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坂東玉三郎(5代目)の名言

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坂東玉三郎(5代目)のプロフィール

坂東玉三郎(5代目)、ばんどう・たまさぶろう。歌舞伎役者、俳優、映画監督、演出家。東京都出身。6歳のときに小児麻痺後遺症のリハビリのため舞踏を開始。7歳で初舞台を踏む。14歳で五代目坂東玉三郎を襲名。数々の賞を受賞し、日本を代表する歌舞伎役者となった。

坂東玉三郎(5代目)の名言 一覧

進歩するには背伸びも必要でしょうね。ちょっとずつ背伸びして、その時の自分よりも装って発言したり行動する。そして次にその背延びが嘘でないように努力するわけです。たとえば階段を上がる時にかかとが上がるでしょ?あのくらいずつ背伸びして階段を上がっていく。あのくらいなもんですよ。あれを三段四段跳びあがると背伸びではなくなってしまう。ちょっとずつでいいと思うんです。かかとが上がるように背伸びしていかないと進歩しないんです。


坂東玉三郎(5代目)の経歴・略歴

坂東玉三郎(5代目)、ばんどう・たまさぶろう。歌舞伎役者、俳優、映画監督、演出家。東京都出身。6歳のときに小児麻痺後遺症のリハビリのため舞踏を開始。7歳で初舞台を踏む。14歳で五代目坂東玉三郎を襲名。数々の賞を受賞し、日本を代表する歌舞伎役者となった。

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