステムでは、両者をひっくるめて「コスト」としていました。これは当時の日本の経理システム全体がそうだったからでもありますが、変動費と固定費はそもそも違うもの。それが、当社の問題の本質を見えづらくしていました。

かつてコマツの行動指針には「ミス、不正をなくせ」といった趣旨の記述がありました。しかし、私自身、社長時代にいくつかの不祥事を経験して考えを変えました。人間だからミスは当然あるし、不正も、かつて社会が許していたことが許されなくなることが多い。それならば、不正は起こるものだと覚悟しました。隠すことが悪いという価値観をどうやって植えつけるか。それは具体的な行動基準にまで落とし込まないと定着しません。こういった努力をトップダウンで懸命に続けていると、今、問題になっているような品質の不祥事もあれほど長くは続かなかったはずです。

最近になって品質関連の不祥事が目立っている。それは結局トップの意識の問題に見えます。「社長や上司がコストのことしか言わない」。そう社員が考えるときっと品質管理で手を抜きます。現場はトップの方針、要求に合わせて動きますから。トップがどういう価値観で社員を引っ張るか。大事なのは品質に関心を持っている姿勢を見せることでしょう。社長が工場を回るだけでも違います。

コマツでは、とにかく理念である「コマツウェイ」のトップに書いてあるトップマネージメント5項目を実現することが、コーポレートガバナンスだという定義です。5項目とは、「取締役会を活性化すること」「全ステークホルダーとのコミュニケーションを率先垂範すること」「ビジネス社会のルールを順守すること」「決してリスクの処理を先送りしないこと」「常に後継者の育成を考えること」です。

1991年に米国企業との合弁会社のCOOに就任した時に、米国の良いところと悪いところ、日本の良いところと悪いところが手に取るように分かったんですね。米国の弱いところは現場力の部分。会社へのロイヤリティーが現場力を出すには必要ですが、あれだけ頻繁に雇用に手を付けていたらそれは失われるわけです。そして、何とかリストラを行わずに、日本流でしのぎ切っても、次の不況を恐れて人を増やせない。このジレンマが、まさに日本の今の状況です。米国企業が5回リストラをやるとしたら、日本企業も1回ぐらいはやらなければならないのではとも考えられます。

株主は我々を相対的に評価してくれる極めて重要なステークホルダーなのですが、コマツの企業価値を作る人たちではない。業績を上げ、株価を上げて、配当を増やしてほしいと思っているけど、いつでも株を売却できるのです。一方で、企業価値を作るのは、我々経営者であり、社員であり、協力企業です。我々は簡単には逃げ出せない。さらに、もっと大事なのは、お客様です。お客様はコマツの企業価値を評価してくれるとともに、企業価値を我々と共に作る存在だからです。結局企業は顧客価値を高めるビジネスを行い、頂いた売り上げ、利益を他のステークホルダーに分配しているわけです。

坂根正弘の経歴・略歴

坂根正弘、さかね・まさひろ。日本の経営者。「小松製作所(コマツ)」社長・会長。広島生まれ、島根育ち。大阪市立大学工学部卒業後、ブルドーザーの設計者として小松製作所に入社。取締役、海外子会社小松ドレッサーカンパニー(のちのコマツアメリカ)社長、本社常務、専務、副社長を経て社長会長。800億円の赤字が出ている状況で社長に就任し、V字回復を実現した経営者。2009年のハーバードビジネスレビュー「在任中に実績を上げた実行力のあるCEO世界トップ100」のひとりとして選ばれた。経団連副会長も務めた。

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