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古賀清彦の名言

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古賀清彦のプロフィール

古賀清彦、こが・きよひこ。日本の経営者。「おお蔵」社長。福岡県出身。大学卒業後、アパレル会社、中古ブランド時計のベスト販売などを経て独立。古賀商店(のちの、おお蔵)を開業。

古賀清彦の名言 一覧

当社ではだいたい15億円くらいの在庫を常にキープしています。このボリューム感こそ、当社が持つ最大の魅力であり、強みになっていると思います。


仕入れ先は、国内だけでなく、海外マーケットにもありますので、探しているものをすぐに手に入れることができます。これらの強みを生かし、小売店や質屋への卸はもちろん、オークションも月に10回程度開催できる仕組みをつくれたことが、さらなる強みになっています。


これまでは香港だけで充分だったのですが、これからは香港を飛び越えて、より大きなマーケットである北米を中心に広げていきたいと考えています。そのため、今年4月、米国ロサンゼルスに「OOKURA USA INC」を立ち上げました。これから米国本土に乗り込んで、まずはB2Bからスタートし、販路を広げていこうと考えています。


これまでの腕時計中心から、今後は取り扱いアイテムを増やしていき、総合リユース商社という枠組みを創出していきたいと思っています。まず、宝石やバッグといった分野を伸ばしていきますが、それ以外のアイテムについても考えています。そこに人材の教育やリユースのレンタル事業も加えていき、真の総合リユース商社というものを作り上げていきたい。これがこれからの目標になります。


創業当時は、中古腕時計の卸売りをやっているのは、当社以外にありませんでした。その時、この分野に特化したことで、ニッチですが圧倒的なシェアを取れたことですね。それから在庫量です。卸売りといっても在庫を持たないことがベストだと思いますが、当社は、ある程度のボリュームの在庫を抱えています。そのため、顧客が必要な時に必要な数を提供することができます。


仕入れで海外との取り引きがありますが、メーンはまだ福岡と東京での自社オークションになります。特に、東京のオークション会場は日本最大級の規模を誇ります。しかし、最近、販売先として、海外の需要が伸びてきています。


古賀清彦の経歴・略歴

古賀清彦、こが・きよひこ。日本の経営者。「おお蔵」社長。福岡県出身。大学卒業後、アパレル会社、中古ブランド時計のベスト販売などを経て独立。古賀商店(のちの、おお蔵)を開業。

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