吉田修一(小説家)の名言

吉田修一(小説家)のプロフィール

吉田修一、よしだ・しゅういち。日本の小説家。長崎県出身。法政大学経営学部卒業。『最後の息子』で文學界新人賞を受賞しデビュー。『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞、『悪人』で毎日出版文化賞、大佛次郎賞、『横道世之介』で柴田錬三郎賞を受賞。

吉田修一(小説家)の名言 一覧

そのときの自分のいろんな状況とか経験とかが混じり合った、「そのときにしか書けないもの」を書いていくやり方しか、自分にはできないみたいなんです。

小説家って、「分からない」人間たちのことを、なんとか「分かりたい」と思いながら書く、それだけなんじゃないかなと思うんですよね。

性格なんですよねえ。基本が「前へ前へ、上へ上へ」なんです(笑)。何かつらいことがあっても、気持ちが下へは行かないんですよ。

どこにいてもひとりで立つという有り様を描くのが、小説だと僕は思うんです。だとしたら書くほうも、ひとりで立たなければいけない。それは孤独なことだけれど、それをやれる作家という職業に就けたことは、本当に幸せだなあと日々思っているんですよ。

そのときに書けるもの、書きたいものを一個一個やっていったら、結果的に「何をやってる人なんだ、この人?」みたいになっちゃってたっていう(笑)。出版社としては作家の名前で本を売るって気持ちがあるのかもしれないけど、僕としては一作一作、別の人が書いたと思われてもいいんですよ。

『橋を渡る』は、いつも通りといえばいつも通りなんですが、「次はどうなるんだろう?」と書きながら考えていきました。週刊誌での連載だったので、先がまったく見えていないことは、怖いといえば怖いです(苦笑)。でも、普段の生活がそうじゃないですか。明日何が起こるか分からない、そのことを怖いと思えば怖いし、楽しいと思えば楽しい。楽しい、と思いながら書いていましたね。

僕にとって小説を書くことは、20代半ばで書き始めた時からずっと、ひとりになることです。ひとりだと孤独だし、不安だし寂しいし、いろいろマイナスな感情が出てくる。でも、そこを引き受けている人間が書いたものだからこそ、読者は自分の大切な時間を、その本のために使ってくれるんじゃないでしょうか。ひとりになって書くからこそ、ひとりの読者とつながれると僕は思うんです。

水泳部の待ち合わせ場所が、学校の図書室だったんです。図書室の中でいったん集まってから、みんなでプールに行っていたんですよね、なぜか(笑)。そのときに、なんとなく本を手にとって読んでみたんですよ。はっきり覚えているのは、新潮文庫に入っている近代詩で、ランボーやボードレールを読んだときのこと。自分がこういうものを面白いと感じるわけないだろうな、と思って読んでみたら、面白かったんですよ。結構な衝撃が、ズドンときたんです。そこから本を読み始めた記憶がありますね。まさか自分が小説を書くようになるとは、当時はまったく思っていなかったですけどね。

デビューしてしばらく、文章修行をやっていたんですよ。『文學界』の当時の編集長によく言われていたのは、カギカッコをつけて書く文章は、相当練られてないと駄目なんだってことでした。つい流れで、会話にカギカッコをつけてポンポン書いちゃうときってあるんですけど、それはただ「音を文字にしている」だけなんですよね。そうではなくて、カギカッコの中身を「小説の言葉」にする。そうすることで、地の文章を含めた小説全体に、嘘と本当の境目がゆらいでいく効果が出てくる。あの当時かなりビシバシやられたことで、小説家としての大元の部分を作ってもらったんだと思います。

この時代に生きて、この時代に小説を書けば、現代性はおのずと出てくるものだと思うので、そこを意識的にっていう気持ちはあまりないです。ただ、固有名詞の扱い方には気をつけていますね。たとえば『パーク・ライフ』でスターバックスという固有名詞を出したんですが、当時はまだ珍しかったこともあり、スターバックスが倒産したら意味が分からなくなるんじゃないかと言われました。僕はまったくそう思わなくて。たとえば梶井基次郎の『檸檬』という小説で、主人公が「丸善に檸檬を置く」じゃないですか。いまの丸善って、昔とは全然形が違いますよね。でも、この主人公にとっては、檸檬を置く場所は丸善しかないんですよ。その時代を生きてきた彼にとってその場所、その言葉は、他に置き換えようがないんです。自分も固有名詞を使うときは、そういう自覚を持って使っています。そうした言葉の選択が、現代性に結果的に繋がっていくのかもしれない。

自分が理解できる行動をする登場人物ばかり出てくる小説ほど、書いていて面白くないものはないです。正直な話、途中で興味がなくなる人物も時にはいます。というのも、どの人物も生み出すのは僕なんですが、最初は「分からない」から始まるわけなんですよ。それが「知りたい」から、小説を書く。途中で「分かってしまう」と、書く必要がなくなるんです。「この人はいったいどういう人なんだろう?」と疑問を抱かせてくれる人であればあるほど、その人に興味が湧くし、もっと近付きたいと思うし、本気で腹も立つけど、本気で好きにもなるんです。

当時車に乗っていたので、(旧甲州街道を)よく通っていたんです。物語を先に決めずに、あの通りからとにかく書き始めてみたら、あの登場人物たちが小説の中に集まってきました。すごく印象に残っているのは、初めての長編だし初めての書き下ろしだったので、物語をいったん書き終えてから、何度も何度も頭から終わりまで書き直したんですね。書き直しをするたびに、登場人物のことがどんどん好きになっていったんです。例えば『パレード』の最初の登場人物は大学生なんですが、わりと自分の大学生時代に近い感じで書いています。だから、彼のことは嫌いでもないけど、別に好きでもなかった(苦笑)。でも、何度も書き直しているうちに、実際の自分からはどんどん離れていった。だから、彼のことがこんなに好きになれたのかもしれないです。

僕の小説の書き方は、最初に場所を決めるんです。場所を決めたら、そこにいそうな人達がどういう人で、どういう生き方をしてきたのかを書いていけば、おのずと物語は生まれます。『最後の息子』のときは、いまでもよく飲みに行っている新宿の街ですね。ここを舞台にしようと決めたら、新宿にいるような人たちが浮かんできて。その人たちのその日その日を一個一個順番に書いていったら、この物語ができあがりました。

山の中腹、高台のところに家があったので、長崎で思い出す風景といえば坂道ですかね。いろんなもののオリジナルというか、初めて見るものの形が全部、長崎の風景にあったものなんですよ。一番最初に見た海が長崎の海だから、海といえば長崎の海を最初に思い出すし、風景だけじゃなく、最初に大人というものを意識したのも、長崎で見た大人たちです。人生の原風景というか、原型は、ほぼ長崎でできあがっていますね。

吉田修一(小説家)の経歴・略歴

吉田修一、よしだ・しゅういち。日本の小説家。長崎県出身。法政大学経営学部卒業。『最後の息子』で文學界新人賞を受賞しデビュー。『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞、『悪人』で毎日出版文化賞、大佛次郎賞、『横道世之介』で柴田錬三郎賞を受賞。

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