名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

吉本隆明の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

吉本隆明のプロフィール

吉本隆明、よしもと・たかあき。日本の思想家、詩人、評論家。大正時代、東京府出身。東京工業大学電気化学科卒業。町工場で働きながら詩集を発行。荒地新人賞を受賞。その後、多くの人物に影響を与えた。小林秀雄賞、藤村記念歴程賞、宮沢賢治賞を受賞。

吉本隆明の名言 一覧

個人個人が当面している、最も大切なことを大切にして生きなさい。


文化・芸術というものは、人を強制したり、または人を導いたり、ということはできない。もともと、何も役に立たないもの。そのかわり、何でもない自由度がある。


個人個人の小さな大切なことを拾い集め、積み重ねていくことが早い復興へと繋がっていく。


自然と一緒に生きるという意味で、一番バランス感覚があるのは庶民。専門家も間違うということを前提に、僕らは自分の生活に照らし合わせて考える必要がある。


人間という存在は考え、行動することで、天然、自然の与えた変化を乗り越えることもできるし、共存することもできる。それが動物との違い。


早急さと若さは同じようなもので、そういう意味では、仕方がなかったとも思う。ただ、早急に1つの方向に進むのは、あまりいいことではない。それだけは確信を持って言うことができる。


生涯の中で直面する事件、事変をどう捉えるか。精一杯、自分で考えることが、大人という成熟への抜け道になるというか。誰かが示した安易で、簡単な答えに飛びつかないことが大切。


公にどんなことがあろうと、自分や自分の近辺の人に役立つと思えることをやる。大人とは、信念を持ってそれができる人なのかもしれない。


危ないから壊して捨てる。この処方箋はとてもわかりやすいもの。しかし、そのわかりやすさや早急さに引っ張られ、僕ら庶民が自分の頭で考えることをやめてしまうのは最もいけないことだと思う。


知識や科学技術を元に戻すことはできない。どんなに退廃的であろうと、いまあるものの否定もできない。未来への道を進むには、常にいま以上のものを作るか、考え出すしか方法はない。文明は先へ先へ、未来の方へと進んでいく。


「何だこれは? おまえは87年生きて、何もないじゃないか」と不安になります。しかも、その気持ちをまじめに突き詰めていくと、心細くなっていき、生きちゃおられねぇよという感じになるのだから始末が悪い。ほどほどで切り上げて、「怠けて生きてきたわけではないのだから……」と、自分を納得させています。


吉本隆明の経歴・略歴

吉本隆明、よしもと・たかあき。日本の思想家、詩人、評論家。大正時代、東京府出身。東京工業大学電気化学科卒業。町工場で働きながら詩集を発行。荒地新人賞を受賞。その後、多くの人物に影響を与えた。小林秀雄賞、藤村記念歴程賞、宮沢賢治賞を受賞。

他の記事も読んでみる

佐藤公平

どこも同じですが、どうしても目先の利益、お店にどうお客を呼ぶかが優先されがちです。ですが、それだけでは企業の発展はありません。業界の将来をどうしていくかを考えなければいけない。


加藤芳夫(アートディレクター)

食べ物や飲み物のパッケージについていえば、生活の不満を解消するデザインでなければなりません。


高見和徳

他社にはない尖ったアイデアが肝。


町田勝彦

終身雇用の弊害は忘れてはならない。終身雇用には、油断すると社員がぬるま湯に浸かってしまうという危険が潜んでいる。そのため成果主義、実力主義を導入して、給料やボーナスに大きな差がつく制度を確立した。生活は確保するが厳しさは必要である。


宇佐美進典

その時の状況や時代に合わせて、どこに向かって進んでいくのか、自分たちで決めることが出来るのがベンチャー企業の良いところ。


和田裕美

「辛いことを直視し続けるのは精神的にきつくないか? 神経質すぎやしないか?」と思う人もいるかもしれません。でも私は、現実をまず真正面から見据え、それに対して「どうしたらいいかな?」と前向きに解決策を考えることが、とても大事だと思うのです。問題を見て見ぬふりをして生きることは、楽かもしれないけれど、そこからは何も生まれません。


長島徹

経営者は神様でもなければ万能でもありません。やはり、リーダーの立場にある人は、会社の強みと弱みを把握するのと同じくらい、自分自身の強みと弱みを把握することが大切だと思います。


芦田昭充

新しいことに挑戦することは大切ですが、一人きりでやろうと意固地になっては駄目です。船の仕事にはいろいろな人間が関わりますから、多くの人と議論を重ね、賛成意見も反対意見も聞き、みんなを巻き込んでいかないと、何事も成功しないのです。


間寛平

東京行きを決めたとき、はじめは周りのみんなから反対されたんです。「寬平ちゃんの芸は大阪向きやから、東京では無理ですよ。絶対、ウケませんから」って。でもやっと、神様が降りてきてくれたんやないですかね。東京の初代マネジャーだった比企啓之という男の頑張りもあって、ギリシャの鉄人レース・スパルタスロンで走っている姿を、テレビが放映してくれて、すごく話題になった。そこから仕事も一気に増えて、僕の人生もどーんと変わっていったんです。


大原孝治

主語は常にお客様。お客様の目線に立てない限り、正解は見つからない。「自店の常識は、地域の非常識」だと肝に銘じるべき。


渡辺文夫

社長業は全力投球すれば体力、気力から6年くらいがちょうど良いところではなかろうか。自分の方針を社内に徹底して実現することも、6年あれば十分であろう。


又吉直樹

東京に来てみたら、すっごい寂しかった。自分は1人でも大丈夫と思っていたんですけど、それは教室の中に人がいっぱいおって、仲良くなろうと思ったら、いつでもなれる状況があってのものだった。「俺は、朱に交わらない」みたいな。それが、ほんまの1人になったらすげぇ寂しいんやな、と。でも、今となっては1人で何をしているのかわからん時間がめちゃくちゃあったのが、良かったと思っています。