名言DB

9,557 人 / 112,978 名言

名和秋の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

名和秋のプロフィール

名和秋、なわ・あき。日本のプロボウラー。東京都出身。東京都出身。高校1年から本格的にボウリングを開始。國學院大學法学部卒業。

名和秋の名言 一覧

ボウリングを「やらされていた」私に転機が訪れたのは大学1年のとき。大学の全日本選手権で途中まで1位だったんです。2位から4位は強豪・京都産業大学の選手で、しかも会場は京都。声援のほとんどは京都産業大学の選手に向けられ、私がストライクを出すと、「えっ、誰あんた」みたいな(笑)。そういう雰囲気にいたたまれなくなり、結局自滅して4位に。トイレに逃げてワアワア泣きました。ボウリングで悔し涙を流したのはそのときが初めてでした。それから変わりましたね。「絶対に来年は見返してやる!」って自主的にボウリングに取り組むようになったんです。


日々の練習はレーンでひたすら投げ込み。約3時間、ゲーム数にすると20ゲームぐらい。その間は水も飲まず、休まず投げ続けます。試合では朝から晩まで1日10ゲーム以上投げますから、同じフォームで投げ続ける力をつけておかないとダメなんです。レーンのコンディションは時間の経過と共に変化していくので、それに対応できるように朝昼晩様々な時間帯に練習しています。


競技目標とは別に、ボウリングをスポーツとして世間に広めることが一番の夢。試合結果が夜のスポーツニュースで報道されるくらいメジャーにしたい。そのためにボウラーとして腕を上げることはもちろんですけど、みなさんに興味をもってもらえるように、自分を磨いてキレイにすることも大事だと思います。だからピアスもネイルアートも派手につけてます(笑)。プレイには支障ないし、ネイルアートは爪の保護のためにも役立っているんですよ。


全日本選手椎で初めてパーフェクトを出したときは、手がブルブル震えるくらい緊張していました。でも、緊張したのは最後の一投だけ。私はいつも試合会場に向かう途中、MP3プレイヤーで音楽を聴きますが、調子のいいときは試合中もずっとその音楽が頭の中で流れているんです。音楽にのって投げていたら、次々とストライクが出たんです。私の場合、頭の中で音楽が流れているときは、ほかの選手のスコアや周りの人の声が気にならない。きっと集中しているんだと思いますね。


名和秋の経歴・略歴

名和秋、なわ・あき。日本のプロボウラー。東京都出身。東京都出身。高校1年から本格的にボウリングを開始。國學院大學法学部卒業。

他の記事も読んでみる

神成文彦

「水飲み場効果」という言葉を使っているのですが、毎週土曜日、メンターの方11名と教授陣、そして学生約50名がフェイス・トゥ・フェイスで顔を見ながら議論を交わすことも大いに意味がある。学問や経験など、様々なバックグラウンドを持った先輩方と侃々諤々の議論をすることで、学生たちが様々な気づきをしていくことが非常に重要なことだと思います。


友野典男

最近の学生は親の期待を裏切りたくないという気持ちが強くなっているように感じますが、親がすすめる大企業に就職するのと、たとえ有名でなくても自分で決めた企業に就職するのとでは、あとあとの幸福度に違いがある。不幸にも選んだ企業を間違えたと感じたとき、親の言いなりになって決めてしまっていたら、その後悔は非常に大きくなります。


小野田寛郎(小野田少尉)

(ブラジルに移住して)最初はイライラすることもありました。たとえば、こちらの人は時間を守らない。だから、二段構えで予定を立てるようにしていったんです。もし来なかったら何をすると予定を立てておけば、すっぽかされてもやることがあるから気にしないで待っていられる。町に行っても、相手が現れなかったら別のやることをやって戻ってくる。いつも副目的を持っていれば、相手に振り回されずに済むんです。


ビル・ゲイツ

我が社の株はハイテク株で、ハイテク株は変動が激しい。株価は我が社の貢献を反映するものではない。


山本寛斎

日本人は昔から無個性かというと、そんなことはなくて、信長、秀吉の時代は色使いもすごく奔放でした。それが徳川時代になって士農工商の身分制度が定着するにつれて、没個性になっていった。しかし、婆娑羅という言葉もあるように、日本人はもっと自由奔放に近かったと思います。私はそのDNAを色濃く受け継いでいるのです。


酒巻久

きわどい報告ほど「よく話してくれた」と褒めると、ミスを隠さずに話すようになり、事故の芽を早期に摘むことができる。


松田恒次

優れた技術はどしどし導入している。社内にあっても、研究や研究のための施設には惜しみなく資金をかけている。無駄を省いてこそできる贅沢なのである。


村田昭治

困難なとき、追いつめられたとき、突破口を模索し切り拓いていくには柔軟な発想がなければならない。それは常識破壊であり、経営の枠組から飛び出す経営イノベーションであり、新たな視点に立った企業家精神のたぎるニューベンチャーにほかならない。


ドン・キング

彼らが負けたのはすべて私の責任だ。
【覚書き|自分がプロモートする選手が負けたときに言った言葉】


藤井孝一

自分の仕事のことだけより、チーム全体の効率や生産性を考えて行動する人の方が、結果的に大きな果実を手にしているということに他なりません。一人なら6時間の仕事しかできませんが、自分が6時間働くのと同じ成果をあげられる部下を10人育てれば60時間、さらにその部下がそれぞれ4人の部下を育成したら、240時間の仕事ができると考えればわかりやすいでしょう。


城繁幸

いろいろな業界の人たちを見ていて感じることですが、40代になってから自分の人生の方向性を変えるのは厳しいかもしれない。それを考えると、30代は自分で人生の舵を取る最後のチャンスといえる。


相澤賢二

最近のお客様は、クルマについてじつによく勉強しています。なのに、お客様がわかっていることをあれこれ説明しても、「そんなの、知ってるよ」と思われるだけ。聞かれたら初めて答えるぐらいでちょうどいいんです。