向谷匡史の名言

向谷匡史のプロフィール

向谷匡史、むかいだに・ただし。日本の作家、僧(浄土真宗本願寺派)。広島県出身。拓殖大学卒業後、週刊誌編集者を経て作家になる。56歳で得度。著書に『定年後、ゼロから始めて僧侶になる方法』『50歳からの人生断捨離』『名僧たちは自らの死をどう受け入れたのか』。

向谷匡史の名言 一覧

自分の考えに相手を説き伏せるのではなく、相手に答えを出させることが大切。たとえ正しい答えでも、人から言われたことに従いたくないというのが人情でしょう。

徹底して自分を輝かす努力をしてこそ、納得のいく日々になる。

本当の意味での説得とは言葉で言いくるめることではなく、納得させること。相手に働きかけて「腑に落ちさせる」こと。

言葉に体重が乗っていなければ、理屈をいくら並べてもムダ。

過去にさかのぼって人生を生き直すことはできません。たとえ過去に悔いがあったとしても、「それがあればこそ、いまの自分がいる」と自己肯定したほうが楽になれます。

最近「終活」という言葉を耳にすることが増えました。人生の最期に向けた準備活動のことで、真の還暦を迎えたら、やはり自分の死について考えたほうがいいでしょう。その際に思い出したいのが、仏典の『無量寿経』にある「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」という言葉です。結局、人間というものは一人で生まれてきて、一人で死んでいくものなのだということを教えています。

いくら思い煩っても将来のことはわかりません。また、どんなに心配したところで、物事は変わらないのです。だったら、もがき苦しむのを止めて、現状を甘受しましょう。そして、いまこの一瞬、一瞬を精一杯に生きていくのです。

私は56歳で得度したときから作務衣で通してきました。最初は周りの目が気になって落ち着かなかったものの、思うほど他人は自分のことを気にしていないとわかると自意識が消え、気が楽になりました。これが私の引き算の人生の始まりでした。

「第二の人生」を迎えたときに、お勧めしたいのが「天地返し」です。もともと農作業の言葉で、春の種まきに向けて畑の土を天と地がひっくり返るくらいに耕して、肥沃な土に戻すことを指しています。それと同じで、人ももうひと花咲かせるには、それまでの生き方や人間関係をひっくり返すことが必要です。

会社で一生懸命に仕事をし、高い給料をもらい、少しでも上のポストを目指す。多くの人が現役時代は、そんな気持ちで働いています。いってみれば、実績を積み上げる「足し算の人生」です。けれども定年になったら、背負うものを減らす「引き算の人生」にしてもいいのではないでしょうか。

部下に「この仕事で成功したら、出世の道が開かれるし給料も上がるから頑張れ」というのは誤り。「今回の仕事は、いろんな意味で人生の岐路になると思うよ」と表現を濁らせ、相手に想像させる。自分でストーリーを作らせること。上司がすべて明かすと、他人のストーリーに乗せられているという被害者意識と、自分は出世とお金のために仕事を頑張る人間ではない、そんな風に見られたくないというプライドや見栄が邪魔するのです。

田中角栄は自分のキャラクターをよく知っていました。小学校卒業という学歴もむしろ利用した。自分を知っているからこそ、違和感のない表現、腑に落ちる言葉になる。日記でも、思いついたことを書き出すのでも、自分の性格分析でもいい。紙に書き出してみる。すると自分の姿が見えてくる。そのアナログ作業がじつは一番の近道。説得力とは内省力なんです。

向谷匡史の経歴・略歴

向谷匡史、むかいだに・ただし。日本の作家、僧(浄土真宗本願寺派)。広島県出身。拓殖大学卒業後、週刊誌編集者を経て作家になる。56歳で得度。著書に『定年後、ゼロから始めて僧侶になる方法』『50歳からの人生断捨離』『名僧たちは自らの死をどう受け入れたのか』。

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